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第二章

40 幼稚な虐め

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 学園後は、第一騎士団で鍛錬することになるのだが、場違いな気がしてならない。

 救護班の方々を紹介されたが、優しく微笑んで迎え入れてくれたものの、目の奥は嫉妬でギラギラに滾っていた。

 皆がエリオット様に熱視線を送っていることが、手に取るようにわかる。

 下手したら、騎士団員達より救護班の人達の方が、エリオット様に心酔しているように思えた。

 気さくな第四騎士団の皆を思い出せば出すほど、溜息が溢れそうになる。

「第四志望だったらしいのに、なんで第一に来たんだろうね?」
「エリオット様にかまって欲しくて、わざとなんじゃない?」
「わざわざお忙しいエリオット様のコネまで使ってさぁ」
「ああ~、いやらしいッ」

 エリオット様がいないときに、少し大きめの声で内緒話をする救護班の人間に、嫌気が差す。

 俺だって今からでも行けるなら第四に行きたい。

 でも、屑な俺に目をかけてくれているエリオット様の好意を踏みにじる事は、死んでも出来ない。

 彼らは騎士ではない為、武力で脅そうとしてくる事はないが、幼稚な虐めは精神的に疲労する。

 今まで悪口を言われても全く気にならなかったが、最近は心優しい友人達に囲まれていたからか、悪口を言われると若干傷つく。

 しかも、何も聞こえていないフリをすればするほど、彼らの腹の虫が治らないらしい。

 エリオット様には俺に応急処置のやり方を指導すると言いながら、雑用を押し付けられている。

 医師の彼らよりは体力は有り余っているし、特段気にしていないのだが、その態度がより苛立たせているらしい。
 
 俺と共にいるときは鬼の形相をしている彼らだが、エリオット様が迎えに来たらコロッと態度を変えて、俺にすり寄って来る。

 全く会話をしていないくせに、俺の腕に纏わりついてきて、仲良しアピールまでする始末だ。

 うんざりするが、エリオット様に心配をかけたくないので「とてもよくしていただいております」と答える。

 その態度もまた気に食わないらしく、翌日さらに幼稚な虐めが悪化するのだ――。



「新人くーん、まだなのぉ?」

 特に何もすることがなく、自慢の長い金髪を指先で弄ぶ青年が、椅子に座り踏ん反り返っている。

 リーダー格である、伯爵家子息のデイモン様だ。

 彼がのほほんとした声を上げると、俺への嫌がらせが開始される。

「早くしてよ~。本当トロいんだから。なんで第一にいるのか理解出来ない」
「荷物運びが終わったら、僕たちのお茶ね~」
「あ、品切れだから買ってきて? ていうか、言われる前に補充しとこうよぉ。気が利かないなぁ」
「今日は最高級のアールグレイね! もちろん経費は出ないからヨロシク~!」

 返事もしていないのに、勝手に話を進める奴らに頭が痛くなる。

(俺は一体どうしたら良いんだ……)

 逆に、意地悪されてますって告げ口したら、態度を改めてくれるのか?

 そうしたらしたで被害者ぶるだろうし、結局悪意に晒されながら、淡々と仕事をこなすしかない。



 ──二週間が経ち。

 今日も、俺がエリオット様に近付くことを毛嫌う救護班四人組が、俺をとっ捕まえにくる。

「イヴく~ん♡ 待ってたよぉ」

 エリオット様に見せつけるように、俺の腕に纏わりつくデイモン様は、無駄に瞬きが多い。

 美しい深海色の瞳は、エリオット様しか映していない。

「今日来ないかと思って心配してたんだからッ」

 まるで本当に俺を心配しているかのように、水色の瞳を潤わせているのは、デイモン様の子分であるダリル様だ。

 お祈りするように手を組み、透き通るような水色の髪も相まってまるで聖女様のような見た目だが、驚く程口が悪い。

「遅くなって申し訳ありません」
「いいよいいよ、気にしないで!」

 肩でくるんとカールする桃色の髪は可愛らしいのだが、性格がドス黒いトラビス様は、俺の背中を優しく撫でてくる。

 ゾッとしているところで、俺の顔を覗き込むリスのような可愛い顔立ちの、性悪ナシール様。

「体調が悪いなら、僕たちが診察してあげる」
「…………いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 ニコッと笑ってえくぼを見せる彼の亜麻色の髪はふわふわだが、性格は刺々しい。

 別人じゃないかと思うほどベタベタしてくる彼らにげんなりとしていると、目を細めるエリオット様が皆から俺を引き剥がす。

「イヴに何かあればすぐに私に報告してくれ。歓迎出来ない者がいれば、即刻退団させる」
「っ……エリオット様、さすがにそれは、」
「イヴは勘違いされやすいからな? ……心配なんだ」

 コツンと額を合わせて、至近距離で見つめられた俺は、背中に冷や汗を掻きながら頷いた。

 今までなら心臓バクバクで頬を赤らめていたが、今の俺は顔色が真っ青だと思われる。

「やはり、体調不良か?」
「っ……いえ、寝不足なだけです」

 家では思いっきり爆睡しているのだが、この流れで四人組に診察してもらうことになれば、変な薬を処方されて殺されかねない。

 実費で購入した高級茶葉の包み袋を握りしめていると、エリオット様が不思議そうに首を傾げる。

「これは?」
「えっと――」
「ああ! 僕たちがイヴくんに頼んでいたものですッ!」
「イヴくんのお勧めの紅茶があるって聞いて、僕たちも飲んでみたくて!」
「あとで支払うから、金額教えてね♡」

 パチリとウィンクするデイモン様に、わかりましたと告げたが、彼が俺に金を払う気は微塵もないだろう。

 このまま彼らと一緒に居たくなくて、縋るようにエリオット様を見つめてしまう。

「イヴ……。今日は私と稽古をしようか」

 全て見透かしているわけではないけれど、俺の顔色を見て判断してくれたエリオット様。

 言葉で伝えずともわかってくれる彼に、嬉しくてくしゃりと顔を歪ませた。

 救護班四人組が、残念そうに「また明日」と告げていたが、目は明日覚えてろよ、と語っている。

 口内で溜息を噛み砕き、エリオット様と訓練場に向かった。

「イヴ、救護班ではうまくいっていないのか?」
「いえ、問題ありません。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そうか……。私もずっと付き添っていられたら良かったんだが……」
「エリオット様には他にもお仕事がありますし、稽古を見て貰えるだけで充分です」

 心配をかけさせまいと微笑むと、難しい表情をしていたエリオット様も、ゆっくりと頷いてくれた。

 ローランド国で一番男前であろう美丈夫は、周囲から好意を寄せられすぎている。

 生まれ持っての美貌はエリオット様が悪いわけではないので、どうすることもできない。

 品のある高い鼻が、ぺしゃんこだったら良かったのに、と捻くれたことを考えながら、俺は今日も稽古に励んでいた――。














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