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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

10章

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 不意に湧いた気配に、声の方向を見るふたりの美少女。
 林海のなか、颯爽たる風情で立つ細身の影が、悪意に満ちた眼で迎える。
 最も会いたくない存在が、最も会いたくないタイミングで、現れた。
 
 「メフェレスッッ!! ・・・いや、久慈仁紀!! 一体いつの間に・・・」
 
 「この学校が、オレの私有地同然であることを、忘れたのか? ファントムガール・ナナ」
 
 つい先日、ファントムガールとユリア、ふたりの天使が苦悶する様を、愉快げに眺めていた、悪鬼の総元締めは、薄い笑いを張りつかせたまま言う。その笑いの意味を、七菜江はよく理解していた。
 勝利の、いや、暴虐の確信。
 
 「こ、こいつら・・・・・・」
 
 クールが売りの知的少女の声が、震えている。
 ふたりは、四方を囲まれていた。
 北の位置に、久慈仁紀。
 東の方角には、黒髪を腰まで伸ばした妖艶な美女が、深紅のルージュを吊り上げて余裕を漂わせている。生物教師としての仮面を脱ぎ捨てた、片倉響子がいた。
 西には、豹柄のチューブトップとミニスカ姿の、「闇豹」神崎ちゆり。
 そして、南への退路を塞ぐのは、黒衣のフードに包まれた、僧侶姿の女・黒田真理子。いや、黒魔術師・マリー。
 
 ギリギリと歯を軋ませる七菜江が、庇うように夕子の前に立つ。夕子の不思議な能力については、里美から聞いていた。眼が光ったように感じたことや、道具も見当たらないのに、電流を放ったことなど。だが、いくら夕子が強くても、一般人である以上、身体を張って彼女を守るのが、七菜江のすべきことだった。しかし、この状況は、最悪といっていい。のこのこ学校に来てしまった、迂闊な自分に腹が立つ。
 常に自信に溢れた夕子の瞳にも、翳りが覗く。ファントムガールが闘っている相手を、里美から聞いていたため、この危険な状態を理解していたのだ。
 
 “こんな時こそ、新必殺技のチャンスなのに・・・生身の身体じゃできないよ!”
 
 ゲームセンターで偶然見つけた、ファントムガール・ナナの新必殺技。拳を潰して練習している七菜江だが、それは光を操るファントムガールならではの技だ。大幅に運動能力・生命力を高められたとはいえ、所詮人間の域をでない今では、できる代物ではない。
 
 “くッッ・・・ど、どうすれば・・・どうすればいいの??”
 
 「うふふ・・・慌ててるわね、七菜江。安心しなさい、今日の獲物はあなたではないわ」
 
 「なッッ・・・も、もしや、あんたたちッッ!!」
 
 「ナナ、貴様には恥を掻かされたお礼がある。人類が見ている前で、破壊し尽くし、犯し尽くさねばオレの屈辱は晴れん。今日の標的は・・・」
 
 ピアニスト然とした細い指が、真っ直ぐに七菜江の後ろを差す。
 
 「霧澤夕子。貴様を処刑する。この愚かなメスどもと、知り合ってしまった不幸を呪え」
 
 やや薄い色素の、茶色の瞳が大きくなる。処刑宣言を受けた衝撃と、この悪魔たちに負けたくないというたぎりが、夕子の中で肥大していく。
 
 「夕子には指一本触れさせないッッ!!」
 
 「ワハハハハ! バカがッッ! 藤木七菜江、貴様はすでに敵ではないわ! 地獄を見せてくれる」
 
 ズブリ・・・
 何かが生地を貫く音が、孤立した陸の無人島に木霊する。
 
 「きゃああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 絶叫。急激に高圧電流を流されたように、ビクリと仰け反った七菜江が、天を仰いで悶絶する。
 
 「な、七菜江ッッ!!」
 
 特に攻撃を受けたふうでもないのに、突然苦しむ少女戦士を、夕子が覗き込む。焦点が定まっていない。全身を硬直させ、抜群のスタイルを誇張して反りあがっている。メロンの双房と、鋭角的な角度を誇るくびれとが、反りきった姿勢のせいで、より強調される。壮絶な痛苦が、少女を食い荒らしているのは、明らかだ。
 
 「・・・偉大な黒魔術の力・・・・・・・・・・思い知れ・・・・・・無知な者ども・・・・・・」
 
 背後を振り返る夕子の眼に、魔女が手にした人形が飛びこんでくる。青いセーラーに、ショートカット。芸術的な曲線を描く、豊満な肉体まで再現されたそれは、間違いなく藤木七菜江の人形だった。
 
 「ハッハッハッハッ! 今までに多くの血と愛液を垂らしてきた貴様の人形は、随分作りやすかったらしいぞ。変身しようがしまいが、ナナ、貴様はマリーのオモチャだ」
 
 「あ・・・・・・が・・・・・・・はぁぁッ・・・・・・・・」
 
 想像をはるかに凌駕する激痛は、一度に少女戦士の戦闘力を奪い取っていた。根性とか、気力とか、そんなものの通じる世界ではない、悪魔の絶苦。七菜江にできるのは、ただこの呪縛から解放されるのを祈ること。悶えすらできぬ。
 
 “な、なんて・・・・・・苦し・・・さ・・・・・・・・・と、とても・・・・・・とても・・・・・・”
 
 「やれ、マリー。この生意気な娘を、跪かせろ」
 
 ブスッブスッブスッ
 無造作に針を人形に突き刺す黒衣の魔女。
 
 「うぎゃあああああッッッ―――ッッッ!!!! ぐぎゃあああッッッ・・・わああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 「よく見ておけ、霧澤夕子。我らの邪魔をする者が、いかに悲惨な末路を辿るか・・・後悔とともにな」
 
 内臓をカンナで削られているかのごとき烈痛。燃え盛る鉄の串で、焼かれながら蜂の巣にされるイメージの中、七菜江は悶絶して転げ回る。避けられない激痛から、必死で逃げようとするかのように。四人の敵に囲まれている状況を忘れ、無防備に横転し続ける。鮮やかなセーラーの青は、瞬く間に黄土色に覆われ、小麦色の肌が、土に汚されていく。
 
 「あぐぐ・・・・ぐぅあああッッッ~~ッッ・・・・・・・・はあがッッ!! ・・・・・・あうああッッ・・・・・・ああああ~~~ッッッ!!!」
 
 安住の地を求めて、悶え跳ねるアイドル顔の少女。それは、灼熱の鉄板上で跳ねまくる、釣りたての魚の断末魔を思わせる動きだった。豊かな胸と、引き締まった腹部を、潰れんばかりに自らの細腕で抱き締めながら、見えない槍に刺し抜かれる痛撃に、七菜江は蹂躙され続ける。
 
 「あはははは♪ ナナエ~~、い~~いカッコじゃ~~ん♪ あんたって、ホントにイジメ甲斐があるメスネコよねぇ~~」
 
 サングラスの奥で、マスカラの濃い眼が皺を寄せる。ハンドで鍛えた足は、つま先までピンと伸びて硬直し、背骨は折れそうに反りきっている。そんな天使の苦しむ様子は、マイナスエネルギーに満ちた魔人たちには、最高のショーとなって、暴虐心を潤す。
 
 「マリー、この娘は小さな身体に似合わず、相当シブトイわ。もっと、あなたの力を見せつけた方が、いいんじゃないかしら? 今も苦しそうに見せて、心の内で笑ってるわよ」
 
 七菜江がそんな駆け引きなど出来ぬことは、よく知り抜いている片倉響子のアドバイス。黒フードの下で、瘴気に包まれた女の眼が光る。
 
 「・・・魔術をバカにする者には・・・・・・罰を下す・・・・・・・」
 
 左手で掴んだショートカットの人形に、魔女は五寸釘を刺す。
 左胸と、下腹部に。
 さらに、背中から突き出た二本の釘を、グゥリグゥリと大きく円を描いてねじり回す。
 
 「はアふうぅッッ!!! ふげええェェッッッ!!! うぎぃやあああああッッッッ――――ッッッ!!!! ぎゃあああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 桜色の唇から洩れる、耳を覆いたくなる悲鳴。
 壊れそうに自らを抱き、頭頂と、ふたつのつま先だけで、弓なりにブリッジする藤木七菜江の肢体。
 肉食獣に食い破られる絶痛に、可憐な女子高生は喉も千切れんばかりに叫び続ける。
 
 「七菜江ッッ!! しっかりしてッ!!」
 
 駆け寄ろうとする夕子。だが、その動作は、すぐに封じられる。
 
 カキ―――ンンン・・・・・・
 
 乾いた音色が、哀れな絶叫に混じる。
 
 「・・・なるほど、やはり情報は、正しかったようだ」
 
 背後から襲ってきた久慈の攻撃を、夕子はしっかりと受けとめていた。
 不意打ちを防いだ、そのカンも確かに驚嘆すべきことではある。だが、久慈が真に驚き、そして同時に確認したかったことは他にあった。
 久慈が仕掛けたのは、紛れもなき真剣での一閃。
 そして、それを受けたのは、見た目はなんの変哲もない、白い少女の右腕。
 
 「いくら手を抜いたとはいえ、切れ味で世界一を誇る日本刀を、素手で受ける女など・・・クク、普通であるわけがない」
 
 冷静と呼ばれる少女の瞳が、カッと赤く燃える。聖域に近寄られた動揺が、霧澤夕子から平常心を奪っていく。
 
 「だまれッッ!!」
 
 怒りに任せたハイキックが、中性的な魅力を醸す男の顔面を狙う。余程の実力差がない限り、当たることのない大技は、そよ風のように避けられる。
 
 「周囲からはクールだ、天才だなどと言われているようだが、とんでもない。実に短気で短絡な女のようだな、霧澤夕子。いや、有栖川夕子」
 
 柳眉が吊り上がる。
 NGワードに触れられた夕子のアドレナリンが、瞬時に沸騰する。潤んだ唇から白い歯が剥き出され、垂れがちな瞳が憤怒に炎上する。銀の首輪が、心なしかその輝きを増す。
 
 「ウオオオオッッッ!!!」
 
 鈴のような夕子の声に、おおよそ似合わない咆哮。
 繰り出される連打、連打、連打。
 一発当たればそれで決まる、大きなアクションのパンチとキックが、嵐となってヤサ男を襲う。だが、ダイナミックであるがゆえにわかりやすい攻撃は、剣の達人にとって脅威ではない。
 
 「ハハハ、そんなパンチがオレに当たるわけなかろう、有栖川夕子」
 
 「言うなッッ!!!」
 
 叫ぶ少女の瞳が、文字通り、光る。
 錯覚などではない、予想だにせぬ正真正銘の物理現象に、眩い放射を至近距離で浴びた久慈の目がくらむ。
 
 「ぐおォォッ!!」
 
 動きの止まった男の整った顔に、渾身の一撃が飛ぶ。
 ビチイイッッッ・・・・鞭が鳴ったような音。
 握り締めた夕子の右の拳は、久慈に当たる30cmほど手前で止まっていた。
 
 「惜しかったわね。恨むなら、とっとと失神しちゃったオトモダチを恨みなさい」
 
 嘲る言葉にすら、色香が込められている。
 美の化身が造形した完璧な美女が、そのたおやかな右手をこちらに向けている。その指先から妖糸が放たれ、夕子の右手首に絡まっていることなど、少女にわかるわけがなかった。
 
 「あん時はさぁ~~、あんたを逃がしてやったけど、今日はそうはいかないよォ~~。まぁ、こいつを見殺しにするなら、いいんだけどさぁ~♪」
 
 コロコロと笑う「闇豹」が、隣でコウベを垂れるショートカットを、無造作に掴んで上げる。実際に杭を打たれる以上の激痛を食らい続け、ついに気絶してしまった、無惨な天使がそこにいた。

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