炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
10 / 30
第二章

第一話 魔物肉と底なしの胃袋

しおりを挟む



 心を込めた食事を配るようになってから、兵士たちの様子は目に見えて変わっていた。

 笑わなかった顔が、わずかに綻ぶようになった。
 荒れた声に、冗談が交ざるようになった。
 そしてなにより、みんなが食堂に来るようになった。

 特に一週間前からは、まるで食欲が爆発したみたいに、兵士たちは次々に食堂へ押し寄せてきた。

 みんなのお目当ては、“おにぎり”だ。

 おにぎりに様々な具材を入れるようになってから、兵士たちの間で、“おにぎり待ち”が日常になった。

「今日は、これだけしかないのか!?」

 兵士たちから、嬉しい悲鳴が聞こえてくる。

 机の上に並べられているおにぎりは、左から、塩、梅干し、昆布、鮭の四種類。
 特に、ヴァル先輩が釣り上げた、まるで川の主のような巨大鮭を使ったおにぎりが、爆発的な人気を博していた。

「昼は梅干し、夕方は鮭だな」

「俺は塩で始めて、鮭で締める」

 持ち運びに便利なおにぎりを、小腹を満たすために求める兵士が後を絶たない。
 おにぎり人気がすごすぎて、僕は一日に千個のおにぎりを握る日もあった。
 
 ただ、今日用意できたのは、三百個だけだ。

「あの、申し訳ないのですが、おにぎりはひとり一つに……」

「なにぃ!? 昨日はもう少しあっただろ!」

「ええ、でも三百人分はちゃんと――」

「足りねぇんだよ、あの味は……!」

 よくわからない理屈で詰め寄られて、僕は苦笑いするしかなかった。

 みんなが、僕の握ったおにぎりをいっぱい食べてくれて、本当に嬉しい。
 でも、困ったことがひとつ。

(材料が、ない……)

 米は残りわずか。
 スープ用の香味野菜も底をついて、昨日で財布の中身もほとんど使ってしまった。

 今日は節約のつもりで、水多めのスープを出したけれど、それすらすぐに無くなっている。

「お肉、出せたらいいんだけどな……」

 ぼそりと呟いたそのとき、背後の扉がバァン! と勢いよく開いた。

「――肉なら、持ってきたぞ!!!!」

 突然の大音量に驚いて振り向くと、そこには片足に金属の義足をつけた、エド先輩が立っていた。

「レーヴェ! 約束通り、狩ってきたぞ!」

「えっ、えええっ!?」

 エド先輩がドサッと放り投げた麻袋の中には、どう見ても、魔物の前脚らしき部位が入っていた。

「エ、エド先輩……!? まさか、これって……」

「ああ、雷猪らいちょってやつだ。動きは速いが、狩り応えがあったぞ! ぷりっぷりの上級魔物肉だ!」

「ら、雷猪……。名前だけでも十分、危なそう……。それを狩ってきたなんて、冗談じゃなく命がけだ!」

「いいや? 横っ面をひっぱたいたら一発よ」

 大きな槍を杖代わりにして立つエド先輩は、右手をひらひらとさせる。

「………え? 槍を持って行ったのに、素手で戦ったんですか?」

 ツッコミどころが満載だった。

(も、もしかして……炊事班って、狩猟も担当してるの……!?)

 知らなかった。
 いや、知らされてなかった。

 兎すら狩ったことのない僕の背に汗が流れる。
 続いて、弓を背負ったニッキー先輩が、涼しい顔で現れた。

「仕留めるのに少し苦労しましたよ。久々の実地でしたからね?」

「……ひさびさ?」

「ですが、レーヴェの料理のためなら、私も本気を出さざるを得ない」

 なんてことないように語ったニッキー先輩は、すごくかっこよかった。
 この間まで、一日中寝ていた人とは思えない。

「ニッキー先輩も一緒に……?」

「はい。レーヴェが『肉料理が作りたい』と言っていたので、先に出ていたエドを追いかけたんです」

「右目がなくたってな、ニッキーの矢は昔と変わらねえ。雷猪の脳天を見事にぶち抜いたぜ」

 ニッキー先輩の肩に腕を回したエド先輩は、まるで自分のことのように誇らしげに語る。

「フッ、笑わせないでください。私は目をつぶってでも矢を放てることをお忘れですか?」

 思い出話に花を咲かせるエド先輩とニッキー先輩を眺めて、僕は開いた口が塞がらない。

(な、なにこの人たち……!?)

 料理の具材が足りないからって、魔物を狩ってくるって、どういう発想……!?

 まるで狩猟部隊。
 いや、討伐隊。
 というより、炊事班ってこんなに強かったの!?

「では、始めようか」

 いつのまに厨房にいたのか、すでに作業着に着替えているヴァル先輩は、まな板と包丁を整えていた。

「ヴァ、ヴァル先輩まで……!?」

「――レーヴェ、よく見ておけ」

 鋭く尖れた包丁を持つヴァル先輩の圧に、僕はごくりと唾を飲んだ。

(うわ……。なんかすごいことになってきた……!)

「まずは、部位ごとに切り分けて、煮込み用と焼き用に分ける。レーヴェ、内臓は要るか?」

「あっ、はい! 綺麗に処理できれば、レバーステーキとかにっ!」

「よし。お前が扱えるなら残そう」

(えっ、ヴァル先輩って、解体もできるんだ!?)

 てっきり、薪割りが得意な無口な人かと思っていたけど、ただの炊事兵じゃない。
 骨の位置や腱の切り方まで知り尽くしてる。

(第八炊事班って、いったい……)

 ふと、子どものころ読んだ絵本が頭をよぎった。
 世界を救った伝説の三英雄――剣、槍、弓の使い手だった。

「いや、まさかね……」

 ありえないと思いつつ、背筋がぞくりとした。

「レーヴェ。匂いが平気なら、俺と同じように捌いてみろ」

「は、はいっ!」

 ヴァル先輩から尖れた包丁をいただき、僕は初めて魔物の肉を捌くことになった。

 雷猪の赤黒い肉は、匂いも強烈だった。
 普通の人なら、魔物の肉を好んで食べようとは思わないだろう。
 でも、匂いがひどいだけで食べられる。
 それなら、僕の出番だ。

 それからは、厨房が戦場だった。

 魔物肉を切り分け、血を抜き、火を起こし、タレを作り、鉄板に肉を乗せて――

 ジュウッッ!!!

 肉が焼ける音に、厨房全体が一瞬、静まった。

 立ち上る香ばしい煙。
 その匂いにつられて、厨房の前には人だかりができていた。

「さ、三百人分……」

 肉汁が滴るその様に、誰もがゴクリと喉を鳴らす。
 期待に満ちた目をする兵士たちに向かって、僕は声を張り上げる。

「焼き上がりましたっ!!」

「「「うおおおおおおおっっっっ!!!!」」」

 兵士たちの雄叫びが食堂に響き渡った。













しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜

ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

処理中です...