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4 もうひとつの情熱(後)
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「魔術のお勉強をしたいです!」
私が急に言い出したとき、子どもには優しいながらも大臣の補佐としての威厳ももっている父は、厳しい顔をして尋ねてきた。
「魔術か。どうしてまた急に?」
聞かれると思ったので答えは用意してある。
「私が家庭教師に習った中で、一番おもしろいと思ったのは、歴史と算術です。王国の歴史には魔術師が深く関わっているので、前から魔術には興味がありました。そして先日王宮へ行った際、魔術塔を見て思ったのです。私もその叡智の一端に触れたいと。私の得意な算術を活かすこともできますし」
どれも嘘ではない。きっかけは前世の記憶だが、私の中で解消できなかった物足りなさは、世界についての知識を得るための手段がわかっていなかったことによるのだと思う。
「なるほどな。だが、魔術の勉強は十三歳にならないとはじめられないと知っているだろう?」
そう、魔術は大きな力を得られる手段を学ぶもの。子どもが、特に生まれつき魔力量が多い子どもが、中途半端な知識を得てしまうと物理的に危険だ。そのため、一般にある程度以上分別がついたとされる十三歳になってはじめて、魔術学校に通ったり家庭教師から習ったりすることができるようになる。だから、これまで私のカリキュラムにも含まれていなかったのだ。
しかし、私は二年も待つつもりはなかった。ここは権力の使いどきである。
「私は魔術の暴走の危険も理解していますし、他の学問はもう何年も先まで修めてしまいました」
「確かにおまえならば無茶をすることはないだろうが……」
「実技は十三歳になってからで構いません。座学だけでも先に学ぶ特別許可を得ることはできませんか」
「座学だけか……」
「必要でしたら、嘆願書を私が作成します。それで魔術塔の魔術師にご判断いただけたら」
私は絶対に引かぬとばかりに言い募る。父はしばらく顎に手を当てて考えていたが、やがて一つ息を吐いて頷いた。
「そうだな。まずは私が特例措置について法的な部分を調べてみるが、おそらくは可能だろう。あとは魔術塔の判断になるだろうから、おまえは嘆願書を準備しておくといい」
「ありがとうございます!」
嬉しくなって身を乗り出してお礼を言うと、父も相好を崩した。
「よかったわね、ルチア。最近つまらなそうにしていたから、シシリアーナ様の件といい、楽しいことができてよかったわ」
「はい、お母さま」
優しく頭を撫でてもらい、自然と笑みが溢れる。
「私は将来、魔術塔の魔術師になりたいです!」
「まあまあ、ルチアのはじめての夢ねぇ」
「魔術塔の魔術師は、国の精鋭ばかりだからな。なかなか理想が高い。いい夢じゃないか」
両親は私の夢は叶わないと思いつつ、それでも一応は応援する姿勢を見せてくれた。ここ一、二年の私の退屈そうな顔を見るのがつらかったのだろう。今のところはそれで十分だ。
叶わない、というのは、現実的にこの世界――少なくともこの国とその周辺――では、貴族の女性の役割は跡継ぎを産むことと社交ということになっているからだ。
貴族の子弟のための王立学校は男子のみで、女子には王族の女性が主催する私塾があるだけ。それ以外は各家庭で家庭教師に勉強を教わる。
あとは王宮に行儀見習いの侍女として、あるいは王族女性付きの女官として上がる場合、最低限の語学や王国史、経理などの知識が必要になるため、場合によっては事前授業を受けさせられたり、希望すれば仕事の合間により深い授業を受けることもできたりするが、少数派だ。
一応、魔術塔を含む王立の高等教育・研究機関は、貴族庶民問わず開かれているけれど、大変狭き門で、そこまで進む女性はほぼいない。その道に進むのであれば、生涯独身で、後ろ指を指され続けることを覚悟しなければならないくらいだ。
それでも「ほぼ」という通り、数人はいるらしい。まあ、魔術塔に引きこもっているようなガチ研究者が、そんな世間の評をいちいち気にするとは思えないし、いて当然だと思う。私も同類だ。
そんなわけで、両親は叶わないと思っているだろうし申し訳ない気持ちもあるけれど、私は夢を叶える気満々なのだ。魔力というものがない異世界の科学知識で知識チートなるか!?
私が急に言い出したとき、子どもには優しいながらも大臣の補佐としての威厳ももっている父は、厳しい顔をして尋ねてきた。
「魔術か。どうしてまた急に?」
聞かれると思ったので答えは用意してある。
「私が家庭教師に習った中で、一番おもしろいと思ったのは、歴史と算術です。王国の歴史には魔術師が深く関わっているので、前から魔術には興味がありました。そして先日王宮へ行った際、魔術塔を見て思ったのです。私もその叡智の一端に触れたいと。私の得意な算術を活かすこともできますし」
どれも嘘ではない。きっかけは前世の記憶だが、私の中で解消できなかった物足りなさは、世界についての知識を得るための手段がわかっていなかったことによるのだと思う。
「なるほどな。だが、魔術の勉強は十三歳にならないとはじめられないと知っているだろう?」
そう、魔術は大きな力を得られる手段を学ぶもの。子どもが、特に生まれつき魔力量が多い子どもが、中途半端な知識を得てしまうと物理的に危険だ。そのため、一般にある程度以上分別がついたとされる十三歳になってはじめて、魔術学校に通ったり家庭教師から習ったりすることができるようになる。だから、これまで私のカリキュラムにも含まれていなかったのだ。
しかし、私は二年も待つつもりはなかった。ここは権力の使いどきである。
「私は魔術の暴走の危険も理解していますし、他の学問はもう何年も先まで修めてしまいました」
「確かにおまえならば無茶をすることはないだろうが……」
「実技は十三歳になってからで構いません。座学だけでも先に学ぶ特別許可を得ることはできませんか」
「座学だけか……」
「必要でしたら、嘆願書を私が作成します。それで魔術塔の魔術師にご判断いただけたら」
私は絶対に引かぬとばかりに言い募る。父はしばらく顎に手を当てて考えていたが、やがて一つ息を吐いて頷いた。
「そうだな。まずは私が特例措置について法的な部分を調べてみるが、おそらくは可能だろう。あとは魔術塔の判断になるだろうから、おまえは嘆願書を準備しておくといい」
「ありがとうございます!」
嬉しくなって身を乗り出してお礼を言うと、父も相好を崩した。
「よかったわね、ルチア。最近つまらなそうにしていたから、シシリアーナ様の件といい、楽しいことができてよかったわ」
「はい、お母さま」
優しく頭を撫でてもらい、自然と笑みが溢れる。
「私は将来、魔術塔の魔術師になりたいです!」
「まあまあ、ルチアのはじめての夢ねぇ」
「魔術塔の魔術師は、国の精鋭ばかりだからな。なかなか理想が高い。いい夢じゃないか」
両親は私の夢は叶わないと思いつつ、それでも一応は応援する姿勢を見せてくれた。ここ一、二年の私の退屈そうな顔を見るのがつらかったのだろう。今のところはそれで十分だ。
叶わない、というのは、現実的にこの世界――少なくともこの国とその周辺――では、貴族の女性の役割は跡継ぎを産むことと社交ということになっているからだ。
貴族の子弟のための王立学校は男子のみで、女子には王族の女性が主催する私塾があるだけ。それ以外は各家庭で家庭教師に勉強を教わる。
あとは王宮に行儀見習いの侍女として、あるいは王族女性付きの女官として上がる場合、最低限の語学や王国史、経理などの知識が必要になるため、場合によっては事前授業を受けさせられたり、希望すれば仕事の合間により深い授業を受けることもできたりするが、少数派だ。
一応、魔術塔を含む王立の高等教育・研究機関は、貴族庶民問わず開かれているけれど、大変狭き門で、そこまで進む女性はほぼいない。その道に進むのであれば、生涯独身で、後ろ指を指され続けることを覚悟しなければならないくらいだ。
それでも「ほぼ」という通り、数人はいるらしい。まあ、魔術塔に引きこもっているようなガチ研究者が、そんな世間の評をいちいち気にするとは思えないし、いて当然だと思う。私も同類だ。
そんなわけで、両親は叶わないと思っているだろうし申し訳ない気持ちもあるけれど、私は夢を叶える気満々なのだ。魔力というものがない異世界の科学知識で知識チートなるか!?
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