5 / 30
第一章
第四話 誰も責めなかった
しおりを挟むスープの鍋が空になり、食べ終えた兵士たちは満足げな表情でそれぞれの持ち場へ戻っていった。
厨房前にいた人だかりも、少しずつ引いていく。
空になった器を抱えた僕は、なんとも言えない気持ちでその光景を見つめていた。
(……やっぱり、怒られるよね)
今日のスープは、軍の規則に反して、僕が勝手に用意したものだった。
支給された缶詰も、干し肉も、最低限しか使っていない。
使ったのは、村の人からもらった、軍とは無関係の食材。
ルール違反だ。
軍規では処罰される可能性だってある。
それでも――
(……一度でいい、誰かに笑ってもらいたかったんだ)
そう思って始めた小さな反逆。
けれど、その結果は意外なものだった。
「あー、食った食った」
のそのそと厨房の中に戻ってきたのは、エド先輩だった。
ジャーキーを咥えたまま、空になった鍋を見てニヤリと笑う。
「ま、よくやったじゃねーか。けっこう評判良かったぞ。おかげで俺のジャーキーが人気失っちまったがな?」
冗談めかして言いながらも、その声に棘はない。
怒っている様子も、呆れている様子もなかった。
それでも僕は、頭を下げた。
「あ、あのっ、勝手なことをして、ごめんなさ――」
「次は肉がいるな」
「…………え?」
ぽりぽりとジャーキーをかじるエド先輩が、僕の言葉を遮る。
「干し肉だけじゃ足んねえだろ? 狩ってくるか。イノシシぐらいなら仕留められるぞ」
「っ、」
「まぁ、狩りをするならしばらくは禁酒もしねぇとなぁ……はあ。つら……」
気怠げに頭を掻くエド先輩に、僕は目を見開いた。
「……エド先輩、それって……」
「いいんだよ。もう誰も『きちんとした食事』に文句言ってなかっただろ? お前の料理は、腹だけじゃなくて、心もあっためたんだ」
これからも好きに料理を作り続けるだろうと、エド先輩はまるでそれが当然のことのように言った。
(……怒られない? 本当に?)
美味しい食事を作りたくて、軍の規律を破った。
でも、冷静になった今ならわかる。
僕のせいで、連帯責任として炊事班のみんなに迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。
不安はまだ胸の奥に残っていた。
そのとき――。
「…………美味かった」
ぽつりと漏れた低い声に、はっと顔を上げる。
薪を割っていたはずのヴァル先輩が、鍋の前に立っていた。
口元に僅かなスープの痕が残っている。
「美味かった。――以上だ」
それだけを告げて、再び持ち場に戻っていく。
彼なりの最大の賛辞だった。
(あ、あの無口なヴァル先輩が……!)
あの人に「美味い」と言ってもらえるなんて、思ってもいなかった。
胸が熱くなる。
怒るどころか、僕の作ったスープをちゃんと食べてくれていたのだ。
続いて、列の整理を終えたニッキー先輩が、スッと僕の横に立った。
「今日は朝早くから疲れたでしょう。皿洗いは手伝いますよ」
「えっ!? ニッキー先輩が、皿洗いを……!?」
「ふふっ。私も眠いので、今日だけですが」
彼は目をトロンとさせて眠そうな顔をしながらも、スープの器をまとめ、後片付けを始めた。
とても手際が良くて、目を見張る。
まるでずっとそれをやってきたかのように、動きは滑らかだった。
「そ、その……皆さん、本当に……本当に、ありがとうございます……!」
勢いよく頭を下げる。
「ずっと、怒られると思ってました。勝手に……兵站を、破って……」
その言葉に、エド先輩が鼻を鳴らした。
「バレなきゃいいってもんでもねぇけどな。……でも、結果がすべてだ。お前が作った料理で、誰も文句言わなかった。それが答えだろ」
「……そう、ですね」
エド先輩にぽんと頭を撫でられる。
怒られるどころか、先輩たちは褒めてくれた。
「お前が作ったスープは、優しい味で、どこか懐かしい気持ちになった。……ありがとな、レーヴェ」
「っ……」
僕はエプロンの端を握りしめながら、あふれそうな気持ちを必死でこらえる。
今すぐ泣いてしまいそうだったから。
だって、初めてだった。
誰にも怒られずに、誰かのために何かをして――
「ありがとう」と言われて、
「うまい」と笑ってもらえて、
「手伝うよ」とそばにいてもらえて――
僕の居場所が、ほんの少しだけ『ここでもいいかもしれない』と思えたのは、これが初めてだった。
「……本当にありがとう、ございました。これからも、ご迷惑をかけるかと思いますが、よろしくお願いしますっ」
「おう。どーんとこいや!」
間髪入れずに答えたエド先輩がサムズアップする。
「なんか問題が起こったら、ニッキーの父ちゃんに頼んでもみ消してもらうから安心しろ」
「ハァ……ちょっと、エド? すぐに私の父を頼るクセ、そろそろ直してくださいよね」
呆れ顔のニッキー先輩に、エド先輩が豪快に笑う。
そんなふたりをヴァル先輩は静かに見守っている。
いつのまにかその輪に加わっていた僕は、目の奥がじんと熱くなった。
(泣かない。泣かないぞ……)
泣きたくなんてなかったのに、こらえようとすればするほど胸の奥がつんと痛んで、目の奥が熱くなる。
これからも、美味しい食事を作ろう。
――みんながいれば、きっと大丈夫。
そう思えたのは、隣にいてくれる『誰か』がいるという、たったそれだけのことだった。
誰かが、隣で笑ってくれる。
それだけで、世界は少しだけ優しくなるんだ――。
2,375
あなたにおすすめの小説
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
契約結婚だけど大好きです!
泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。
そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。
片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。
しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。
イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。
......
「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」
彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。
「すみません。僕はこれから用事があるので」
本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。
この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。
※小説家になろうにも掲載しております
※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません
ミミナガ
BL
この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。
14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。
それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。
ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。
使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。
ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。
本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。
コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる