時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第六節

其ノ六 黒猫

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『あまり気持ちの良いものじゃあないよ。知り合いに忘れられるってのは』

 相変わらず、フィーネたちの頭の中から声が聞こえてくる。

「この不可思議な現象。流石に疑う余地はないな。ガト、君は一体何者だ?」

『何者、と言われても。僕はただの猫だよ。強いて言うなら百余年は生きているけどね』

 百余年……明らかに普通の猫ではないが、優雅に歩くその姿はただの黒猫にしか見えない。

「その長寿な猫様は我々といつ出会ったと? これでも記憶力はある方だと自負しているんだが」

 本当に百年も生きているのであれば、あるいは二人に似ている誰かと出会う、くらいの偶然はあっても不思議はないだろう。

『人違いじゃ無いかと言いたいんだろうけど、残念ながら君たちみたいな珍妙な人種、何人もいたら困ってしまう。間違いなく君たちさ』

 二人の視線に合わせるためか、机の上に飛び乗り、お座りの体制でさらに背を伸ばす。

『僕のことを長寿というが、君たちも大概じゃないか。最低でも百年近く生きているはずなのに、外見にほとんど変化がみられない』

 二人は顔を見合わせ、ガトの発言に首を傾げる。

「悪いが我々はそれほど長く生きたつもりはない。根拠について話を聞きたいな」

『根拠もなにも、僕が君たちと初めて出会った時、僕はまだ一年程しか生きていなかったんだから、君たちは僕よりも長生きだと思って当然じゃないかい?』

 小さな黒猫が首を傾げるその仕草は愛らしいのだが、いかんせん内容が不穏なものだ。

「……仮にだ。我々が百年生きていたとしても、やはり辻褄が合わん。我々はそもそもこことは異なる世界から移動してきたんだ。どうやってこの世界の住人と干渉できようか」

 アリーシャの言うことは間違い無いだろう。二人がこの世界に来たのは、アリーシャの作り出した機械によるものだ。
 そんな彼女たちが、どうすればこの黒猫と百年もの昔に出会えようか。

『そう言われても、僕は必ず君たちと出会っているんだ。覚えているだけでも今回を合わせて七回出会い、言葉も交わしている。その都度名前は間違えられていたけれどね』

 お座りからの背伸びに疲れたのか、前足を折りそのまま机の上に箱座りする。

『まあ、それに関しては仕方ないと思っているから気にしてはいないよ。君たちと出会うのは、人間で言えば一世代ほど離れることがほとんどだったから、僕はその度名前を変えられてきたんだからね』

 名を変えられてきた、と言う発言はつまるところ飼い猫だったと言うことだろうか?

「百年もの間常に飼い猫だったのか」

 アリーシャも同じく考え、口にする。彼? に自尊心があれば、怒りを覚えたかもしれない。

『遠慮ないなぁ、相変わらず。まあ、間違ってないし、それを悪いとは思ってないから気にしないけど』

 まるでアリーシャのことを、よく知っているような素振りで呆けてみせる。
 箱座りをやめ立ち上がり、体を震わせる。

『少しは信じてもらえたかな?』

「信じる信じないは別として、お互いが真実を話していると仮定し、先に話を進めようじゃないか」

 アリーシャが、まだ届いていないガトの目線に合わせてしゃがみ、顔を近づける。

「そこまでして我々との関係を明確にしたいということは、我々に何かしら望んでいるのだろう? 話してみると良い」

『望んでいる、というと語弊だよ。二十幾年前に君たちと話したときの約束さ』

 近づいてきたアリーシャの顔に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐように鼻先を動かしている。

『次に我々と会うときは、おそらく君の記憶はない。上手く我々を説得し、〝門〟について話してやってほしいと、他の誰でもない君に言われたんだよ、アリーシャ』

 少なくとも、面と向かって二人はガトに挨拶はしていない。名前が出てくると言うことは、彼の言っていることは本当なのだろう。

「その私はなんと?」

『〝門〟について興味を持つことの示唆と、その場合はいくらでも調べさせること。君はこの機会に学ばなくてはならないことがあるそうだよ』

 過去のアリーシャから今のアリーシャへの伝言。頭が痛くなる話だ。

「ふむ……なるほど」

 アリーシャは何かを納得したように頷いた。

「……しかしそうなると、私はどういう感情を持てばいいのか、分からなくなるな」

 呟きながらわずかな笑みを浮かべる彼女の姿は、どこか哀愁さえも感じさせる。

『昔も今も、君の考えていることは全く見当もつかないけれど、君の言うことが間違っていたことはないからね。伝えることができてよかったよ』

「ああ、感謝しよう。君が私の言葉を信じ、覚えていてくれたおかげで、今の我々の状況が理解できた」
「どういうこと? アリー」

 アリーシャは納得しているが、フィーネは訳もわからず置いてけぼりになっている。

「我々は色々と勘違いしていた、というだけのことさ」
「勘違い……? わからないよ……」

 アリーシャの言いたいことが分からず、フィーネは頭を抱える。
 そんな彼女の姿を見て、アリーシャがその頭を撫でる。

「まあ自ずとわかる。私も確信を得ているわけじゃないんだ。当面は〝門〟を調査することからだな」

『そのことだけど、〝門〟が遠くないとはいえ、もう暗くなる時分だし、明日にしたらどうかな? 君たちなら多分大丈夫だろうけど、安全に越したことはないからね』

「ふむ、了解した。まあ、そう急ぐこともなさそうだからな」

 口ではそう言っているが、アリーシャはおそらく今すぐにでも見に行きたいのだろう。
 いつも冷静なアリーシャとは思えないほどに、落ち着きを感じられない。

『それじゃ、僕はイリスの部屋に戻るよ。君たちが無事目的を達せられるよう、祈っておくとするよ』

 ガトは最後にそう言い残し、入ってきた扉から戻っていく。

「あれ、ガト。もう終わったの?」

 手にお茶とお茶菓子のようなものを、お盆にのせて持ってきていたイリスがガトに声をかける。
 声をかけられたガトは猫らしく、可愛らしい泣き声で返事をして、そのまま奥に歩いていった。

「……彼と話して、やはり〝門〟にはいかなくてはならないことがわかった。明日、連れて行ってもらえるか?」
「あ、明日になったんだ。お泊り? いいよ。なら夜ご飯はがんばる」
 
 アリーシャの言葉に嬉しそうにするイリスは、お茶だけを置いて元来た扉から奥へと戻っていった。

「久しぶりの客だし、イリスも気合が入ってるんだろう。……あいつの飯はかなりいけるから、覚悟しとけよ」

 何故かルカが自慢げに言う。
 しかし、フィーネはその言葉に期待を込めた視線で返した。
 アリーシャに至っては話を聞いている様子すら伺えない。明日のことしか考えていないのだろう。
 
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