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第三章

59 負傷した貴公子

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 戦場であるのに婚活で忙しい救護班四人組は、エリオット様の目がない時に、無能だの、使えないだの、こっそりと暴言を吐いてくる。

 いろんな相手とやることをやっているくせに、俺がエリオット様に気に入られていることが、今でも相当腹立たしいらしい。

 うざったいのだが、猫の手も借りたい状況だ。

 それに、どうでもいいことでエリオット様を煩わせたくない為、俺は華麗に無視を決め込んでいた――。

 

「来たぞ!」

 魔物を前にして、愉快げに舌舐めずりをするギルバート様が斬りかかり、死体の山を築き上げる。

 一方、負傷者を担いだ俺は、アレン君のいるテントに向かって走り出していた。

「レイド、しっかりしろ」
「…………おろせっ」
「馬鹿、治療しないとダメだ」
「っ、俺は、こんなところで……いッ……クソッ……騎士団長に、なるんだッ」
 
 同級エリート組の中心人物であり、特に根性のあるレイド・クライン公爵子息は、背中に深く生々しい傷痕がある。

 それでも戦おうとするのは、レイドが三男だからという理由だけではないと思う。
 
 紫色の血がこびりついている長く美しい金髪が、俺の視界の端で揺れている。

「だったら余計に今は休め。傷が治ったらまた戦いに出れば良いだろう?」
「嫌だ……」
「魔物がいつ消滅するかもわからないんだ。死んだら元も子もないぞ?」
 
 空色の瞳の王子様のような美貌のレイドは、痛みからか顔を歪めている。

 溜息を吐いた俺は、息も絶え絶えになるレイドの心が穏やかになるように祈り、手の甲にそっと口付けた――。

「っ……」
「落ち着いたか?」
「――なに、を、?」
「おまじないだよ。さ、行くぞ」

 すとんと意識を失ったレイドを、アレン君の待つテントに運びこむ。

 そして治癒を施せば、背中に金色の光が集中していた。

 傷が塞ぎ始めるのを確認した俺は、そっと唇を離した。

「ちょっと治しすぎたな……」
「大丈夫です。イヴ様がすぐに連れてきてくれたおかげだと話しておきます。それに、背中なら傷も見えませんしね!」
「ああ、ごめん。ありがとな」

 レイドをアレン君に任せ、俺は戦闘中の皆のもとへと走り出す。

 ここ二週間の間に治療をして気付いたことは、ただ口付けるだけだと、治癒スピードが格段に遅いことがわかった。

 だからと言って皆に深く口付けることは避けたい為、ゆっくりと治療している。

(あと、俺の想いも重要な気がする……)

 さっきはレイドがジュリアス殿下に見えて、気づけば普段より強く、助けたいと願っていたらしい。

 別に贔屓しているわけじゃないのだが……。

 不安定な力を制御するには、俺の精神が平穏であることが大切なのだと結論付けていた。 

 それから、負傷者を守りながら運び続ける。

 二人目の重傷者の治療を行う為、『手術中』と書かれたプレートを仕切りにぶら下げる。

 アレン君が見張りをしてくれているが、万が一、治療している瞬間を目撃されたら、大変なことになる。

 俺だけでなく、秘密を知るアレン君にも迷惑をかけてしまう為、絶対にバレてはいけないのだ。

 最短で治癒し、三人目の重傷者に治療を施している際、俺は貧血になったかのように膝から崩れ落ちていた――。

「イヴ様っ!」
「……大丈夫、」

 アレン君の叫び声が遠くに聞こえる。

 視界が暗くなり、俺は意識を失っていた――。





 俺を呼ぶ声が届き、薄らと目を開ける。

 ぼんやりと辺りを見回せば、俺はレイドの隣の簡易ベッドで横たわっていた。

「大丈夫かよ……」
「あ、ああ……貧血、かな?」
「全く。心配しただろ」

 ぼそりと呟くレイドは、そわそわとしながら俺から視線を逸らした。

 俺を敵視していたくせに、意外と優しいところがあるじゃないかと、こっそりと笑った。

 俺が倒れたあと、運良く重傷者は出ていなかったようだ。

 アレン君に耳打ちされ、ほっと息を吐いた。

「悪い。俺も手伝う」
「大丈夫です! もう、無理しすぎ! イヴ様はゆっくりしててください」
「いや、本当に大丈夫だって」
「ダメです! イヴ様に無理させたら、僕がアデル兄様に怒られるんですから」
「ははっ、だったらもう少しだけ休んでおこうかな?」
「そうしてくださいっ!」

 頬を膨らませるアレン君が、ぷりぷりと怒っている。

 容姿は似ていないのだが、仕草がアデルバート様にそっくりで、俺は小さく吹き出していた。

「クククッ、アデルにそっくりだ」
「これでも兄弟ですからね!」
「ああ、そうだな。アデルに会いたくなったよ」
「……アデル兄様も、同じ気持ちだと思います」

 そう呟いたアレンくんが静かに目を伏せ、しんみりとした空気が流れる。

 寝ている俺の横で、膝を抱えているアレン君の頭を、俺はよしよしと撫でた。

 慣れない場所で不安にさせてしまったことを申し訳なく思う俺は、上半身を起こして、大きな手の甲にこっそりと口付ける。

 優しく微笑めば、アレン君の頬が紅潮し、安心しきったように肩の力が抜けていた。

「アレン君も家族に会いたいよな。巻き込んでごめんな……」
「いえ! 僕自身が決めたことです。僕は一生イヴ様についていきます!」
「え、一生……? いや、うん。ありがとう?」

 キラキラとした瞳で見つめられて、とりあえずお礼を言っておく。

 強い視線に気付いて隣を見れば、だらしなく口を半開きにしたレイドと目が合った。

 どうしたのかと俺が首を傾げれば、はっとしたレイドは、俺に背を向けて寝る体勢に入った。

「うつ伏せで寝た方が良いんじゃないか?」
「…………横で大丈夫」
「そうか。熱が出るかもしれないから、具合が悪くなる前に早めに教えてくれ」
 
 ああ、と返事をしたレイドから寝息が聞こえて来て、俺も少しだけ仮眠をとることにした。



 二時間ほど寝れば、体調は元通り元気になっており、再度力が漲っているように感じた。

 睡眠も大切なことがわかり、次からはアレン君に言われた通り、あまり無茶しないようにしようと心がける。

 夕食のスープを手に重傷者用のテントに行くと、ぼーっとしたレイドが目を覚ましていた。

「レイド、食べれるか?」
「……たぶん」
 
 そっと体を起こしてやり、スープに息を吹きかけて冷ましてやる。

 口許に運べば、迷わず食べてくれた。

 半分ほど食べたところで、「おわっ!」と叫び声を上げたレイドは、大きな目を見開いた。

「どうした? 熱かったか?」
「……いや、」
「もうお腹いっぱい?」
「っ…………ま、まだ、食べる」
「ん」

 急に恥じらいだした貴公子は、食べさせられることに慣れていなかったのだろう。

 顔も赤いし、熱が出ているのかもしれない。

 心配だから、今日は俺もここに泊まろうかな?

 食器を片付けた俺は、次は桶に水を用意する。

「何をするんだ?」
「ん? 髪、洗おうかなって」
「……は? 誰の、」
「レイドの。血が気になるだろ? 匂いとか。綺麗な髪だし、汚れてると俺も気になる」

 急に大人しくなったレイドを不思議に思いつつ、横向きの体勢のまま丁寧に髪を洗う。

 美しい金色の髪は、セオドアと同じ色だ。

 懐かしく思いながら、癖のない真っ直ぐな細い毛をタオルでしっかりと乾かした。

「慣れてるんだな」
「ああ。テディ……じゃなくて、よくやるからな? ……ここで」

 しどろもどりになりながら返答する俺に、大きな目が細められる。

「セオドア様にしてるのか」
「……ん?」
「とぼけなくていい。そうなんだろ?」

 確信しているように問いかけられて、俺は苦い顔のまま頷いた。

 上体を起こしたレイドが、項垂れるように頭を下げる。

「あの時は、悪かった……」

 衝撃的な光景に俺は絶句する。

 公爵家の人間が、勇者をいじめているとの悪評がある、嫌われ者の俺に頭を下げたのだ――。

「果樹園で……」
「っ、ああ、別に気にしてない。慣れてるし」

(まさか、あの日のことを謝られるとは思わなかった……)

 嬉しくなって笑っていると、ぱっと顔を上げたレイドに凝視される。

 顔が赤いし、とりあえず寝かせて、冷えたタオルを額に置いてやった。

 それからレイドにセオドアのことを聞かれて、俺はぽつぽつと話をしていた。

 馬鹿だの、意味がわからないだの、俺の行動が理解出来ないと語る口調は刺々しいものだったが、気付けば俺たちは、古くからの友人のように夜中まで語り合っていた――。


















 
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