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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

14章

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 灰色と茶色の巨大風船。
 ファントムガール・ナナの目前で、その二匹の巨獣は変化を始める。
 短い手足と突起物のような頭が体内に潜りこむ。まるで亀のように。
 ナナに恨みの炎を燃やす双子姉妹の変身態は、完全な球体となって、盆地にできた地方の町にその姿を現す。色といい形といい、それは巨大な岩を思わせた。
 ギュル・・・グレーとブラウンの肉弾が回転する。そして。
 転がる。ふたつの巨大岩が。
 
 GGGGGGGWWWWWOOOOO・・・!!!
 
 家屋を破壊し、アスファルトの道路を踏み潰し、巨大ボーリングが聖なる少女に向かって、一直線に轟音を引き連れ加速していく。
 速い。凄まじい速さ。
 コンクリートと鉄骨でできた建造物が、発泡スチロールでできているかのように破砕されていく。粉塵が嵐のように巻き起こる。向かってくる巨大球の速度、質量、回転力・・・その脅威がナナに自ずと伝わってくる。
 
 「ハアッ、ハアッ、ハアッ、くそオッ!」
 
 一撃目の灰色の弾丸・サリエルの突進を、辛うじて側転でかわす青い戦士。
 体力の限界を迎えている少女が、猛スピードで突っ込んできた肉弾をよけただけでも賞賛されよう。
 だが、追撃の茶色の巨岩は、聖天使が動いたその瞬間を狙っていた。
 鮮やかに側転を決め着地した場所に、土煙を纏ったビキエルが健康的なエロスを振り撒く肢体に突撃する。
 交通事故を回避できないタイミングというのがある。あ、これは事故になる、と。ブレーキを踏んでも間に合わない、このあと必ず事故になる、マズイ、というタイミングが。傍目から見ていれば、目を覆いたくなるタイミング、そのタイミングで茶色の巨岩は、可憐な少女戦士に突っ込んだのだ。
 
 逃げながら巨大な闘いを見守っていた人々は、青いファントムガールが弾き飛ばされる映像を予見した。
 そして、次の瞬間、彼らは驚愕のシーンを目撃することになる。
 
 かわしていた。
 銀と青に彩られた抜群のプロポーションを持つボディは、二撃目の弾丸すら身を飛ばしてかわしていたのだ。
 身のこなし、反射速度、ボディバランス・・・ナナの身体能力は人類の想像すらも凌駕していた。人間がその動きをするのでも信じられないというのに、50m近い巨大な女神が奇跡的な俊敏さで動くのだ。童顔な天使の体術は、もはや神懸り的といえた。
 
 「チッ、素早いヤツめ! サリエル、ビキエル、手を休めるんじゃないよ!」
 
 やや離れた位置から、蜂の姿をした女王が指示を飛ばす。
 灰色と茶色の球体は、すぐさま必殺の速度で、再び肉感的な少女戦士に襲いかかっていく。
 巨大ボーリングの脅威は、ただ破壊力だけにあるのではない。その大きさ自体が相当に厄介であった。
 真っ直ぐに向かってくるものをよけるのは、想像以上に難しいものだ。それも自分の身体より縦も横も大きいとなれば、その難易度たるや。しかも敵はふたり、一撃目をよけるのにバランスでも崩したら、直後に二撃目を直撃されるのは必至。
 
 ”ま、まともに食らったら・・・コナゴナになっちゃう・・・・・・に、逃げなきゃ・・・でも・・・”
 
 「ゼハアーッ、ゼエエーッッ、ゼエエーッッ、クハアアーッッ、ハアアッーッッ!」
 
 左手が自然、桃のようなバストに伸びている。
 酸素を求めて、潤んだ銀色の唇がパクパクと開閉する。心臓が爆発しそうに脈打ち、愛らしい少女を苦しめる。単に呼吸という問題だけではない、疲労と破壊によって積み重ねられたダメージは、ナナの全身に張りついていた。膝がガクガクと笑っている。被虐の天使の体力はとっくに尽き果てているのだ。ただ、不屈の闘志と負けん気、そして正義の心だけが、真っ直ぐな聖少女を支えている。
 
 “このままじゃ・・・・・・やられる・・・・・・一発・・・逆転の一発に・・・賭けるしかない・・・”
 
 己にこめられた弾丸は、たった一発しかないことを、ナナは自覚していた。
 だが、その一度、たった一度の攻撃で彼女は3人の復讐鬼を殲滅させ得ることも知っている。ファントムガール・ナナ究極の必殺技を使えば・・・
 
 轟音が背後に迫る。
 ふたつの巨岩が横並びになって、ナナを圧殺せんと転がってくる。
 その勢い、迫力に普通の女のコならば立ちすくむだけだろう。いや、男でも同じこと、成す術なく轢死され、肉片を撒き散らして果てるのみ。
 人間体時の感覚ならば、時速100キロでダンプカーが突っ込んでくる感覚、その恐怖を前に、ナナは飛んだ。
 
 真横に向かってダイブする。間一髪で死のボーリングをさけた青い戦士は、飛んだ勢いでごろごろと前転しながら態勢を立て直そうとする。
 
 ジュッッ!
 
 肉が焼ける音。
 ふたつの岩をよけた少女戦士の背に降りかけられたのは、蜂女の右手の針から噴き出された、黄色の液体だった。
 
 「うああッッ!」
 
 仰け反って呻くファントムガール・ナナ。
 毒液のかかった背中の皮膚が焼け爛れ、銀色の肌から黄色の煙が立ち昇る。
 肩を揺らして笑う蜂女クインビーを、キッと睨みすえながら立ちあがる青い天使。ハンドボールで締まった足が、ブルブルと震えている。
 背後に沸く殺気と轟音に、振り返るナナ。
 唸りをあげる巨大肉弾が、目の前にいた。
 跳躍して逃げようとするアスリート戦士。
 だが。
 
 「――ッ!!」
 
 ガクンと膝から崩れる可憐な守護天使に、回転する巨岩が衝突する。
 
 ドッキャアアアアアッッッ!!!!
 
 凄まじい、破壊音がした。
 木の葉のように青い肢体が吹っ飛ぶ。遥か天空を飛んでいく。
 口から血を撒き散らしながら、破壊衝撃を小さな身体に叩き込まれた少女戦士が、半失神のまま地方の町を飛んでいく。
 
 ズドオオオオオオオンンンンンン・・・
 
 壊れたオモチャのように大地に落下するファントムガール・ナナ。
 青い肢体がバウンドして30mほど浮きあがり、そのまままた大地に落ちて、守るべき人間の住居を押し潰す。弾き飛ばされた勢いでゴロゴロと転がっていくダイナマイトボディは、200mは吹き飛ばされてようやくその肢体の回転を止めた。
 
 ゴボリッッ・・・
 
 血塊が半開きの口から溢れる。
 仰向けに横臥した肉感的な身体が、ビクビクと痙攣し続ける。青い瞳が暗くなり、胸のエナジークリスタルは哀しげな音を奏でて点滅し始めた。
 ヴィーン・・・ヴィーン・・・ヴィーン・・・
 戦闘開始からわずか数分にして、ナナは限界を迎えていた。いや、そうではない。戦闘前からすでに勝負は決まっていたのだ。
 
 「アハッ、アーッハッハッハッハッ! いいザマだ、ナナッ! 全身の骨をコナゴナにされる気分はどうだい?」
 
 狂ったようなクインビーの笑い声が、暮れかかった夏空にこだまする。心底嬉しげな怪物の嘲笑が、顔色を失った人類に重々しく響き渡る。
 
 グ・・・
 グググ・・・
 危険の及ばぬ地域まで逃げ延び、女神と怪物の聖戦を見守る人々は、またもや信じられない光景を目の当たりにする。
 明らかに致命的ダメージを受けたはずの青いファントムガールが、立ちあがってきていた。
 身体の痙攣は止まっていない、体力が枯れ果てているのは素人目にもわかる、なのに・・・うっとりするようなプロポーションを誇る幼い天使は、絶望的な闘いをなお挑もうとしている。
 
 立つな。立たないでくれ。
 
 憐れみ誘う姿に送られる願いを無視し、諦めを知らない健気な超少女は、高らかに笑う蜂女を見ながら立ち上がる。
 その背後から叩きつけられる、茶色の巨岩ビキエルの突進。
 
 ボギイイイイイイッッッ!!!!
 
 反り返るナナの肢体。背骨の軋む音を残して、ぬいぐるみのように軽やかに、銀と青の身体が廃墟と化した街並みを、横滑りに飛んでいく。土にまみれ、薄汚れた銀色の天使は、処刑の大地を転がり続ける。
 うつ伏せに倒れ、助けを求めるように手を差し伸ばした姿勢で、ナナの肢体は緩慢に揺れている。動かぬ身体で、必死に抵抗しようとしているのか――憐れな超少女を、3匹の復讐鬼が嘲笑う。
 
 「アーッハッハッハッハッ! 正義の味方がなんてザマだい! まだまだだよ、ナナッッ!! こんな程度じゃ許さないからね!」
 
 グググ・・・再び立ちあがろうとする青い戦士。
 それは敢えて蹂躙されることを望んでいるかのような姿だった。誰が見ても、ナナに勝機はない。いや、立ち上がることが、すでに奇跡。絶望的な状況で、憎悪の炎を燃やす処刑者たちの前に立つことが、なんの意味があるというのか。
 
 “・・・・・・い・・・・・・ま・・・が・・・・・・チャン・・・ス・・・・・・ッッ!!”
 
 心のどこかで、青いファントムガールが苦しまず、静かに殺されることを願っていた人類は、愛らしいマスクの守護天使が、決して闘いを諦めていなかったことを知る。
 ボロボロの肉体、1vs3という状況、トドメの肉弾を浴びたダメージ・・・もはや虐殺されるのみと思われたファントムガール・ナナに訪れた、油断という名の一瞬の好機。
 高笑いする蜂女と肉団子姉妹が、ナナの企みに気付いて絶句する。
 
 右手が、光る。
 立ちあがった青い少女が狙う標的は、廃墟の大地。
 拳に集まる光のエネルギー。身体の隅々から残らず集結した力が、渾身の一撃にこめられる。
 
 ファントムガール・ナナの超必殺技「ソニック・シェイキング」――
 震動を与える打撃と聖なる波動とを複合させた、究極の必殺技。周囲に広がる光の波紋と正義の炎柱が、四方の敵を一斉に殲滅する、絶対不可避の最終奥義。
 
 絶体絶命の窮地から、大逆転を賭けた最後にして最大の一撃が大地に叩き込まれる。
 
 ブッッッシュウウウウウウウウッッッ!!!
 
 「きゃあああああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
 
 クインビーの巨大な顎が歪む。
 光の波動は、生まれなかった。
 代わりに戦場に繰り広げられた光景は、右肘から噴出する鮮血を押さえ、ガクリと両膝をついてうなだれる、深紅に染まったナナの姿。
 
 「アーッハッハッハッハッハッハッ!! アーッハッハッハッ!!」
 
 高らかな勝利の歌声が、全てを失った無惨な天使に降り注ぐ。
 
 「バカな女だよ、お前はッ!! ナナ抹殺計画、弱点その4。ナナの必殺技はいずれも右手から放たれる。右腕を集中攻撃した意味がようやくわかったかい? もう手遅れだけどねぇ!」
 
 ファントムガール・ナナが誇る二大必殺技「ソニック・シェイキング」と「スラム・ショット」。そのどちらも、威力はファントムガール中でも最強であろうが、利き腕である右手からしか放てないことを、片倉響子は気付いていた。ハンドボールの試合から続く右腕への集中砲火は、全てこの時のための布石であったのだ。
 ファントムガールの闘いをほとんど知らされない一般人では、この弱点に気付くことはない。ナナを異常なまでにつけねらう響子ならではのナナ殺しといえた。超威力を持つソニック・シェイキングの反動に耐えれるだけの右腕を、ナナはすでに持っていない。それはつまり、少女戦士の勝機が、完全に潰えたことを意味していた。
 
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