時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第一節 二ノ段

其ノ七 メシアの恋人?

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「──っ。なんでこんな狭い路地から、人がでてくんだよ──て、あんた!」

 アリーシャが路地を出てぶつかったのは、先ほど人混みでぶつかった男性のようだ。

 赤みのかかった茶色の髪に、細く鋭い目つき、傷痕なのか火傷の痕なのか、左目周辺の皮膚が大きくただれている。
 その場に立ち上がり、フィーネに手を差し出してきた。

「さっきといい、今といい、何をそんなに慌てているんだ?」
「あ、ありがとうございます。……えっと、どこかで会いました?」

 さっきぶつかった時もとそらく、急いでいたために覚えていなかったのだろう。
 男の方も若干呆れてはいるが、手を振り否定する。

「あー、いや気にしなくていい。それやりも気になってたことがあるんだ」
「気になること……あ、もしかして口説こうとしてる? ごめん今それどころじゃなくて、後にしてくれるかな」
「いやだからそうじゃなくて……というか、後ならいいのか?」

 フィーネが辺りを見渡し、黒猫を探すがまた姿を見失っている。
 男の言葉を聞いている様子すら感じられない。

「とりあえずごめんなさい。私急いでるから」
「待ってくれ」

 フィーネが走り去ろうとするのを、男が彼女の腕を掴み阻止する。
 当然、フィーネの力であれば、振り解こうと思えば振り解けるだろう。それでも、相手に怪我を負わせないとは限らない。
 その程度に頭が回るほどには、冷静さを欠いていないということだ。

「なに」

 それでも、対応はいつもの彼女とは違い、突き放すような言葉になる。

「いや、本当に、勘違いだとしたらすまない。あんたが着ている服、それはメシアの物じゃないか?」

 メシアという名を聞いた瞬間に、フィーネが驚いた様に瞳孔を開くが、すぐに戻る。

「その人がどうかしたの?」

 メシアとこの男の関係が分からない以上、変に関わることを避けようとしてのことだろう。
 メシアも十分に美人であり、彼女をつけ狙う男がいても不思議はない。

「ああ。勘違いさせてしまったか。……俺は彼女のこ──いや、彼女の兄であるアルマの親友だ。その彼女手製の服に見覚えがあったから、ついな」
「……メシアさんのお兄さんのお友だち」
「ああ」

 当然、言葉をそのまま鵜呑みにしていいものでもない。が、アリーシャと違い彼女の場合は、基本的に直感に従って生きてきた節がある。
 その彼女が警戒を怠り、表情の緊張を緩めたのだから、信用したと思っていいだろう。

「信じる。……今私はマオらしき猫を追っていた所で……あなたとぶつかり見失ったの」

 おそらく彼女には他意はないのだろう。しけし、この言葉選びは彼を責めているように聞こえてしまう。
 当然彼もそう判断したのだろう。申し訳なさそうにするが、すぐに表情を強張らせた。

「……マオ?」
「マオです」
「……それは猫違いというやつだろう。あいつはもう何十年も前に……あいつの子孫……? いやそんなはずは……」

 男は一人で呟きながら状況を整理しているようだ。フィーネもどうしたものかと困惑する。

「みいゃー」
 
 唐突に聞こえた残念な鳴き声に、二人ともが反応する。

「な、なんだそれ……人間の声のようにも聞こえたが……」
「……気にしないで。触れないで。…………またマオの場所を知らせてくれているのかな」

 男の言葉に、フィーネが若干赤面し俯きつつも、機械の耳が向く方向を確認する。

「ごめんなさい。メシアさんのためにもマオを捕まえないといけないから、これで失礼します」

 フィーネが男にお辞儀をし、耳の向いていた方向はと向き直る。

「待ってくれ。……彼女に何かあったのか?」

 男が真剣な表情でフィーネを見つめ、それを見た彼女は少し考え、口を開いた。

「……知り合いの人なら……わかった。それと、ごめんなさい」

 一度お辞儀し、もう一度男の目を見つめる。その目の端からはわずかに涙が見えていた。

「メシアさんは今、とても危険な状態で、アリー……私の親友が今見てくれているけど、このままじゃ……」

 フィーネの見せるその暗い表情を見て、男が事の重大さを把握したのだろう。歯を食いしばり表情を歪めている。

「あのばか……なんでそんなになるまでなにも話さないんだよ……」

 彼のその言動を見てのことだろう、フィーネがいぶかしげに男を見つめている。

「あなたとメシアさんは直接関係があるの?」
「……多少は、な。アルマが死んでからはとてもじゃないが、見ているだけともいかなくてな……」

 わずかにはにかんで見せる彼の表情に、慈愛の情を見たのだろう。フィーネが安心したように笑っている。

「優しいんだね、お兄さん……?」

 男の外見からでは年齢の判断が難しい。フィーネも自分との年齢差が分からず困惑しているのだろう。

「……ああ、そういえば俺の名前を言ってなかったな」

 そう言って、自分の胸に親指を立てた。不敵な笑みを浮かべると、フィーネの目をしっかりと捉えた。

「マキアトルム有数の商売人、エリック。この街で俺を知らない奴はもぐり、てやつだぜ?」
「え」

 彼の声明を聞くなり、フィーネは口を開き、閉じることを忘れている。
 もちろん、彼の名乗りに感心しているわけではない。

「なんだ? 本当に知っててくれたのか?」

 自分の知名度に自信があるわけではないのだろうか? その上であの口上とは、胆力ある男だと称賛できるだろう。

 しかし、フィーネの様子は相変わらずだ。エリックという名──思い返せば、メシアの挙げた名前の中にあった様に思う。その所為だろうか?

「……おーい、おじゃーさーん?」
「──あ、ごめんなさい」

 フィーネの耳元でエリックが声を掛けてようやく、反応を見せる。

「えっと、エリック……さん、なんだよね?」
「おお、エリックさんですが……なに? 俺って意外と認知度あったりするの?」

 そう言っておどけて見せる彼の言動も気に留めず、唐突にフィーネが彼の両手を握りしめた。

「え、ちょっとまって! 俺もうおっさんだよ? すこーし年齢差が……」
「お願い。メシアさんに会ってほしいの!」
「……メシアに?」

 フィーネの向ける真剣な眼差しに、彼もおどける素振りをやめ、怪訝けげんに表情み歪める。

「……倒れて、声を出すのもやっとの彼女が、お兄さんやマオの名前と一緒に、あなたの名前を喋ってた。多分、あの人にとっても大切な人なんだよね?」
「…………」

 フィーネの言葉に驚嘆し、不安な表情と共に視線を外す。

「……あいつが今俺のことをどう思ってるのかは知らないが、俺はもう……」
「お願い!」

 フィーネが涙を流しながら懇願する。彼女のそんな様子を見てしまえば、大抵の人間は応えてしまうだろう。

「……わかった。俺もそんなあいつをほっとけはしないし……行こう」
「ありがとうございます!」

 歓喜のあまりフィーネがエリックに抱きついていた。エリックも満更ではなさそうだが、流石に困惑している様子だ。

「わかった! わかったから離れてくれ! ……流石に恥ずかしい……」

 顔を赤らめるエリックを確認すると、フィーネも恥ずかしげに目を背け、離れていく。

 フィーネはそのまま彼に背中を向け、体をかがめた。

「とりあえず、マオも追うから乗って」

 エリックはフィーネの唐突な豹変と謎の言動に絶句する他なかった。
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