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1巻
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するとそのとき、総司の手が肩を優しくとんとんと叩いた。大丈夫、とでも言うように。
「行こう」
図らずも男性二人の声が重なって、二組の男女がすれ違う。その瞬間を、まるでスローモーションのように感じた。
俯いた視界の中、近づいて遠ざかる革靴。機嫌良さげな女性の声と、それに応じる和やかな声。
矢野が和香に対してなんらかの行動を起こすことはついになかった。
呆気ない幕引き。さよならの言葉や言い訳さえなく、無視という形で切り捨てられた。彼にとって自分はその程度の存在で、それを最後の最後に思い知らされた。
「…………っ」
矢野たちが去って十分な時間が経ってから、ようやくほんの少しだけ嗚咽を漏らす。
仕事の相談に親身に乗ってくれた彼を、和香は心から信頼していた。失恋の傷が癒えるまで交際を待ってくれて、だからこそきちんと向き合いたいと真面目に考えていた。こんなふうに裏切るような人ではないと思っていた。
涙のしずくがぼろぼろと落ちていく。公共の場でなんとみっともない。けれど止められない。泣き声を抑えるので精一杯だった。
「かぶっとけ」
総司の低い声とともに頭になにかがかぶせられる。布の感触からスーツの上着だと分かる。彼の優しさに涙の勢いがさらに増した。
「ごめん、総司。ごめん……」
関わるつもりがないとまで言ったくせに、今彼がここにいることに和香は救われている。情けないところを目撃されて恥ずかしい思いもあるし、どうして追ってきたのかという疑念もある。けれど、こんな公共の場で一人泣き顔をさらす孤独を感じずに済んだのは、彼のおかげだ。
「いいから、気にするな」
「ごめ……っ」
まともに声を出すことすらままならなくなった和香の腕を引き、総司はどこかに向かって歩きだした。
おそらく衆目のない場所に連れていくつもりなのだろう。傷ついている人を放っておけない、情に厚い性格は昔のままだ。
彼の匂いに包まれたまま、和香は黙ってその大きな手に従った。
背後でドアの閉まる音がしたところで、総司から声がかかった。
「もうかぶってる必要ないぞ」
「……ここは?」
頭を覆っていた上着を取り去り、和香はあたりを見回した。顔を隠していたせいで、どのように移動してきたのかいまいち把握できていない。見たところホテルの客室のようだ。ベッドは一つだが、部屋はゆったりと広い。
「俺が宿泊してるホテル。近かったから連れてきた」
そう、と和香は特に動じることもなく頷く。ほかの男に連れてこられたなら警戒するところだが、相手は総司だ。そういった下心をいだくタイプではない。
回収した上着をハンガーにかけてから、総司は和香をベッドに座らせた。
「しばらく休め。ここなら泣きわめいても問題ないだろ」
目尻を濡らすしずくを指先で拭われて、一度収まっていた涙がまたじわじわと込み上げてくるのを感じた。二人の睦まじい様子が目蓋の裏に焼きついていて、些細なきっかけにも涙腺を刺激されてしまう。
頬を伝った涙がぱたぱたとスカートに染みを作りはじめたところで、顔にタオルを押しつけられた。
「さっきの男が、好きだったのか?」
総司の声音が硬い響きを帯びていた。
「……付き合ってたの。私はそのつもりだったの」
受け取ったタオルで顔をふきながら答える。化粧が無惨なことになっていそうだった。いい大人なのに。きっと総司も呆れている。
ふっと鼻で笑う音が聞こえて、和香は鋭い眼差しを向けた。
「二股なんてされて、馬鹿だと思ってる?」
「いや……その場で男を責めて修羅場になったりしないのが和香らしいと思った。そんなに泣くんなら、もっと必死ですがればよかっただろ」
「そんなこと、しない。意味がないもの……見苦しいだけ」
和香よりもあの女を優先した時点で矢野の中では結論が出ている。すがりついたところで、引かれこそすれ、気持ちが戻ってくる可能性など万に一つもない。みじめな女が一人取り残されるのがオチだ。
「そういうところだと思うけどな」
和香に足りないのは。
淡々と分かったような口をきかれ、ささくれていた気持ちがはっきりとした苛立ちに変わる。
「どうしてそんなこと、総司に言われなきゃいけないの? すがったって、無駄じゃない」
「無駄とは限らない」
――無駄、だったじゃない。
思い出すとまた目元が熱を持ちはじめる。
総司だって身をもって経験したはずだ。なのに、どうして否定するようなことを言うのだろう。
「私は……誰かを想う綺麗な気持ちが、醜く歪んでいくのに耐えられないの。好きだった人のいやなところを見たくない。綺麗な気持ちでいたいし、綺麗な思い出だけ覚えていたい」
「だから、俺のことも思い出にしようとしている?」
冷たい声で問われた次の瞬間、タオルを奪い取られ、和香はベッドに押し倒されていた。唖然として総司を見上げる。
密室に二人きりとはいえ、彼がこんな行動に出るとは想像していなかった。嫌がる女性に無理やりなんて、最も嫌悪していそうなことなのに。
しかし、部屋に入ってからどこかとげのある態度だった彼は、今や剣呑な空気を隠そうともしていない。和香は負けじと睨みかえす。
「思い出にしようとしてるんじゃない。したの。私たちはもう五年も前に終わったでしょう」
突き放そうと硬い胸板を押す。だが、びくともしない。こちらの手を掴み、総司はやるせなさそうに口元を歪めた。
「確かに、終わらせるつもりだった。和香に会うことがなければ」
「どういう意味? 恋人に捨てられて傷心の元カノを慰めてくれるとでも?」
「……そうだな。お望みとあらば」
そこで不敵に口角を上げる。彼の本気が垣間見えて、和香は絶句した。
結婚していることを当てこするくらいのつもりだったのに――その薬指の指輪は飾りなの?
自分の知る総司は、決してこんな不誠実なことをする人ではなかった。不本意な結婚であったとしても、きちんと操を立てるような情け深い人だったはずだ。
――なら、目の前のこの男はいったい誰?
疑心暗鬼に陥りそうだった。
信頼していた恋人には二股されて裏切られ、思い出の恋人には不埒な関係を持ちかけられる。和香が大切にしてきたものは、いったいなんだったのだろう。
もやもやとした感情が、お腹の底から湧き出してくる。
暗い感情で、自分の内側がずぶずぶと沈められていく気がした。きらきらしていたはずの好きという気持ちが汚く澱んだもので塗りつぶされていく。
こうなるのが、なによりもいやだったのに。
綺麗なものを台無しにされることが一番つらい。
和香の中で、張り詰めていたものがぷつんと切れた。
「――だったら、慰めてよ」
低い声で言い放ち、彼の首筋にするりと手を這わせた。見下ろしてくる目がわずかに見開かれて、その表情にほんの少しだけ溜飲を下げた。
「慰めて、総司……」
甘えるような色をにじませ、涙に濡れた瞳でねだれば、ごくりと目の前の喉仏が上下する。
「いつの間に、そんな誘い方を覚えたんだ……」
「五年も経ったんだよ。いろいろ経験してるに決まってる」
煽ったのはわざとだった。
総司のあとに付き合ったのはたった一人だけのくせに、どうやったらこの男の冷静な仮面を奪えるのか、手にとるように分かった。
「違いない」
獰猛な笑みを浮かべた彼がブラウスに手をかけ、裾をスカートから引き抜く。その様子を眺めながら、このままめちゃくちゃにしてくれればいいと願った。
傷ついて傷ついて、どん底にまで落ちたら、あとは浮上するだけ。汚いものを洗い流すのだ。
やさぐれた和香の唇になにかが触れる。柔らかく重なるのは自分のものよりも少し硬い唇だ。
優しいキスは、昔と同じ。
もしかしたら、本当は変わったことなんてなにもないのかもしれない。
強がりなくせに和香は脆くて、総司はそんな和香を放っておけない。
口にする言葉ばかり大人ぶって、自分たちはなにも進歩していないのかもしれない。
大きな手が身体を撫で回しはじめて、とりとめのない思考は頭の片隅へ追いやられる。
「……っ」
思わず漏れそうになった声を吐息に混ぜて逃がした。
久しぶりの行為で想像以上に敏感になっていることを自覚し、表情を隠すように横を向く。眉をひそめてしまったのはほとんど無意識だった。それでも総司は目敏く気づいてしまう。
「どうした? やっぱりやめるか?」
「やめるわけ、ないでしょ……」
冷笑交じりの問いかけに半ば反射的に言い返しつつ、眉間にこもった力を緩めた。
――こんなこと、全然大したことじゃない。
そう自分に言い聞かせて、動物的な行為に意識を集中させようとする。
本当は、彼と別れてからベッドをともにした男など一人もいない。付き合いはじめて三ヶ月になる矢野ですら、互いにタイミングが合わないまま身体の関係に進むことなく、あんな結末を迎えてしまった。
その直後に既婚者の元カレとホテルにいるなんて、冷静さを取り戻すとまたみじめな気持ちになる。
今はなにも考えず、激しい行為に没頭していたかった。
なのに、総司の触れ方はその口ぶりに反してとても繊細だ。衣服の裾から入り込んで腰回りを撫でる手も、首筋をたどる唇も、じれったいほど慎重で、優しい。
そのことに、胸が痛くなるような感情を呼び起こされそうになり、和香はたまらず自らブラウスのボタンに手をかけた。
「もしかして、遠慮してるの? 知らない仲じゃないんだから、好きに触ればいいのに」
挑発的な口調でそう言い、胸元に視線を落としてボタンを上から外していく。
しかし、すぐさま伸びてきた手が勝手な行動をとがめるように、ボタンにかかった指を押さえつけた。拘束から逃れようと手に力を込めると、さらに強く握られる。
「なにするの。離して」
視線を跳ね上げ、ぴしゃりと口にしてから、揺るぎない真っ直ぐな目に捉えられて息を呑む。見つめ合ったまま、重苦しい沈黙に耐えていると、やがて淡々とした声が返ってきた。
「そういうのは、いい。脱ぎたいなら俺が脱がせてやるから」
「そういうのって?」
「なんとなく……焦っているだろう」
湖面のような瞳に心の奥底までも見通された気がして、一瞬表情が強ばった。
「ちがっ…………もの足りないだけ。もっと激しいのがいいの」
「激しいほうが好きなのか?」
「ええ」
「ずいぶん好みが変わったんだな」
「当たり前でしょ」
五年も経ったのだから。
和香が意図したのはその程度の意味合いだった。けれど彼は違ったふうに読み取ったらしい。
「――確かに、歪んだ性癖を持ってそうな男だったからな」
吐き捨てるような呟きはどうやら、駅で見かけた矢野を指して言ったもののようだ。矢野の性癖など和香の知るところではないが、総司が浮かべた苛立ちの表情は好都合に思えた。
「――そう。だから、こんな触れ方じゃ全然足りない」
緩んだ拘束から両手を引き抜くと、がっしりとした首に腕を絡める。
「もっと激しくして」
「断る」
こちらの精一杯の誘惑を即座に切り捨てつつも、それを口にする顔は限りなく無表情だった。目が不快そうにすがめられている。静かに怒りを燻らせているとき、彼はよくこんな顔をした。
瞬間的にひるんだ和香に与えられたのは、先ほどよりも濃厚なキスだった。貪るような口づけは情熱的ではあるけれど、やはり荒っぽさはない。丹念に唇と舌を味わい、口内を犯す巧みな愛撫に、身体から力が抜ける。
「……んっ」
上顎の真ん中を熱い舌先でくすぐられると、あえかな声が鼻に抜けた。
触れ合った場所から全身に広がる甘い痺れに、思わず身をよじる。そして悔しさが込み上げた。
――五年も経っているのに、どうして私の弱点をこんな正確に覚えているの?
単に記憶力がいいだけだ。そうに決まっている。
ちらりと脳裏をよぎった馬鹿な妄想は、なかったことにした。
総司はひとしきり和香の口内を味わい、思う存分翻弄して、ようやく上体を起こす。
「ほかの男なんて、知るか。俺は俺のやりたいようにする。遠慮はいらないんだろう?」
唇を濡らす唾液をぺろりと舐めとる仕草に男の色気を感じ取り、不覚にも胸が高鳴った。思わず頷いてしまうと、彼の動きは早かった。
はだけかけていたブラウスを脱がせ、下着からのぞく胸の谷間に口づけし、肉厚な舌が白い肌の上を這い回る。かと思えば、背中に手が回されて、平均よりやや大きめの胸を支えていた下着があっさりと緩んだ。
腕から肩紐を引き抜かれつつ乳房の先端を吸われて、お腹の奥に熱が灯るのを感じた。それを煽り立てるように総司の指や唇が柔らかな双丘を弄ぶ。
与えられる快楽に和香は素直に溺れた。
激しかろうと激しくなかろうと、理性を奪い去ってくれるのならどちらでもよかった。
たとえその手つきが、記憶の中のものと全く変わらない、懐かしさを覚えるものだったとしても。
邪魔な感情など頭から締め出してしまえばいい。
唇からあふれ出す声をこらえることもなく、ただ従順に、貪欲に、彼のもたらす甘い刺激に身を委ねる。
乳首を指の間でくりくりと転がされると、腰のあたりがひときわ強く疼き、羞恥心もかなぐり捨てて和香はねだった。
「そこ……っ、気持ちいい……もっとしてっ」
こんなはしたない台詞、人生で一度だって口にしたことはない。総司はギラついた瞳でこちらを射貫くと、もう一方の乳首を口に含んで両方を同時に押しつぶした。
喉から高い嬌声がほとばしる。
そうしているうちにも彼の左手は肌を覆う布地を一枚ずつ確実に取り除いていき、ストッキングを剥かれてあらわになった太腿を卑猥な手つきで撫で回す。
そのとき、かすかな硬い感触が肌に引っかかるのを感じて、それが彼の薬指にはまる指輪だと和香は気づいた。
瞬間、舞い戻りそうになる理性を撥ねつけるように声を発する。
「それ、外してっ」
「それ?」
「指輪!」
「……ああ」
はっきりと告げると、総司はなんでもないことのように薬指からそれを引き抜いた。そのことに、こちらのほうが胸をざっくりと切られた心地がする。
そのリングが彼の指にはまっているという事実に、この五年間和香がどれだけ苦しんだと思っているのだろう。
そんな思考がかすめることすら今は煩わしい。
幸い、と言っていいものか、サイドチェストに無造作に指輪を置いた総司はすぐに戻ってきて濃密な行為を再開した。だから、そのリングが和香の意識に影を落としたのはほんの束の間のことだった。
滑らかな手際でショーツを脱がされると、一糸まとわぬ姿が総司の眼前にさらされる。
その目が一瞬まぶしげに細められたのには、なにか意味があったのだろうか。
ふと浮かんだ疑問の答えを探している余裕はなかった。彼の指が、五年間誰にも許さなかった内側へそっと挿し入れられたからだ。
「ぁっ……んん……」
ぴくり、と肩を揺らし、すがるものを求めてシーツを掴んだ。
密かに心配していた痛みや違和感は全くない。感じるのは不思議なほど身体に馴染む心地よさだけだ。久しぶりだから、少々敏感になっている。気になったことといえばそれくらいだ。
「――んっ、はぁ……んぅっ」
無骨な男の指が繊細な動きで内部を探る。角度を変えるたびに卑猥な水音が室内に響く。しとどに濡れていることを知らしめられて、それにすら興奮を煽られてしまう気がした。
和香が唇を引き結んで感じ入っていると、秘筒をかき回すのとは別の指があふれた蜜をすくって花芽に塗りつける。途端に鋭い電流が体内を走り抜けて、びくんと全身が仰け反った。
「あぁっ!」
荒い呼吸を吐き出しながら、己のあまりの感度のよさに呆然としてしまう。いくら長らくこういった行為から遠ざかっていたとはいえ、ここまで感じやすくなることがあるのだろうか。
そんな内心に生じた小さな動揺を落ち着かせている暇はなかった。総司が固く張り詰めた花芽とその裏側を指で挟み込み、さらになぶってきたからだ。
「――っ!! ――あぁあ、だめ!!」
目も眩むような快楽に貫かれて、目尻からぱたぱたと涙がこぼれた。自身の反応の大きさに恐怖すら覚える。和香は掴んだシーツにすがりついていることしかできない。苦しいくらいに乱れた呼吸の音が二人の間の空気を震わせる。
なのに、総司は攻めの手を一向に緩めようとはしなかった。それどころか、暴力的なまでの快感を生み出すその小さな突起をいっそう攻め立ててくる。
包皮を剥かれ、無防備に露出した陰核を直接擦られれば、腰が勝手にびくびくと跳ねた。痛々しく勃起したそれを指先でピンと弾かれると、圧倒的な熱の奔流が体内を駆け巡り、意識が飛ばされそうになる。
そんな容赦のない責め苦を延々と続けられ、和香はとうとう泣き言を漏らしてしまう。
「待って、そんなに強くしないで! 感じすぎるから……っ」
すると、秘所をまさぐる動きがぴたりと止まり、ホッと息をつく。
だがすぐに今度は胸の谷間にちりっと痛みが走った。
目をやれば、いつの間にそこに顔をうずめていたのか、総司が噛みつくような口づけを落としていた。即座に声を出せずにいると、ちゅうっというリップ音とともに再度強く皮膚を吸われる。
「な……ど、どうして痕なんか……っ」
息も絶え絶えに非難すると、彼の目が滾るような怒気をはらんでこちらを向いた。
「こんな……ほかの男に開発されたのが明らかな反応を見せられて、気分がいいわけがない!」
口元を手の甲で拭いながら舌打ちまでされて、とんでもない言いがかりにわなわなと震える。
どうしてそんなことを総司に言われなければならないのか。
――まるで、嫉妬してるみたいじゃない。
違う、そんなはずはないと否定したかったのに、再び蜜壺に触れた手がさらなる刺激を送り込んできたせいで、思考は混濁する。
「あ……っ、待って! ほんとうに、今日は……っ、身体が、おかしいの……っ!」
「言い訳なんてしなくていい」
端的に切り返されて和香は歯噛みした。
一方的に勘違いしておいて、なんて言い草だ。
それでも切なげに歪んだ顔を目にすると、文句を言ってやろうという気も失せてしまう。
次々に呑まされる嵐のような官能も自分に対する独占欲の表れなのかと思ったら、怒りよりも喜びがまさってしまう。そんなふうに感じるべきではないのに、ままならない己の感情に唇を噛みしめる。
目元に涙をにじませてひたすら体内で荒ぶる快楽の波に耐えていると、やがて膣内を苛んでいた指が引き抜かれ、ばさりと白い布地に視界を覆われた。それはすぐに取り払われ、代わりに目の前には広く逞しい胸板が現れる。
その刹那、熱いなにかが胸に込み上げるのが分かった。
脱いだワイシャツと肌着を総司がベッドの傍らの椅子に放る。皮膚の上からでもはっきりと分かる筋肉の動きが和香の目を引きつけて離さない。
昔の彼も決して貧弱ではなかったが、ここまで筋肉質でもなかったように思う。
――五年が経ったんだ。
唐突に、胸を突かれる思いで、理解した。実感してしまった。
今、目の前にいるのは、別れてから五年の月日を過ごした総司なのだ。
そのとき和香の胸中に湧き起こった感情は、寂しさでも悲しみでもなかった。――喜びだ。
だって、彼の未来の姿をこうして目にすることなんて、叶わないはずだった。
深い悲しみの中で手放したはずの未来。その一端が、今ここにある。
誰よりもそばで想い合っていた日々が突如鮮明によみがえり、嗚咽が漏れそうになった。
歯を食いしばってこらえていると、緩めたスラックスから屹立を取り出した総司が顔を上げ、互いの視線が絡み合う。
相手の覚悟を問いただすような強い眼差しが、あの頃の彼に重なった。
「挿れるぞ」
「あ……」
ぴたりと丸い先端が押し当てられるのを感じて、和香は処女のように身を固くする。それでも十分に濡れそぼったそこは、呆気ないほどすんなりと相手を受け入れてしまう。
ずるり、と己の内側を埋める充足感に全身の肌が粟立った。ほとんど無意識に高い啼き声を上げると、そこににじむ悦びの色を感じ取ったのか、腰をぐりぐりと押しつけられた。
「やぁっ……いきなり、そんなふうにしたら……っ」
「イク、とか言うなよ。まだ始めたばかりだからな」
「……っ」
情熱的な触れ方も、強い眼差しも、昔と全然変わらないくせに、口にする言葉は昔と違って全然優しくない。
五年が経った。体格が変わった。それ以上に――関係が変わってしまった。
なら、この胸に湧き上がる感情はいったいなんなのだろう?
終わった恋の残滓がかすかに疼いているだけだ。意味などない。無視してしまえばいい。
――本当に?
まとまりのない感情は身体的な感覚に凌駕されてかき混ぜられる。
ぐっと奥深くを穿たれて涙が出た。なんの涙なのかもう分からない。
力強い律動に揺さぶられながら、和香は胸の内で自嘲する。こんなにも高ぶってしまうくらいに、自分は総司との再会に感動していたのか。
自覚はなくても身体の反応は雄弁だ。彼に触れられるだけで、女の肉体は容易く歓喜し、悦びの声を上げる。
己の上に覆いかぶさり、眉根を寄せて快楽に耐える男の顔を見上げた。こめかみから伝った汗がこちらの胸元に落ちてきて、たったそれだけのことに無性に胸がときめいてしまう。
その頬に触れたくて伸ばした手は、けれど迷って肩に回した。恋人でなくとも、情事の最中ならこれくらいの触れ方は自然だろう。
かつてないほど高揚していた和香は最奥を叩く抽挿にすぐに達しそうになった。そのたびに総司は絶妙に加減してこちらを焦らした。そんなことを何度か繰り返しているうちに彼にも限界が近づいてくる。
「く……」
「行こう」
図らずも男性二人の声が重なって、二組の男女がすれ違う。その瞬間を、まるでスローモーションのように感じた。
俯いた視界の中、近づいて遠ざかる革靴。機嫌良さげな女性の声と、それに応じる和やかな声。
矢野が和香に対してなんらかの行動を起こすことはついになかった。
呆気ない幕引き。さよならの言葉や言い訳さえなく、無視という形で切り捨てられた。彼にとって自分はその程度の存在で、それを最後の最後に思い知らされた。
「…………っ」
矢野たちが去って十分な時間が経ってから、ようやくほんの少しだけ嗚咽を漏らす。
仕事の相談に親身に乗ってくれた彼を、和香は心から信頼していた。失恋の傷が癒えるまで交際を待ってくれて、だからこそきちんと向き合いたいと真面目に考えていた。こんなふうに裏切るような人ではないと思っていた。
涙のしずくがぼろぼろと落ちていく。公共の場でなんとみっともない。けれど止められない。泣き声を抑えるので精一杯だった。
「かぶっとけ」
総司の低い声とともに頭になにかがかぶせられる。布の感触からスーツの上着だと分かる。彼の優しさに涙の勢いがさらに増した。
「ごめん、総司。ごめん……」
関わるつもりがないとまで言ったくせに、今彼がここにいることに和香は救われている。情けないところを目撃されて恥ずかしい思いもあるし、どうして追ってきたのかという疑念もある。けれど、こんな公共の場で一人泣き顔をさらす孤独を感じずに済んだのは、彼のおかげだ。
「いいから、気にするな」
「ごめ……っ」
まともに声を出すことすらままならなくなった和香の腕を引き、総司はどこかに向かって歩きだした。
おそらく衆目のない場所に連れていくつもりなのだろう。傷ついている人を放っておけない、情に厚い性格は昔のままだ。
彼の匂いに包まれたまま、和香は黙ってその大きな手に従った。
背後でドアの閉まる音がしたところで、総司から声がかかった。
「もうかぶってる必要ないぞ」
「……ここは?」
頭を覆っていた上着を取り去り、和香はあたりを見回した。顔を隠していたせいで、どのように移動してきたのかいまいち把握できていない。見たところホテルの客室のようだ。ベッドは一つだが、部屋はゆったりと広い。
「俺が宿泊してるホテル。近かったから連れてきた」
そう、と和香は特に動じることもなく頷く。ほかの男に連れてこられたなら警戒するところだが、相手は総司だ。そういった下心をいだくタイプではない。
回収した上着をハンガーにかけてから、総司は和香をベッドに座らせた。
「しばらく休め。ここなら泣きわめいても問題ないだろ」
目尻を濡らすしずくを指先で拭われて、一度収まっていた涙がまたじわじわと込み上げてくるのを感じた。二人の睦まじい様子が目蓋の裏に焼きついていて、些細なきっかけにも涙腺を刺激されてしまう。
頬を伝った涙がぱたぱたとスカートに染みを作りはじめたところで、顔にタオルを押しつけられた。
「さっきの男が、好きだったのか?」
総司の声音が硬い響きを帯びていた。
「……付き合ってたの。私はそのつもりだったの」
受け取ったタオルで顔をふきながら答える。化粧が無惨なことになっていそうだった。いい大人なのに。きっと総司も呆れている。
ふっと鼻で笑う音が聞こえて、和香は鋭い眼差しを向けた。
「二股なんてされて、馬鹿だと思ってる?」
「いや……その場で男を責めて修羅場になったりしないのが和香らしいと思った。そんなに泣くんなら、もっと必死ですがればよかっただろ」
「そんなこと、しない。意味がないもの……見苦しいだけ」
和香よりもあの女を優先した時点で矢野の中では結論が出ている。すがりついたところで、引かれこそすれ、気持ちが戻ってくる可能性など万に一つもない。みじめな女が一人取り残されるのがオチだ。
「そういうところだと思うけどな」
和香に足りないのは。
淡々と分かったような口をきかれ、ささくれていた気持ちがはっきりとした苛立ちに変わる。
「どうしてそんなこと、総司に言われなきゃいけないの? すがったって、無駄じゃない」
「無駄とは限らない」
――無駄、だったじゃない。
思い出すとまた目元が熱を持ちはじめる。
総司だって身をもって経験したはずだ。なのに、どうして否定するようなことを言うのだろう。
「私は……誰かを想う綺麗な気持ちが、醜く歪んでいくのに耐えられないの。好きだった人のいやなところを見たくない。綺麗な気持ちでいたいし、綺麗な思い出だけ覚えていたい」
「だから、俺のことも思い出にしようとしている?」
冷たい声で問われた次の瞬間、タオルを奪い取られ、和香はベッドに押し倒されていた。唖然として総司を見上げる。
密室に二人きりとはいえ、彼がこんな行動に出るとは想像していなかった。嫌がる女性に無理やりなんて、最も嫌悪していそうなことなのに。
しかし、部屋に入ってからどこかとげのある態度だった彼は、今や剣呑な空気を隠そうともしていない。和香は負けじと睨みかえす。
「思い出にしようとしてるんじゃない。したの。私たちはもう五年も前に終わったでしょう」
突き放そうと硬い胸板を押す。だが、びくともしない。こちらの手を掴み、総司はやるせなさそうに口元を歪めた。
「確かに、終わらせるつもりだった。和香に会うことがなければ」
「どういう意味? 恋人に捨てられて傷心の元カノを慰めてくれるとでも?」
「……そうだな。お望みとあらば」
そこで不敵に口角を上げる。彼の本気が垣間見えて、和香は絶句した。
結婚していることを当てこするくらいのつもりだったのに――その薬指の指輪は飾りなの?
自分の知る総司は、決してこんな不誠実なことをする人ではなかった。不本意な結婚であったとしても、きちんと操を立てるような情け深い人だったはずだ。
――なら、目の前のこの男はいったい誰?
疑心暗鬼に陥りそうだった。
信頼していた恋人には二股されて裏切られ、思い出の恋人には不埒な関係を持ちかけられる。和香が大切にしてきたものは、いったいなんだったのだろう。
もやもやとした感情が、お腹の底から湧き出してくる。
暗い感情で、自分の内側がずぶずぶと沈められていく気がした。きらきらしていたはずの好きという気持ちが汚く澱んだもので塗りつぶされていく。
こうなるのが、なによりもいやだったのに。
綺麗なものを台無しにされることが一番つらい。
和香の中で、張り詰めていたものがぷつんと切れた。
「――だったら、慰めてよ」
低い声で言い放ち、彼の首筋にするりと手を這わせた。見下ろしてくる目がわずかに見開かれて、その表情にほんの少しだけ溜飲を下げた。
「慰めて、総司……」
甘えるような色をにじませ、涙に濡れた瞳でねだれば、ごくりと目の前の喉仏が上下する。
「いつの間に、そんな誘い方を覚えたんだ……」
「五年も経ったんだよ。いろいろ経験してるに決まってる」
煽ったのはわざとだった。
総司のあとに付き合ったのはたった一人だけのくせに、どうやったらこの男の冷静な仮面を奪えるのか、手にとるように分かった。
「違いない」
獰猛な笑みを浮かべた彼がブラウスに手をかけ、裾をスカートから引き抜く。その様子を眺めながら、このままめちゃくちゃにしてくれればいいと願った。
傷ついて傷ついて、どん底にまで落ちたら、あとは浮上するだけ。汚いものを洗い流すのだ。
やさぐれた和香の唇になにかが触れる。柔らかく重なるのは自分のものよりも少し硬い唇だ。
優しいキスは、昔と同じ。
もしかしたら、本当は変わったことなんてなにもないのかもしれない。
強がりなくせに和香は脆くて、総司はそんな和香を放っておけない。
口にする言葉ばかり大人ぶって、自分たちはなにも進歩していないのかもしれない。
大きな手が身体を撫で回しはじめて、とりとめのない思考は頭の片隅へ追いやられる。
「……っ」
思わず漏れそうになった声を吐息に混ぜて逃がした。
久しぶりの行為で想像以上に敏感になっていることを自覚し、表情を隠すように横を向く。眉をひそめてしまったのはほとんど無意識だった。それでも総司は目敏く気づいてしまう。
「どうした? やっぱりやめるか?」
「やめるわけ、ないでしょ……」
冷笑交じりの問いかけに半ば反射的に言い返しつつ、眉間にこもった力を緩めた。
――こんなこと、全然大したことじゃない。
そう自分に言い聞かせて、動物的な行為に意識を集中させようとする。
本当は、彼と別れてからベッドをともにした男など一人もいない。付き合いはじめて三ヶ月になる矢野ですら、互いにタイミングが合わないまま身体の関係に進むことなく、あんな結末を迎えてしまった。
その直後に既婚者の元カレとホテルにいるなんて、冷静さを取り戻すとまたみじめな気持ちになる。
今はなにも考えず、激しい行為に没頭していたかった。
なのに、総司の触れ方はその口ぶりに反してとても繊細だ。衣服の裾から入り込んで腰回りを撫でる手も、首筋をたどる唇も、じれったいほど慎重で、優しい。
そのことに、胸が痛くなるような感情を呼び起こされそうになり、和香はたまらず自らブラウスのボタンに手をかけた。
「もしかして、遠慮してるの? 知らない仲じゃないんだから、好きに触ればいいのに」
挑発的な口調でそう言い、胸元に視線を落としてボタンを上から外していく。
しかし、すぐさま伸びてきた手が勝手な行動をとがめるように、ボタンにかかった指を押さえつけた。拘束から逃れようと手に力を込めると、さらに強く握られる。
「なにするの。離して」
視線を跳ね上げ、ぴしゃりと口にしてから、揺るぎない真っ直ぐな目に捉えられて息を呑む。見つめ合ったまま、重苦しい沈黙に耐えていると、やがて淡々とした声が返ってきた。
「そういうのは、いい。脱ぎたいなら俺が脱がせてやるから」
「そういうのって?」
「なんとなく……焦っているだろう」
湖面のような瞳に心の奥底までも見通された気がして、一瞬表情が強ばった。
「ちがっ…………もの足りないだけ。もっと激しいのがいいの」
「激しいほうが好きなのか?」
「ええ」
「ずいぶん好みが変わったんだな」
「当たり前でしょ」
五年も経ったのだから。
和香が意図したのはその程度の意味合いだった。けれど彼は違ったふうに読み取ったらしい。
「――確かに、歪んだ性癖を持ってそうな男だったからな」
吐き捨てるような呟きはどうやら、駅で見かけた矢野を指して言ったもののようだ。矢野の性癖など和香の知るところではないが、総司が浮かべた苛立ちの表情は好都合に思えた。
「――そう。だから、こんな触れ方じゃ全然足りない」
緩んだ拘束から両手を引き抜くと、がっしりとした首に腕を絡める。
「もっと激しくして」
「断る」
こちらの精一杯の誘惑を即座に切り捨てつつも、それを口にする顔は限りなく無表情だった。目が不快そうにすがめられている。静かに怒りを燻らせているとき、彼はよくこんな顔をした。
瞬間的にひるんだ和香に与えられたのは、先ほどよりも濃厚なキスだった。貪るような口づけは情熱的ではあるけれど、やはり荒っぽさはない。丹念に唇と舌を味わい、口内を犯す巧みな愛撫に、身体から力が抜ける。
「……んっ」
上顎の真ん中を熱い舌先でくすぐられると、あえかな声が鼻に抜けた。
触れ合った場所から全身に広がる甘い痺れに、思わず身をよじる。そして悔しさが込み上げた。
――五年も経っているのに、どうして私の弱点をこんな正確に覚えているの?
単に記憶力がいいだけだ。そうに決まっている。
ちらりと脳裏をよぎった馬鹿な妄想は、なかったことにした。
総司はひとしきり和香の口内を味わい、思う存分翻弄して、ようやく上体を起こす。
「ほかの男なんて、知るか。俺は俺のやりたいようにする。遠慮はいらないんだろう?」
唇を濡らす唾液をぺろりと舐めとる仕草に男の色気を感じ取り、不覚にも胸が高鳴った。思わず頷いてしまうと、彼の動きは早かった。
はだけかけていたブラウスを脱がせ、下着からのぞく胸の谷間に口づけし、肉厚な舌が白い肌の上を這い回る。かと思えば、背中に手が回されて、平均よりやや大きめの胸を支えていた下着があっさりと緩んだ。
腕から肩紐を引き抜かれつつ乳房の先端を吸われて、お腹の奥に熱が灯るのを感じた。それを煽り立てるように総司の指や唇が柔らかな双丘を弄ぶ。
与えられる快楽に和香は素直に溺れた。
激しかろうと激しくなかろうと、理性を奪い去ってくれるのならどちらでもよかった。
たとえその手つきが、記憶の中のものと全く変わらない、懐かしさを覚えるものだったとしても。
邪魔な感情など頭から締め出してしまえばいい。
唇からあふれ出す声をこらえることもなく、ただ従順に、貪欲に、彼のもたらす甘い刺激に身を委ねる。
乳首を指の間でくりくりと転がされると、腰のあたりがひときわ強く疼き、羞恥心もかなぐり捨てて和香はねだった。
「そこ……っ、気持ちいい……もっとしてっ」
こんなはしたない台詞、人生で一度だって口にしたことはない。総司はギラついた瞳でこちらを射貫くと、もう一方の乳首を口に含んで両方を同時に押しつぶした。
喉から高い嬌声がほとばしる。
そうしているうちにも彼の左手は肌を覆う布地を一枚ずつ確実に取り除いていき、ストッキングを剥かれてあらわになった太腿を卑猥な手つきで撫で回す。
そのとき、かすかな硬い感触が肌に引っかかるのを感じて、それが彼の薬指にはまる指輪だと和香は気づいた。
瞬間、舞い戻りそうになる理性を撥ねつけるように声を発する。
「それ、外してっ」
「それ?」
「指輪!」
「……ああ」
はっきりと告げると、総司はなんでもないことのように薬指からそれを引き抜いた。そのことに、こちらのほうが胸をざっくりと切られた心地がする。
そのリングが彼の指にはまっているという事実に、この五年間和香がどれだけ苦しんだと思っているのだろう。
そんな思考がかすめることすら今は煩わしい。
幸い、と言っていいものか、サイドチェストに無造作に指輪を置いた総司はすぐに戻ってきて濃密な行為を再開した。だから、そのリングが和香の意識に影を落としたのはほんの束の間のことだった。
滑らかな手際でショーツを脱がされると、一糸まとわぬ姿が総司の眼前にさらされる。
その目が一瞬まぶしげに細められたのには、なにか意味があったのだろうか。
ふと浮かんだ疑問の答えを探している余裕はなかった。彼の指が、五年間誰にも許さなかった内側へそっと挿し入れられたからだ。
「ぁっ……んん……」
ぴくり、と肩を揺らし、すがるものを求めてシーツを掴んだ。
密かに心配していた痛みや違和感は全くない。感じるのは不思議なほど身体に馴染む心地よさだけだ。久しぶりだから、少々敏感になっている。気になったことといえばそれくらいだ。
「――んっ、はぁ……んぅっ」
無骨な男の指が繊細な動きで内部を探る。角度を変えるたびに卑猥な水音が室内に響く。しとどに濡れていることを知らしめられて、それにすら興奮を煽られてしまう気がした。
和香が唇を引き結んで感じ入っていると、秘筒をかき回すのとは別の指があふれた蜜をすくって花芽に塗りつける。途端に鋭い電流が体内を走り抜けて、びくんと全身が仰け反った。
「あぁっ!」
荒い呼吸を吐き出しながら、己のあまりの感度のよさに呆然としてしまう。いくら長らくこういった行為から遠ざかっていたとはいえ、ここまで感じやすくなることがあるのだろうか。
そんな内心に生じた小さな動揺を落ち着かせている暇はなかった。総司が固く張り詰めた花芽とその裏側を指で挟み込み、さらになぶってきたからだ。
「――っ!! ――あぁあ、だめ!!」
目も眩むような快楽に貫かれて、目尻からぱたぱたと涙がこぼれた。自身の反応の大きさに恐怖すら覚える。和香は掴んだシーツにすがりついていることしかできない。苦しいくらいに乱れた呼吸の音が二人の間の空気を震わせる。
なのに、総司は攻めの手を一向に緩めようとはしなかった。それどころか、暴力的なまでの快感を生み出すその小さな突起をいっそう攻め立ててくる。
包皮を剥かれ、無防備に露出した陰核を直接擦られれば、腰が勝手にびくびくと跳ねた。痛々しく勃起したそれを指先でピンと弾かれると、圧倒的な熱の奔流が体内を駆け巡り、意識が飛ばされそうになる。
そんな容赦のない責め苦を延々と続けられ、和香はとうとう泣き言を漏らしてしまう。
「待って、そんなに強くしないで! 感じすぎるから……っ」
すると、秘所をまさぐる動きがぴたりと止まり、ホッと息をつく。
だがすぐに今度は胸の谷間にちりっと痛みが走った。
目をやれば、いつの間にそこに顔をうずめていたのか、総司が噛みつくような口づけを落としていた。即座に声を出せずにいると、ちゅうっというリップ音とともに再度強く皮膚を吸われる。
「な……ど、どうして痕なんか……っ」
息も絶え絶えに非難すると、彼の目が滾るような怒気をはらんでこちらを向いた。
「こんな……ほかの男に開発されたのが明らかな反応を見せられて、気分がいいわけがない!」
口元を手の甲で拭いながら舌打ちまでされて、とんでもない言いがかりにわなわなと震える。
どうしてそんなことを総司に言われなければならないのか。
――まるで、嫉妬してるみたいじゃない。
違う、そんなはずはないと否定したかったのに、再び蜜壺に触れた手がさらなる刺激を送り込んできたせいで、思考は混濁する。
「あ……っ、待って! ほんとうに、今日は……っ、身体が、おかしいの……っ!」
「言い訳なんてしなくていい」
端的に切り返されて和香は歯噛みした。
一方的に勘違いしておいて、なんて言い草だ。
それでも切なげに歪んだ顔を目にすると、文句を言ってやろうという気も失せてしまう。
次々に呑まされる嵐のような官能も自分に対する独占欲の表れなのかと思ったら、怒りよりも喜びがまさってしまう。そんなふうに感じるべきではないのに、ままならない己の感情に唇を噛みしめる。
目元に涙をにじませてひたすら体内で荒ぶる快楽の波に耐えていると、やがて膣内を苛んでいた指が引き抜かれ、ばさりと白い布地に視界を覆われた。それはすぐに取り払われ、代わりに目の前には広く逞しい胸板が現れる。
その刹那、熱いなにかが胸に込み上げるのが分かった。
脱いだワイシャツと肌着を総司がベッドの傍らの椅子に放る。皮膚の上からでもはっきりと分かる筋肉の動きが和香の目を引きつけて離さない。
昔の彼も決して貧弱ではなかったが、ここまで筋肉質でもなかったように思う。
――五年が経ったんだ。
唐突に、胸を突かれる思いで、理解した。実感してしまった。
今、目の前にいるのは、別れてから五年の月日を過ごした総司なのだ。
そのとき和香の胸中に湧き起こった感情は、寂しさでも悲しみでもなかった。――喜びだ。
だって、彼の未来の姿をこうして目にすることなんて、叶わないはずだった。
深い悲しみの中で手放したはずの未来。その一端が、今ここにある。
誰よりもそばで想い合っていた日々が突如鮮明によみがえり、嗚咽が漏れそうになった。
歯を食いしばってこらえていると、緩めたスラックスから屹立を取り出した総司が顔を上げ、互いの視線が絡み合う。
相手の覚悟を問いただすような強い眼差しが、あの頃の彼に重なった。
「挿れるぞ」
「あ……」
ぴたりと丸い先端が押し当てられるのを感じて、和香は処女のように身を固くする。それでも十分に濡れそぼったそこは、呆気ないほどすんなりと相手を受け入れてしまう。
ずるり、と己の内側を埋める充足感に全身の肌が粟立った。ほとんど無意識に高い啼き声を上げると、そこににじむ悦びの色を感じ取ったのか、腰をぐりぐりと押しつけられた。
「やぁっ……いきなり、そんなふうにしたら……っ」
「イク、とか言うなよ。まだ始めたばかりだからな」
「……っ」
情熱的な触れ方も、強い眼差しも、昔と全然変わらないくせに、口にする言葉は昔と違って全然優しくない。
五年が経った。体格が変わった。それ以上に――関係が変わってしまった。
なら、この胸に湧き上がる感情はいったいなんなのだろう?
終わった恋の残滓がかすかに疼いているだけだ。意味などない。無視してしまえばいい。
――本当に?
まとまりのない感情は身体的な感覚に凌駕されてかき混ぜられる。
ぐっと奥深くを穿たれて涙が出た。なんの涙なのかもう分からない。
力強い律動に揺さぶられながら、和香は胸の内で自嘲する。こんなにも高ぶってしまうくらいに、自分は総司との再会に感動していたのか。
自覚はなくても身体の反応は雄弁だ。彼に触れられるだけで、女の肉体は容易く歓喜し、悦びの声を上げる。
己の上に覆いかぶさり、眉根を寄せて快楽に耐える男の顔を見上げた。こめかみから伝った汗がこちらの胸元に落ちてきて、たったそれだけのことに無性に胸がときめいてしまう。
その頬に触れたくて伸ばした手は、けれど迷って肩に回した。恋人でなくとも、情事の最中ならこれくらいの触れ方は自然だろう。
かつてないほど高揚していた和香は最奥を叩く抽挿にすぐに達しそうになった。そのたびに総司は絶妙に加減してこちらを焦らした。そんなことを何度か繰り返しているうちに彼にも限界が近づいてくる。
「く……」
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