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砂の章
其ノ七 砂漠の夜
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「ねぇアリー、何でこんな寒いの……?」
二人は現在、サマクの家に滞在している。
二人に貸された部屋は客室らしく、十分な間取りで一晩過ごすだけなら快適だろう。
窓の外は暗く、すでに夜も更けていた。
二人の服装は日中のあられもない姿から一変し、肌の露出すらほとんどない重厚な衣類に身を包んでいる。
服に取り付けられた頭巾も目が隠れない程度まで深く被り、口元までほとんど覆っている。
フィーネに関しては、それでもなお体を震わせるほどには寒いようだ。
「簡単なことだよ助手くん」
答えるアリーシャについては、さほど寒さを感じさせない。精神的なもので何とかなるものなのだろうか。
「この砂地……彼等は砂漠と言っていたが、この世界には日の熱を遮断するものがないんだ。故に日中は熱が充満し、夜は熱が逃げていく。強いて言うなら、この寒さが本来の気温だと言うべきだろう」
得意げにして話すアリーシャが、震えるフィーネを堪能しながら、言葉を続ける。
「後、水の少なさもいただけないな」
「水?」
「水分というものは熱を蓄える性質がある。これほど水のない地域だと、空気中の水分も自然と不足しがちで、熱が残留しにくいんだ」
アリーシャの言い回しは分かりにくいことが多々あるようだ。フィーネも若干理解し難い部分があるのか、首を傾げている。
「……そう、ありがとう」
それでもこれ以上聞いたところで意味はないと判断したのか、アリーシャに感謝の言葉を投げ掛ける。
「お手洗い行ってくる」
「ああ」
寒さのせいか、フィーネはこの夜何度目かの手洗いに立ち上がり、部屋を後にする。
「お姉さんおはよう」
「あ、オネちゃん。おはよう?」
廊下を歩いていると、寝起きなのか髪が少し乱れたオネが、目を擦りながら声をかけてきた。
その表情はいつもの笑顔と比べて、どこか寂しそうに見える。
「どうしたの? 夜も遅いし、寒いよ」
「寒さは大丈夫。少しお話、いい?」
フィーネは少し悩みはしたが、この状況で断ることもなく、オネの視線に合わせて体を屈める。
「いいよ。どしたの?」
「……こっち」
オネに連れられ廊下の先までいくと、少し広めの露台へと出た。
「さむ……」
当然露台ともなれば屋外なわけで、夜の冷たい風がフィーネの服の隙間をなぞっていく。
寒さに震えながら、フィーネが露台の外へと視線を向けると、一瞬体の震えが収まっていた。
「──綺麗……」
フィーネは寒さを忘れ、露台の欄干に体を乗り出す。
空を見上げれば、深く暗い青に染まっている。その暗闇に散々と光る星たちと月の輝きが、地上の暗闇を照らし出していた。
日中の壮大な狐色の砂漠は一転し、暗く幻想的な青黒い砂漠が視界一杯に広がる光景に、フィーネの心は奪われた。
集落の周囲を囲う丸岩は、この暗闇の中でさえその白さを濁すことなく、あるいは主張するように集落全体を灯している。
砂漠の地平線には、色形すらはっきりとしない塔も見え、その手前では確認しづらくはあるが、昼間に猛威を振るっていた砂煙も見える。
「これは私たちの砂漠、集落に住む人たちの特別。すごく綺麗な景色だよね」
オネは嬉しそうに語るが、歳不相応に話すその姿には憂いすら感じさせる。
「……本当は、私も少し怖い。あんな大きな蛇がきたら、多分みんな死んじゃうよね」
辛そうな心の内を話すオネに同調する様に、見えづらかった砂煙がその存在を主張する。
先程まで全く見えなかった、常に動き続ける大蛇の影がはっきりと確認できた。
「確かに、あんな蛇がまっすぐここにこればみんな危ないと思う」
フィーネは無慈悲にも、その事実をオネへと伝えていく。
その言葉に当然オネは落ち込み、その表情を曇らせる。
「でも──」と何かを言いかけたオネの言葉を遮るように、フィーネが口を開いた。
「でもね、明日私がやっつけちゃうから大丈夫だよ」
フィーネの言葉に、オネは不安の表情から笑顔へと変化させていく。
フィーネが彼女と出会ってから、おそらく一番の心からの笑顔を見せると、オネは小走りで露台の入り口まで離れた。
「ありがとね! お姉さんが無事あの蛇倒してくれること、信じてるから! おやすみなさい!」
オネはそう叫ぶと、もう一度笑顔を見せて家の奥へと入っていき、すぐに姿がみえなくなった。
「元気な子だなぁ」
オネとの約束を胸に、フィーネは拳を強く握る。
「……これで、明日は負けられなくなったな」
何故か嬉しそうに呟くと、家の中に入っていき、自分の現状を思い出した。
「その前にお手洗いだ」
そのまま厠へと小走りで向かう彼女の後ろ姿は、寒さを一切感じさせなかった。
二人は現在、サマクの家に滞在している。
二人に貸された部屋は客室らしく、十分な間取りで一晩過ごすだけなら快適だろう。
窓の外は暗く、すでに夜も更けていた。
二人の服装は日中のあられもない姿から一変し、肌の露出すらほとんどない重厚な衣類に身を包んでいる。
服に取り付けられた頭巾も目が隠れない程度まで深く被り、口元までほとんど覆っている。
フィーネに関しては、それでもなお体を震わせるほどには寒いようだ。
「簡単なことだよ助手くん」
答えるアリーシャについては、さほど寒さを感じさせない。精神的なもので何とかなるものなのだろうか。
「この砂地……彼等は砂漠と言っていたが、この世界には日の熱を遮断するものがないんだ。故に日中は熱が充満し、夜は熱が逃げていく。強いて言うなら、この寒さが本来の気温だと言うべきだろう」
得意げにして話すアリーシャが、震えるフィーネを堪能しながら、言葉を続ける。
「後、水の少なさもいただけないな」
「水?」
「水分というものは熱を蓄える性質がある。これほど水のない地域だと、空気中の水分も自然と不足しがちで、熱が残留しにくいんだ」
アリーシャの言い回しは分かりにくいことが多々あるようだ。フィーネも若干理解し難い部分があるのか、首を傾げている。
「……そう、ありがとう」
それでもこれ以上聞いたところで意味はないと判断したのか、アリーシャに感謝の言葉を投げ掛ける。
「お手洗い行ってくる」
「ああ」
寒さのせいか、フィーネはこの夜何度目かの手洗いに立ち上がり、部屋を後にする。
「お姉さんおはよう」
「あ、オネちゃん。おはよう?」
廊下を歩いていると、寝起きなのか髪が少し乱れたオネが、目を擦りながら声をかけてきた。
その表情はいつもの笑顔と比べて、どこか寂しそうに見える。
「どうしたの? 夜も遅いし、寒いよ」
「寒さは大丈夫。少しお話、いい?」
フィーネは少し悩みはしたが、この状況で断ることもなく、オネの視線に合わせて体を屈める。
「いいよ。どしたの?」
「……こっち」
オネに連れられ廊下の先までいくと、少し広めの露台へと出た。
「さむ……」
当然露台ともなれば屋外なわけで、夜の冷たい風がフィーネの服の隙間をなぞっていく。
寒さに震えながら、フィーネが露台の外へと視線を向けると、一瞬体の震えが収まっていた。
「──綺麗……」
フィーネは寒さを忘れ、露台の欄干に体を乗り出す。
空を見上げれば、深く暗い青に染まっている。その暗闇に散々と光る星たちと月の輝きが、地上の暗闇を照らし出していた。
日中の壮大な狐色の砂漠は一転し、暗く幻想的な青黒い砂漠が視界一杯に広がる光景に、フィーネの心は奪われた。
集落の周囲を囲う丸岩は、この暗闇の中でさえその白さを濁すことなく、あるいは主張するように集落全体を灯している。
砂漠の地平線には、色形すらはっきりとしない塔も見え、その手前では確認しづらくはあるが、昼間に猛威を振るっていた砂煙も見える。
「これは私たちの砂漠、集落に住む人たちの特別。すごく綺麗な景色だよね」
オネは嬉しそうに語るが、歳不相応に話すその姿には憂いすら感じさせる。
「……本当は、私も少し怖い。あんな大きな蛇がきたら、多分みんな死んじゃうよね」
辛そうな心の内を話すオネに同調する様に、見えづらかった砂煙がその存在を主張する。
先程まで全く見えなかった、常に動き続ける大蛇の影がはっきりと確認できた。
「確かに、あんな蛇がまっすぐここにこればみんな危ないと思う」
フィーネは無慈悲にも、その事実をオネへと伝えていく。
その言葉に当然オネは落ち込み、その表情を曇らせる。
「でも──」と何かを言いかけたオネの言葉を遮るように、フィーネが口を開いた。
「でもね、明日私がやっつけちゃうから大丈夫だよ」
フィーネの言葉に、オネは不安の表情から笑顔へと変化させていく。
フィーネが彼女と出会ってから、おそらく一番の心からの笑顔を見せると、オネは小走りで露台の入り口まで離れた。
「ありがとね! お姉さんが無事あの蛇倒してくれること、信じてるから! おやすみなさい!」
オネはそう叫ぶと、もう一度笑顔を見せて家の奥へと入っていき、すぐに姿がみえなくなった。
「元気な子だなぁ」
オネとの約束を胸に、フィーネは拳を強く握る。
「……これで、明日は負けられなくなったな」
何故か嬉しそうに呟くと、家の中に入っていき、自分の現状を思い出した。
「その前にお手洗いだ」
そのまま厠へと小走りで向かう彼女の後ろ姿は、寒さを一切感じさせなかった。
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