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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

23章

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 三方を山に囲まれた砂の海岸。
 ゴツゴツと岩が点在し、とても海水浴場にはなり得ない静かな海辺が、藤木七菜江が選んだ決戦の場所だった。
 干物など、海からの恵みで細々と生計をたてている村の人々は、突然現れた4体の巨大生物に逃げ惑った。うちひとりの神々しい銀色のボディは、ニュースなどで見知ったもの。巨大なモノへの恐怖と同時に、輝く肌と見事なボディラインに、非常事態だというのに感動が沸き起こる。
 わずか数戸の家屋があるだけのこの場所ならば、罪もない人々を巻き込む危険性はなかった。巨大な正邪が対峙する海岸は、人どころか鳥すら近寄らず、ただ夏の直射が照りつけるのみ。また、山間を潜り抜けた先にあるこのさびれた海岸は、五十嵐家からいかような交通手段を使おうとも3時間はかかる陸地の孤島で、仮にヘリを飛ばしたところで相当な時間が必要なはずだった。七菜江がここを選んだのは、以上の2つの理由からだ。
 
 「メールで『挑戦状』とは・・・相変わらずふざけた女だよ、てめえは」
 
 青い守護天使の前に立った巨大蜂が、憎憎しげに吐き捨てる。ファントムガール・ナナの背後には海が広がり、左右には、灰色と茶色の巨大な鞠が挟んでいる。登場と同時に銀の天使は窮地に立たされた格好となっていた。狭い砂地で3体の敵と闘うのは、どう転んでも追い詰められた態勢にならざるを得なかった。
 
 「けど、みすみす殺されに来るなんてね。おかげでこっちは助かったよ。今日こそ地獄に堕としてやる」
 
 クインビーが柴崎香の声でクックッと笑う。偽りない心境だった。工藤吼介の影に脅えた香とカズマイヤー姉妹は、格闘獣の追跡から逃れるため、身を潜めて過ごしていたのだ。その一方で、香は殺しそこなった七菜江の存在を気にかけていたのだが、まさか向こうからやってくるとは・・・
 
 「それはこっちの台詞だ・・・クインビー、あんただけは許さない。心の傷も、身体の痛みも、まとめて返してやる!」
 
 「その生意気な態度が気に入らないんだよ! 『エデン』の力で私からレギュラーを奪った卑怯者が」
 
 「あたしがレギュラーになったのは実力だ! 逆恨みの挙句に化け物になっちゃったあんたを、あたしは倒す。倒すよ、香先輩」
 
 宣言するファントムガール・ナナの口調に、悲しい響きが含まれていることが、逆に少女戦士の本気を教えた。
 己への膨大な憎悪の前に、前回のナナは屈してしまった。
 だが、今の聖少女には、闘いの決意が大木のごとく根付いている。揺るぎ無く、切り倒れない大木が。
 
 「死ね! 七菜江ッ、死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
 
 逆上した蜂の突撃を合図に、サリエルとビキエルの巨体が動く。僻地での巨大な死闘は、始まりの鐘を鳴らした。
 毒針を光らせ突っ込んでくる復讐鬼と、左右から迫る肉の津波。一撃で勝負を決しかねない迫力。殺意に囲まれた美少女戦士はどう切り抜けるというのか。
 
 飛び膝蹴り、一閃。
 突っ込むクインビーの顎に、カウンターの青い膝が突き刺さる。
 鋭い針の煌きを恐れぬ、勇敢な踏み込みがあって初めて可能な体術だった。グラリと仰け反る醜悪な昆虫に眼もくれず、着地した女神は怒りに赤眼を燃えあがらせた、グレーの肉団子を振り返る。
 
 「オオオオオオオッッ!!!」
 
 左ストレートと両足のキックの乱れ打ち。
 速い。マシンガンの連打。これがつい数日前まで、死の淵を徘徊していた少女のものなのか。
 瞬間に8発の打撃を灰色の肉塊にたたき込み、仕上げのハイキックで己の5倍近い質量を誇る巨体を吹き飛ばす。
 
 ボギイイイイッッッ!!!
 
 背骨の軋む嫌な音が、白い砂地を駆けていく。
 アスリート少女の奮闘も2体相手までが限界だった。残るビキエルの背後からの回転肉弾攻撃は、豪快に無防備な背中を打ち叩く。
 超人的な運動能力がもたらした闘いの主導権は、たった一撃の体当たりでするりとスポーツ少女の元を去っていった。
 トラックに轢かれたような衝撃。
 反りあがった豊満な肢体が、大の字の姿勢のまま飛んでいく。吐血が細い糸を引く。
 吹き飛ばされた勢いのまま、ごろごろと大地を転がる青い戦士。全身の骨格にヒビがはいったような鈍痛が、超少女から勢いを奪い取る。
 
 「うぅぅ・・・」
 
 膝立ちになったナナに、茶色の巨岩は追撃の手を緩めない。青い瞳に轟音を伴って迫る肉弾が映る。
 ギリギリまで引きつけて、跳躍するナナ。
 飛び越えて危機を回避しようとした青いブーツのつま先を、高速回転する巨岩がかする。それだけで、軽量の聖少女は竜巻に飛び込んだ木の葉のように、くるくると回転して弾き飛ばされる。
 
 「うあァッ!」
 
 バランスを崩して、砂浜に叩きつけられる少女戦士。一撃目の衝撃が、蘇るように疼く。
 
 「ふしゅしゅしゅしゅ! 今度こそミンチにしてやるぜ!」
 
 余裕に満ちたビキエルの処刑宣告が海岸にこだまする。球体となった肉弾は、必殺の速度で三度グラマラスな天使に殺到する。
 
 「・・・よし!」
 
 劣勢のはずの少女戦士が発した、自信に溢れた呟きは、回転するビキエルには届かなかった。
 立ちあがるナナ。迫る巨大ボーリングに、真っ向から構えて立つ。
 質量と速度と回転を掛け合わせた破壊エネルギーの塊に、正面から立ち向かおうというのか。
 
 「ギャハハハハ! バカが、スクラップになりな!」
 
 「てえいッッ!!」
 
 突撃する巨岩と超少女の左拳とが激突する。
 右腕に続き、ナナの左腕は壊れる・・・誰もがそう予想した時。
 鈍い激突音が、波間を駆ける。
 肉弾の回転は止まっていた。
 ナナの放ったストレートは、亀のように潜りこんだビキエルの頭部、その穴に狙いすまして打ち込まれていた。
 
 「ぐぎゃああああッッ――ッッ!!」
 
 脳天を砕かれる激痛に、絶叫を轟かせた茶色の肉団子が、よろよろと後退って倒れこむ。
 幾度となく殺到する肉弾に、辛酸をなめさせられたナナであるが、ただやられているだけではなかったのだ。彼女は測っていた。回転する巨獣の、手足や頭部が埋まった穴が見える、角度やタイミングを。その動体視力も、立ち向かう勇気も、衝撃に耐える打撃も、正確に実行できる運動神経も、全てが揃わなければできぬ、究極のカウンター。スーパーアスリート・七菜江の、面目躍如たる一打が、一気に勝利を正義の名のもとに手繰り寄せる。
 
 「いっけえええッッ――ッッ!! ソニック・シェイキングッッ!!!」
 
 ガバアッと天高く右拳を振り上げたナナが、足元の大地に向かって狙いを定める。
 これしかなかった。
 圧倒的不利な状況で、七菜江が勝利を願える技。一撃で周囲の敵を一度に殲滅できる究極奥義に、全てを賭ける以外、聖少女に方法はなかったのだ。
 元々体力の消耗が激しい「ソニック・シェイキング」は、何度も放てる技ではない。一度の変身に、せいぜい2回が限度であろう。右肘を痛めている今のナナでは、一回しか放つことはできまい。
 その一回、勝利を狙うたった一発の弾丸を撃つチャンスが、今巡ってきたのだ。
 3体の敵が倒れこんでいる今・・・この千載一遇の好機を、圧倒的不利にあるナナが、逃すわけにはいかないのだ。
 呼気を整える。正のエネルギーを集中する。様々な思いを右拳に乗せて、究極の一撃を今放つ。
 
 「―――ッッ!!」
 
 電撃が、振り下ろす右肘を襲った。
 激痛。靭帯を痛めたナナに、恐怖心が蘇る。右腕を捻られ、曲げられ、潰され・・・執拗に破壊された右肘が、急激な運動に悲鳴をあげている。高まった聖なるエネルギーが、分散していくのを少女戦士は自覚した。
 
 ボスッッッ!!
 
 乾いた音をたて、砂埃を舞わせるナナの打撃は、単なる大地への右ストレートに過ぎなかった。
 
 “あたしの・・・バカッ!!”
 
 恐怖してしまった。
 長時間に渡って激痛を刻み込まれた右肘の記憶が、大地への突きを減速させていた。普通の少女なら当たり前の反応。いや、本来この死地にたっているだけで、七菜江の闘志は賞賛されるべきなのだ。だが、よりによって勝負を賭けたこの瞬間、ここまで気丈に奮いたたせてきた少女の気持ちが、負傷箇所の痛みで一瞬崩れてしまったのだ。
 
 だが、その一瞬は七菜江にとって、あまりに代償の高いものとなってしまった。
 
 「殺せえええッッ――ッッ!! この女、殺すんだアアッッ――ッッ!!」
 
 ビビらされたことと、顎を打ち抜かれた怒りが、クインビーの狂気を濃厚にする。
 瓢箪型をした右腕を突き出す。針先から飛び出た緑色の毒液を、慌てて飛び避けるナナ。たわわな胸が波打つ。
 バランスを崩した華奢な肢体を待っていたのは、サリエルの肉弾突進だった。
 ベゴオオッッ!! という骨が軋む音。
 左横から巨大弾丸をまともに受け、ひしゃげた若い肉体が風を巻いて吹き飛ぶ。
 
 「ぐうぅぅ・・・く・・・くそォ・・・」
 
 左脇を押さえながら、鮮やかな銀色の肌を砂にまみれさせたナナが呟く。痛めた肋骨がビリビリと痺れる。直りかけていた負傷箇所が、ミシミシと騒ぎ始めていた。できればうずくまっていたい。だが、今休息を取ることは、即、死を意味することを知る幼い女神は、力を振り絞って立ち上がる。
 目の前に、転がる肉塊。
 カウンターを狙いに構える美少女戦士。一度成功した技を決めるのは、さして難しいことではない。
 だが、襲い来る灰色の巨岩は、直前で急激に巨大化する。
 
 「!!」
 
 瞬時に直撃を避けて右に飛び退いたのは、超少女ならではの反応だったか。
 キメラ・ミュータントであるサリエルの、ハリネズミの能力。
 無数に針を伸ばした球体は、もはや触れることすら不可能な、危険な圧搾機と化していた。
 砂地に転がる青い戦士が、左のふくらはぎを押さえて悶絶する。指の間から滲む鮮血。完全には逃げられなかった針の体毛は、ナナの柔らかい足の肉を三条、切り裂いていた。
 
 「ナナあああッッ~~~ッッッ!!! ぶち殺してやるあああッッ――ッッ!!!」
 
 背後からの怒号に振り向く、ショートカット。復活したビキエルが、鋼の体毛を尖らせて憤怒に震えている。
 転がる。血に餓えた、巨大な針玉が。緊張の視線を慌しく飛ばす、正義の天使を挟み撃ちにすべく、両サイドから巨岩姉妹が転がり迫る。
 
 “こ、これを食らっちゃったら・・・とても勝てない!”
 
 身の毛もよだつ絶痛地獄の記憶が、鮮明にナナの脳裏に蘇る。何十本もの針を文字通り全身に突き刺され、しかも体内に直接溶岩と電流を流されたこの世の地獄。生きたまま焼かれる苦痛は、狂い死んでしまうのではないかと思うぐらいに、聖少女を責め苛んでいた。二度と味わいたくはない痛苦。味わえば、再び耐える自信はない責め苦。焦りの色が、可憐な童顔に滲み出る。
 
 「バラバラになるがいいよ! ファントムガール・ナナッ!!」
 
 狂った絶叫にハッとする青い瞳に、漆黒の弾丸が映る。
 クインビー・柴崎香の放った、闇のスラム・ショット。
 前回トドメを刺された暗黒の必殺技が、窮地のナナを奈落に突き落とすように、唸りをあげて向かってくる。
 そう、ファントムガール・ナナの敵は、3体なのだ。
 
 「くうううッッ!!」
 
 引き攣ったマスクのまま、可憐な天使は跳躍する。瞳を垂らし、歯を食い縛って。左足からの出血が、縦に糸を引く。スラリと伸びた足の下を、漆黒の砲弾が通り過ぎていく。
 蜂の顎が、わずかに開く。
 落下するナナ。飛行能力を持たないファントムガールが、自然の摂理通りにどうすることもできずに落ちてくる先に、巨大な棘鞠のサンドイッチは待っていた。
 
 グッシャアアアアアアアアアッッッ・・・・・・・
 
 正義敗北の調べにしては、あまりに酷い破壊音。
 弾力ある肉を潰され、艶のある肌をハチの巣にされる壮絶な仕置きの光景が、寒々しい浜辺に繰り広げられる。
 
 「・・・あ・・・・・・あく・・・・・・くああ・・・ぁぁ・・・・・・・・・」
 
 ポト。ポトポトポト。ボタタタタ。
 
 針を伝う血の雫。
 深紅の華が、白い砂浜に鮮烈な水彩画を描いていく。みるみるうちに増えていく真っ赤な血飛沫。足元で鳴る凄惨なリズムを、ナナは悲しい瞳で聞いていた。
 
 心臓の弱い者が見たら、ショック死しそうな地獄絵図が、海辺の死地に展開されている。
 正義の守護天使・ファントムガール・ナナが、遥か巨大な肉塊に挟み潰され、隙間もないほどびっしりと、極細の針に貫かれている。
 針は内臓までは届かないため、致命傷にはならないことは知っている。だが、全身を刺される激痛たるや。唯一無事な銀のマスクはブルブルと震え、溢れ出る鮮血で、ナナのボリュームある胸も、引き締まった腹部も、くびれた腰も、張り出した臀部も、若々しい太股も・・・鮮やかな銀と青のデザインは、血のシャワーを浴びたように、赤く濡れ光っている。
 
 “あ・・・たし・・・ズタズタ・・・に・・・され・・・て・・・・・・”
 
 「アーッハッハッハッハッ! キレイになったじゃない、七菜江ッッ!! 何度やってもあんたじゃ私に勝てないのさ! じっくり嬲り殺してやるよ!」
 
 哄笑が痙攣するナナの顔面に叩きつけられる。
 厳しい闘いになることはわかっていた。右腕はほとんど使えず、数的な不利は大きい。どうポジティブに考えようとしても、勝ち目の薄い闘いだと。しかし、体力が戻ったならば、なんとかできるのではないか。ソニック・シェイキングが一発でも打てるのなら、勝てるのでは。七菜江のどこかに、そんな考えがあったのも事実だ。
 甘かった。
 甘すぎた。万全でない体調で、3体を相手にするのは所詮無理があったのだ。
 そして、なにより七菜江憎しの怨念で、負のエネルギーを充満させた復讐鬼の攻撃は強烈すぎた。
 
 「サリエル! ビキエル! 内側から焼いてやりな」
 
 芸術的なラインを誇る瑞々しい肉体の前面に、灼熱の溶岩が注ぎ込まれる。
 同時に、腰に向かって緩やかに細くなっていく魅惑の背中に、高圧電流が流される。高熱と電撃のハーモニーが、血に堕ちた天使を責め尽くす。
 
 ジュウウウ・・・ジュウウウ・・・ジュウウウ・・・・・・
 バチバチッ! バリバリバリ! バチバチッッ!
 
 「うああああああああッッッ―――――ッッッッ!!!! があああああああッッッ―――――ッッッ!!!!」
 
 恥も外聞もなく、ファントムガール・ナナは泣き叫んだ。
 細胞が、燃やされていく。ブクブクと皮膚の下で泡立つ体表が、ナナのショックを増幅させる。背中が弾け飛んでしまいそうな電撃に、無垢な戦士は己の身体が内側から爆発する感覚に支配される。
 
 「アーッハッハッハッ! どうだい、ナナ、苦しいかい?」
 
 いつのまにか隣りに立ったクインビーが、ブルブルと震えるショートカットを鷲掴む。グイっと引っ張られ、ナナは苦痛に歪む惨めな顔を、宿敵の眼前に晒す羽目になった。ヴィーン・・・ヴィーン・・・鳴り始めたエナジー・クリスタルの悲鳴が、一層天使の悲哀を際立たせる。
 
 「苦しいィィッッ~~ッッ!! やめてぇぇッッ――ッッ!! もうやめてエエエッッッ~~~ッッッ!!!」
 
 壮絶な苦しみの中で、超少女は本能のままに叫んでいた。もっとも負けたくない敵にかしずく屈辱を、激痛の洗礼を嵐のように浴びせられる天使は、受け入れざるを得ないのだ。
 
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