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第一章 とあるダンジョンマスターの手記

B1.ダンジョンは生きている

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 ダンジョンは生きている。

 ダンジョン内には必ず独自の生態系がある。たくさんの下級モンスターを少数の中級モンスターが狩猟、あるいは統率し、さらに少数の上級モンスターがそのピラミッドの上に君臨している。下級モンスター1体1体に籠もった魔力マナは微量だが、その膨大な総数の魔力の和は、中級モンスターの魔力の総和、上級モンスターのその総和とイコールあるいはニアリーであることが望ましいとされている。
 望ましいとというのは、ダンジョン踏破を目指す勇者パーティにとって、ではない。

 われわれダンジョン管理士マスター業界にとっての話だ。

 ダンジョン管理士には派閥があり、秩序派オーダー混沌派ケイオス、中立あるいは独立系管理士の3つに大別される。秩序派の管理士が運営しているダンジョンは先述したセオリーを始め、ダンジョン管理学の王道を完全に踏襲した作品が多い。
 特に魔元素エレメントをコンセプトにした物件が多く、遊月国の〈シャラーラダンジョン〉は階層が上がるごとに風通しを良くすることで、効率的に火属性モンスターの火力が上がるトーチ状の構造が白眉だ。
 他にも豊富なマナを循環させ木製人形ウッドゴーレムを無限湧きさせる樹海型ダンジョン、水属性モンスターに有利な土属性魔法対策として、樹海型ダンジョンの豊富な自然マナを引き込み高レベルの海藻泥人形シーウィードゴーレムを配置した水中都市型アトランティスダンジョンなど、管理士が同じ物件同士のシナジーなどもある。
 「魔元素エレメントを統一することでダンジョン内の魔力効率を高める代償として、配置モンスターが全般的に特定の属性に弱い」という秩序派のボトルネックを解消する、かなりスマートなダンジョン管理と言えよう。

 一方、混沌派の管理士ではこうしたセオリーや完璧なコンセプトはまったく無視される。概して魔力効率は悪い。中にはトラップすら仕掛けずに強力な数体の上級モンスターのみを配置しただけ、つまりその1体1体のに本来下級・中級モンスターやトラップに割り振られるはずだったダンジョン内の魔力がほとんど注ぎ込まれている〈闘技場コロシアム〉のようなダンジョン(偏屈な管理士がダンジョンに名付けをしないので本当に〈闘技場〉や〈道場ドージョー〉などと呼ばれている)、逆に下級モンスターであるスライムを無限湧きさせることで勇者パーティをスライム地獄に突き落とす〈勇者殺しスライム地獄ダンジョン〉など、個性豊か、いやクセが強い「オレ流」ダンジョンが多い。
 こうしためちゃくちゃなダンジョン管理をしている混沌派管理士たちが決まって言うセリフがある。

「その方がワクワクするだろ?」

 彼らは勇者パーティを効率的にたおし、最深部の秘宝を護ることのみがダンジョン運営ではないことを教えてくれる。ダンジョン管理というものの本質は、ワクワクやロマンにあるのだ。

 さて、最後に紹介するのは秩序と混沌の中間に位置する中立派あるいは独立系ダンジョン管理士。ここでは秩序派ほど理論を詰めていないものの、ダンジョンはロマンである!という混沌派の自由さにも囚われていない、真に自由なダンジョン管理が実践されている(と手前味噌ながら考えている)。
 独立系の多くは秩序派や混沌派から「理論がなっていない」「自由ではない」と排斥された元両派陣営崩れだが、この私は違う。
 私はと考えている。友人を完璧にコントロールしようとは思わないが、完全に野放しにしてまったく忠告しないほど薄情でもない。適度に手を加え、楽しく管理する。それが当ダンジョン〈ドリヤーイ・ガルプ〉の基本理念だ。

 王都西側徒歩5分という過酷な立地にそびえ立つ〈ドリヤーイ・ガルプ〉は水と金の2属性からなるダンジョンだ。属性を絞ったのは秩序派の「金生水」、つまり金は水を生むというセオリーに則っている。相性の観点から見ても、金属性に強い火属性魔法には水属性の防御魔法で打ち消し、その他の属性攻撃、特に物理攻撃には金属性のモンスターの高い防御力で耐えることができる。基本的にカウンター狙いのため、ダンジョン内モンスターの敏捷性アジリティは低めだが、その分、物理防御と魔法防御とに特化している。
 ただしダンジョンは友人なので、えて私がガチガチに管理することはしていない。防御コンセプトさえ固めれば、あとは勝手にダンジョン自身が生態系を最適化してくれる。
 現に、以前までは浅い階層にたくさん配置されていた明王型ガーゴイル=中級モンスターの数は減り、少数の千手観音型ガーゴイル=上級モンスをより深部に配置するようになった。これは勇者パーティの高レベル化の流れにダンジョン自身が適応したものと考えられる。いくら高い物理防御を持った多くの下級・中級モンスがいても、勇者陣営の練度レベルが高ければ強力な全体魔法で一斉に駆除されてしまう。
 そこで雑魚モンスに割く魔力リソースをカットして、より深部の魔法防御に振ったわけだ。いやはや、防御力というのはたいへんに奥が深い。ダンジョンには教えられることが多い。

 やはりダンジョンは最高の友人だと思う。
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