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第一章 王太子暗殺
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それからというもの、侯爵邸は毎日がとても賑やかだった。
テオフィロの勤務日はルキノとニョルズが彼に付き従って王城や貴族街、下町など忙しなく動き回り、ニョルズの本体は引き続き主神から話を聞いたり、精霊たちから情報収集をするなど慌ただしい日々を送っていたが、こちらの世界で覚醒した日から学園時代は殿下たちとの青春の日々、卒業パーティーでの一件で貴族牢に二年間拘置されていたところ主神の加護を賜って急に最高位の存在なってしまって自由気ままに過ごしていたソルヴィーノ男爵令嬢は、これまでの日々を懐かしむ暇もないほど過酷な日々を送っていた。
朝から晩までマナー、教養、ダンスに、この世界の常識非常識。
魔術に関してのあらゆる学びにはかつてのニョルズがそうだったように桃色のひよこも参加して自らを鍛えていく。
ただ、本人にとって最も過酷だったのは恋人たちと仲良く出来ないことで、
「だったら殿下たちにも二週間オナ禁させとけ。二人目の主神様の加護持ちだって公表される日までにテオフィロが納得する成果を出せたら、一晩くらい城に帰れるようあいつを説得してやるから、二週間分溜まった男三人相手にしてる自分想像して頑張れよ」
そう言い聞かせたのはルキノだ。
一体どんな説得の仕方だとテオフィロは呆れたが、当の本人には悪くなかったようで「えっちしたい……」と呟く回数は激減し、公表のその日には今までからは想像出来ない淑やかな令嬢を演じきった。
仕方なく一晩だけ城へ戻ることを許したら、次の日には機嫌も肌艶も非常に良い状態で戻って来て「もう半月死ぬ気で頑張るね!」と宣言し、実際その通りに努力していたのでテオフィロはいろいろ諦めることにした。
お互いに「アンジェリカ嬢」「テオフィロくん」と呼び合うようになり、それを知ったときの王太子殿下以下三名の唖然とした顔を思い出せば溜飲も下がろうというものだ。
一方でいまだ節度のある関係を保っているルキノとは、ふとした瞬間に何とも言えない緊張感を帯びた雰囲気になることが増えた。
婚約解消はもう決まったも同然だし、王太子殿下があれだけ自由にしているのだ。
テオフィロだけが律儀に清いままでいなくても……と思わないでもない。それでも侯爵家の使用人たちは敬愛する主人には正式な婚約関係となるまでいまの状態を維持してもらいたいし、ルキノ自身「知らないからこそ耐えられるんだ」と苦い顔。
一度触れてしまえば抑えが利かなくなるに決まってるからもう少し待ってくれと請われたら、テオフィロが否と言えるはずがなかった。
――そうして迎えた花祭り前日。
魔導部隊第二班の中から六名、騎士団から六名が下町の事務所に集まって卓上の地図を注視していた。
基本的には大事な人に花束や花籠を贈るという習慣を後押しにして告白やプロポーズを成功させる人が多いから「恋人たちの祭り」と言われる花祭りだが、祭りは三日間に渡って行われ、たくさんの屋台が並ぶのは全日共通。街の中にある広場や公園からは陽気な音楽が止むことなく奏でられて近隣住民が踊り遊ぶ。
並ぶ家々の窓辺や軒先にはたくさんの花が飾られ、道行く人々も花束や花籠を大事そうに抱えて歩いている人が多いから、小さな子どもほど、世界が花で溢れているように見えるのではないだろうか。
一方で陽気な人々を狙う悪党も多く、治安維持を任務とする騎士団や魔導部隊、自衛団などは大忙しだ。班長のテオフィロは言わずもがな。おかげで意図しなくても小さなニョルズの姿が人々に知れ渡るはず。
彼の精霊がこのサイズだと黒幕も勘違いしてくれたら願ったりで、ちなみにアンジェリカはこのサイズだと思っている。
さて、花祭りにはもちろんこの日だけというイベントも予定されている。
初日正午の花降らし、二日目夜の花火、そして三日目最終日の午前中に行われるパレードだ。
花降らしのための花は贈り物として配布される種と同じものをテオフィロたちも協力して大量に咲かせたもので、正午の鐘と共に、国中の魔術士たちが、その時どの場所にいても風の魔術を発動して王城から広げられた花を国の端々まで飛ばしていく。
国から国民に贈られる守りの花というわけで大変に人気のイベントの一つなのだが、だからこそ警戒は必須。
「班長、数日前からここにある空き家に出入りしていた男たちは隣国ケルネイディアの者たちでした」
「ケルネイディアか……」
騎士の一人が地図上の一点を指差した先を見た後、テオフィロはルキノと視線を交わす。
隣国ケルネイディア。
そこは一〇年前に彼が学園の仲間たちや騎士団と連携して逮捕した奴隷商人が子どもたちを売りに行くつもりだった国で、予言書では黒幕だった相手。
もはや真の黒幕は別にいると言う意見で一致している二人だが、アンジェリカが侯爵邸で暮らすようになってから改めて予言書の内容を精査した時に「事件を起こす相手」として情報共有してある。
それにアンジェリカが「未来予知という特殊能力を持っている」「事件が起きる」「テオフィロが来年の春に亡くなる」と口にしたことは城中の人間が知るところだったこともあり、これを利用して隣国ケルネイディアの情報は騎士団や魔導部隊にも伝えてある。
おかげで仲間のやる気は上限知らずだ。
「花祭りの期間中、私は基本的に此処に居ます。怪しい動きをする者を見かけたら適宜こちらに知らせてください」
「承知いたしました」
「しかし班長は城にいなくても良いんですか? 各国の代表者は班長に会いに来るのでは」
「主神様の加護持ちは一人いれば充分です」
「そう、ですかねぇ」
納得がいかなそうな班員がちらほら見えるが気にしたら負けだ。
今回はどちらの加護持ちで敵が釣れるかを確かめるという目的があるのだ。国王陛下たちにも事情を説明して了承は得ているが今回ほど加護持ちの影響力に感謝したことはないかもしれない。主審の意思だと言えば誰も疑わないしこちらの希望通りに決まっていくのだから。
城はアンジェリカ、下町は自分が担当する。
そして、対外的にはテオフィロの婚約者だが、この三日間でアンジェリカと仲睦まじいところを大々的に周知する予定の殿下は暗殺の標的になるかもしれないので腕利きの騎士と魔術士が護衛でついているし、あとは各自が自分のすべきことをこなすだけである。
「何にしても暗殺される危険がある作戦に殿下が作戦に参加してくれて良かったよ」
「アンジェリカ嬢への愛情は本物なのでしょう」
「あー……予言書のメインヒーローだしなぁ、一応」
『ただの浮気男であろう?』
小声で不敬を連発する一人と一匹に挟まれてテオフィロも苦笑するしかない。
運命の花祭りはこうして初日を迎えたのだった。
いつもより少し早い時間に起床したテオフィロは身支度を済ませて、食堂へ。
自分とルキノ二人だけなら小さなニョルズも加わって部屋で朝食を済ませるのだが、アンジェリカが侯爵邸で過ごすようになってからは彼女も加われるよう食堂で取るようになっているからだ。
もう一人の加護持ちとお近づきになりたいのか、両親や兄まで同席するようになったのは不愉快だったがアンジェリカのマナー実習だと思えば悪くはない。
それに、とチラと視線を向けるのは後方、侍女のケイトが持っている籠だ。
あんな人たちだが一応は肉親だし、あちらからも形だけとはいえ花を贈られるのだから自分も用意しておかないと面倒なことになる。
テオフィロが用意したのは、守りと、回復の魔力を込めて咲かせた二輪の茎を結って結び、金具を取り付けて襟元に飾れるようにしたものだ。色は咲かせる本人に指定出来るものではないため様々だが、贈る相手に似合いそうなものを選べばいい。
両親と、兄と、アンジェリカの分で、四つ。
明らかに差が出るルキノの分だけは侍女に頼んで早々に部屋に運んでもらっている。
食堂には既に父親の姿があった。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
新聞から顔を上げることも無い挨拶だ。
テオフィロは気付かれぬよう息を吐くと、ケイトを招き寄せ、彼女が持つ籠の中から贈り物を一つ取り出した。
「父上、こちらを。今日は花祭りですから」
「……ああ。今年も良い出来だな」
贈られた襟飾りを見分するように見た後、それだけ言ってコーヒーカップの横に置く。別に感謝して欲しいわけではないのだが、食堂にこの人と二人というのが息苦しくて堪らなくなる。幸い、すぐにアンジェリカが姿を見せてくれたおかげで朝食を抜かずに済んだわけだが。
「おはようございます」
「ああ、おはようアンジェリカ嬢」
サッと席を立ったオルトラーニ侯爵は食堂の入口までアンジェリカを迎えに行くと、慣れた手付きで彼女を席までエスコート。実の息子相手とは雲泥の差の対応だが、彼はいま自分の身内から王太子妃を出せるかどうかの瀬戸際なのだ。
数日前は、さすがにテオフィロが婚約解消を望んでいることは知らされたようで憤慨していたのだが、代わりに婚約者になるだろうと言われているアンジェリカが侯爵邸にいると知って、このまま彼女を養女に出来れば自分は安泰なのではないかと計算した。
確かに王太子妃になる女性が男爵令嬢というのは、些か弱い。
それ以前に主神の加護持ちという世界最高の身分を持っているのだが、オルトラーニ侯爵は自分の息子もそうだからなのか、あまり加護持ちという点を深く考えていないのだ。恐らくこれもルキノの教育的指導で、テオフィロが親に忠実であり続けた弊害である。
「昨夜もよく休めたかな」
「おかげさまでゆっくりと休ませて頂きました」
しっかり猫を被っているアンジェリカに合格点を出しつつ、テオフィロはケイトを促して籠から桃色に近い花の襟飾りを手に取る。
「おはようございます、アンジェリカ嬢」
「おはようございますテオフィロ様」
淑やかな淑女の礼も、ほぼ満点。
約束通り今夜は城に戻しても良さそうだ。父親と二人だったときの気持ち悪さも消え、テオフィロは贈り物を差し出した。
「こちらをどうぞ。花祭りの贈り物です」
「え……、良いのですか?」
「貴女のために用意したものですから」
「……っ」
被っている猫が暴れ出しそうになっているが、寸でで抑え込んだアンジェリカは受け取った襟飾りを両手で持ち、胸に抱えた。
「ありがとうございます、テオフィロ様。ぁ、でも私は何も用意していなくて……」
「構いませんよ。貴女の成長が何よりの贈り物です」
「……!」
にこりと微笑めば、令嬢は息を止めた後で顔を伏せ、ぷるぷると小刻みに震えている。
もう一月一緒にいるテオフィロには彼女の心情が手に取るように分かっており、実に良く堪えられていると感心してしまった。
その後、母が来て、兄が来て、二人とも父親相手の時と似たような遣り取りを終えた頃に、小さなニョルズを肩に乗せたルキノがやって来た。
両親は彼が同席するのを嫌がっていたし、精霊の何たるかも理解していないから鳥が食堂にいることを反対したが、知ったことでは無い。アンジェリカに猫を譲った以上、テオフィロはもう親の言いなりになるつもりなどないのだ。
朝の挨拶がそれぞれの間で交わされて、席に着く。
ルキノの席はテオフィロの隣だ。
侍女たちによって食事が運ばれて来るのを待っている間に、ルキノが顔を寄せて来る。
「フィー、贈り物ありがとな」
言いながら彼が手で示すのは、着用している騎士団の制服の腰元に飾られたタッセル。本来は剣につけるものだが彼は剣で戦う騎士だ。房飾りで邪魔をするようなことになってはいけないので、制服の方につけられるよう加工した。
銀色の房を上から三センチくらいの位置で留めている部分に嵌め込まれた海色の宝石の中で、見事に咲いた白い花。
テオフィロが魔力を充填することで半永久的に枯れないようになっている。
「これはもう絶対に外さない」
「貴方を守るためですからぜひそうしてください。……身元引受人になったからには責任がありますし」
余計なセリフを付け加えてしまうテオフィロに、ルキノは嬉しそうに笑う。
「お返しはちょっと待ってな」
「……別に必要ありませんが」
「ふはっ」
我慢の限界とばかりに吹き出したルキノ。
そう遠くない位置に座っているアンジェリカが天井を仰いで両目の間を摘まんでいたので、テオフィロはイラッとして淑女らしくない振舞いを減点してやった。
テオフィロの勤務日はルキノとニョルズが彼に付き従って王城や貴族街、下町など忙しなく動き回り、ニョルズの本体は引き続き主神から話を聞いたり、精霊たちから情報収集をするなど慌ただしい日々を送っていたが、こちらの世界で覚醒した日から学園時代は殿下たちとの青春の日々、卒業パーティーでの一件で貴族牢に二年間拘置されていたところ主神の加護を賜って急に最高位の存在なってしまって自由気ままに過ごしていたソルヴィーノ男爵令嬢は、これまでの日々を懐かしむ暇もないほど過酷な日々を送っていた。
朝から晩までマナー、教養、ダンスに、この世界の常識非常識。
魔術に関してのあらゆる学びにはかつてのニョルズがそうだったように桃色のひよこも参加して自らを鍛えていく。
ただ、本人にとって最も過酷だったのは恋人たちと仲良く出来ないことで、
「だったら殿下たちにも二週間オナ禁させとけ。二人目の主神様の加護持ちだって公表される日までにテオフィロが納得する成果を出せたら、一晩くらい城に帰れるようあいつを説得してやるから、二週間分溜まった男三人相手にしてる自分想像して頑張れよ」
そう言い聞かせたのはルキノだ。
一体どんな説得の仕方だとテオフィロは呆れたが、当の本人には悪くなかったようで「えっちしたい……」と呟く回数は激減し、公表のその日には今までからは想像出来ない淑やかな令嬢を演じきった。
仕方なく一晩だけ城へ戻ることを許したら、次の日には機嫌も肌艶も非常に良い状態で戻って来て「もう半月死ぬ気で頑張るね!」と宣言し、実際その通りに努力していたのでテオフィロはいろいろ諦めることにした。
お互いに「アンジェリカ嬢」「テオフィロくん」と呼び合うようになり、それを知ったときの王太子殿下以下三名の唖然とした顔を思い出せば溜飲も下がろうというものだ。
一方でいまだ節度のある関係を保っているルキノとは、ふとした瞬間に何とも言えない緊張感を帯びた雰囲気になることが増えた。
婚約解消はもう決まったも同然だし、王太子殿下があれだけ自由にしているのだ。
テオフィロだけが律儀に清いままでいなくても……と思わないでもない。それでも侯爵家の使用人たちは敬愛する主人には正式な婚約関係となるまでいまの状態を維持してもらいたいし、ルキノ自身「知らないからこそ耐えられるんだ」と苦い顔。
一度触れてしまえば抑えが利かなくなるに決まってるからもう少し待ってくれと請われたら、テオフィロが否と言えるはずがなかった。
――そうして迎えた花祭り前日。
魔導部隊第二班の中から六名、騎士団から六名が下町の事務所に集まって卓上の地図を注視していた。
基本的には大事な人に花束や花籠を贈るという習慣を後押しにして告白やプロポーズを成功させる人が多いから「恋人たちの祭り」と言われる花祭りだが、祭りは三日間に渡って行われ、たくさんの屋台が並ぶのは全日共通。街の中にある広場や公園からは陽気な音楽が止むことなく奏でられて近隣住民が踊り遊ぶ。
並ぶ家々の窓辺や軒先にはたくさんの花が飾られ、道行く人々も花束や花籠を大事そうに抱えて歩いている人が多いから、小さな子どもほど、世界が花で溢れているように見えるのではないだろうか。
一方で陽気な人々を狙う悪党も多く、治安維持を任務とする騎士団や魔導部隊、自衛団などは大忙しだ。班長のテオフィロは言わずもがな。おかげで意図しなくても小さなニョルズの姿が人々に知れ渡るはず。
彼の精霊がこのサイズだと黒幕も勘違いしてくれたら願ったりで、ちなみにアンジェリカはこのサイズだと思っている。
さて、花祭りにはもちろんこの日だけというイベントも予定されている。
初日正午の花降らし、二日目夜の花火、そして三日目最終日の午前中に行われるパレードだ。
花降らしのための花は贈り物として配布される種と同じものをテオフィロたちも協力して大量に咲かせたもので、正午の鐘と共に、国中の魔術士たちが、その時どの場所にいても風の魔術を発動して王城から広げられた花を国の端々まで飛ばしていく。
国から国民に贈られる守りの花というわけで大変に人気のイベントの一つなのだが、だからこそ警戒は必須。
「班長、数日前からここにある空き家に出入りしていた男たちは隣国ケルネイディアの者たちでした」
「ケルネイディアか……」
騎士の一人が地図上の一点を指差した先を見た後、テオフィロはルキノと視線を交わす。
隣国ケルネイディア。
そこは一〇年前に彼が学園の仲間たちや騎士団と連携して逮捕した奴隷商人が子どもたちを売りに行くつもりだった国で、予言書では黒幕だった相手。
もはや真の黒幕は別にいると言う意見で一致している二人だが、アンジェリカが侯爵邸で暮らすようになってから改めて予言書の内容を精査した時に「事件を起こす相手」として情報共有してある。
それにアンジェリカが「未来予知という特殊能力を持っている」「事件が起きる」「テオフィロが来年の春に亡くなる」と口にしたことは城中の人間が知るところだったこともあり、これを利用して隣国ケルネイディアの情報は騎士団や魔導部隊にも伝えてある。
おかげで仲間のやる気は上限知らずだ。
「花祭りの期間中、私は基本的に此処に居ます。怪しい動きをする者を見かけたら適宜こちらに知らせてください」
「承知いたしました」
「しかし班長は城にいなくても良いんですか? 各国の代表者は班長に会いに来るのでは」
「主神様の加護持ちは一人いれば充分です」
「そう、ですかねぇ」
納得がいかなそうな班員がちらほら見えるが気にしたら負けだ。
今回はどちらの加護持ちで敵が釣れるかを確かめるという目的があるのだ。国王陛下たちにも事情を説明して了承は得ているが今回ほど加護持ちの影響力に感謝したことはないかもしれない。主審の意思だと言えば誰も疑わないしこちらの希望通りに決まっていくのだから。
城はアンジェリカ、下町は自分が担当する。
そして、対外的にはテオフィロの婚約者だが、この三日間でアンジェリカと仲睦まじいところを大々的に周知する予定の殿下は暗殺の標的になるかもしれないので腕利きの騎士と魔術士が護衛でついているし、あとは各自が自分のすべきことをこなすだけである。
「何にしても暗殺される危険がある作戦に殿下が作戦に参加してくれて良かったよ」
「アンジェリカ嬢への愛情は本物なのでしょう」
「あー……予言書のメインヒーローだしなぁ、一応」
『ただの浮気男であろう?』
小声で不敬を連発する一人と一匹に挟まれてテオフィロも苦笑するしかない。
運命の花祭りはこうして初日を迎えたのだった。
いつもより少し早い時間に起床したテオフィロは身支度を済ませて、食堂へ。
自分とルキノ二人だけなら小さなニョルズも加わって部屋で朝食を済ませるのだが、アンジェリカが侯爵邸で過ごすようになってからは彼女も加われるよう食堂で取るようになっているからだ。
もう一人の加護持ちとお近づきになりたいのか、両親や兄まで同席するようになったのは不愉快だったがアンジェリカのマナー実習だと思えば悪くはない。
それに、とチラと視線を向けるのは後方、侍女のケイトが持っている籠だ。
あんな人たちだが一応は肉親だし、あちらからも形だけとはいえ花を贈られるのだから自分も用意しておかないと面倒なことになる。
テオフィロが用意したのは、守りと、回復の魔力を込めて咲かせた二輪の茎を結って結び、金具を取り付けて襟元に飾れるようにしたものだ。色は咲かせる本人に指定出来るものではないため様々だが、贈る相手に似合いそうなものを選べばいい。
両親と、兄と、アンジェリカの分で、四つ。
明らかに差が出るルキノの分だけは侍女に頼んで早々に部屋に運んでもらっている。
食堂には既に父親の姿があった。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
新聞から顔を上げることも無い挨拶だ。
テオフィロは気付かれぬよう息を吐くと、ケイトを招き寄せ、彼女が持つ籠の中から贈り物を一つ取り出した。
「父上、こちらを。今日は花祭りですから」
「……ああ。今年も良い出来だな」
贈られた襟飾りを見分するように見た後、それだけ言ってコーヒーカップの横に置く。別に感謝して欲しいわけではないのだが、食堂にこの人と二人というのが息苦しくて堪らなくなる。幸い、すぐにアンジェリカが姿を見せてくれたおかげで朝食を抜かずに済んだわけだが。
「おはようございます」
「ああ、おはようアンジェリカ嬢」
サッと席を立ったオルトラーニ侯爵は食堂の入口までアンジェリカを迎えに行くと、慣れた手付きで彼女を席までエスコート。実の息子相手とは雲泥の差の対応だが、彼はいま自分の身内から王太子妃を出せるかどうかの瀬戸際なのだ。
数日前は、さすがにテオフィロが婚約解消を望んでいることは知らされたようで憤慨していたのだが、代わりに婚約者になるだろうと言われているアンジェリカが侯爵邸にいると知って、このまま彼女を養女に出来れば自分は安泰なのではないかと計算した。
確かに王太子妃になる女性が男爵令嬢というのは、些か弱い。
それ以前に主神の加護持ちという世界最高の身分を持っているのだが、オルトラーニ侯爵は自分の息子もそうだからなのか、あまり加護持ちという点を深く考えていないのだ。恐らくこれもルキノの教育的指導で、テオフィロが親に忠実であり続けた弊害である。
「昨夜もよく休めたかな」
「おかげさまでゆっくりと休ませて頂きました」
しっかり猫を被っているアンジェリカに合格点を出しつつ、テオフィロはケイトを促して籠から桃色に近い花の襟飾りを手に取る。
「おはようございます、アンジェリカ嬢」
「おはようございますテオフィロ様」
淑やかな淑女の礼も、ほぼ満点。
約束通り今夜は城に戻しても良さそうだ。父親と二人だったときの気持ち悪さも消え、テオフィロは贈り物を差し出した。
「こちらをどうぞ。花祭りの贈り物です」
「え……、良いのですか?」
「貴女のために用意したものですから」
「……っ」
被っている猫が暴れ出しそうになっているが、寸でで抑え込んだアンジェリカは受け取った襟飾りを両手で持ち、胸に抱えた。
「ありがとうございます、テオフィロ様。ぁ、でも私は何も用意していなくて……」
「構いませんよ。貴女の成長が何よりの贈り物です」
「……!」
にこりと微笑めば、令嬢は息を止めた後で顔を伏せ、ぷるぷると小刻みに震えている。
もう一月一緒にいるテオフィロには彼女の心情が手に取るように分かっており、実に良く堪えられていると感心してしまった。
その後、母が来て、兄が来て、二人とも父親相手の時と似たような遣り取りを終えた頃に、小さなニョルズを肩に乗せたルキノがやって来た。
両親は彼が同席するのを嫌がっていたし、精霊の何たるかも理解していないから鳥が食堂にいることを反対したが、知ったことでは無い。アンジェリカに猫を譲った以上、テオフィロはもう親の言いなりになるつもりなどないのだ。
朝の挨拶がそれぞれの間で交わされて、席に着く。
ルキノの席はテオフィロの隣だ。
侍女たちによって食事が運ばれて来るのを待っている間に、ルキノが顔を寄せて来る。
「フィー、贈り物ありがとな」
言いながら彼が手で示すのは、着用している騎士団の制服の腰元に飾られたタッセル。本来は剣につけるものだが彼は剣で戦う騎士だ。房飾りで邪魔をするようなことになってはいけないので、制服の方につけられるよう加工した。
銀色の房を上から三センチくらいの位置で留めている部分に嵌め込まれた海色の宝石の中で、見事に咲いた白い花。
テオフィロが魔力を充填することで半永久的に枯れないようになっている。
「これはもう絶対に外さない」
「貴方を守るためですからぜひそうしてください。……身元引受人になったからには責任がありますし」
余計なセリフを付け加えてしまうテオフィロに、ルキノは嬉しそうに笑う。
「お返しはちょっと待ってな」
「……別に必要ありませんが」
「ふはっ」
我慢の限界とばかりに吹き出したルキノ。
そう遠くない位置に座っているアンジェリカが天井を仰いで両目の間を摘まんでいたので、テオフィロはイラッとして淑女らしくない振舞いを減点してやった。
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