時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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砂の章

其ノ八 準備

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「ん、んー……」

 朝日の差す一室、フィーネは目を覚まし、体を起こした。
 あたりを見渡し、窓から差す光を眺めながら呟く。

「夢じゃ、ないよね」

 昨日の出来事があるいは夢で、こうして起きた今元の世界にいる可能性が、彼女の中では考えられていたのかもしれない。

 残念なことに現実であることは紛れもない事実だ。

「やぁ、おはよう助手くん」
「おはよう、アリー」
「日が出てきて、気温も大分暖かくなってきたな」

 夜のような寒さはなく、まだ日が差して間もないこの時間帯であれば、心地よい気温となっているようだ。

「そうね。このくらいの暖かさのままならいいのだけど」
「そうしないうちに暑くなるさ。さあ行こうか、戦の前の腹ごしらえだ」

 フィーネは起きたばかりで、動くことを少々躊躇ったが、アリーシャに言われるままに寝床から体をおろしついていく。

「おはよう、お姉さん!」
「うん、おはようオネちゃん」

 二人が食卓に到着すると、すでにオネが座っていた。

「おはようございます。あまり精の付く料理ではありませんが、食べていってください」
「おはようございます。朝ごはんがもらえるだけで嬉しい。ありがとうございます」

 肩にかかる程度まで伸ばされた茶色の髪に、オネと同じ薄藍色の瞳が美しい女性。
 オネの母親、シャモの妻にあたる女性ひとで、名をディゼルと言う。
 昨夜泊まる際に挨拶を交わし、自己紹介も済んでいる。

 二切れほどのぱんと、卵を焼いたものに赤野菜が乱雑に混ぜられたもの、加え赤黒い種のようなもの三粒が、彼女の手によって並べられる。

「おはよう。この赤い種はなんだ? 果実だろうか」
「あ、旅の方だと馴染みないですかね。黒椰子くろやしという木に成る実なんですよ。とても甘くて、栄養価の高い果物です」
「ふむ……」

 オネ以外の三人も席につき、料理に目を通した後に顔を合わせ、両手も合わせる。

「いただきます」

 料理に携わるすべてのものへの感謝。こういった文化は世界が違ったとしても、変化のないものなのだろうか。

 フィーネは卵焼きのようなものを一口食べると、驚いた表情を見せもう何口か頬張る。

 口の中のものを飲み込むと、アリーシャを見ながら口を開く。

「アリーこれ美味しいよ。卵はふわふわで甘くて、野菜はちょっと辛めの感じだけど、それがまたちょうどいいの」

 「ふふ」と笑うディゼルに、フィーネが慌てて向き直り口を抑える。

「ごめんなさい! 美味しくてつい……」
「いいえ、そう喜んでもらえると私も嬉しいから、どんどん食べてね」

 ディゼルと、アリーシャの笑顔が恥ずかしいのか、フィーネはその後大人しく食事をとっていた。

 オネも「美味しー!」と言いながら食事を摂っている。あるいはフィーネへの気遣いなのかもしれない。

「ふむ、これはなかなか」

 麭と卵も食べ終わり、黒椰子の実を食べながらアリーシャが呟く。

 アリーシャの感想に、食べるのを少し躊躇っていたフィーネが黒椰子を口にする。

「ほんと美味しい! すごく甘いけど全然しつこくないし、いくらでもたべたくなっちゃ──」

 アリーシャとディゼルの視線を受け、また口籠るフィーネ。

「お姉さんかわいい」

 オネが笑顔でそういうと、フィーネはさらに俯いた。俯いても見えるその耳まで若干あかくなっている。

「……全部すごくおいしかった……」
「お口にあってよかった」

 オネも黒椰子の実を美味しそうに食べ終わり、全員が食事を終えると手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 食後の挨拶を終え、アリーシャとフィーネが立ち上がる。
 二人がディゼルに礼を言い、扉に向かおうとするとオネが呼び止めた。

「私、応援してるから。お姉さんたちが帰ってくるのまってるよ!」
「……必ず帰ってくるよ」

 涙を流して笑顔を見せるオネに見送られながら、二人は家を後にした。



 集落の中央に位置する、作戦広場に二人が到着すると、すでにサマクとシャモが話し合いをしていた。

「おはようございます。二人とも早いね」
「ああ、おはよう。君たちに任せるとはいえ、何もしないわけには行かないのでね」

 二人の目の前にある机には、いくつかの道具などが置いてある。

 しわしわの緑色の木ノ実のようなもの。
 先日確認した風防眼鏡。
 後は厚底の何かの革で作られたような靴。

「あの蛇に何が通用するかなんてのはわからないが、すぐに準備できるものをいくつか用意させてもらった」
「眼鏡は昨日のものだ。砂尾がだめというなら論外だな」

 シャモは風防眼鏡を一旦隅に置き、木ノ実を手にもつ。

「これは食虫植物の常葉ときわに成る木ノ実だ。こうしている分にはただの木ノ実だが、割ると強烈な悪臭を放つ。蛇は嗅覚が敏感だというから、役に立つだろう」

 シャモの説明を受けて、アリーシャが興味津々に木ノ実を手に持ち確認している。興味本位で割られては、この場にいる誰しもがたまったものではないだろう。

「これは柔らかい砂地でも動きやすく加工してある靴だ」

 シャモがもって見せる靴は、薄めの茶色に加工されており、その靴底には歪な形をした棘のようなものが付いている。

「ああ、安心してくれ。これは植物の皮を使っているから、砂尾とは関係ない」
「うん。それなら大丈夫」

 フィーネは受け取った靴を触って確認しながら、納得したように頷く。

「後は現地まで乗り物で──」
「ああ、大丈夫。この靴に慣れるためにも走って行こうとおもっているから」
「いやしかし、距離はそこそこあるぞ……?」
「うん」

 フィーネは至極当然と言いたげに頷く。
 実際目視で確認しても、二里三里はあるだろう。

「助手くんは足も速いから安心してくれ。おそらくその乗り物とやらよりも速いと思うぞ」

 アリーシャの言葉に、フィーネは不服そうに視線を送る。

「乗り物より……? いや、そうか……」

 シャモも、アリーシャの言っていることがよくわからず考え込んだが、フィーネの常人離れした身体能力ならあるいは、と納得したのだろう。

「それよりも、もう少し動きやすい服とかないかな? これだと動きにくいというか……」

 フィーネが昨夜から着ている服を、広げて見せながら尋ねる。

「ああ……普通に生活する分には困らなくて、他の服はないんだ……もし必要であればもう少し動きやすいように加工しようかな?」

 フィーネは少し悩んだが、サマクに向き直り首を振る。

「なら大丈夫。もし破れたりしたらごめんなさい」
「その服はもう君たちのものだと思ってくれ。どうなっても構わないよ」

 サマクの言葉に「ありがとうございます」とだけ返事をし、アリーシャと共に広場を後にする。

 二人は蛇の情報を集めて歩いて見たが、目新しい情報はなく、気づけば集落入り口までついていた。

 入り口に着くとオネとシャモが待機しているのが確認できた。

「お姉さんたち頑張って!」
「お二人には色々と失礼をしてしまい申し訳なかった。例え倒せずとも、無事戻ってきてくれることを願っている」

 二人に応えるようにフィーネが手を振り、アリーシャも頷く。

「二人ともありがとう。ちゃんと倒して帰ってくるから。……それじゃ行ってきます」

 オネたちに背を向け、砂煙の舞う方角へと歩き出した。
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