276 / 280
第十一章
261 六年後
しおりを挟む──六年後。
茶色と金色の混じる、珍しい髪色の天使が、臨月を迎えた俺の隣にちょこんと座っている。
国王陛下そっくりの愛らしいお顔と、美しい碧眼を持つイリスは、父親に似て俺のことが大好きだ。
四人目のつわりが酷く、よく寝込む俺のことを心配してくれ、静かに寄り添ってくれる優しい子だ。
だが、まだ四歳なのに、手にしているのは哲学書。
一歳で二語文を話せるようになった天才くんは、いずれこの国をしょって立つ素晴らしい王になってくれるだろう。
ジュリアスのお母様──ジョゼフィーヌ様にもそっくりなので、前国王陛下なんて、お前は誰だ? と問いかけたくなるほど、イリスを溺愛している。
今回も、全く目立たない腹をそっと撫でる俺は、読書をしているイリスの顔を覗き込む。
「その本、面白いか?」
真顔でこくりと頷くイリスは、すでに俺より賢いと思う。
「でも、父様の日記の方が面白いです」
「……ジュリアスの日記?」
「はい」
「それは知らなかった。俺も読んでみたいな」
「…………やめた方がいいと思います」
すっと俺から目を逸らしたイリスは、黙って本を読み始めた。
どんな内容なんだと問い詰めると、俺への重い愛が綴られているらしい。
「まったく。相変わらずだな、ジュリアスは。でも、もう慣れたけど」
「今は確か、三十八冊目……」
「っ……」
「重くて持ち運べないので、父様に朗読してもらっています」
どこからつっこんだら良いのかわからない俺は、軽く目眩がしていた。
ちなみに、一冊が辞書より分厚いらしい。
「最近の日記には、二人目が欲しいってことばかり書いてありました」
「は、はははっ……」
「もう、名前も考えていました。すごく、独特な……」
思わず溜息を吐くと、天使が俺の顔を見上げた。
「僕も、アイリーンみたいなかわいい妹が欲しい……」
「っ、よし。頑張るぞっ! 任せとけ!」
わしゃわしゃと髪を撫でると、イリスが嬉しそうに微笑んだ。
イリスがジュリアスに言わされていることを知らない俺は、今この瞬間に、ひたすら妊娠し続ける未来が確定した。
「そういえば、ラインハルトはどこだ?」
「猫と遊んでいます」
「……またか」
探しにいくかと、イリスと手を繋ぐ俺は、ゆっくりと立ち上がった。
三歳になるラインハルトは、俺とランドルフ様との子どもだ。
一時期、俺たちが猫ごっこばかりしていたもんだから、二人の子がもしかしたら猫かもしれないと、変態ラルにゃんは、本気で心配していた。
相変わらずぶっ飛んでいるランドルフ様だが、今は愛息子を『ライにゃん』と呼び、殊更可愛がっている。
そんなおバカな両親より落ち着き払っている息子は、人見知りなだけで、動物に優しい子。
ランドルフ様に似て思いやりのある性格だから、きっと父親以上にモテるはずだ。
特に子猫が大好きで、前宰相──レイモンド殿は、猫様専用の屋敷を建ててしまうほど、ラインハルトを溺愛している。
イリスと散歩がてら、ラインハルトを探していると、息を殺す大勢の使用人を発見する。
彼らに近づき、こっそりと視線の先を追うと、茶毛の子猫を可愛がる、微笑みの天使がいた。
マルベリー色の髪はランドルフ様譲りで、鋭い目付きに黄金色の瞳は、俺にそっくりだ。
普段は表情があまり変わらないけど、たまに見せる笑顔は、人々の心を鷲掴みにする。
「ああ、ライ様が笑ってるわ……」
「見てるだけで癒される……」
「可愛すぎるっ。僕も子猫になりたいっ」
……ラインハルトは、すでに父親よりも人気者だった。
そこへ、とことこと歩いてきた幼女がラインハルトの隣にしゃがみ、子猫の頭をそっと撫でる。
「ちょっと元気がないみたい。わたしのお父様かお母様に診てもらったほうがいいかも」
「……深刻な病気?」
「ううん、そこまで酷くはないよ。でも、きちんと診てもらった方が、ライも安心するでしょう?」
「……うん」
子猫を抱いたまま立ち上がったラインハルトとアイリーンが、俺の元へ歩いてきた。
同い年の二人は仲が良く、見ているだけで癒される天使コンビだ。
「お父様、子猫を診て欲しいの……」
大きな瞳をうるうるとさせて、上目遣いで俺を見上げるアイリーンに、俺の胸はキュンとする。
髪と瞳はアデルバート様と同じライム色で、将来美女になることが確定しているアイリーンは、俺の娘だ。
すぐさま子猫を癒せば、二人はぱあっと笑顔を浮かべて、子猫に頬擦りをした。
「ぶはっ、可愛すぎる……」
「お母様……。二人を甘やかしていると、また専属騎士様方に怒られてしまいますよ?」
「うっ……」
アイリーンに頼まれると、すぐに癒しの力を使用してしまう俺に呆れるイリスだが、彼もまた二人を可愛いと思っている。
それに、アイリーンは、一目見ただけで体調の悪い人がわかるようで、アデルバート様の不思議な力が、遺伝した可能性があるのだ。
女性初の医師になるかもしれないと、バーデン伯爵家は大盛り上がり。
アイリーンのおかげで、俺は義父のアルフォンソ殿とも仲良くなることができた。
孫の教育に熱心なアルフォンソ殿は、孫を宮廷医師の道へ導くのかと思いきや、アイリーンのためにバカデカイ病院を建設するつもりらしい。
まだ三歳なんだが……と一応伝えたのだが、無視された。
「母様、また力を使いましたね?」
「っ……」
エリオット様に片手で抱っこされたイレネの登場に、俺の背筋はピンと伸びた。
ただ、周囲の人たちは、我が子を抱っこする凛々しいエリオット様のお姿に目が釘付けである。
何年経っても人々を魅了し続けている俺の旦那様は、相変わらず美しさに磨きがかかっていた。
身体は大丈夫なのかと、俺を心配してくれるエリオット様がイレネを下ろし、イリスの頭を撫でる。
「セオドアはどうしたんだ?」
「勇者様なら、子供部屋にこもっています」
「チッ。今度はなにを企んでいるんだ……」
眉間に皺を寄せるエリオット様は、今もセオドアを警戒しているらしい。
なにせ、三人目までは順調に子を宿していたのに、セオドアの時だけは二年もかかったのだ。
俺を独占するために、なにかしたんじゃないかと疑っているようだ。
でも、妊娠が発覚した時のセオドアの喜びようは尋常じゃなかったから、きっと違うと思う。
……多分。
「手作りの遊具を作っているみたいです。テディーは、手作りにこだわりがあるみたいで……」
「……そうだとしても、今はイヴの傍にいるべきだろう」
「ふふっ、大丈夫です。子どもたちがいてくれるので」
にっこりと微笑んだのだが、急に腹が痛くなり、俺はその場でへなへなとしゃがみこんでいた。
83
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる