時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第六節

其ノ一 修羅場

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「えーっとこれは……」

 フィーネが目を覚ますと、あまりに不可解な状況に出くわしてしまった。

「……死んで詫びるしかない」

 アリーシャですら状況を飲み込めていないのか、あるいは当事者になりかけていることから、その場を静観している。
 アリーシャはおそらく目を覚ました時点からだろう。一人の青年に膝枕をされている体勢になっている。

 光に当たると若干茶色にも見える赤い髪の好青年。片膝を立て、アリーシャに膝枕をしている彼の表情はかなり引きつっている。

 そんな彼の首筋に包丁のようなものを突きつけている少女がいる。

 光の当たり方次第で黒とも紺とも判断できる髪は、まっすぐと腰まで伸ばされており、青年をまっすぐと睨みつけるその紺碧の瞳は綺麗なものだ。
 フィーネよりさらに小柄な体型が逆に、可憐さよりも美しさを強調している。

 この三人の状況をフィーネが見たときに、そう思わざるをえない言葉があるだろう。

「なにこの修羅場」

 青年は諦めたように目を閉じ、少女は今にも本気で首元の包丁を振り抜きそうな勢いだ。
 そんな現場を下から鑑賞するアリーシャも、流石にフィーネには懇願の眼差しを送っている。

「助手くん、とりあえず何か一言頼む」

 アリーシャの意味のわからない発言に、フィーネが固まる。

「──みんな、とりあえず落ち着こう」

 その声を聞き、少女はアリーシャの体を見流し、フィーネにも視線を送る。
 その後絶望とも取れるほど悲しい表情をみせると、怒りやら羨望やら悲壮やらとあらゆる感情をこめた表情になる。

 彼女の視線を感じ、フィーネは自分の裸体を確認すると、すぐに両手で体を覆い、アリーシャを睨む。

「……アリー……?」
「そうなってしまうと言ったじゃないか」

 そんなの聞いてない、と言いたげにアリーシャをさらにめ付け、青年と少女を確認すると、何かを理解したように表情を緩める。

「ねぇあなた。えーっと……」
「イリス」
「そう、イリスさん、とこの男性ひと──」
「ルカ」
「ルカさんは、そう言う関係なのかな?」

 イリスと名乗る少女は、フィーネの問いに一瞬首を傾げるが、理解したのか頷く。

「そう。だとしたらごめんなさい。別に私たちはルカさんと何かあったりはしてなくて、えっと……その……」

 言い訳をしようとするフィーネが言葉をつまらせ焦る。

「…………」

 静かな沈黙が辺りを包むと、フィーネの額から冷や汗が垂れてくる。

「イリスといったか。本当に申し訳ない。我々も追い剥ぎにあってしまって、手荷物はほんの一部しか残っていないんだ。服もその時に……な」

 追い剥ぎ……苦しい言い訳だろう。
 アリーシャの持つ懐中時計は見た目だけで見ても、間違いなく高値がつきそうな外見だ。取られていないことは不自然でしかない。

 そもそも彼女たち自身の美貌は十分な価値を持っている。

「追い剥ぎ……」

 イリスが二人のことを疑い深く見て、軽くため息をついた。

「……まあ、事情があることはわかった。ルカとなにもないならいい」

 おそらく、言い訳そのものは信じていないが、二人が悪い人間ではないと判断したのだろう。
 構えていた包丁を戻し、ルカに頭を預ける。

「な、なあ。俺はどうしたらいいんだ」

 ルカと呼ばれた青年が、この状況下で初めての発言をした。イリスの緊張が切れたからだろうか。
 しかしこの状況、彼が目を開けばまた新たな修羅場になりそうではある。

「そのまま。彼女たちの服を用意するから、それまで」

 ルカはイリスに言われると、少し間を置き頬を赤らめて俯く。
 二人の登場現場がどうだったのかは不明だが、おそらく二人の裸体を少なからず見ていたのだろう。
 美人二人の裸を見て、思い出したのであれば、男なら普通の反応なのかもしれない。

「こっち。私たちの家に案内する」
「え、あれ……ルカさんはそのままでいいの?」
「大丈夫」

 周りは多少木々のある草原。特別動物がいたり人通りがあるわけではないが、この場所に目を閉じたまま放置される、というのは中々辛いものを感じる。
 あるいは、イリスはまだ怒りを抑え切れていないのだろう。

「行こうか、助手くん」

 砂漠でもそうだったが、やはりアリーシャにはあまり羞恥心というものがないのかもしれない。
 裸で歩くその姿にも、一切迷いはなく、隠すそぶりも見せない。



 山とも草原ともとれる広大な道を、迷いなく歩くイリス。
 目印になるものがあるようにも見えないし、あるいはここには長いこと住んでいるのだろう。

 イリスに連れられて三人が到着したのは、可愛らしい色合いの石造りの一軒家。

 白を基調とし、所々に植物で緑をあしらっている。
 一階の四角い窓の縁をなぞるように育てられた植物は、雰囲気を柔らかなものにしておりとても心地がいい。
 二階の窓は丸く作られており、両隅に取り付けられた丸い窓の間には、普通の塗料とは言い難い、立体感のある文字で『イリスとルカの家』と大きく書かれている。

 淡い赤色の屋根の四隅には、綺麗な紺色の石像が飾られている。
 それぞれなんの動物を元にしているのかは不明だが、四足の動物であることは間違い無いだろう。
 屋根の中央には黒猫の石像が飾られており、中々に可愛らしい。まるで本物のようだ。

「……ガト、また屋根の上乗ってる」

 イリスがそういうと、屋根の中央に飾られていた石像が動き出した。

「本物なの?」

 あまりにも整然としていたため、石像なのだとばかり思っていたが、本物なのは驚いた。

「そう、お客様。……服を着ていないのも事情があるの。……ルカを迎えに行ったら出会った」

 まるで猫と対話しているかのような間の置き方で、独り言を言う彼女の姿は中々慣れないものがある。

「ふむ……存外、本当に会話しているのかもしれんな」
「……私の心でも読んだの?」
「いや? だがまあ、思っていることは大体わかるというだけの話だ」

 アリーシャの発言に、フィーネは恥ずかしそうに目を逸らす。慕う相手に心を理解されると言うのは、嬉しいものなのだろう。
 イリスは猫との会話を終えたのか、ガトと呼ばれた猫がその場を後にし、イリスは家の扉を開く。

「どうぞ。なにもないけど、その格好で外にいるのは可哀想」
「感謝する」
「失礼します」

 イリスの好意に感謝し、二人は家の中に入っていく。
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