炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

文字の大きさ
11 / 30
第二章

第二話 スパイスと閣下と魔物カレー

しおりを挟む



 雷猪の解体が終わったのは、日もすっかり傾いた頃だった。

 僕はふらふらの足取りでまな板を拭きながら、思った。

(これ……毎回やるのは、きついかも……。でも、不思議とまたやりたいって思ってしまった)

 硬い皮、独特の筋、濃い血の匂い。
 処理は骨が折れたけど、それでも肉は驚くほど上質だった。
 とくに肩肉と腹の部分は脂が乗っていて、焼くだけでも十分美味しかった。

「次はもっと大きいのを狩るか?」

「いえ、昨日のより手強いやつがいたはずです。あれを仕留めておかないと、あとで面倒になりますよ」

 ……会話が物騒すぎる。

 目の前では、エド先輩とニッキー先輩が、次なる魔物狩りの相談を始めていた。

「おふたりとも、そんなに狩りに慣れてるんですか……?」

「まあな。動物より、魔物の方が狩り応えがあるしな」

「昔は、週に何度も行ってたんですよ」

 ニッキー先輩が平然と答える。

 ……うん、どこで?

 僕の知らない世界の話みたいだった。

「それにしても、レーヴェは肉の焼き方がうまいですね。火加減とタレの香り……。あれを食べてから、また狩りに出たくなったんですよ」

「俺もだ! あのタレの焦げる匂い、脳がとろけそうだった! だからカレーも絶対うまいぞ!」

「えっ、次はカレーなんですけど……。もう知ってたんですか?」

「お前が『肉がゴロゴロ入ったカレーを作りたい』って言っただろ? 忘れたのか?」

「あっ、そういえば……」

 忘れてんじゃねえよ、とエド先輩が笑った。

(じゃあ、今日の狩りは……そのため……?)

「お前が食べたいもんを作ってくれるなら、狩りなんて朝飯前だ!」

 満面の笑みで語るエド先輩の横で、ニッキー先輩が紅茶を一口飲みながら頷いた。

「そう。レーヴェの料理が楽しみで狩りをするなんて、かつての自分では考えられなかったですよ」

 うんうんと頷くふたりが、揃って立ち上がる。

「てなわけで、俺は槍の手入れしてくるわ」

「私も弓具のメンテナンスをしてきますね」

 ふたりが颯爽と厨房から去っていく。
 エド先輩はお酒を辞め、ニッキー先輩は寝てばかりの生活から脱却した。

(……あのふたり、魔物討伐部隊の最前線で戦えるんじゃ……?)

 なんだか僕だけ、普通に炊事班してる気がした。



「よし、明日の仕込みをしよう」

 ふたりを見送ったあと、僕は棚の奥にしまってある小瓶をいくつも並べていく。

「スパイスは……これとこれと……それから、これも……」

 野菜は少ないけど、香りがあれば魔物肉の臭みも気にならない。

「うん、あとは焦がしニンニクと、クミンを……」

「――こっちにもスパイスがあるぞ」

「わっ、ありがとうございます。ヴァル先輩!」

 無口なヴァル先輩がいつの間にか隣に立っていた。
 両手いっぱいに、香辛料の瓶を抱えている。

(これ全部、ヴァル先輩の持ち物!? どこで、どうやって調達したの……?)

 しかも中には、僕でも名前の知らないような珍しい香草や、見たことのない粉末まである。
 その中で、赤い粉が入った瓶を手に取った。

「これはなんですか?」

「南方でよく使う“トサカ草”だ。これを入れると、脂の重さが引く」

「すごい! ありがとうございます! ちょっと試してみますね!」

 ヴァル先輩はこくりと頷き、まるで薬草調合でもするかのように、僕のスパイス棚に自分の持ち込みスパイスを追加していく。

 目が真剣そのものだ。

(え……なんか、ヴァル先輩が一番楽しそう……?)

 無口なイメージだったヴァル先輩は、たぶん人見知りなだけだと思う。
 今ではたくさん話しかけてくれるし、大笑いはしないけど、笑っている時もある。
 そんなヴァル先輩が、懐から袋を取り出し、ニヤリと笑った。

「――昨日、支給されたんだ」

「これは……っ!!」

 きらきらと輝く白い結晶を前にし、僕は目を輝かせた。

 ――砂糖だ。

 貴重な品である。
 僕の家は、ほとんど平民と変わらない暮らしだったから、砂糖を購入したことは、片手で数えられる程度しかない。

 でも、過去の僕の誕生日に、ディルクが小瓶に入った砂糖をくれたことがある。
 手のひらに収まるほどのサイズだったけど、僕にとっては宝物みたいだった。

(その砂糖を大切に使って、クッキーを焼いてお返しをしたら、ディルクは子どもみたいに喜んでくれたっけ……)

 懐かしい記憶が蘇る。

「こんな高級品が支給されることなんてあるんですね」

「ああ。実はこれは、兵士たちの分じゃない。俺たち炊事班を労うためのものだ」

「そ、そんな特権が!? でも、納得です。だから砂糖の量がそんなに多くはないんですね」

 貴重な砂糖を、僕は目にしただけで満足だった。

「今度、これを使って、ふたりでクッキーを作らないか?」

 ヴァル先輩の素敵な提案に、僕は何度もうなずく。

「はいっ! それ、絶対に作りたいです! ヴァル先輩は、クッキーも作れるんですか?」

「素朴な味のものしか作れないが……。俺はそういう味が好みなんだ」

「いいですね! ……あっ、そうだ! 狩りを頑張っているエド先輩とニッキー先輩に、サプライズで渡しませんか?」

 名案だとばかりに手を打てば、ヴァル先輩が顔をくしゃりとさせて笑った。

「…………自分が全部食べればいいものを。そうだな、一緒に作ろう。内緒の楽しみにしようか」

 ふたりだけの秘密の約束をして、僕は今からクッキー作りが楽しみで仕方なかった。



 ◇ ◇ ◇

 

 翌朝。
 香味野菜を炒め、魔物肉を焼き、スパイスを順に加えて煮込む。
 その香りが漂い始めると、兵士たちがぞろぞろと厨房の外に集まり始めた。

「な、なんだこの匂い……」

「昨日の焼肉よりヤバい……腹が鳴る……!」

 ぐうう、とお腹の音があちこちから聞こえてくる。

 初めて作った魔物カレー。
 みんなに食べてもらう前に、まずは試食だ。
 ヴァル先輩が差し出した小皿を受け取り、スプーンですくって口に運ぶ。

「ん……甘い。けど、じわっと辛いっ! 雷猪の肉も柔らかくなってますっ! これ、すっごくおいしいですっ!」

「――よし。盛れ」

 ヴァル先輩の一言で、僕たちはいっせいに盛り付け作業に入った。

 鍋の中でとろとろになったカレーが、炊きたての米の上にかけていく。
 お肉がごろごろ入って、食欲をそそる見た目に、外の兵士たちはもう我慢の限界だった。

「う、うおおおおお!!!!」

「みなさん、順番を守ってくださいね?」

「オイ! はやく食わせろ!」

 いつも行列を整備してくれるニッキー先輩だけど、今日は誰も止まらない。

「――……順番守れぇぇぇぇええええ!!!!」

 魔物カレーは兵士たちを熱狂させ、食堂にニッキー先輩の怒号が響いた。





 そして、兵士の列が途切れた頃だった。

 厨房の戸口に、ひとりの男性が立っていた。

「その匂い、さっきから漂っていると思えば……」

 珍しい白金色の髪の男性は、以前、前線で残り物のおむすびを食べてくれた人だった。
 きっと彼は、僕のことなど覚えていないだろう。
 彼の目は、ただ一心に鍋の中を見つめていた。

「あの……よろしければ、一杯……」

 言いかけた僕に、彼は一言だけ返した。

「――頼む」

 その声は、思ったよりもずっと柔らかかった。

 僕は急いで器を用意し、カレーをよそう。
 たくさん食べられるかはわからないけど、山盛りにしておいた。

「これが、魔物の肉か……」

 男が静かにカレーを口にする。

「――うまい」

 小さな声だった。
 でも、確かに嬉しそうだった。

「……もう一杯、いいか?」

「は、はいっ! もちろんです!!」

 青と緑の混ざった綺麗な色の瞳がきらきらと輝き、まぶしい。
 僕は嬉しくなって、もう一杯よそった。

(みんなを笑顔にしたいと思って始めたことだったけど、僕の方が笑顔になれちゃった……)

 結局、彼は三杯もおかわりしてくれた。

 彼が食べ終えたとき、ふっと優しい微笑みを浮かべた顔を、僕は忘れないだろう。




 ……このときはまだ知らなかった。
 彼が僕の運命を、大きく変える存在になるなんて――






――――――――――――――――――――――


《炊事班メンバー》

☆ヴァレンタイン(40)

☆エドゥアルド(38)

☆ニコロ(38)


年齢が間違っていたので変更しましたm(_ _)m

レーヴェが生まれる前に活躍していた、三英雄。
レーヴェの両親と同世代です。









しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜

ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

異世界召喚に巻き込まれた料理人の話

ミミナガ
BL
 神子として異世界に召喚された高校生⋯に巻き込まれてしまった29歳料理人の俺。  魔力が全てのこの世界で魔力0の俺は蔑みの対象だったが、皆の胃袋を掴んだ途端に態度が激変。  そして魔王討伐の旅に調理担当として同行することになってしまった。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

完結·氷の宰相の寝かしつけ係に任命されました

BL
幼い頃から心に穴が空いたような虚無感があった亮。 その穴を埋めた子を探しながら、寂しさから逃げるようにボイス配信をする日々。 そんなある日、亮は突然異世界に召喚された。 その目的は―――――― 異世界召喚された青年が美貌の宰相の寝かしつけをする話 ※小説家になろうにも掲載中

処理中です...