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第二章
第一話 魔物肉と底なしの胃袋
しおりを挟む心を込めた食事を配るようになってから、兵士たちの様子は目に見えて変わっていた。
笑わなかった顔が、わずかに綻ぶようになった。
荒れた声に、冗談が交ざるようになった。
そしてなにより、みんなが食堂に来るようになった。
特に一週間前からは、まるで食欲が爆発したみたいに、兵士たちは次々に食堂へ押し寄せてきた。
みんなのお目当ては、“おにぎり”だ。
おにぎりに様々な具材を入れるようになってから、兵士たちの間で、“おにぎり待ち”が日常になった。
「今日は、これだけしかないのか!?」
兵士たちから、嬉しい悲鳴が聞こえてくる。
机の上に並べられているおにぎりは、左から、塩、梅干し、昆布、鮭の四種類。
特に、ヴァル先輩が釣り上げた、まるで川の主のような巨大鮭を使ったおにぎりが、爆発的な人気を博していた。
「昼は梅干し、夕方は鮭だな」
「俺は塩で始めて、鮭で締める」
持ち運びに便利なおにぎりを、小腹を満たすために求める兵士が後を絶たない。
おにぎり人気がすごすぎて、僕は一日に千個のおにぎりを握る日もあった。
ただ、今日用意できたのは、三百個だけだ。
「あの、申し訳ないのですが、おにぎりはひとり一つに……」
「なにぃ!? 昨日はもう少しあっただろ!」
「ええ、でも三百人分はちゃんと――」
「足りねぇんだよ、あの味は……!」
よくわからない理屈で詰め寄られて、僕は苦笑いするしかなかった。
みんなが、僕の握ったおにぎりをいっぱい食べてくれて、本当に嬉しい。
でも、困ったことがひとつ。
(材料が、ない……)
米は残りわずか。
スープ用の香味野菜も底をついて、昨日で財布の中身もほとんど使ってしまった。
今日は節約のつもりで、水多めのスープを出したけれど、それすらすぐに無くなっている。
「お肉、出せたらいいんだけどな……」
ぼそりと呟いたそのとき、背後の扉がバァン! と勢いよく開いた。
「――肉なら、持ってきたぞ!!!!」
突然の大音量に驚いて振り向くと、そこには片足に金属の義足をつけた、エド先輩が立っていた。
「レーヴェ! 約束通り、狩ってきたぞ!」
「えっ、えええっ!?」
エド先輩がドサッと放り投げた麻袋の中には、どう見ても、魔物の前脚らしき部位が入っていた。
「エ、エド先輩……!? まさか、これって……」
「ああ、雷猪ってやつだ。動きは速いが、狩り応えがあったぞ! ぷりっぷりの上級魔物肉だ!」
「ら、雷猪……。名前だけでも十分、危なそう……。それを狩ってきたなんて、冗談じゃなく命がけだ!」
「いいや? 横っ面をひっぱたいたら一発よ」
大きな槍を杖代わりにして立つエド先輩は、右手をひらひらとさせる。
「………え? 槍を持って行ったのに、素手で戦ったんですか?」
ツッコミどころが満載だった。
(も、もしかして……炊事班って、狩猟も担当してるの……!?)
知らなかった。
いや、知らされてなかった。
兎すら狩ったことのない僕の背に汗が流れる。
続いて、弓を背負ったニッキー先輩が、涼しい顔で現れた。
「仕留めるのに少し苦労しましたよ。久々の実地でしたからね?」
「……ひさびさ?」
「ですが、レーヴェの料理のためなら、私も本気を出さざるを得ない」
なんてことないように語ったニッキー先輩は、すごくかっこよかった。
この間まで、一日中寝ていた人とは思えない。
「ニッキー先輩も一緒に……?」
「はい。レーヴェが『肉料理が作りたい』と言っていたので、先に出ていたエドを追いかけたんです」
「右目がなくたってな、ニッキーの矢は昔と変わらねえ。雷猪の脳天を見事にぶち抜いたぜ」
ニッキー先輩の肩に腕を回したエド先輩は、まるで自分のことのように誇らしげに語る。
「フッ、笑わせないでください。私は目をつぶってでも矢を放てることをお忘れですか?」
思い出話に花を咲かせるエド先輩とニッキー先輩を眺めて、僕は開いた口が塞がらない。
(な、なにこの人たち……!?)
料理の具材が足りないからって、魔物を狩ってくるって、どういう発想……!?
まるで狩猟部隊。
いや、討伐隊。
というより、炊事班ってこんなに強かったの!?
「では、始めようか」
いつのまに厨房にいたのか、すでに作業着に着替えているヴァル先輩は、まな板と包丁を整えていた。
「ヴァ、ヴァル先輩まで……!?」
「――レーヴェ、よく見ておけ」
鋭く尖れた包丁を持つヴァル先輩の圧に、僕はごくりと唾を飲んだ。
(うわ……。なんかすごいことになってきた……!)
「まずは、部位ごとに切り分けて、煮込み用と焼き用に分ける。レーヴェ、内臓は要るか?」
「あっ、はい! 綺麗に処理できれば、レバーステーキとかにっ!」
「よし。お前が扱えるなら残そう」
(えっ、ヴァル先輩って、解体もできるんだ!?)
てっきり、薪割りが得意な無口な人かと思っていたけど、ただの炊事兵じゃない。
骨の位置や腱の切り方まで知り尽くしてる。
(第八炊事班って、いったい……)
ふと、子どものころ読んだ絵本が頭をよぎった。
世界を救った伝説の三英雄――剣、槍、弓の使い手だった。
「いや、まさかね……」
ありえないと思いつつ、背筋がぞくりとした。
「レーヴェ。匂いが平気なら、俺と同じように捌いてみろ」
「は、はいっ!」
ヴァル先輩から尖れた包丁をいただき、僕は初めて魔物の肉を捌くことになった。
雷猪の赤黒い肉は、匂いも強烈だった。
普通の人なら、魔物の肉を好んで食べようとは思わないだろう。
でも、匂いがひどいだけで食べられる。
それなら、僕の出番だ。
それからは、厨房が戦場だった。
魔物肉を切り分け、血を抜き、火を起こし、タレを作り、鉄板に肉を乗せて――
ジュウッッ!!!
肉が焼ける音に、厨房全体が一瞬、静まった。
立ち上る香ばしい煙。
その匂いにつられて、厨房の前には人だかりができていた。
「さ、三百人分……」
肉汁が滴るその様に、誰もがゴクリと喉を鳴らす。
期待に満ちた目をする兵士たちに向かって、僕は声を張り上げる。
「焼き上がりましたっ!!」
「「「うおおおおおおおっっっっ!!!!」」」
兵士たちの雄叫びが食堂に響き渡った。
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