死神は悪役令嬢を幸せにしたい

灰羽アリス

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[30]お父様の過去と私の未来《あと27日》

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 庭先で白バラの手入れをするお父様を、開け放たれた3階の窓から眺める。バラを育てるのはお父様の唯一の趣味であり、仕事の合間を縫っては庭に出ている。昔は父のバラたちに嫉妬したものだ。だって、私達家族よりずっと長く一緒に過ごしているのだもの。

 お父様の過去を覗いた今なら、お父様がお母様や私達を避け、庭に逃げていた心境も察せられる。だからといって、子供の頃から続く寂しさが薄れるわけではないけれど。

 死神がつくりだした過去を映す霧の中で、王妃様──若かりし日のクラリスは言った。彼女の新しい恋人に向かって。

『略奪したなんて思わないで。私が彼より貴方を愛してしまっただけなの。貴方は悪くない』

『レナードに申し訳ないことをした』と肩を落とすアレクとそっくりな彼は当時の王太子で、現在の国王。
 クラリスは彼の頬に手を当て、
『優しい人。だから貴方が好きよ』とキスをした。

 お父様──レナードが近くで見ていたことにも気づかずに。

 お父様はその日、心を粉々に打ち砕かれたのだ。もう誰も愛せなくなるほどに。
 ───お父様は、人を愛するのが怖いのね。また裏切られるのが怖くて、お母様や私達子供に近づけなかった。

 自分の娘をクラリスの息子の婚約者にしたのは政略的な思惑から、だけじゃなかったのかもしれない。自分が結ばれなかった分、せめて半身である子供たちだけでも……という思いが少しはあったかも。

 ごめんなさい、お父様。

 私もアレクを取り戻すという強い目標がなければ、お父様と同じように心を壊していたかもしれない。いえ、実際に壊しかけていた。婚約破棄されたあの日、私はルルを殺してやるとまで決意した。ルルを殺して、アレクを取り戻す──でも、私には死神がいた。彼が現れ、私の目標は変わらずとも、手段は穏便なものに変わった。今でもルルは殺したいほど憎いけれど、実際に殺そうとまでは思わない。"ルルを殺そうとして失敗、自殺"。そんな未来は今のところ起きそうな予感はしない。死に際を記すという死神の手帳は、そろそろ書き変わったかしら。

 あと27日後、私の死因は何?

「あと27日───」 

「そうだな」

 いつの間に側に来たのか、死神が窓枠に腰掛け、同じように外を眺めていた。泣き顔と笑い顔のお面で口元まですっぽり覆っていて表情は見えないけれど。

「アレクを取り戻せるかしら」

「心配するな。流れは良い方向に進んでいる」

「そう………」

「嬉しくないのか?」

「そういうわけじゃないけど。あまり実感がないのよ」

「まぁ少し待て。じき目に見えて事態は動く。そうすれば嫌でも実感するさ」

「貴方が言うなら、そうなんでしょうね。貴方はいつだって正しいもの」

「おや。いつもの生意気な反論はどうした。やけに素直じゃないか」

「別に。死期が近いのよ。ちょっとくらいナーバスになったっていいでしょ」

「当初はあんなに死にたがりだったくせに」

「貴方はどうするの? 私が死んだあと、魂を刈り取って、それから……」

「また別の仕事に移る、それの繰り返しさ」

「魂を美味しくするために、他の人ともこんなふうに過ごすの?」

「必要とあらば」

「そう。貴方にとって、私は何万の魂の中の一つに過ぎないものね」

「───だが、今回過ごしてみて分かった。魂を美味しくするために50日も対象と過ごすなんて狂気の沙汰だ。長いし、面倒だし、この先はもうここまでの暴挙には出ないかもな」

 長いし、面倒。死神にとって、私と過ごす時間はその程度の価値しかないのね。こんなことで動揺する。心の内から意識をそらすため、さきほど引っかかった疑問を口にする。

「──事態は動くって、どんなふうに?」

「お前、ショートケーキの苺を先に食べるタイプだな?」

「は?」

「でもって、結末を聞いてから舞台を観に行くタイプと見た」

「何が言いたいのよ」

「楽しみは先に取っておくべきだってことさ」

「今教える気はないってことね」

 くしゅん、とくしゃみが出た。もう5月に入ろうというのに、今日は少し肌寒い。開いた窓から入る風が冷たかった。

 ずし、と肩に温かな重み。死神が自身のローブを脱いで肩にかけてくれたのだった。真っ黒なローブに手を這わせ眉をひそめると、

「おい、汚いとか言うなよ? 生地はボロだがちゃんと清潔にしてある」

「違うわよ。貴方、ずいぶん優しくなったと思って。前はもっと、ぞんざいな扱いだったわ」

「馬鹿。俺ははじめから優しいだろう? 全ての女性に優しくが俺のポリシーだぜ?」

「そう、全ての女性にね」

「なんだよ」

「別に」

「お前こそ、最初はちょっと触れただけでも『変態』だの『不潔』だの大騒ぎしてたくせに、最近はあんまり言わないよな」

「そんなこと──」

 ないわよね?

「さてはお前、俺に惚れたな?」

「なっ────」

 何言ってるのよ。冗談でしょう!
 カァ、と顔が熱くなる。
 まさか、あり得ない。

「ま、惚れるわけないよな」

「当たり前でしょう!」

 嫌にドキドキする旨を押さえ、窓の外に向きなおる。お父様の姿はもうどこにもなかった。

 くしゅん、と今度は死神がくしゃみをした。ローブの下は、七分袖のぴっちりとした黒いシャツと黒いボトムスだけだった。黒い手袋の手で、腕をさすっている。

「貴方も寒いんじゃないの!」

 ローブを返そうとするも、

「いいから着てろ。また熱でも出されたら困る」

「それも、美味しい魂を得るために?」

「そういうこと」

 なんだかひどく苛ついた。ローブを脱いで死神に押し付ける。

「元々貴方のものでしょ。貴方が着るべきだわ」

「いいって」

「早く着なさいよ」

「まったく、強情な女」

「なんですって!」

「そういうところだぞ」

「っ!…………わかってるわよ、私だって。私が可愛くない女だってことくらい」

 みるみる涙が滲んできて、視界がぼやけた。

 死神が面倒くさそうに頭を掻く。──呆れられたんだわ。彼の深いため息が、心の柔らかい部分を傷つける。

 なによ、なによなによ……!

「あー、もう。ならこれで文句ないだろ」

 ローブを取り上げられ、大きくはためく裾を目で追っていると……すっぽりと体が包まれた。背中に硬い感触。死神は自分でローブを羽織り直し、胸の中に私を閉じ込めてしまっていた。状況を認識した途端、耳の後ろの血管がドクドクと煩く脈打ちだす。
 
「あったかい」

 混乱して固まる私を意に介さず、死神はほっと息をついた。頭のてっぺんに彼の顎が乗せられる。低い声が頭の中にジンと響いた。
 長い腕が前に回され、しっかりと固定されている。少しでも動くと彼の背や足に触れてしまうため、身動きが取れない。

「なに、急におとなしくなっちゃって」

 からかい調子で、喉奥で震える笑い声。甘いムスクの香り。心臓が破裂しそう。

 だめ、息が。

「お前は柔らかいなぁ」

 さわ、と大きな手が胸にまわり──呼吸が早くなる。

 だめ、もう無理。倒れそう。

 そして、胸を揉まれた。

「~~~~~っ!」

「フィオリア? おい?」

 私は声にならない叫び声を上げ、直後、視界が反転した。



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