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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

14章

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 「うッッ!」
 
 「・・・・・・ファントムガール・・・・・・・・お前は・・・私の獲物・・・・・・」
 
 それまで微動だにしなかった黒魔術師・マリーが、枷が外れたかのように立ち上がっていた。その左手には、銀と紫の人形。そして、右手には、長く鋭い銀の針。
 前回、いいようにファントムガールを嬲った魔女が、勝利を目前にした聖天使に立ちはだかる。
 
 「“待ってた”わよ、マリー!! 早くこのメスブタを殺してぇ!」
 
 手を出すな、といったはずのマヴェルの台詞に、違和感を覚えるファントムガール。だが、そんなことに構っている余裕はなかった。鋭い針が、呪い人形に突き刺さらんとしている。
 銀色の戦士の左手が、思いきり振られる。
 
 バキイイイィィィッッッッ・・・・・・
 
 信じられない光景が広がった。
 人形が、マリーを殴った。ファントムガールの動きに合わせるように。
 恐ろしい魔力を持つが、耐久力はない魔女は、小さな人形の一発で倒れていく。
 
 「秘術・呪い返し!!」
 
 御庭番宗家の跡取りである五十嵐里美は、幼少の頃より忍術の修行に明け暮れてきた。それはただ単に、肉体の鍛錬に留まらない。日本という国を守ることを義務付けられている里美は、古今東西の格闘技・武器・科学など、数多くの闘いに役立ちそうな知識を修めてきたのだ。そのひとつに、黒魔術もあった。
 資料と知識を頼りに、不安ながらも試してみた呪い返し。マリーに比べれば、実に拙い術ではあるが、それは今、確かな効果となって里美に報いたのだ。
 
 「どんなに苦しい情況でも、どこかに突破口はあるわ! 正義は必ず勝つのよ!」
 
 マリーを相手に、勝算を見出す可能性のある唯一の策を成功させ、ファントムガールが叫ぶ。唖然とする魔豹を尻目に、その右手に眩い光が集中する。
 
 「キャプチャー・エンド!!」
 
 聖なる瀑布が、リボンを伝って捕獲した女豹に注がれる。全ての魔を消滅させる、正義の濁流が、マヴェルの身体を包み込む。
 
 「ふげえええええッッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 絶叫する魔豹。多くの人々を泣かせ、人道を外れた悪魔に最後の瞬間が迫る。黒い斑点のついた体毛が、光によって溶けていく。
 更に大きな光が、天に向かって爆発する。
 
 「うわああああああああああああああああッッッッ――――ッッッ!!!!!」
 
 大絶叫。
 だが、それは、マヴェルのものではない。
 ファントムガール・里美の、壮絶苦に悶える絶叫。
 つい先程まで攻勢だったはずの守護天使は、全身から黒い煙を昇らせて、立ち尽くしていた。崩れそうな肢体を、内股で、つま先立ちしてなんとか支える。ダラリと垂れた両腕は、ピクピクと痙攣していた。その右手が持っていたリボンは、跡形もなく消滅している。
 
 「ッとにこのクソ女は・・・最後までムカツカせてくれる・・・」
 
 戒めから逃れた魔豹が、言葉に怒気をはらませて言う。あちこちが焼け爛れているが、悪女は無事だった。代わりに瀕死となった銀の女神に、憤怒と残虐の視線を向ける。
 
 「あ・・・・・・あが・・・・・・・・・・な・・・な・・・ぜ・・・・・・・・??」
 
 突然襲った悲劇を、理解できない女神が、虚ろな声で尋ねる。
 
 「下を見な」
 
 ゆっくりと、ファントムガールの整った美貌が、足元の大地を見る。
 
 「!!!」
 
 魔法陣。
 黒魔術のものと思しき魔法陣が、ファントムガールを中心に描かれている。
 
 「こ・・・・・れ・・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・!!・・・・・・・・」
 
 「マリーが最初、動かなかったのは、これを完成させるため。暗黒のパワーが集中する魔法陣に、光の存在のあんたを置いたら、どうなっちゃうんだろうねぇ~?」
 
 恐るべき、敵の作戦に正義の少女は戦慄する。
 それはマグマの海に、突き落とされるようなもの。
 激しい痛苦の予感に、先程の強烈な猛火の痛み、一瞬にしてリボンが消えてしまった恐怖が、束になってスレンダーな肢体の少女にのしかかる。
 
 「うぅぅ・・・・・うう・・・・うううぅぅ・・・・・・・・」
 
 「マリー、このクソメスを、地獄に堕してやって」
 
 魔法陣から、暗黒の光が柱となって噴出する!
 
 「うあああああああああああああああッッッ――――ッッッ!!!! もッッ燃えるぅぅぅぅッッッ―――ッッッ!!!! 熱いイイイィィッッッ―――ッッ!!!」
 
 闇のパワーを全身に浴び、聖少女が悶絶する。
 銀色の皮膚から、光の膜が次々に削ぎ落とされていく。ファントムガールの力の源、聖なる光のエネルギーが、球体となって、ボコボコと女神の体内から抜け出ていく。
 
 「うああああああああッッ―――ッッッ!!! ちッッッ力があああッッ―――ッッ・・・ぬ、抜けていくうううぅぅッッッ―――ッッッ!!!! し、死ぬううッッッ!!! 死んでしまううううぅぅぅッッ――――ッッッ!!!」
 
 琴の声が泣き叫ぶ。
 あまりにも壮絶な痛みに、ファントムガール・五十嵐里美は発狂寸前になっていた。針の山に全身を貫かれる激痛と、紅蓮の炎に焼き尽くされる熱さ。それが同時に襲い、尚且つ命の源である光のエネルギーを、抜き取られているのだ。
 
 「くッッ苦しいィィィッッッ―――ッッッ!!!! あッ・ア・ア・ア・ア・ア・ア・・・・・・・かッッ・・・体がッッ・・・・・・・と、とけ・・・溶けるぅぅぅッッ~~~ッッッ!!!!」
 
 正義の使者であることも、己の使命も忘れて、ただ地獄の苦痛に里美は悶絶した。無理はなかった。その壮絶な苦痛は、本当の地獄よりも激しいのではと思わせた。
 火が水に消えるように、アルカリが酸性に溶けるように、正のパワーは、負のエネルギーに消されていく。今、ファントムガールを襲っているのは、“消滅する”という苦痛だった。それは、あらゆる拷問に耐えられるよう、修行してきた里美を泣き叫ばせるのに、十分な地獄の苦しみ。
 バシュン! バシュン! という音を残し、光球がファントムガールから突き出ていく。銀の女神の命は、確実に削り取られていく。
 悲鳴の中で、守護天使は膝をつき、やがて、ゆっくりと仰向けに倒れていった。魔法陣の中心。闇が集中するその場所で、光の戦士は黒い煙を身体中から昇らせて、失神していた。動かなくなったファントムガールを確認して、ようやく魔力の放出が止む。
 
 ガクリ・・・と首が横に垂れる。失神を示す泡が、ゴボゴボと大量に銀の唇を割って出る。銀の皮膚は、もう輝いてはいなかった。自然に曲がった指が、全身の弛緩を教える。青い瞳の光も消え、胸の中央のエナジークリスタルが、ヴィーンヴィーンと、哀しげなメロディーを奏でる。
 
 「あははははは♪ 終わったわねェ、ファントムガール! でも、楽しいのはこれから♪ 嬲り殺しの時間よォ~!」
 
 マヴェルの喋り方は、いつもの人を食ったようなものに戻っていた。ファントムガールの壮烈な苦しみぶりが、魔豹の溜飲を下げていた。
 
 無警戒に気を失った正義のヒロインに近付く女豹。仰向けに寝るファントムガールの右手を掴み、無理矢理横に広げる。
 ズブリ・・・
 マヴェルの青い爪が五本、紫のグローブをはめた掌を、地面に突き刺して固定する。
 痛みによって、覚醒する聖少女。だが、なにが行われているかなど、理解できずに、ただいいように操られる。
 青の爪が小さな掌を串刺したまま、根元から取れる。少し力をこめると、肉だけになった豹の指先から、新たな鋭い爪が飛び出す。
 魔豹の爪は、脱着が自在なうえに、次々に生えてくる特質を持っていた。左腕も広げられ、同じく掌を固定される、無抵抗な少女戦士。
 とどめは足だった。両足を揃えられ、一直線に伸ばされる。足首に爪が刺さり、自由が奪われた。
 
 「いいザマねェェ~~、ファントムガール! まさしく天使って感じィ~」
 
 魔法陣に十字架に磔られた聖なる女神。
 切れ長の美しい瞳は、悲哀に満ちて垂れ、濡れたような唇は、これからの煉獄に恐怖するかのように震えている。
 
 「うううぅぅ・・・・ああ・・・・・・・あ・・・・・・・」
 
 「まだまだぁ~、あんたの悲鳴、聞き足りないなぁ~~。やって、マリー♪」
 
 十字架に固定された聖天使を、暗黒の魔法陣が焼き尽くす。
 
 「ふぎゃあああああああああッッッッ――――ッッッ!!!! あがああああッッッ――――ッッッ!!! やめてええええええッッッッ―――ッッッ!!!!」
 
 天使が放つ獣のような絶叫に、人類は思わず耳を塞いだ。不屈の少女戦士が、身が溶けていく激痛から逃れるため、悪に対して泣き叫ぶ。懇願を聞き入れたかのように、不意に闇の放出が止む。
 
 「ハアッッ! ハアッ! ハアッ! ・・・あああ・・・・うああああ・・・・・」
 
 美しい顔が歪み、泣き顔になっている。身動きできぬ身体には、汗がビッショリと濡れ光り、あまりの苦痛に涎があぶくとなって銀の唇から溢れている。
 訪れた休息に、緊張の糸を切らすファントムガール。計算づくでその瞬間を待っていた魔女が、油断した囚われの女神に暗黒の猛火を浴びせる。
 
 「うぎゃあああああああああああッッッ――――ッッッ!!!! もうダメえええええええッッッ――――ッッッ!!! 私もうダメえええええッッッ――――ッッッ!!!! いやあああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 手も足も動かせず、ただ絶叫するファントムガール。囚われた肉体が、闇の業火により溶けていく。銀色の肌が破れ、ブスブスと沸騰する。引き千切られたセロハンみたいな焼け跡が、染みになって広がっていく。右肩が、左の乳房が、両脇腹が、左太股が・・・ケロイド状に溶けだし、オレンジ色の肉汁が染みだす。満身に魔の放出を浴び、正義の味方に許されたのは、泣き喚くことだけだった。身も心も崩壊寸前の宿敵を、魔豹がニヤニヤと眺める。大地に十字架磔された光の戦士は、凄惨な極痛の前に、完全敗北を喫しようとしていた。
 
 “私・・・ホントにもう・・・だめ・・・こんなの・・・耐えられない・・・・”
 
 ボシュン! ボシュン! バシュン!
 聖なるエネルギーが、光の球体となって抜けでるたびに、死への階段をファントムガールは昇っていった。
 
 “光・・・・・・どんどん抜けて・・・・・・・・・私・・・・・・・・・死・・・・・・・・・”
 
 ヴィーンヴィーンヴィーン・・・
 胸のクリスタルが、その点滅を早めていき、少女の泣き声にも似た響きが、夏の夜にこだました。
 


 オレンジの照明灯が、ハイテク装備が完備された、長方形の高層ビルを照らし出している。
 近くにも高いビルはいくらでもあったが、この建造物には他とは一線を画した美と洗練さがあった。全面が青みがかったガラス張りになっている。入り口付近に配備された、数々の防犯設備。ビル内にはいれば、そうした技術の粋は、外面以上に感じることができるだろう。
 
 国内でも有数の巨大企業、三星グループが誇る「三星重工」の支社ビルは、その技術力の高さを誇示するかのように、あらゆる最新の機械工学を生かして、北区栄が丘の一角に建てられていた。
 ネズミのキメラ・ミュータント「アルジャ」が、この地方最大の繁華街にして中心地である栄が丘を襲撃した際、誰もがこちらに来ないことを祈っていた中で、唯一悠然と構えていたのがこのビルである。マグニチュード8の大地震であろうが、50mを越える巨大生物であろうが、この現代の要塞を破壊することはできない。設計者たちには、それだけの自信とプライドと計算があった。
 
 中央区に巨大生物が現れたとの報を受けても、建物内は平然を装っていた。一説には、核を直撃されても壊れない、との噂まであるビルだ。慌しい周囲の中で、そこだけが神の領域のように浮いていた。
 
 「君、なんの用だ?」
 
 噂では、国家予算級の利益をあげられる、といわれるほどの極秘研究が進んでいるビルである。入り口に立っている人間こそふたりしかいないが、警備は皇居並といって差し支えない。超S級の厳重態勢のなか、フラフラと内部に入ろうとした少女は、至極当然に2m近い巨体の警備員に呼びとめられる。
 
 最初、ふたりの警備員は、避難を求めて少女がやってきたのだと思った。過去の巨大生物の襲来時に、そういったケースは多く見られたのだ。この建物が安全であることは、近辺に住む者なら誰もが知っていることだ。
 だとすれば、追い払わなければならない。助けを求める者を拒絶するのは決していい気分ではなかったが、それが彼らの仕事であった。
 だが、闇の中から近付いた少女の姿を一目見たとき、警備員たちは己の予想が違っていたことを、すぐに理解した。
 
 「・・・お願い・・・・・・・有栖川博士に・・・・・会わせて・・・・・・・・」
 
 青いセーラー服姿の美少女は、夏のせいだけではない汗を全身に浮かべて、息も絶え絶えに呟いた。短めのスカートはビリビリに破れ、内股からは血が滲んでいる。本来白のシャツは、土に汚れて茶色に変色していた。一歩進めるごとに、倒れそうになる足取りからは、このショートカットの少女がいかに疲弊しているかがわかる。
 少女の姿は確かに尋常なものではなかったが、それ以上に異常を知らせるのは、彼女が背負っているものだった。
 
 茶色の髪をツインテールにまとめた女子高生。少女と同じ制服だが、背負われた女子高生の方は、ピクリとも動かない。
 そして、その右腕と左足はなかった。
 切断された右腕からは、銀色の金属部品が覗き、引き千切られたと思われる左足からは、黒いコードが数本、ぶら下がっている。
 部品と化した右腕と左足は、ショートカットの少女の手にあった。霧澤夕子のものだった腕と足は、いまや最高の技術を駆使して造られた、精密な機械へと戻っていた。
 
 「有栖川・・・博士・・・・・・あなたの・・・娘さんが・・・・・・・夕子・・・が・・・・死にそう・・・・・・・・です・・・・・・・・たすけ・・・て・・・・・・」
 
 うなされるようにそれだけを言うと、藤木七菜江は脱力感に飲みこまれ、倒れこんでそのまま意識を失った。
 
 
 
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