時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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砂の章

其ノ五 全容

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「オネちゃん……」

 高齢の男の首を締めるようなこの体勢で、オネが唐突に現れた。
 
 フィーネがすぐに手を引っ込め、高齢の男も何もなかったかのように振る舞う。

「なにしてるの?」

 状況が理解できず困惑するオネに、若い男が詰め寄る。

「オネ、なぜここに」
「大きな音がしたから……」

 オネは少し体を震わせている。自分の祖父が殺されそうになっている現場に居合わせれば、恐怖も当然だろう。

「助手くんも少し落ち着いたようだな。笑顔の明るい少女に感謝をしよう」

 アリーシャがオネに向けて優しく微笑み、オネの頭を撫でる。
 彼女にもそんな表情が出来ることを、驚いてはいけないだろうか。

「助手くん。彼女と少し話をしていてくれないか? こちらは私が話をつけよう」
「でも……」
「大丈夫さ。彼らもそんな莫迦ばかじゃない」

 アリーシャが二人に目配せすると、若い男は情けなく俯き、高齢の男は頷いて見せる。

 フィーネは少し考えたが、アリーシャを信じてオネの方に向き直る。

「オネちゃん、少しあっちでお話ししよ」
「おじいちゃんたちは大丈夫?」
「うん。ちょっと難しいお話があるって。私もよくわかんない話。ね」
「……うん」

 オネは三人の方を心配そうに振り返るが、男たちも行ってこいと手を振って返す。
 アリーシャの文言が十分に聞いたのだろう。

「お姉さんたちはなにを話していたの?」
「……オネちゃんには笑顔が一番だねって」
 
 オネはその言葉の意味がわからないのか、不思議そうに首を傾げる。

「誰でも笑顔が一番だよ? みんな悲しい顔は、すごく辛くなる……」
「……うん、そだね。ごめんね」

 フィーネも笑って返すが、どうしてもぎこちなさが残る。自分の大人気なさを悔いているのだろう。

「……ありがとう、お姉さん」

 オネはフィーネに笑って見せた後、少し遠くを見つめ、もう一度フィーネにまっすぐ向き直る。

「ねえお姉さん。私はね、知ってるんだ」
「え?」
「近くに大きな蛇さんがいるんでしょ?」

 オネの発言に、驚かざるを得ない。
 まさかこんな子供までも、現状を把握しているというのは、あまりよろしい話ではない。

「おじいちゃんたちが話しているの聞いちゃった」

 オネが可愛らしくおどけて見せる。その事実を知った上でこうして笑っていられる彼女の姿は、かなり健気なものだ。

「オネちゃんは怖くないの?」
「まだ本物見たわけじゃないから、わかんない」
「そか……」

 フィーネも、その影とやらを目視できていないので、彼女に共感しているのだろう。

「……ねぇオネちゃん、この集落で一番高いところはどこ?」
「高いところ? んー、見張りする人の所なら一番高いと思う?」

 そう言ってオネが指さす先には、物見櫓のようなものがある。そこには一方向を見ている男の姿も確認できた。

「蛇さんみるの?」
「うん。私もまだちゃんと見てなくてね」
「私も見てみたい!」

 一瞬、フィーネも戸惑いはしたが、見ず知らずの人間が一人で行ったところで、登らせてもらえるわけもなく、オネがいるならあるいはと考えたのだろう。
 
 すぐにオネに向き直ると、まっすぐと彼女の目を見つめる。

「わかった。けど怖かったらすぐ離れるんだよ」
「大丈夫だよ」

 フィーネに気を使っているのか、オネはあまり笑顔を絶やさない。

 オネの案内で物見櫓の下まで二人がやってくると、見張り役の男が気づいたのか、物見櫓の上から二人を見下ろす。

「あんた誰だ? 見ない顔だが──オネ様、なぜこんなところに!」
「私も登ってみたくなったのー!」
「いやしかし……」

 オネの言動に言葉を詰まらせる。
 まあ、当然だろう。彼女がこの集落の中でどれほど大切な存在なのか、それを考えるならば物見櫓の上など危険極まりない。

「それに、そちらの方は……」
「え、えーっと……」
「お客様だよ! 優しいお姉さん! たまに怖いから気をつけてねー」

 フィーネがどう答えたらいいか分からず、言葉を詰まらせていると、オネが助け舟を送る。
 
 しかし、オネの言葉に対し、フィーネが少し落ち込む。あんな場面を目せてしまった以上仕方ないが、怖いお姉さんという不名誉な印象も与えてしまっていたのだ。

「客人なんて聞いてないが……なら尚更こんな所に上がられるのは……」

 男が現状を整理するため、頭を抱えて考え出す。
 その姿を確認すると、オネは悪戯を企む少女の笑みをうかべる。

「いこっ!」
「いやオネちゃん?」

 オネがフィーネの手を引っ張り、梯子を登り始めようとする。
 フィーネも逆えずにオネの後をついて行ってしまった。

「やっぱりだ──」
「きちゃった」
「きちゃいました」
  
 見張り役の男が考えをまとめ、二人に伝えようとした時にはすでに、二人とも物見櫓の上まで登ってきていた。

 男は状況に困惑し、フィーネを見るとすぐに視線を背けて硬直する。

「お姉さん、あれかな?」

 オネの発言に、フィーネも砂漠に視線を移す。

 集落の周囲には白く艶のある岩が並べられている。あれが防護壁のような役割を担っているのだろうか。

 集落をでて、その先は狐色に輝く広大な砂漠が広がる。
 こうして高所から確認するとわかるが、本当に何もない場所だ。どこをみても砂しかなく、集落の周り以外では岩すら見当たらない。
 そんな広い砂漠の中、地平線には地面と空を繋げる塔のようなものが見えた。
 遠すぎるせいか細部まではわからないが、その巨大さだけは驚嘆に値する。

 その塔の手前に大きく、空間を隔離したかのような砂に覆われている場所がある。
 オネの指さす空間であり、おそらくアリーシャの言っていた砂煙で間違い無いだろう。

「多分そうだね。中はあんまりしっかりは見えないけど」

 その空間を集中して確認すれば、確かに中に大きな影が見えるのはわかる。
 しかし、何が動いているかなど全く見当もつかない。

「でも、すごく大きい……」
「大丈夫だよ」

 影の大きさに、さすがのオネも不安を隠せないでいたが、フィーネがそれを慰めるように頭を撫でる。

「どうして?」
「私と、アリー。それにお父さんたちが退治しちゃうからね」
「ほんとに?」

 不安と心配、期待とあらゆる感情を込めた視線をフィーネに送る。

「本当。私、すごく強いからね」

 フィーネが笑いながら胸を張ると、オネがまた笑顔になる。

「ありがとう! お姉さんなら絶対大丈夫!」
「それじゃ、そろそろ下りようか」
「うん!」

 オネが元気よく返事をし、先に降りていく。
 フィーネもそれに続こうと梯子に近づくと、見張り役の男が声をかけてきた。

「あの蛇を倒すって、本気で言っているのか?」
「もちろん。オネちゃんのために頑張るから」
 
 「いや頑張ったからって──」と制する男に、フィーネが胸を張る。

 男はフィーネの可愛らしい胸が張られるのを見て、目を逸らす。
 フィーネもその姿を見て自分の姿を思い出したのか、恥ずかしそうに体を隠し俯くが、少し赤くなった顔をすぐにあげる。

「まあそういうことだから大丈夫!」

 フィーネは早口にそう言うと、男に背を向け、櫓の縁に足をかける。
 直後、そのまま梯子を使わず落下した。
 落下の途中、体を捻り櫓の下の地面に危なげなく着地する。

「お姉さんすごい! そんなことできるんだー!」

 オネはフィーネの行動に興奮し、思わずフィーネに抱きついていた。

 フィーネは櫓の上から呆然と眺めている男に向かって、得意げな笑みを見せると、軽く会釈をしてくっついたオネごとその場を後にした。
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