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第十一章
我儘姫と舞踏会 21
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「スティーブ、交替の時間だぞ。どうした・・・?」
「エヴァン先輩。いや、レアル王国のクレメンス殿からカイト宛に書簡が届いたのですが――」
「なら、ちょうどいい。いま交替でテガタ(手形)をホールで取っているから、お前も行ってこい。そこにカイトもいる」
「分かりました。そうします」
スティーブは、中庭を突っ切りホールに通じる廊下に入った。ホールに近付くにつれ、ざわめきが聞こえてくる。
中に入ると机がたくさん並んでいて、その上には洗面器がいくつも置いてあり、紅茶を濃く煮出したものや、草木染の汁、葡萄の汁など、様々な染料が入っていた。
そこに騎士達が手を突っ込み、ペタンペタンと手を紙に押し付けている。乾かすのが大変で、手が空いている使用人達が誰のテガタか分かるように、庭を区画分けして干している。
王族も同様に騎士達とは違うテーブルで、ペタンペタンとやっていた。
「カイト!」
「スティーブ、テガタを取りにきたのか?」
「ああ、それもあるが、お前にクレメンス殿から書簡が届いたんだ。ちょうど渡せると思って」
「手が汚れているから、読んでくれないか? テガタのノルマは300枚で、まだ半分以上残っているんだ」
「え、それ多すぎないか? お前は`接吻 ‘ もあるからなのか?」
「いいや、接吻はまた別で300枚。銅版画の売り上げが伸びているから、それぞれに300枚位は必要なんだそうだ」
「じゃあ俺も300枚か、まあ、チャリティーだし仕方が無い、頑張るか!」
「ああ、そうだな」
「でも本当にここで読み上げていいのか?」
スティーブが封を開けながら周りを見回す。ホールはテガタを取っている騎士で溢れていた。
「小さい声で頼む。でも多分、俺宛という事は、きっとベルタ王女の親子関係が上手くいった話じゃないかな? 聞かれても問題のない内容だと思うんだ。もし、お前が急に姿を消した事への苦情だとしたら、国王陛下宛に届くと思うし。」
「そうか――分かった、読むぞ。え~と、親愛なるカイト様。お陰様で、ベルタ王女の親子関係は万事うまくいきました。お骨折り頂き誠にありがとうございます。主の仲が良い様子は見ていて大変微笑ましく、我ら家臣一同、大変感謝しております。さて、ここからが本題なのですが、ベルタ姫様が『また接吻を鑑賞しにリーフシュタインに行きたい』と言い出しました。ベルタ姫がそちらに立ち寄った折には、カイト様には、身を潜める事をお勧めいたします」
「え・・・?」
カイトが押していた手を止めた。近くに居る者達の耳もダンボとなる。
「ベルタ様は『あの黒い盗賊、黒曜石のような瞳を持つウエスギにまた会いたい・・・!』と最近はそればかりでございます。何でも、森で優しく諭された時に恋に落ちたとかで、ここ最近は熱心に情報を集めておいででした」
「いや、そんな、アドバイスしただけで・・・でも`ウエスギ ‘ だけなら俺とは分からないだろうし、弊害は・・・」
「先日ベルタ様が、孤児院に慰問で訪れましたところ、家具や、寝具などが新しくなっておりました。シスターから「上杉という黒髪の若い男性から、多額の寄付を頂いた』と説明を受け、姫様は狂喜乱舞し、まず、ここで一つ繋がりました」
カイトが顔を顰めた。
「失敗したな・・・つい同じ名前、ウエスギを使ってしまったんだ」
「そして、次に盗賊の`赤い熊 ‘ の居場所を詰め所に報告なさった時。リーフシュタインの騎士である証明に剣の紋章を見せましたね。リーフシュタインの騎士で、黒髪で、あれだけの人数を倒せるとしたら、カイト様以外に考えられません。そして、カイト様だと思う根拠はこれだけではないのです」
「俺はまだ何かやってるのか・・・?」
「ベルタ様は`接吻 ‘ の複製画をお持ちです。それをじっとご覧になって『ウエスギに似ている』と仰るのです。勿論、顔がこちらを向いてないので、はっきりした事は分かりません。そこで`王国騎士団シリーズ ‘ の、カイト様の銅版画を買い求めようとなさいました。しかし、人気ゆえ、カイト様は勿論、カイト様以外の銅版画も全て我が国では売り切れて、入荷は一ヶ月後になります」
「一ヶ月後なら、どうにか手を打てるか・・・」
「しかし、ベルタ様は待ちきれず、早馬を出してリーフシュタインで直接カイト様の銅版画を買い付ける事にいたしました。早馬が帰って来た時点で、ウエスギ=カイトと知られてしまうことになるでしょう。私にできることは、この手紙をその早馬の騎手に頼み、貴方様に届けてもらう事しかできません。国王陛下も王妃様も『まだリリアーナ様とは婚約までなのだから』と外交上、表に出していませんが、実は乗り気でいらっしゃ――」
カイトは書簡が汚れるのも構わず、染料がついたままの手でスティーブから、それを取り上げた。直ぐにざっともう一度目を通す。
「スティーブ、この書簡いつ届いたんだ!?」
「30分ほど前かな。もう騎手は銅版画を購入済みだったぞ。ゴルツ商会の丸筒を斜め掛けしていたから」
「30分なら馬を急がせれば追いつける・・・しかし無理に取り上げるわけには・・・」
「そうだぞカイト、少し落ち着け、お前らしくもない。却って絵を取り上げたら怪しまれる」
「そうですね――って、何で、サイラス副団長が話しに入ってきているんですか!?」
「そりゃあ、皆で聞いていたからさ」
周りを見ると、手を止めて皆でカイト達に注目している。シーンと静まり返ったホールの中は、小さい声もよく響いた。
カイトが顔を赤くさせた。書簡の内容に集中していて、周りに気付かなかったのである。
スティーブがカイトの両肩に手を置いた。
「大変だけど、頑張れよ。俺にできる事があったら何でも協力するから」
爽やかな笑顔のスティーブに、カイトがジト目で応じる。
「お前、ベルタ姫の関心が俺に移って`ラッキー ‘ と思っていないか?」
「わりぃ、ちょっと――しかし、あれが効いたんじゃないか? 『その姫君は、俺のものだ!!』が」
「セリフが少し違うぞ」
カイトが溜息を吐いて、周りは笑いに沸く。その笑いが急に止まり、カイトの背後を凝視した。その触れてはいけないような空気の中で、カイトはゆっくりと後ろを振り返る。
そこには口を引き結んで立っているリリアーナの姿があった。
「エヴァン先輩。いや、レアル王国のクレメンス殿からカイト宛に書簡が届いたのですが――」
「なら、ちょうどいい。いま交替でテガタ(手形)をホールで取っているから、お前も行ってこい。そこにカイトもいる」
「分かりました。そうします」
スティーブは、中庭を突っ切りホールに通じる廊下に入った。ホールに近付くにつれ、ざわめきが聞こえてくる。
中に入ると机がたくさん並んでいて、その上には洗面器がいくつも置いてあり、紅茶を濃く煮出したものや、草木染の汁、葡萄の汁など、様々な染料が入っていた。
そこに騎士達が手を突っ込み、ペタンペタンと手を紙に押し付けている。乾かすのが大変で、手が空いている使用人達が誰のテガタか分かるように、庭を区画分けして干している。
王族も同様に騎士達とは違うテーブルで、ペタンペタンとやっていた。
「カイト!」
「スティーブ、テガタを取りにきたのか?」
「ああ、それもあるが、お前にクレメンス殿から書簡が届いたんだ。ちょうど渡せると思って」
「手が汚れているから、読んでくれないか? テガタのノルマは300枚で、まだ半分以上残っているんだ」
「え、それ多すぎないか? お前は`接吻 ‘ もあるからなのか?」
「いいや、接吻はまた別で300枚。銅版画の売り上げが伸びているから、それぞれに300枚位は必要なんだそうだ」
「じゃあ俺も300枚か、まあ、チャリティーだし仕方が無い、頑張るか!」
「ああ、そうだな」
「でも本当にここで読み上げていいのか?」
スティーブが封を開けながら周りを見回す。ホールはテガタを取っている騎士で溢れていた。
「小さい声で頼む。でも多分、俺宛という事は、きっとベルタ王女の親子関係が上手くいった話じゃないかな? 聞かれても問題のない内容だと思うんだ。もし、お前が急に姿を消した事への苦情だとしたら、国王陛下宛に届くと思うし。」
「そうか――分かった、読むぞ。え~と、親愛なるカイト様。お陰様で、ベルタ王女の親子関係は万事うまくいきました。お骨折り頂き誠にありがとうございます。主の仲が良い様子は見ていて大変微笑ましく、我ら家臣一同、大変感謝しております。さて、ここからが本題なのですが、ベルタ姫様が『また接吻を鑑賞しにリーフシュタインに行きたい』と言い出しました。ベルタ姫がそちらに立ち寄った折には、カイト様には、身を潜める事をお勧めいたします」
「え・・・?」
カイトが押していた手を止めた。近くに居る者達の耳もダンボとなる。
「ベルタ様は『あの黒い盗賊、黒曜石のような瞳を持つウエスギにまた会いたい・・・!』と最近はそればかりでございます。何でも、森で優しく諭された時に恋に落ちたとかで、ここ最近は熱心に情報を集めておいででした」
「いや、そんな、アドバイスしただけで・・・でも`ウエスギ ‘ だけなら俺とは分からないだろうし、弊害は・・・」
「先日ベルタ様が、孤児院に慰問で訪れましたところ、家具や、寝具などが新しくなっておりました。シスターから「上杉という黒髪の若い男性から、多額の寄付を頂いた』と説明を受け、姫様は狂喜乱舞し、まず、ここで一つ繋がりました」
カイトが顔を顰めた。
「失敗したな・・・つい同じ名前、ウエスギを使ってしまったんだ」
「そして、次に盗賊の`赤い熊 ‘ の居場所を詰め所に報告なさった時。リーフシュタインの騎士である証明に剣の紋章を見せましたね。リーフシュタインの騎士で、黒髪で、あれだけの人数を倒せるとしたら、カイト様以外に考えられません。そして、カイト様だと思う根拠はこれだけではないのです」
「俺はまだ何かやってるのか・・・?」
「ベルタ様は`接吻 ‘ の複製画をお持ちです。それをじっとご覧になって『ウエスギに似ている』と仰るのです。勿論、顔がこちらを向いてないので、はっきりした事は分かりません。そこで`王国騎士団シリーズ ‘ の、カイト様の銅版画を買い求めようとなさいました。しかし、人気ゆえ、カイト様は勿論、カイト様以外の銅版画も全て我が国では売り切れて、入荷は一ヶ月後になります」
「一ヶ月後なら、どうにか手を打てるか・・・」
「しかし、ベルタ様は待ちきれず、早馬を出してリーフシュタインで直接カイト様の銅版画を買い付ける事にいたしました。早馬が帰って来た時点で、ウエスギ=カイトと知られてしまうことになるでしょう。私にできることは、この手紙をその早馬の騎手に頼み、貴方様に届けてもらう事しかできません。国王陛下も王妃様も『まだリリアーナ様とは婚約までなのだから』と外交上、表に出していませんが、実は乗り気でいらっしゃ――」
カイトは書簡が汚れるのも構わず、染料がついたままの手でスティーブから、それを取り上げた。直ぐにざっともう一度目を通す。
「スティーブ、この書簡いつ届いたんだ!?」
「30分ほど前かな。もう騎手は銅版画を購入済みだったぞ。ゴルツ商会の丸筒を斜め掛けしていたから」
「30分なら馬を急がせれば追いつける・・・しかし無理に取り上げるわけには・・・」
「そうだぞカイト、少し落ち着け、お前らしくもない。却って絵を取り上げたら怪しまれる」
「そうですね――って、何で、サイラス副団長が話しに入ってきているんですか!?」
「そりゃあ、皆で聞いていたからさ」
周りを見ると、手を止めて皆でカイト達に注目している。シーンと静まり返ったホールの中は、小さい声もよく響いた。
カイトが顔を赤くさせた。書簡の内容に集中していて、周りに気付かなかったのである。
スティーブがカイトの両肩に手を置いた。
「大変だけど、頑張れよ。俺にできる事があったら何でも協力するから」
爽やかな笑顔のスティーブに、カイトがジト目で応じる。
「お前、ベルタ姫の関心が俺に移って`ラッキー ‘ と思っていないか?」
「わりぃ、ちょっと――しかし、あれが効いたんじゃないか? 『その姫君は、俺のものだ!!』が」
「セリフが少し違うぞ」
カイトが溜息を吐いて、周りは笑いに沸く。その笑いが急に止まり、カイトの背後を凝視した。その触れてはいけないような空気の中で、カイトはゆっくりと後ろを振り返る。
そこには口を引き結んで立っているリリアーナの姿があった。
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