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7 王子との出逢いと成長(前)

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 はじめてお会いしたのはシシリー様の侍女になって一月ほど経った頃、シシリー様と図書室にいた時のことだった。その日のことはよく覚えている。



 シシリー様は前日の家庭教師にたくさん宿題を出されてしまったらしく、でも、せっかく私が来たのにお部屋にこもっているだけというのも嫌だということで、一緒に王宮の図書室まで足を伸ばしたのだ。
 そこは図書館と言ってもいいほどの蔵書数を誇る広々とした空間だった。普通ならばそれなりの手続きが必要だが、王族と一緒だから顔パスである。

「すごいですわ! シシリー様、連れてきてくださってありがとうございます!」
「ルチアお姉さまが喜んでくれて嬉しい。メアリーもありがとう」
「いえいえ、ようございました」

(ご自分はさほど興味がないのに、そんな風に言ってくださるシシリー様、まじ天使! 尊い! そして図書室行きを提案してくれたメアリー、最高の同志!)

「私は宿題をするから、ルチアお姉さまは好きな本を読んでいてね」
「ありがとうございます。わからないことがあったら、いつでも声をかけてくださいね」

 伯爵家である我が家にもそれなりの蔵書はあるけれど、王宮の図書室は質も量も桁違いだった。あれもこれも読みたかったけれど、とりあえず家にあるのよりも詳細な地図と、古そうな歴史書を机に運ぶ。重そうにしていたら、シシリー様付きの若いメイドが手伝ってくれた。当時はまだ特例措置の申請中だったから、魔術関係の本は我慢した。

 地図は軍事上も貴重なものだから、一定以上詳細なものはもっと厳重に管理されているだろうけれど、これでも十分だった。私はまだ前世の記憶が戻ったばかりで、この世界の地理がどこまでわかっているかを知りたかったのである。
 少なくともこの王国がある大陸を、それなりの精度で描くことができるだけの技術はあるらしい、とふむふむ頷いていると、ふと人の気配を感じた。

「お兄さまっ!」

 シシリー様が椅子から飛び降りて、護衛と侍従を引き連れた小さな人影に向かう。

「シシリーも来てたの。じゃあ、そちらがルチアお姉さま?」

 そう言ってこちらを向いたのは、シシリー様より少し背が高く、シシリー様と皇太后様と同じ金の巻き毛と、陛下と同じ蜜色の瞳をもつ、それはそれは可愛らしい男の子だった。慌てて淑女の礼をすると、男の子も真面目そうに紳士の礼をした。

「第二王子アレクシオ・ディ・モンテオベルトです」
「ルチア・マリアンナ・デ・ラウレンティスと申します。シシリアーナ様のお話し相手をいたしております」
「シシリーから聞いています。なんでも知っていて、とっても優しいお姉さまだって」
「恐縮です」

 しとやかに見えるよう努めながら、私の心の中には萌えの嵐が吹き荒れていた。

(なんという美形ショタっ子! なんか周りがキラキラして見えるわー。私ショタは苦手だったはずなのに、アレクシオ様はツボ。シシリー様と似ているから?)

 アレクシオ様はまだ八歳。前世のショタという概念を知らなければ、この感動をうまく表現できず、身悶えたことだろう。いや、知っていても身悶えたのだけど。
 それほど衝撃的な出会いだった。

「ねぇ、僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか」

 アレクシオ様がそう言って小首を傾げる。

「は、はい、もちろんです」

(美少年のお姉さま呼び……! これは、これはいけないわ。すでに自分の魅力がわかっていそうなあざとい仕草と台詞! でも抗えない! 新しい扉が開いてしまいそう)

「お兄さま、だめよ! それは私だけの呼び方なの」
「いいじゃない。ルチアお姉さまがいいって言ってくれたんだもの」
「ずるいわ。お兄さまには侍従のセルジオがいるでしょ」
「別にセルジオをお兄さまとか呼びたくないよ」

 私の呼び名を巡って争う麗しい兄妹を呆然と眺める。二人が並ぶと気が遠くなるほど眼福だった。

「ルチアお姉さま?」
「あっ、また! だめだったら」
「もー、シシリーはそんなに独り占めしたいの? わかったよ。じゃあ、ルチア嬢って呼ぶ」

 シシリー様が勝利の微笑みを浮かべ、私は少しだけ残念に思いながらもほっと胸を撫で下ろした。何度もお姉さまと呼ばれたら心臓がもちそうにない。
 そんな私をよそに、麗しの王族兄妹は、ごく普通の兄妹みたいな会話をしている。

「今日は宿題?」
「そうなの。たくさんあって大変なの」
「僕も調べものがあるんだ。一緒にやっていい?」
「ええ」

 お二人とも仲が良く勤勉で微笑ましい。私はアレクシオ様の侍従や護衛と挨拶を交わし、シシリー様の手伝いをしながら過ごした。凄まじく目の保養になる時間だった。

 そして、満ち足りた気持ちで図書館からシシリー様の私室に戻ろうとした時のことだった。
 アレクシオ様がとととっ、と寄ってきて、背伸びをした。内緒話があるらしい。
 私が少し身を屈めると、可愛らしい声が耳元に吹き込まれた。

「シシリーがいないときには、僕もルチアお姉さまって呼んでいいですか?」

 間近で視線を合わせてにっこりと笑う。なんという破壊力の八歳児だろう。私は顔を赤くしてこくこくと頷くことしかできなかった。
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