時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第一節 二ノ段

其ノ六 アリーシャの考え

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「アリー、本当にごめんなさい。これほどアリーを信用できない事今までなかったから……」

 アリーシャの発言は、人間の奇跡と、どれほど直結したものだろうか。猫を探せたとして何だというのか。今でなければあるいは喜んでいたかもしれない。

「助手くん、勘違いしないでほしい。別に猫を見たくて作った、というわけではないぞ?」
「さすがにそんなこと言い出したら殴ってる」

 フィーネが若干怒っていることは誰が見ても分かることだろう。しかしこの場合は仕方のないことだ。

「君の言いたいことも少しは理解しているつもりだ。しかし、人間にとっての奇跡なんてものは、存外阿呆らしいものばかりなものさ」

 そう言って、アリーシャが猫型の機械をフィーネに手渡す。

「私……?」
「助手くんに、マオを探してきてもらいたい」
「マオ……? あ」

 アリーシャの発言に、フィーネが何か気づいたように口を抑える。

「メシアさんにマオを合わせる……?」
「ああ、死んでいると思っていた愛猫あいびょう──ましてや、彼女の年齢はわからないが、二、三十年たった今でも思い続けている猫が、生きた状態で目の前に現れる。これほどの奇跡を目の当たりにすれば、病の一つや二つ、十分吹き飛ぶだろう」

 アリーシャの言う奇跡は、メシアとマオの再開。確かに、本人たちからすれば間違いなく、奇跡だろう。しかし、本当に人間ほど弱い生き物が、そんなことで病を克服することができるのだろうか。
 フィーネも不安には思っているのだろう。渡された機械を握り締めながら、アリーシャの顔をまっすぐと見つめる。

「アリーのしたいことはわかった……けど、本当にそんなことで治るの?」
「治るかは分からないさ。しかし、可能性はある。それに──」

 何かを言いかけ、口を噤む。小さく首を振り、フィーネの肩に手を置いた。

「いや、なんでもない。彼女なら他の誰よりも可能性がある、とだけ言っておこう。……ただし、それもマオが居ればの話だ。頼んだぞ、助手くん」

 強く、まっすぐと見てくるアリーシャの目に、フィーネが頷く。
 何かを心の内に入れるように、目を閉じ、手を胸の上におき、深く息を吐き出した。
 次に目を開いたフィーネの目には、弱さを一切感じられない。

「わかった。必ず見つけてくる。……アリーはどうするの? メシアさんを見ててくれる?」
「そうしたいところだが、私も少しやらなければいけないことがあってな。だが安心していい。彼女のことは必ず見守っている」

 アリーシャの言葉に、フィーネが頷き、振り返る。

「アリーを信じる。そして、私を信じて。必ずマオを連れてくるから!」
「ああ、分かっている。任せたぞ、助手くん」

 振り返ったフィーネは、アリーシャと目を合わせることなく、メシアの家を後にした。



 メシアの家をでてしばらく、フィーネは困惑することになる。

「……かっこよくでてきたのはいいけど、この機械の使い方聞いてない……どうしよう」

 機械をあらゆる方向から眺めつつ、フィーネがため息をついた。
 そもそも、フィーネはあまり機械を使うことを得意としない。いつもアリーシャが使用し、彼女が利用する流れになっている。
 ましてや、アリーシャが先ほど即席で作った、新しい機械ともなれば、アリーシャ以外には使い方などわからないだろう。

「でも、ただ猫を探すだけの機械、だよね」

 そう呟くと、もう一度周りを見回す。
 形は相変わらず猫の顔を模しており、それ以上には何もついていない。
 例の懐中時計のように開くわけでもなく、釦の類が付いているわけでもない。
 振ってみたり、叩いてみたり、いろいろ触ってみたり、いろいろと試してみても何も起こらない。

 フィーネは深くため息をつき、空を見上げる。

「やっぱり、一回戻ろうかな」

 そのまま悩んでいても時間を無駄に浪費するだけだろう。わからないのであれば賢明な判断だと言える。

「みいゃー……みいゃー」

 フィーネが諦め、メシアの家に向けて足を運び始めると、どこか違和感のある猫の鳴き声が聞こえてくる。

「マオ!」

 フィーネが叫び、周りを見渡すが一切姿は確認できない。

「……でもマオの声じゃないよね……?」

 猫の鳴き声を判断できる人間がどれほどいるかは分からないが、少なくとも今回のこれに関しては、明らかに違和感がある。

「……これって……」

 彼女が手に持つ猫型の機械。その機械から定期的に聞こえてくるようだ。
 泣き声の後、硬そうに見えるその耳が、本物の猫のように柔らかく、愛らしく一定の方向に向いている様子は、猫の耳そのままだろう。

「……アリーのこ──ううん。気のせいだよね。……でもこれ、反応してるってことなのかな? どっちに行けばいいの?」

 フィーネは手に持つ機械を回したり、触ってみたり、振ってみたり、いろいろしてみるが、相変わらずの一定時間ごとに鳴く声はやまず、耳も決まった方向に向いている。

「……もしかして耳が向いてる方?」

 不審がりながらも、フィーネは機械の耳が向く方向に歩いていく。その先にある建物の側まで近寄ると、今度は本物の、愛らしい鳴き声が頭の上から聞こえてきた。

「今度は……本物? ……マオ!」

 建物の屋根の上に視線を向けると、フィーネのことを見下ろす黒猫の姿があった。相変わらず、フィーネのことを誘っているような挙動にとれる。

「だから待ってってば!」

 フィーネと視線が合うと、すぐに奥の方へと走っていった。
 彼女も追いかけるため、屋根の上に飛び乗り、黒猫の後を追いかけていく。
 その距離は若干縮まりつつあり、振り返った黒猫が慌てるように速度を上げていた。
 
 フィーネも負けじと速度を上げ追いかけると、黒猫が建物と建物の間の隙間に逃げ込む。

「また! 嫌だから、そこ嫌だから!」

 入る前から若干目を潤ませるが、それでも黒猫を見失うわけにはいかず、自分も後を追う。
 狭い路地ではうまく体勢も整えれず、着地に多少の手間を取ったせいか、黒猫との距離はまた離れていた。

「もうっ! 絶対許さない!」

 狭い路地、煤や虫などはもう眼中にないのか、あまり気にした様子はない。
 黒猫を追い、路地を出た所で何かにぶつかり、尻餅をついた。
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