68 / 90
オカン公爵令嬢は潜入する。
16話 幸せな空間
しおりを挟む
真っ赤になった顔を自覚しながら、寮から出る。外の涼しい風が心地良い。
オカンのデリカシーのなさは知っている。だからと言って麗の前であんな話をするなんて。しかも麗にも不思議な顔で見られたし。
ため息をひとつ落として、空を見上げる。
(不思議な空の色だ)
自国と空は繋がっているはずなのに、どうしてこんなに違うのだろう。ここにいるのは一週間足らずなのに、もうフォルトゥーナの空を見たいと切望する自分がいる。
(もう俺に取っての故郷はフォルトゥーナなんだ)
日本の空とは違う空気、空の色だということは、なんとなく分かる。だけど日本の空の色をはっきりと思い出すこともできない。あの巨大なビル群は覚えているのに、人々が溢れる雑踏とした街並みは覚えているのに。だけどフォルトゥーナの方がきっと今の俺には合うのだろう。こうやって人は慣れていくのだろうか。オカンの奇行にはちっとも慣れないけれど。
ため息をついてふと横にある建物を見る。
なんだろう……なんだか違和感。
俺のいる寮の横には高い壁を隔ててもうひとつ、対になるように寮がある。オカンと麗の寝泊まりしているところ。『私達は隣の寮なの!』って麗が言っていた。その時には気にしていなかったんだけど、なんで別だったんだろう……。だって麗もオカンも男装しているのに。俺の隣の部屋は空いているのに。
「咲夜君!」
相変わらず意味の分からない転移でやってくる麗だけど、そこはもうすっかり慣れた。
「コス……ここでは、アダルだろ?」
相変わらずのうっかりさんだ。でもそれだって可愛くて仕方ない。
麗の顔をじっと見る。
「麗――?泣いた?」
「う゛――なんで、バレ……じゃなくて、咲夜君だって……麗って言った!」
「俺に取っては、麗が泣いたことが最優先事項だよ。なんで?オカンにイジメられた?」
「あ――あはは、それって、私が泣いていたら燈子さんも同じこと言ってた。『咲夜にイジメられた?』って、2人ともそんなことするわけないのに……」
「じゃあ、誰に?麗を泣かすやつなんて、俺は許す気ないよ!言って、今の間に何があったの?」
「虐められてなんかないよ。私が……咲夜君に嫌われちゃったかもって……調子に乗ってごめんなさい」
しゅんとする麗を慰めるためには抱きしめるしかない。抱きしめたい。別に誰に見られたって平気だ。今の俺には魔力がないけれど、それでも麗を守るためなら、何でもやってみせる。
「……あれ?」
自然と声を出す。麗を抱きしめていた右腕をはずして、手をじっと見る。目を凝らすと魔力が少し戻っているのが分かる。
「咲夜君、どうしたの?」
上目遣いでじ――っと見てくる可愛すぎる麗にクラッと来そうになるけど、今はそれどころじゃない。
「なんか魔力が少し戻ったんだ」
「そうなの!良かったね!おめでとう」
「うん、ありがとう、それとね。麗、俺が麗を嫌うなんてないよ。あれはオカンが悪いんだ。いつもデリカシーがないんだから!」
「燈子さんも雅也さんも、咲夜君が可愛くて仕方ないんだって」
「それは、なんとなくわかってるよ……。特にオカンは俺を揶揄いたくて仕方ないんだ。でもだからと言って、麗の前で……あんなこ……」
言ってる途中で気付いてしまった。あんな話を可愛い彼女に聞かれていたなんて……。
「素敵な家族の輪に入れて私は幸せだよ。でも、咲夜君はからかいのネタになって嫌だったよね?次からは庇うね!なんだったらやっつけちゃうよ!私は咲夜君の味方だから!」
「え?それは頼もしい味方ができたな。ふたりでオカンに立ち向かおう!」
「はーい!」
ハイタッチして、視線をあわせて、笑い合う。笑い合える。前世から麗が俺たち家族の輪に入りたがっていた事は知っていた。昔は無理だった。今は、それができる。できる身体になった。
元気になったら、やろうと約束していたことができる今世は最高だ。そうなると嫌なことなんて消えてしまう。
「明後日は学校が休みだから、デートしない?ルーナ国の中心地ピエナの街並みを見てみたい」
「行きたい!あのね、ここの名物のアッフォガードが食べたい!」
アッフォガードとは……また古い。このゲームの発売年がなんとなく想像できる。でも、前世は病院食しか食べれなかった麗には何だって珍しいものだろう。
「良いよ。食べ歩きしよう……そのできればふたりきりで……良い?」
にっこり笑った麗が爪先立ちして、耳打ちしようと頑張ってる。俺は腰を屈めて麗に耳を近づける。
「私もそうしたい」
こそっと言った声は耳にくすぐったくて、ついつい赤くなってしまう。
こうやって思い出をいっぱい作りたい。今世こそは。
幸せをかみしめた俺は、違和感について思い出すことはなかった。それは少ししてから分かる事。
オカンのデリカシーのなさは知っている。だからと言って麗の前であんな話をするなんて。しかも麗にも不思議な顔で見られたし。
ため息をひとつ落として、空を見上げる。
(不思議な空の色だ)
自国と空は繋がっているはずなのに、どうしてこんなに違うのだろう。ここにいるのは一週間足らずなのに、もうフォルトゥーナの空を見たいと切望する自分がいる。
(もう俺に取っての故郷はフォルトゥーナなんだ)
日本の空とは違う空気、空の色だということは、なんとなく分かる。だけど日本の空の色をはっきりと思い出すこともできない。あの巨大なビル群は覚えているのに、人々が溢れる雑踏とした街並みは覚えているのに。だけどフォルトゥーナの方がきっと今の俺には合うのだろう。こうやって人は慣れていくのだろうか。オカンの奇行にはちっとも慣れないけれど。
ため息をついてふと横にある建物を見る。
なんだろう……なんだか違和感。
俺のいる寮の横には高い壁を隔ててもうひとつ、対になるように寮がある。オカンと麗の寝泊まりしているところ。『私達は隣の寮なの!』って麗が言っていた。その時には気にしていなかったんだけど、なんで別だったんだろう……。だって麗もオカンも男装しているのに。俺の隣の部屋は空いているのに。
「咲夜君!」
相変わらず意味の分からない転移でやってくる麗だけど、そこはもうすっかり慣れた。
「コス……ここでは、アダルだろ?」
相変わらずのうっかりさんだ。でもそれだって可愛くて仕方ない。
麗の顔をじっと見る。
「麗――?泣いた?」
「う゛――なんで、バレ……じゃなくて、咲夜君だって……麗って言った!」
「俺に取っては、麗が泣いたことが最優先事項だよ。なんで?オカンにイジメられた?」
「あ――あはは、それって、私が泣いていたら燈子さんも同じこと言ってた。『咲夜にイジメられた?』って、2人ともそんなことするわけないのに……」
「じゃあ、誰に?麗を泣かすやつなんて、俺は許す気ないよ!言って、今の間に何があったの?」
「虐められてなんかないよ。私が……咲夜君に嫌われちゃったかもって……調子に乗ってごめんなさい」
しゅんとする麗を慰めるためには抱きしめるしかない。抱きしめたい。別に誰に見られたって平気だ。今の俺には魔力がないけれど、それでも麗を守るためなら、何でもやってみせる。
「……あれ?」
自然と声を出す。麗を抱きしめていた右腕をはずして、手をじっと見る。目を凝らすと魔力が少し戻っているのが分かる。
「咲夜君、どうしたの?」
上目遣いでじ――っと見てくる可愛すぎる麗にクラッと来そうになるけど、今はそれどころじゃない。
「なんか魔力が少し戻ったんだ」
「そうなの!良かったね!おめでとう」
「うん、ありがとう、それとね。麗、俺が麗を嫌うなんてないよ。あれはオカンが悪いんだ。いつもデリカシーがないんだから!」
「燈子さんも雅也さんも、咲夜君が可愛くて仕方ないんだって」
「それは、なんとなくわかってるよ……。特にオカンは俺を揶揄いたくて仕方ないんだ。でもだからと言って、麗の前で……あんなこ……」
言ってる途中で気付いてしまった。あんな話を可愛い彼女に聞かれていたなんて……。
「素敵な家族の輪に入れて私は幸せだよ。でも、咲夜君はからかいのネタになって嫌だったよね?次からは庇うね!なんだったらやっつけちゃうよ!私は咲夜君の味方だから!」
「え?それは頼もしい味方ができたな。ふたりでオカンに立ち向かおう!」
「はーい!」
ハイタッチして、視線をあわせて、笑い合う。笑い合える。前世から麗が俺たち家族の輪に入りたがっていた事は知っていた。昔は無理だった。今は、それができる。できる身体になった。
元気になったら、やろうと約束していたことができる今世は最高だ。そうなると嫌なことなんて消えてしまう。
「明後日は学校が休みだから、デートしない?ルーナ国の中心地ピエナの街並みを見てみたい」
「行きたい!あのね、ここの名物のアッフォガードが食べたい!」
アッフォガードとは……また古い。このゲームの発売年がなんとなく想像できる。でも、前世は病院食しか食べれなかった麗には何だって珍しいものだろう。
「良いよ。食べ歩きしよう……そのできればふたりきりで……良い?」
にっこり笑った麗が爪先立ちして、耳打ちしようと頑張ってる。俺は腰を屈めて麗に耳を近づける。
「私もそうしたい」
こそっと言った声は耳にくすぐったくて、ついつい赤くなってしまう。
こうやって思い出をいっぱい作りたい。今世こそは。
幸せをかみしめた俺は、違和感について思い出すことはなかった。それは少ししてから分かる事。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
51
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる