落ちこぼれ退魔巫女が殿を務め囚われたら、妖魔軍総大将の龍帝に「誰にも触らせない」と独占されました。

真黒三太

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初夜

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「あっ……くっ……」

 目覚めてすぐに舞が覚えたのは、脳をかき乱すような方向感覚の乱れである。
 上も下も、右も左もない。
 宙に浮かんだ体を、激しく揺さぶられているかのようだ。
 あるいはこれは、たちくらみやめまいを何百倍にも酷くした症状であると言えるだろう。
 体力のみならず、霊気に至るまでを完全に使い切った肉体が、極度の虚脱状態へ陥っているのである。

『いいですか、舞。
 無理な術の使用で、精魂尽きた時は――』

 即座に脳裏へひらめくのは、幼い頃に姉から教わったこと。
 舞は幼少時のごくわずかな期間、天才退魔巫女である実姉に師事していたのであった。
 そう、あの時に教わったのは……。

「すぅー……はぁー……。
 すぅー……はぁー……」

 深く、鋭く。
 特殊な呼吸法により、肺へ空気を取り込む。
 空気というのは、無形であるだけで、無そのものではない。
 その内には、火の勢いを遥かに増す見えざる力が宿っていた。
 この呼吸法は、それを効果的に取り込み、全身へ素早く巡らせることができるのである。

(……よし、少し回復してきた)

 見えない力を得た肉体は、霊気を生み出す。
 そして、霊気を使って様々な秘術を行使するのが、退魔巫女という存在だ。
 落ちこぼれの見習いに過ぎない舞であるが、自己治癒力を強化する程度の芸当はできた。

(ここは、一体……?
 いえ、そもそも、どうしてわたしは生きているの?)

 ここまでを半ば動物じみた本能で行った舞に、ようやくその疑問が去来する。
 それはつまり、正常な思考を取り戻せるくらいに回復したということであるが、現状はどう考えても、それを喜べるものではなかった。

(ここは……寝室?
 なんて広い――布団。
 いいえ、これは……寝台?)

 まず、確認できたのが自分を寝かせている寝台。
 瑞光国においては一般的な寝具ではないが、敷かれている布団はやわらかく全身の体重を支えてくれており、驚くほど快適な寝心地である。
 ただ、広さが尋常ではない。
 成人した男子の四、五人が寝そべったところで、まだ余りそうなほどなのだ。
 それはつまり、この部屋そのものが広々としていることも意味した。

「ん……」

 唇から吐息をこぼしつつ、上体を起こす。
 今の今まで気にしていなかったが、そうすることで、気づく。 
 自分が完全な裸体であり、その上に、薄い純白の敷き布をかけられていたことに。

「巫女装束は……!
 そうだ、あの時に……!」

 それで、あの永遠にも感じられた決着の瞬間を思い出す。
 確か、真っ白に染まる視界の中で、身にまとっていた巫女装束が破け散っていくのを見た。
 練り込まれた霊気により守られているのが退魔巫女の装束だが、伝説の龍帝が放った雷をまともに浴びたのだから、当然の結果と言える。

「そうだ。
 一騎打ちして、わたしは負けたんだ」

 そこまでは、当然の帰結。
 落ちこぼれの見習い退魔巫女が、伝説の大妖魔に対し、薄皮一枚切り裂く程度とはいえ傷を与えたのだから、むしろ大殊勲であると言えよう。
 当然でないのは、ここから。

「わたし、生きてる……」

 このことである。
 確かに、体は痛む。
 確かめてみれば、そこかしこに火傷や打撲も存在した。
 おそらくは、雷撃の熱と衝撃によるもの。
 ただ、それだけであり、しかも、自己治癒力の強化で急速に癒されている。

 仮に、自分自身でも驚くほど見事だったあの初級攻撃術により、龍帝の雷撃が威力を削がれたのだとしよう。
 そう考えれば、意識を失うだけで済んだことは、一応の納得ができた。
 納得できないのは……。

「どうして、止めを刺さなかったんだろう?」

 そればかりか、こうして豪奢な寝台へ寝かされている始末だ。
 いや、周囲をよくよく観察してみれば、豪奢なのは寝台だけではない。
 文机から、燭台に至るまで……。
 居住空間として過不足なく揃えられている調度は、いずれもやや悪趣味な意匠ながらも、確かな芸術性を感じさせる。
 腕利きの職人が、一本筋の通った芸術観に基づいて製作したものだと、門外漢たる舞にも察せられるのだ。

 これでは、まるで……。

「客人をもてなしているみたい」

「――その通り!
 いや、正確には違うか」

「きゃっ!」

 独り言へ応えるべく放たれた言葉に、思わず飛び上がった。

「舞。
 貴様は、オレのものとなったのだからな!」

「龍帝……!」

 敷き布で体を隠したのは、咄嗟の行動。

「ふっははは!
 せいぜい、恥ずかしがるがいい。
 その方が、剥く楽しみを得られようというものだ!」

「剥く……」

 一瞬、言葉の意味が理解できず。
 やや遅れて、ようやく分析に成功した脳が、生理的な現象を起こす。
 すなわち、血流を顔に巡らせ、真っ赤に染め上げたのだ。

「はっはっは!
 かわいいやつよ!」

 何がおかしいというのだろうか?
 いや、きっと、舞の一挙手一投足が面白いに違いない。
 龍帝が、大口を開けて笑ってみせる。
 銀髪の美丈夫は首飾りと腰布の他に何も身に着けていないため、そうすると、濃密に鍛え上げられた腹筋の動きがよく見て取れた。

「……何がおかしいんですか?
 いいえ、そもそも、どうしてわたしを殺さなかったんです?
 かつては神の一柱でもあった龍が、敗者を弄ぼうというのですか?」

 敷き布をますます強く胸元に当てながら、問いかける。

「ほおう?
 貴様、さっきのオレが言葉の意味を理解していながら、それを問おうというのか?」

 顎をさすった龍帝が、そう言いながら舞の全身を舐め回すように見つめた。
 その視線が意図するところは、明らかである。
 ただ、意外であったのは、そこに下卑たものを感じられなかったことだ。
 彼の眼差しは、どこまでも温かく、慈しみというものに満ちていたのである。

 もちろん、その先に獣欲というものは存在するが、それは、男女の交わりがあった先に必ず生まれるものであって、汚らわしいものではない。
 もし、それが忌避すべき感情であったとするならば、舞も姉である輝夜も、そもそもこの世に生まれてはいなかった。

 最初は、とくんと。
 やがて、それはどくん、どくんと、激しくなっていく。
 舞の心臓が、高鳴っているのだ。

「ふうん……」

 龍帝が、そんな舞の隣へと座り込む。
 それはあまりに、自然な動作。
 そうすると、彼のあまりに整った顔立ちを間近で見据えることとなり、息を呑んだ。
 かつて、神であった存在の美形ぶりといったら、凄味すら漂っているのであった。

「舞よ。
 唇を寄越せとは、言わん。
 心を寄越せ、ともな」

 言いながら、龍帝が手を伸ばしてくる。
 それは、舞が胸元に寄せた敷き布へ上から入り込み、中にあるものへそっと触れた。
 大して育ってもいないものが、こんなにもやわらかく指を沈み込ませるものだと、初めて知った舞である。

「だが、契りは結んでもらう。
 オレ自身、そうこらえ性がある性分ではないのでな。
 ――放さぬ。お前だけは。
 そして、他の何物にも触れさせぬ」

 言いながら、龍帝が舞へと被さってきた。
 それから展開されたのは、舞にとってまったく未知の世界であったのだ。


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