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第1章

闘技場に来ました

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「試合のルールは先に倒れた方が負け。殺すのは禁止。わかった?」

「……それだけですか?」

「そうだよ。簡単だろう?」

 場所は変わり、私達は城下町にある闘技場へと来ていました。
 自由に動ける円形の闘技場。私の反対側に立ったヴィエラさんが不敵に笑いました。
 確かにルールとしては簡単です。
 ですが、それは殺さなければなんでもありと言っているようなものです。

 ……やれやれ、本当に面倒ですね。

 でも、自分の力を確かめるには、ちょうどいい機会です。

「安心してくれ。観客席に被害がないよう、魔王軍の魔術師が結界を張っているから、存分に全力を出してくれ」

「いえ、心配しているとこはそこではないのですが……」

「……? じゃあ、何が心配なの?」

「あ、何でもないです。……どうせ言っても意味ないでしょうから」

 ……にしても。
 私は観客席の方を見ます。
 そこには、いつの間に話が広がったのか、客席を覆い尽くすほどの観客が座っていました。

 ……どうせ、魔王自ら言い回ったのでしょう。

 特等席で踏ん反り返っているミリアさんは、どこか満足気に私達を見下ろしています。
 その両脇には、大柄の男性と、和服を着た女性が居ました。
 彼らもヴィエラさんと同じ魔王幹部なのでしょうか?

 何か騒いでいる様子ですが……うん、これは知らんぷりした方が身の為ですね。

 三人の後ろでは、私の契約精霊であるウンディーネが、静かにこちらを見守っていました。
 彼女はヴィエラさんとの試合に自分も出ると申し出てくれたのですが、この試合では私個人の実力を試したいので、今回は大人しく待機してもらっています。
 そういえば別れ際に、後で何か言いたいことがあると言っていましたが、何の用なのでしょうか。
 それを告げた時のウンディーネの真剣な表情が、今でも印象に残っています。少し気になるところではありますが────

「今はどうでもいいことです」

「ん、何がだ?」

「戦いとは関係のないことを考えてしまっていたので、それを思考から排除しただけですよ」

「おお、そうなのか。リーフィアだったか? お前もやっとやる気を出してくれて嬉しいよ」

「本当はこのまま不戦敗して、眠りたいところですが……流石にここまで人が集まってきたら、やらないわけにはいかないでしょう」

「あー、ミリア様はこのような催しが大好きだから……」

 なるほど。予想した通り、原因は魔王に有りですか。
 ……これはお尻ペンペンですかね。

          ◆◇◆

「──(ビクッ)!?」

 突如として全身に走った悪寒。
 それを感じ、余は大きく体を震わせた。

「何じゃ、どうかしたのか? ミリアよ」

 その様子を見た、妾から見て右隣に座る人物、朱音アカネが不思議そうに、そう言った。

 こいつは年寄りが使うような古風な言い回しをしているが、見た目は人間でいう二十くらいの『鬼人』だ。
 腰まで伸びた美しい白髪と、同じく純白を誇っている額から伸びる二本の角が特徴的だと言えるだろう。
 東の果てにある『和の国』ではよく見られるという和服というものを身に纏い、振り回しの難しそうな大太刀を得物とする余の配下の中でも特別変わった奴だ。
 配下の中で最年長ということもあり、頭のキレがよく、時に参謀も務めてもらっている。
 余と一番付き合いが長く、アカネとは主従関係ではなく、友人と言った方が適切だろう。

「いや、何となく嫌な予感がしただけだ」

「そうか? 無理はするでないぞ。お主はわしらの主君じゃからな。倒れられるのは困るぞ?」

「……わかっている」

「わかっているなら、勝手に出かけるのを自重してほしいものだな! また居なくなったと知った時のヴィエラの顔と言ったら……くくくっ、正直面白かったぜ!」

 豪快に笑って親指を立ててきたのは、ディアスという人間だ。

 こいつは元勇者であり、人間からは『裏切り者』と呼ばれている。
 余と一騎打ちした時、こっちについた方が面白いという理由で魔王軍に寝返った面白い男。
 ディアスのことを一言で言い表すならば──脳筋という言葉以外に適切なものはない。
 奴の愛する武器は、己の身の丈をも超える大剣で、戦場では敵味方考えずにそれを振り回す。
 そのため、戦争時は奴の周りには自軍の兵士を置かないように気をつける必要があるが…………それでも一人で一騎当千以上の成果を出してくれるので『最強の特攻隊長』というあだ名が付いた。

「ヴィエラにはめちゃくちゃ怒られた……」

「そりゃそうじゃろう。激怒を通り越して、鬼神の如く暴れておったぞ」

「おう、流石の俺達でも止めるのは苦労したな」

「うぅ……面目ない……だが、そのおかげでいい拾いものができたからな。余は満足だ」

「いい拾いもの、ねぇ……そんなにミリア様が推しているのは珍しいな」

「そこまで言うのだから、相当な強さと期待していいのじゃろう?」

「ああ、奴は強いぞ。余と正面から戦い、余は何も出来ずに敗北したくらいだ」

「はぁ!? 魔王に勝っただと!? 一体何者なんだ、あいつは!」

 余の言葉が信じられないのか、ディアスは椅子から立ち上がってリーフィアのことを凝視する。
 リーフィアもその視線に気づいたのか、軽くこちらを向いて会釈した。
 そして、すぐにこちらに興味を失い、視線を戻す。

「……ふむ、見た感じだと、どうもミリアを下したとは信じがたいが……その顔、本当なのじゃな?」

「そうだ。本当だ」

 この世界で余だけが持つスキル『邪眼』には、余の眼を見た者であれば如何様にも操ることが出来るという反則級の能力がある。

 リーフィアとの戦闘時、それは確かに発動した。
 だが、邪眼の効果は相殺され、それに驚いた余は、リーフィアの接近に反応出来なかった。

 油断していたのではないが、これまで邪眼を相殺した者はいなかったため、それだけ驚きが強かったのだ。
 そして余は何十年ぶりかの敗北を味わった。

 その結果が──お尻ペンペンの刑だ。

 屈辱と痛みを兼ね備えた最恐のお仕置きを思い出すだけで、自然と寒気がする。

「マジかよ……そいつはすげぇ。なぁ、お前……なんて言ったっけか?」

 ディアスは後ろに控えている水の精霊に振り向く。
 リーフィアから聞いた通り、精霊は極度の人見知りらしく、ガクガクと怯えた様子でディアスのことを見ていた。

 ……いや、これは人見知りという枠を超えているだろう。

「水の精霊──ウンディーネじゃよ。……全く、生きている間に、こうしてお目に掛かれるとは思っていなかった」

 そう言ってウンディーネを見るアカネの目線には、どこか憧れのようなものが含まれていた。

「あん? この精霊はそんなに凄いのか?」

「凄いなんてものではない。……遥か昔、世界が神の手によって創られた時じゃ。世界を支える三大元素を管理する役割として精霊が生み出されたのは、魔法はからっきしのディアスでも知っておろう?」

「おう、それくらいは誰でも教えられることだからな。それがどうした?」

「その三大元素を最初に管理したのは、たった三体の精霊だと言われている」

 三大元素とは、炎、水、風の三種のことだ。
 その三つを上手く調整することで、この世界は程よく保たれているのだ。
 それを最初に管理した精霊は『原初の精霊』と伝えられてきた。

「水の精霊ウンディーネは、世界が創造された時、最初に生み出された原初の精霊の一柱なのじゃよ」

「おお? それはひょっとして、めちゃくちゃ凄い精霊ってことなんじゃねぇのか?」

「魔法を扱う者によっては神格化されているくらいだな。かく言う余も、こうして原初の精霊に会うのは初めてだ」

 ……正直、ヴィジルの樹海で出会った時は、ヘルムの奥で目を見開くほど驚いた。

「なぁ、ウンディーネ。ちなみに聞くが、リーフィアはお主が原初の精霊だということを知っているのか?」

『…………えっと、多分、知らない。……リーフィアは、そういうのに興味ない、と思うから』

「知らないで原初の精霊と契約しているとは……ははっ、その幸運に嫉妬してしまうわ」

「……おいおい、随分とヤバいのが入ってきたじゃねぇか。ったく、ヴィエラのやつは大丈夫なのか?」

「……ま、奴も余の配下の一人だ。死にはしないだろう」

「じゃが、ヴィエラの奴も命拾いしたな。かの原初の精霊が相手となっていた場合、あやつはどうあっても勝つことは出来なかったじゃろうよ」

 アカネの言葉に、余も同意する。

 ヴィエラは近距離戦闘を得意とし、遠距離攻撃に弱い。
 相手が原初の精霊という強敵であったならば、一瞬にして水の監獄を作り出し、何もさせずに溺れさせることが可能だろう。
 それをどうにかして逃れたとしても、ウンディーネは実体が水。そもそも物理攻撃は全く効果がない。

 つまり、ヴィエラはどうあっても勝つことは不可能だった。

「ウンディーネを出さなかったのは、あの嬢ちゃんなりの優しさってことか?」

『…………多分、それは違う』

「ああ? そうなのか?」

『──ヒッ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!』

「あー、ディアスが女の子を泣かせたぞー」

「悪い奴めー、やーい女泣かせー」

「ちょっと待て!? 今のは違うだろ! ああ、もうっ! 俺が悪かったって! この通り謝るから泣くのをやめてくれ!」

 土下座をして必死に謝るディアスの後ろ姿は、はっきり言って滑稽だった。
 こいつが焦ること事態が稀なので、それを見られた余達は運がいい。

『…………ぐすんっ、リーフィアは、この世界に来たばかり、って言ってた。……だから、この試合で、自分の実力を確かめたいんだと、思う。…………それが、うちを出さなかった、理由』

「この世界に来たばかり……? つまり、あの者は異世界人ということか?」

 リーフィアは自分のことを『転生者』だと言っていた。
 異世界からこの世界に来る者は、一般的に異世界人と呼ばれている。
 それは特殊な召喚魔法によって呼ばれた者であったり、リーフィアのように死んだ魂がこの世界に適した器に入ったりと、種類は二つある。
 その者達には決まって『チート能力』というものを持っている。

 ……おそらく、原初の精霊と契約したのと、余の邪眼を弾いたのは、リーフィアの持つチート能力が原因なのだろうと思う。

「他にも隠している可能性も……いや、流石にそれはないか?」

 決めつけるのはまだ早い。
 それが正解なのかは、これから始まる試合でわかることだ。

「リーフィアよ。どうかその力を存分に振舞ってくれよ?」

 余は全てを見極めるため、今も気怠そうにしている異世界人の観察を始めたのだった。
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