時空を超えて──往く往く世界に彼女は何を望むのか

夜兎

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魔の章 第一節 二ノ段

其ノ十三 アリーシャの考察

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 エリックたちと別れ、二人は適当な空間のある路地裏で足を止める。

「さあ、アリー行こう。私たちも早く元の世界に──」
「すまない助手くん。まだ充電が終わっていないようだ」

 そう言って、手にもつ懐中時計をフィーネに見せる。
 最初見たときは一切動いていなかった指針の位置は、その頃と比べてわずかに動いている。
 現在は十二を指す直前で止まっているようだ。

「じゃあどうするのアリー。ここでのんびり壁と睨めっこでもするの?」
「それもまた愉快な暇つぶしだが、そういうわけではない」

 フィーネの不満顔に対し、得意げなアリーシャが彼女に告げる。

「ここで一度、彼らとのくだんを終えての、私の見解と考察についてまとめておきたい。是非君も聞いておいてくれ」

 フィーネの返答を待たず、アリーシャは語り出す。

「まず、我々のおこなってきた世界移動についてだが……おそらく君も気付いていたかもしれないな」

 アリーシャの言葉に当然のように首を傾げるフィーネ。
 そんな彼女の態度に「ふふ」とわずかに声を漏らす。

「いや、それでこそ助手くんだ。ならば是非、堪能してくれたまえ」

 アリーシャは意気揚々としているのだが、フィーネに関してはあまり興味を持っているようには見えない。

「世界移動について、とても重要なことが、今回確信を持てたのだ」
「重要なこと? 元の世界に戻れるの?」
「ああ、すまない。それはまだだ」

 アリーシャの否定の言葉にフィーネは大きくため息を吐く。

「そうではなく、ガトとの会話で言っていたことさ」
「私たちの勘違いがー、てやつ?」
「多少の相違はあるが、おおむねその話のことだ」

 フィーネの曖昧な言葉にアリーシャが肯定し、更に言葉を続ける。

「我々はいわゆる、並行世界や異世界と呼ばれる所に来ているものだと思っていた」
「違うの?」

 首を傾げるフィーネに「ああ」と得意げに頷く。

「そもそも、その世界移動に関しても、私はいくつか疑問を持っていた」

 呆けながら聞き耳を立てているフィーネに「まず」と前置きし、言葉を続ける。

「我々が住む世界とは異なる世界に移動したという割に、そこに住む人々は我々となんら変わりのない人間だったこと、その全てにおいて、言葉すら通じているという事実」

 「そして」と間を置き壁に視線を向ける。

「不可思議な塔の存在だ」
「塔? て、いつもなんかすごい遠くにあるやつ? 砂漠では見たけど、他の時は記憶にないな……」

 フィーネの自信なさげな言葉に「仕方もないさ」と相槌を打ち、その疑問をフィーネに説く。

「イリス君たちの世界では木々が視界を遮り、この街でも立ち並ぶ建築物や天候の悪さもあったからな。意図的に確認しようとしなければ、まず確認できなかっただろう」

 アリーシャの説明に「へぇー」とさほどの興味も見せる様子のないフィーネをよそに、言葉を続ける。

「そして何より大きかったのは、ガトとマオ──同一の猫の存在だな」
「そういえば、ガトの言ってた名前が……」
「そもそもメシアの名を聞いたときに気付いたのは君だろう」

 「そだっけ」と呆けるフィーネに小さくため息をつく。

「まあ、そういうことだ。ガトはマオの未来の姿、と言うことだな」
「全く同じだね」
「そもそも猫は、最初の一年を超えればそう変化するものでもないからな。特に彼に関しては特殊な存在だ。何一つ不思議ではないさ」

 相変わらず、アリーシャにとって、不可思議な現象は大概が些細なことらしい。
 
「……つまり移動した先である、オネたちの砂漠、イリス君らの丘、そしてこの機械の街。その全てがおそらく……同じ世界に存在しているんだろう」

 アリーシャの発言を理解できないのか、納得できないのか、フィーネはただただ首を傾げている。

「ただし、世界を移動してはいない代わりに、どうやら時間は移動しているらしい。これはこれで夢のような発明といってもいいと自負している」
「……おめでとう?」

 あまりに不可思議なアリーシャの発言に、フィーネの思考が追いついていないようだ。
 おそらく最後の言葉しか耳が受け付けていない。

「全くもって、本当に愛らしいな君は。まあ、理解しろとは言わないさ。だが、これが現実というものだ」

 理解に苦しみ、呆然とするフィーネをよそに、アリーシャが更に言葉を続けていく。

「さて、ここまでは確信したといえる事象なのだが、次は私の私見についてだ」

 アリーシャは右手を広げ、その掌を自分の胸に乗せる。

「私はこれでも、基本的に冷静でいるように努めているつもりだ。君がどれほど感情的に動いても対応できるように、ね」
「……まるで私がいつも暴走しているみたい」
「……否定はしないぞ」

 アリーシャの言葉に唇を尖らせ、不服そうにする。
 アリーシャはそんなフィーネの顔を愛おしそうに眺め、言葉を続ける。

「その上で、今回の私はどこか不自然だったんだ」

 二人が歩いてきた道を振り返り、遠くを見つめる。

「我々がメシアに出会ったのはつい先日のこと。一日として一緒にいたわけでもない女性に、あれほど感情的になったことに違和感を覚えていた」
「……確かに、どこかアリーらしくないとは思っていたけど……」

 フィーネの同意に頷き、彼女の目を見つめる。

「本来ならば、おそらくあり得ない。君ならわからないがね」
「…………」

 アリーシャの発言に納得できないのか、物言いたげな視線を向けるが、「褒めているつもりだ」と言うアリーシャの言葉で、少し顔を赤らめそっぽを向く。

「アルマの話を聞き、一つの可能性を見つけた」
「アルマさんの……?」

 フィーネの傾げる頭を撫で、続ける。

「ああ。我々と彼らが過去にあったことある、と言う事実だ」
「私たちは初めて会ったんだよ?」
「ああそうだ。君はそれでいい」

 アリーシャの矛盾したような言い回しに、フィーネが若干苛ついているようにも見えるが、悩ましげにアリーシャを見ている限りで留まっている。

「これに関してはまだ確信を得ていないからな。一つ先んじて話すのであれば、おそらくは感情の逆流だと思っている」

 すでにフィーネの許容範囲外なのだろう。アリーシャの言葉を聞いているはずのフィーネはただただ壁を見つめていた。

「……どうだ? いい暇つぶしになっただろう」
「何も考えたくない」

 拗ねたように、振り返ろうともしないフィーネの肩をアリーシャが叩く。

「先を見に行こうじゃないか、助手くん」

 その言動にやっと振り返ったフィーネの視界に、十二を指す懐中時計が差し出されていた。

「……充電おわった?」
「ああ」

 アリーシャの返答に、フィーネがほっとため息をつき、アリーシャに向き直る。

「じゃあ行こう。……また裸になるのは嫌だけど」
「ああそうか、言っていなかったな。メシアの家で工房を利用させてもらったから、改良済みだ。安心してくれ」
「え、それって──」

 フィーネの問いも虚しく、満面の笑みを浮かべてアリーシャが爽快に釦を押していく。
 相変わらず二人の周囲の空気が凍り付いていった。

「アリーのばか!」

 叫ぶその勢いとは裏腹に、彼女の意識は遠のいた。
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