炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん

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第三章

第一話 鍋が動かした戦 《カイゼル視点》

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 王城の軍議の間に、重苦しい沈黙が流れる。

 勝利の宴にふさわしい豪奢な晩餐が用意されているが、誰一人として料理には手をつけていなかった。

 主戦派の将軍、保守派の重鎮、文官たちの冷ややかな視線を一身に受けながら、俺は杯を傾ける。

「では、あらためて伺います。今回のベルマール区域の魔物を一掃した勝因は、いったい何だったと?」

 問いかけたのは、年若い文官。
 だが背後には、反大公派の老将たちの視線があった。

 敵は、俺の発言の矛盾を探している。
 功績の独占、無謀な突撃、物資調達の不備。
 どんな些細な綻びも逃さず、断罪するために。

 だが、俺は迷わなかった。


「――勝因は、ある炊事兵が作った飯だ」


 会議室にどよめきが走った。

「飯、とは……? そのようなことが……」

 唖然とした声と、軽蔑を隠さない笑みにうんざりする。

「まさか、冗談ではあるまいな、大公閣下」

 老将が鼻で笑う。
 武勲を重んじる彼らにとって、戦の勝利を“鍋”で語るなど、到底認めがたい。

 しかし俺は、一歩も退かずに言い切った。

「想いのこもった食事があったからこそ、俺たちは力を発揮できた。これは誰も否定できない事実だ」

 嘲笑が広がる中、俺はひとつ、記憶を呼び起こす。

「前線で、仲間を失った兵たちは、悲しみに暮れていた。命は助かっても、怪我人の看病もあり、精神的にも限界を迎えたときがあった。だが、そこで俺たちの心を救ってくれたのが、おにぎりだった」

 皆が息を呑む。

「おにぎりだけじゃない。干し肉と野菜をじっくりと煮込んだスープも、兵たちの疲れた心を落ち着かせてくれた。あれは、兵を生かし、隊を繋いだ」

 空気が凍りつくような静寂の中、扉が控えめに叩かれた。

「失礼いたします」

 堂々と入室してきたのは、炊事班の制服を着た三人の男たち。
 その顔ぶれに、議場がざわついた。

「元老院も認めた槍聖、エドゥアルド・テオフィロス……」

「マクミラン侯爵家嫡子、弓聖――ニコロ・マクミラン……!」

「そして、あれは……ヴァレンタイン・レイノルズ元帥ではありませんか!?」

 王国軍を支えてきた歴戦の男たち。
 彼らは戦功の授賞式を前に、自ら志願してこの場に現れたという。

 三人は無言のまま、部屋の中央に進み出る。

「我らは、レーヴェ・ノアールの下につく者です」

 ヴァレンタイン・レイノルズ元帥の言葉に、全員の目が見開かれた。

「レーヴェ……? あの、下働きの炊事兵か?」

「馬鹿な……! あの平凡そうな若造が、炊事班のリーダーだったと?」

 ざわめきが混乱に変わっていく。

「我ら三人は、レーヴェの補佐として炊事を担っておりました」

 マクミラン侯爵家の次期当主であるニコロが、毅然と告げる。

「食材の調達、献立の計画、栄養管理、嗜好や体調に応じた個別配膳。全て、あの者の判断でした。私たちはその手足に過ぎません」

 貴族たちがどよめく中、エドゥアルドが言った。

「若造ひとりに、三百人の胃袋が救われた。どの将校も、レーヴェを軽視していたがな。俺は知ってる。兵の士気が、あいつの味で繋ぎ止められてたってことをな」

 ヴァレンタインは静かに、だが確信を持って言葉を添える。

「兵士が倒れる理由の七割は、空腹と栄養不足です。彼はそのすべてを防いでいた」

 十分な体力を保ち、判断力を失わず、仲間と協力して魔物との戦いに勝利した。

 だから俺は言ったのだ。
 想いのこもった食事が、戦を変えたのだと。

「勝利の報酬として、王命を請う」

 再び俺が口を開くと、重苦しい空気が再燃する。


「この功績を、軍史に刻んでいただきたい。レーヴェ・ノアールの名と共に。彼は、英雄だ」


 名もなき炊事兵が英雄。
 それは、階級主義を打ち破る宣言でもあった。

 ざわめく声に混じって、「認めるべきではない」という囁きや、「前例がない」とする声が飛び交う。

 だが、その場に立つ国王陛下の視線が、静かに俺を見つめていた。

(父上……。どうか、賢明なご判断を)

 強い光をたたえたまま、国王陛下は立ち上がる。

「ルクスフォルト大公。そなたが語るその功績は、誇張ではないのだな?」

「はい。私の名にかけて、断言いたします」

 言葉に迷いはなかった。
 誰かのために動いてきたレーヴェを、俺が誇らずして誰が誇る。

 やがて、国王陛下は静かに頷いた。

「良かろう。正式に、軍史に記す」

「「「おおおおっ!!!!」」」

 その場にいた者全員が、一斉に立ち上がった。
 反発と戸惑いの入り混じる中で、三人の英雄は、再び深く頭を下げる。

 ――我らは、あいつの下についていた。

 その言葉は、すべての虚飾を貫き、真実を照らし出していた。



 新たな戦場の英雄――レーヴェ・ノアール。



 かつて「役立たず」と罵られたその青年の名が、今や王都を駆け巡ることになるだろう。

















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