7 / 63
第7話 迷惑電話はお断り、ただし出張害虫駆除は別
『な……! い、今、なんとおっしゃいましたかな!? 取り込み中、ですと!?』
魔法陣の向こうで、宮廷魔術師長らしき老人が素っ頓狂な声を上げた。その顔は「この世の終わりだ」とでも言いたげに青ざめている。
「ええ、そう言いましたけど。聞こえませんでした?」
私は巨大なバジリスクの世話をして、オークキング一頭分のミンチ肉を処理して、荒れ果てた畑をどうにかして、それから冒険の準備のリストを……。
ああ、もう! やることが多すぎるのよ!
『し、しかし、賢者様! 王国の百万の民の命が懸かっているのですぞ!』
「うーん、そう言われましても……。私、ここの住民ですし、王国の国民じゃないので、納税の義務もなければ、国を守る義理もないんですよね」
15年前に、一方的に国籍を捨てさせてもらいましたので。
『そ、そのような……!』
老人がさらに何か言おうとした、その時だった。
「リリ殿! お願いします!」
今まで呆然と成り行きを見守っていたアレクが、私の前に立ちはだかった。その瞳は、必死の光に濡れている。
「僕の……仲間たちが、今も王都で戦っています! 僕の家族も……! このままでは、みんな死んでしまう!」
「……」
「あなたほどの力があれば、きっと……! どうか、どうかお願いします!」
アレクは持っていた岩を地面に置くと、再びその場で膝をつき、深く、深く頭を下げた。
「この通りです!」
悲痛な声だった。
彼女にとっては、私が唯一の希望なのだろう。その気持ちは、分からないでもない。
でもね。
私は目の前で騒がしく点滅している魔法陣を、まるでハエでも払うかのように、ぱしん、と軽く手で叩いた。
「きゃんっ!」
魔法陣は子犬みたいな悲鳴を上げて、光の粒になって消滅した。
迷惑電話は、これで強制終了だ。
「リ、リリ殿……!? なぜ……」
顔を上げたアレクが、信じられないという顔で私を見る。
「どうして助けてくれないのですか!? あなたにとっては、造作もないことのはずだ!」
「そうね。多分、造作もないことなんでしょうね」
私は静かに答えた。
「でも、なんで私が助けなきゃいけないの?」
「え……?」
「王都がどうなろうと、王国が滅びようと、私の知ったことじゃないわ。だって、私はその王国から逃げてきたんだもの」
貴族社会のしがらみ、政略結婚の道具としての人生、息苦しいだけの毎日。
クライフォルト公爵令嬢、リリアンヌとしての私を誰も助けてはくれなかった。誰も、私のことなんて見ていなかった。
「私はね、アレク。この森で15年かけて、自分の手で平穏な暮らしを築いたの。喋る鎧や、屋根裏のドラゴンや、巨大なペットと一緒に、のんびり誰にも邪魔されずに生きていきたかっただけ。それが私のスローライフ。私の宝物なの」
だから、と私は続ける。
「それを捨ててまで、私を捨てた人たちを助けに行く義理なんて、どこにもないでしょ?」
私の言葉に、アレクは何も言えなくなった。ただ、悔しそうに唇を噛み締め俯いている。
冷たい言い方だって分かってる。でも、これが私の本心だった。
ごめんね、アレク。あなたの故郷のことは気の毒に思う。でも、それはあなたの問題で、私の問題じゃないのよ。
そう心の中で呟き、この話は終わり、とばかりに背を向けた、その時。
ズン……ズズン……!
遠くから地面が揺れるような、不気味な振動が伝わってきた。
地震? いや、違う。これは無数の足音。
ピィィッ!
一羽の小鳥が猛スピードで飛んでくると、私の肩に止まった。そして、必死に何かを訴えかけてくる。森の動物たちは、私の良き隣人であり、情報網でもある。
私は小鳥のさえずりに耳を傾ける。その内容は、決して聞き過ごせるものではなかった。
「……リリ殿?」
私の表情が変わったことに気づいたアレクが不思議そうに声をかけてくる。
私は、ゆっくりと、音のする方向――森の東側に顔を向けた。
「……小鳥が教えてくれたわ」
自分の声が驚くほど、低く、冷たくなっているのが分かった。
「王都に向かってた魔物の群れ、その一部がこっちに向かってるって」
それだけなら、まだ良かった。
所詮、通りすがりの魔物だ。放っておけば、そのうちどこかへ行くだろう。
――でも。
「あいつら……森の木々を、燃やしてるそうよ」
森は、私の家だ。
庭であり、食料庫であり、家族の住処だ。そこに土足で上がり込み、火を放つ。
それは、もはや『王国の危機』なんていう、他人事じゃない。
私に対する、明確な『宣戦布告』だ。
「……はぁ」
私は一つ深いため息をついた。
せっかく手に入れたばかりの、新しい調理ナイフ。試し斬りで丘を一つ消し飛ばしてしまったから、切れ味の調整が必要だと思っていたところだった。
うん、ちょうどいい。
私は、傍に置いてあった『万能調理ナイフ』を、すっと手に取った。
さっきまでの、面倒くさそうな雰囲気は、もうどこにもない。
「リリ殿……?」
「アレク、悪いけど、王女様へのお届け物は、少し後回しにしてもらえる?」
私の瞳には、燃え盛る森の光景が、はっきりと見えていた。
「ちょっと、出張害虫駆除に行ってくる」
「……え?」
「うちの庭を荒らす奴らは、一匹残らず根絶やしにしなきゃいけないでしょ?」
私のスローライフを邪魔する奴は、誰であろうと容赦しない。
さあ、お掃除の時間だ。
魔法陣の向こうで、宮廷魔術師長らしき老人が素っ頓狂な声を上げた。その顔は「この世の終わりだ」とでも言いたげに青ざめている。
「ええ、そう言いましたけど。聞こえませんでした?」
私は巨大なバジリスクの世話をして、オークキング一頭分のミンチ肉を処理して、荒れ果てた畑をどうにかして、それから冒険の準備のリストを……。
ああ、もう! やることが多すぎるのよ!
『し、しかし、賢者様! 王国の百万の民の命が懸かっているのですぞ!』
「うーん、そう言われましても……。私、ここの住民ですし、王国の国民じゃないので、納税の義務もなければ、国を守る義理もないんですよね」
15年前に、一方的に国籍を捨てさせてもらいましたので。
『そ、そのような……!』
老人がさらに何か言おうとした、その時だった。
「リリ殿! お願いします!」
今まで呆然と成り行きを見守っていたアレクが、私の前に立ちはだかった。その瞳は、必死の光に濡れている。
「僕の……仲間たちが、今も王都で戦っています! 僕の家族も……! このままでは、みんな死んでしまう!」
「……」
「あなたほどの力があれば、きっと……! どうか、どうかお願いします!」
アレクは持っていた岩を地面に置くと、再びその場で膝をつき、深く、深く頭を下げた。
「この通りです!」
悲痛な声だった。
彼女にとっては、私が唯一の希望なのだろう。その気持ちは、分からないでもない。
でもね。
私は目の前で騒がしく点滅している魔法陣を、まるでハエでも払うかのように、ぱしん、と軽く手で叩いた。
「きゃんっ!」
魔法陣は子犬みたいな悲鳴を上げて、光の粒になって消滅した。
迷惑電話は、これで強制終了だ。
「リ、リリ殿……!? なぜ……」
顔を上げたアレクが、信じられないという顔で私を見る。
「どうして助けてくれないのですか!? あなたにとっては、造作もないことのはずだ!」
「そうね。多分、造作もないことなんでしょうね」
私は静かに答えた。
「でも、なんで私が助けなきゃいけないの?」
「え……?」
「王都がどうなろうと、王国が滅びようと、私の知ったことじゃないわ。だって、私はその王国から逃げてきたんだもの」
貴族社会のしがらみ、政略結婚の道具としての人生、息苦しいだけの毎日。
クライフォルト公爵令嬢、リリアンヌとしての私を誰も助けてはくれなかった。誰も、私のことなんて見ていなかった。
「私はね、アレク。この森で15年かけて、自分の手で平穏な暮らしを築いたの。喋る鎧や、屋根裏のドラゴンや、巨大なペットと一緒に、のんびり誰にも邪魔されずに生きていきたかっただけ。それが私のスローライフ。私の宝物なの」
だから、と私は続ける。
「それを捨ててまで、私を捨てた人たちを助けに行く義理なんて、どこにもないでしょ?」
私の言葉に、アレクは何も言えなくなった。ただ、悔しそうに唇を噛み締め俯いている。
冷たい言い方だって分かってる。でも、これが私の本心だった。
ごめんね、アレク。あなたの故郷のことは気の毒に思う。でも、それはあなたの問題で、私の問題じゃないのよ。
そう心の中で呟き、この話は終わり、とばかりに背を向けた、その時。
ズン……ズズン……!
遠くから地面が揺れるような、不気味な振動が伝わってきた。
地震? いや、違う。これは無数の足音。
ピィィッ!
一羽の小鳥が猛スピードで飛んでくると、私の肩に止まった。そして、必死に何かを訴えかけてくる。森の動物たちは、私の良き隣人であり、情報網でもある。
私は小鳥のさえずりに耳を傾ける。その内容は、決して聞き過ごせるものではなかった。
「……リリ殿?」
私の表情が変わったことに気づいたアレクが不思議そうに声をかけてくる。
私は、ゆっくりと、音のする方向――森の東側に顔を向けた。
「……小鳥が教えてくれたわ」
自分の声が驚くほど、低く、冷たくなっているのが分かった。
「王都に向かってた魔物の群れ、その一部がこっちに向かってるって」
それだけなら、まだ良かった。
所詮、通りすがりの魔物だ。放っておけば、そのうちどこかへ行くだろう。
――でも。
「あいつら……森の木々を、燃やしてるそうよ」
森は、私の家だ。
庭であり、食料庫であり、家族の住処だ。そこに土足で上がり込み、火を放つ。
それは、もはや『王国の危機』なんていう、他人事じゃない。
私に対する、明確な『宣戦布告』だ。
「……はぁ」
私は一つ深いため息をついた。
せっかく手に入れたばかりの、新しい調理ナイフ。試し斬りで丘を一つ消し飛ばしてしまったから、切れ味の調整が必要だと思っていたところだった。
うん、ちょうどいい。
私は、傍に置いてあった『万能調理ナイフ』を、すっと手に取った。
さっきまでの、面倒くさそうな雰囲気は、もうどこにもない。
「リリ殿……?」
「アレク、悪いけど、王女様へのお届け物は、少し後回しにしてもらえる?」
私の瞳には、燃え盛る森の光景が、はっきりと見えていた。
「ちょっと、出張害虫駆除に行ってくる」
「……え?」
「うちの庭を荒らす奴らは、一匹残らず根絶やしにしなきゃいけないでしょ?」
私のスローライフを邪魔する奴は、誰であろうと容赦しない。
さあ、お掃除の時間だ。
あなたにおすすめの小説
神託が下りまして、今日から神の愛し子です! 最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
しののめ あき
ファンタジー
旧題:最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜
と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます!
3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。
ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです!
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
非常に申し訳ない…
と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか?
色々手違いがあって…
と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ?
代わりにといってはなんだけど…
と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン?
私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。
なんの謝罪だっけ?
そして、最後に言われた言葉
どうか、幸せになって(くれ)
んん?
弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。
※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします
完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
『なでなで』しかできないと追放されたテイマー少女、無自覚に神獣をワンコ化して無双する
葉山 乃愛
ファンタジー
「お前の『なでなで』なんてゴミスキル、戦闘じゃの役にも立たねえんだよ!」
冒険者パーティーを無情にクビにされたテイマーの少女・ミレーヌ。
彼女の持つスキルは、対象を優しく撫でるだけの、攻撃力ゼロ、射程距離ゼロのハズレ枠。
行く当てもなく、命の保証もない『迷いの森』へ迷い込んだ彼女が出会ったのは、一匹の「大きな黒いワンちゃん」だった。
「わあ、フワフワ! よしよし、寂しかったの?」
空腹で死にかけ、ただモフモフに癒やされたかったミレーヌは、持ち前のスキルでその巨体を撫で回す。
だが、彼女は知らなかった。
そのワンちゃんの正体が、かつて世界を終焉に導きかけた伝説の神獣『フェンリル』であることを。
そして、ミレーヌの「なでなで」は、ただの愛撫ではなかった。
どんな凶悪な魔物も一瞬で野生を失い、絶対の忠誠を誓う「神の愛撫」だったのだ!
「次は大きな赤いトカゲさん? 鱗がツヤツヤで綺麗だね!」
伝説の赤竜(レッドドラゴン)さえも「アカくん」と名付けてペットにし、ミレーヌは危険地帯のど真ん中に、世にも恐ろしい(本人は幸せな)モフモフ・スローライフを築き上げていく。
一方、彼女を捨てた元パーティーや、異常事態を察知した王国騎士団は、ミレーヌの背後に控える「終末の軍団(※ただのペット)」を見て、泡を吹いて絶望することになるのだが……。
「みんな、とってもいい子ですよ?」
本人はどこまでも無自覚。
最強の神獣たちを従えた、少女ののんびり無双劇が今、幕を開ける!
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
転生皇女は冷酷皇帝陛下に溺愛されるが夢は冒険者です!
akechi
ファンタジー
アウラード大帝国の第四皇女として生まれたアレクシア。だが、母親である側妃からは愛されず、父親である皇帝ルシアードには会った事もなかった…が、アレクシアは蔑ろにされているのを良いことに自由を満喫していた。
そう、アレクシアは前世の記憶を持って生まれたのだ。前世は大賢者として伝説になっているアリアナという女性だ。アレクシアは昔の知恵を使い、様々な事件を解決していく内に昔の仲間と再会したりと皆に愛されていくお話。
※コメディ寄りです。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
前世で辛い思いをしたので、神様が謝罪に来ました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
日本でブラック企業に勤めるOL、咲は苦難の人生だった。
幼少の頃からの親のDV、クラスメイトからのイジメ、会社でも上司からのパワハラにセクハラ、同僚からのイジメなど、とうとう心に限界が迫っていた。
そしていつものように残業終わりの大雨の夜。
アパートへの帰り道、落雷に撃たれ死んでしまった。
自身の人生にいいことなどなかったと思っていると、目の前に神と名乗る男が現れて……。
辛い人生を送ったOLの2度目の人生、幸せへまっしぐら!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
のんびり書いていきますので、よかったら楽しんでください。