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第六話:最初の報せ
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公爵夫人としての生活は、夢のように穏やかだった。
アレクシス様は、相変わらず口数は少ないけれど、毎日私のために美しい花を贈り、夜は腕の中に閉じ込めるようにして眠った。
「お前は、俺の癒しだ」
そう囁く声は、もう氷のように冷たくはなかった。
そんなある日。
アレクシス様と二人、庭園でお茶を飲んでいると、執事が一通の手紙を運んできた。
「旦那様。奥様のご実家、バークレイ伯爵家からです」
びくり、と私の肩が震える。
アレクシス様は、私の手を優しく握ると、無表情のまま手紙を受け取った。
封を切り、手紙に目を通した彼の眉が、ぴくりと動く。
「……フン、愚かな」
吐き捨てるように呟くと、彼は手紙を私に差し出した。
「読め。お前を捨てた者たちの、滑稽な末路の始まりだ」
恐る恐る、手紙を受け取る。
それは、父からのものだった。
内容は、信じられないものだった。
『……聖女リリアの力が不安定で、先日の雨乞いの儀式が失敗に終わった。領地の一部が干ばつに見舞われ、民の不満が高まっている。ついては、公爵家から少しばかり、いや、多めに援助を願いたい……』
……何、これ。
リリアは、真の聖女ではなかったの?
いえ、それよりも……なんて厚かましい。
私を厄介払いのように追い出したくせに、今度は金の無心?
「……どう思う、アリア」
アレクシス様の、試すような視線が私に注がれる。
私は、震える唇で、正直な気持ちを口にした。
「……私には、関係のないことです」
すると、アレクシス様は、満足そうに口の端を吊り上げた。
その顔は、噂通りの、悪魔のような笑み。
「そうだろうな」
彼は執事を呼びつけると、冷たく言い放った。
「返事を書け。『当家に、貴家を援助する義理はない。聖女の力で、天でも動かしてみせてはどうか』……そう伝えろ」
ぞくっとするほど、冷徹な声。
でも、不思議と怖くはなかった。
私の心をがんじがらめにしていた、古い鎖が断ち切られていくような、爽快感があった。
私は、もうバークレイ伯爵家の人間ではない。
アリア・バークレイは、あの雪の森で死んだのだ。
今の私は、アレク-シス・ガルヴァニア公爵の妻、アリア。
この、私だけを必要としてくれる人の隣で、幸せに生きていく。
手紙の向こう側で、焦り、苛立つであろう家族の顔を想像する。
胸が、すっとした。
これは、きっと始まりに過ぎない。
彼らが、自分たちの犯した過ちの大きさに気づくのは、まだもう少し先のことだろう。
アレクシス様は、相変わらず口数は少ないけれど、毎日私のために美しい花を贈り、夜は腕の中に閉じ込めるようにして眠った。
「お前は、俺の癒しだ」
そう囁く声は、もう氷のように冷たくはなかった。
そんなある日。
アレクシス様と二人、庭園でお茶を飲んでいると、執事が一通の手紙を運んできた。
「旦那様。奥様のご実家、バークレイ伯爵家からです」
びくり、と私の肩が震える。
アレクシス様は、私の手を優しく握ると、無表情のまま手紙を受け取った。
封を切り、手紙に目を通した彼の眉が、ぴくりと動く。
「……フン、愚かな」
吐き捨てるように呟くと、彼は手紙を私に差し出した。
「読め。お前を捨てた者たちの、滑稽な末路の始まりだ」
恐る恐る、手紙を受け取る。
それは、父からのものだった。
内容は、信じられないものだった。
『……聖女リリアの力が不安定で、先日の雨乞いの儀式が失敗に終わった。領地の一部が干ばつに見舞われ、民の不満が高まっている。ついては、公爵家から少しばかり、いや、多めに援助を願いたい……』
……何、これ。
リリアは、真の聖女ではなかったの?
いえ、それよりも……なんて厚かましい。
私を厄介払いのように追い出したくせに、今度は金の無心?
「……どう思う、アリア」
アレクシス様の、試すような視線が私に注がれる。
私は、震える唇で、正直な気持ちを口にした。
「……私には、関係のないことです」
すると、アレクシス様は、満足そうに口の端を吊り上げた。
その顔は、噂通りの、悪魔のような笑み。
「そうだろうな」
彼は執事を呼びつけると、冷たく言い放った。
「返事を書け。『当家に、貴家を援助する義理はない。聖女の力で、天でも動かしてみせてはどうか』……そう伝えろ」
ぞくっとするほど、冷徹な声。
でも、不思議と怖くはなかった。
私の心をがんじがらめにしていた、古い鎖が断ち切られていくような、爽快感があった。
私は、もうバークレイ伯爵家の人間ではない。
アリア・バークレイは、あの雪の森で死んだのだ。
今の私は、アレク-シス・ガルヴァニア公爵の妻、アリア。
この、私だけを必要としてくれる人の隣で、幸せに生きていく。
手紙の向こう側で、焦り、苛立つであろう家族の顔を想像する。
胸が、すっとした。
これは、きっと始まりに過ぎない。
彼らが、自分たちの犯した過ちの大きさに気づくのは、まだもう少し先のことだろう。
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