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90 文通開始
しおりを挟む俺にも出来ることはないだろうかと考えながら夕飯を済ませた俺は、今日もファーガス兄様に会えずに、悶々としたまま厨房に向かった。
食事を終えたのにどうして? なんて愚問を、俺の優秀な侍従がすることはなくなっていた。
「リオン殿下っ! お待ちしておりました」
にこにこと愛想よく笑っているティルソンが出迎えてくれるのだが、俺は溜息を吐く。
「なぜ、厨房に簡易ベッドを用意しているんだ」
「神出鬼没なリオン殿下と、確実に遭遇するために決まっているではありませんか!」
「うぐっ。つ、次からは、なるべく知らせる」
「いえいえ。お好きな時にお越し下さい」
王宮の厨房に寝泊りしているらしいティルソンは、俺のことが大好きすぎると思う。
……いや、料理馬鹿なのか?
ファーガス兄様の差し入れに、フライドポテトを作る予定だったのだが、変更せざるを得ない。
「今日は調味料を作るぞ! 俺だけじゃ量が作れないから、みんなも協力して欲しい」
「「「イエッサー!」」」
「…………どこの軍隊だ?」
マッチョなティルソン隊長が率いる野郎共が、生き生きとした表情で敬礼をしていた。
相変わらず元気だなと笑った俺は、ボウルに卵黄を入れ、溶きほぐす。
それから油を少量加えて、混ぜる。
「分離しないよう慎重に頼むぞ。マッチョ共!」
「はいっ! って、マッチョは料理長だけなんですけど……」
俺の隣で、しゃかしゃかと軽快に混ぜているジョンに返事が出来ない俺は、既に腕がもげそうだ。
油を半量入れ終わったら、酢を加えて混ぜる。
息切れしている俺は、スピード勝負だと叫びながら、残りの油を少量ずつ加えた。
最後に塩、胡椒、マスタードを加え、汗だくになって混ぜる。
「はぁ、はぁ……マ、マヨネーズ……だっ!」
額の汗を拭い、声高らかに告げる。
ごくりと唾を飲む料理人たちが、出来上がったマヨネーズではなく、俺を凝視していた。
なぜだと首を傾げていると、原因に気が付いた。
最悪なことに、料理人たちは完璧なマヨネーズを作り上げ、俺だけが微妙な出来だったのだ……。
「くそったれがッ!!」
「料理長っ! リオン殿下が、ハァハァ言ってます!」
「…………エロっ、い、色っぽいな」
「もっとマヨネーズを作ってもらいましょう!」
「ジョン! ナイスアイディアだっ!」
「さすがリオン殿下の助手だな!」
なにやら盛り上がる料理人たちが、俺にばかりマヨネーズを作らせようとしてくる。
……嫌がらせでしかない。
「今すぐフライドポテトを作って味見をしろ!」
「「「イエッサー!」」」
散らばる料理人たちを確認した俺は、その間、鍋で芋を茹でる。
玉ねぎを薄切りにし、日本の胡瓜より十倍は太い胡瓜もどきを薄めにカットした。
ボウルに玉ねぎ、胡瓜もどきを入れ、塩をふって軽くもみ、放置プレイ。
十分程で救出し、タオルで包んで水気を絞った。
人参は小さく切って、軽くお湯で茹でておく。
ぺらっぺらのベーコンも、カットしておいた。
俺に張り付いているティルソンには、茹で上がった芋を潰してもらう。
マッチョをパシらせて楽をしている俺は、塩胡椒と牛乳を加える係だ。
芋の粗熱が取れたら、用意していた具材とマヨネーズとコーンを加えて完成だ。
「マヨネーズを使った、ポテトサラダだ」
「また芋料理……」
「うるさいぞっ!」
「ッ~~!!」
どんだけ芋が好きなんだと呆れているティルソンのお口に、ポテトサラダをぶち込んでやった。
「芋、万歳っ!!」
「ふんっ。もっと芋をリスペクトしやがれっ!」
ファーガス兄様の分まで食べるなと、すごい勢いでポテトサラダを口に運ぶティルソンの二の腕を、べしべしと容赦なく叩く。
痛くも痒くもないらしい大男に半分以上食べられてしまったが、残りは死守して皿に盛り付けた。
冷蔵庫で冷やしている間に、俺は兄様に手紙を書くことにした。
露店に来てくれたお礼と、今日の出来事の報告。
最後に、お仕事を無理しないようにと付け加えておいた。
フライドポテトにマヨネーズをたっぷりとつけ、黙々と食べ続けている料理人たちに別れを告げた俺は、ファーガス兄様の元へ行く。
緊張している俺を出迎えてくれたのは、ファーガス兄様ではなく、兄様の侍従だった。
「申し訳ありません。ただいま湯浴みを……」
「そうか……。タイミングが悪かったな。差し入れを渡してもらえるか?」
「畏まりました」
淡々とした態度の侍従に、ポテトサラダと手紙を渡した俺は、今日もファーガス兄様に会うことができず、とぼとぼと自室に戻った。
金貨がざっくざくに入っている袋を用意して、にんまりと笑う俺は、明日の準備を整えて、眠りについた。
翌朝、ファーガス兄様からお礼の手紙が届いており、さっそく返事を書く俺は、この日から同じ王宮に住む兄様との、文通が始まることになる。
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