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第2章 新人冒険者の奮闘

44.帰る場所

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「友達になれたらって……そう思っている人のこと、例え本人でも、見下すように言われるのは我慢ならないもんですね」

 そう言った後の、レイナルドの反応はクルトには感知されなかったらしい。
 いや、そんな余裕がなかったと言うべきだろうか。
 クルトは泣き出していた。
 声もなく。
 ただ、ただ、無言でぼろぼろと大粒の涙を零していく。
 これにはさすがに動揺してしまった。

「……クルトさん?」

 疲労のせい?
 空腹のせい?
 それとも寝不足……、そうじゃない、たぶん全部だ!

「あの、キツイ言い方してごめんなさい。その、あ、せめて空腹を何とかしましょう! クルトさんに食べて欲しくていろいろ作ったんです!」
「つく……レンくんが……?」
「はいっ、あとレイナルドさんのパーティの皆さんも一緒で! シンプルなバゲットにしますか? それともお肉、味付けはどうしましょうっ、匂い嗅いで選びますか⁈」
「落ち着けレン」
「でも泣かせちゃいましたよ⁈」

 したかったのは腹を割った話し合いであって、覚悟していたのは口論。
 泣かせたかったわけじゃない。

「泣かせたくらいで動揺し過ぎだ」
「だって泣くって相当ですよっ、俺なんてここしばらく泣いてないですし!」
「へぇ。童話の「めでたしめでたし」にも感動して泣いてそうなのにな」
「泣きませんけど⁈」
「ふはっ……」

 食って掛かったと同時に聞こえた、掠れた笑い声。
 何故かクルトが泣きながら笑っている。

「クルトさん……?」
「ごめ……でも……ううっ……」

 止まらない、と顔を擦りながら言うクルトの前に、不意に置かれたカップ。

「え」

 俺と、レイナルドと、クルトが驚いて見上げると、近くに座っていたのだろう冒険者の男が温かなスープを差し出していた。

「あの……」
「……何食抜いてるのか知らねぇけど、スープなら腹に優しいだろ」

 あ。
 きゅん、てなる。

「優しいじゃんバルドル」
「うっさいっス」

 揶揄うレイナルドに、そう言い返して席に戻ったバルドルと呼ばれた男。

「知り合いですか?」
「たまに依頼で顔を合わせる程度だけどな。それよりホラ」
「あ」

 レイナルドが箱の上に置いてあった紙袋を差し出して来るので、受け取った。
 中身はさっき焼いたバゲットだ。
 せっかく温かなスープを差し入れてもらったのだから、食べれるなら食べてもらいたい。

「クルトさん、どうぞ。味見はしたので普通に食べれるはずです」
「これ……レンくんが焼いたの……?」
「はい。レイナルドさんのクランハウスで、皆で一緒に焼きました」
「みんな……」
「パーティの皆さんもクルトさんを心配してましたし、加入してくれるの楽しみにしてるって言ってましたよ」
「……うぅっ……」
「ぁぁぁぁ」

 どうしよう、涙の量が増してる気がする!
 慌ててたらレイナルドがめっちゃ笑ってる! ムカッ!

「笑ってないで助けて下さいよっ」
「自分に任せろって言ったのはおまえだろ?」
「泣かれるのは想定外です!」
「あー……パンが嫌いなんじゃね?」
「えっ。クルトさんパン嫌いなんですか⁈」
「ち、ちがっ」
「「「ぶふっ」」」

 何さ!
 なんであっちこっちで吹き出されてるのかな!

「クルトさんお願いですから泣き止んでくださいっ。クルトさんが我慢してることとか、言えないでいることを全部吐き出して欲しかっただけなんです、クルトさんが頑張るなら俺達がお手伝いしますって、お手伝いしたいんだって、信じて欲しかっただけなんです」
「なん……おれ、そんなふうに言ってもら……ダメな奴で……っ」
「ダメじゃないです」
「ちが……ダメダメなんだよ……冒険者、向いてない……っ」
「じゃあなんで冒険者続けてるんですか。銀級まで上がったのに、一人で鉄級の依頼受けて、こんな遅くまで頑張って」
「ぁ、安全、考え……鉄級しか……何でもしなきゃ、借金、返せな……っ」
「返す気があるなら、手伝おうとしてくれる人の手を拒否しちゃダメです」
「……って、迷惑しか……」
「食事を疎かにして、睡眠も疎かにして、そんな死にそうな顔して独りで頑張って、……頑張り過ぎて、死んじゃったらどうするんですか」
「っ……」
「それとも、過労で死んで、自分を捨てた人達に復讐するつもりですか?」
「⁈」
「俺はそんなの絶対にイヤですからね」

 驚愕に見開かれた目を真っ直ぐに射抜く。

「甘えればいいじゃないですか。迷惑かどうかなんて相手が考える事で、レイナルドさん達はそれを判ってても自分のパーティに入れって言ってくれてるんですよ。冒険者ギルドはクルトさんなら返金してくれるって信じたから立て替えたんでしょうし、俺はそういうクルトさんをお手伝いしたいって思ってるんです」
「レンくん……なんでそこまで……」
「言ったでしょう、友達になりたいって……って、ちょっ」

 決壊⁈
 それくらいだばーっと涙が溢れて止まらなくなってしまったクルトに、さっきのバルドルって人以外からもいろいろと差し入れが置かれていく。

「悪かったな……」
「まぁ、応援してやらないでもないぞ」
「情けない顔だなぁおい」

 肉、サラダ、スイーツ、手拭い。

「おれ……でも、俺……」
「おまえら二人とも外と中身がちぐはぐだけど、案外良いコンビになるんじゃないか? うちで一緒に成長していけ」

 ぼふっ、とクルトの頭に手を置いてぐしゃぐしゃ撫で回すレイナルド。
 そして――。

「こちらは必要でしょうか?」

 パーティ加入申請書とペンを差し出して来たサブマスターのララ。
 一体いつからこちらに気付いて準備していたのか。
 俺は彼女と視線を合わせ、まるで以心伝心みたいに笑い合ってペンを受け取った。申請者の欄に「レン・キノシタ」と記入したらそれをレイナルドに回す。
 彼は何も言わずにパーティの代表者の欄にサインし、ネームタグの、冒険者ギルドの証紋で捺印。

「証紋ってそんなふうにも使えるんですね」
「魔力を通すんです。本来はレンさんの証紋も名前の横に頂きたいのですが、まだ魔力操作が出来ないと伺っていますのでサブマスターの権限で本人確認済みとします」
「お願いします」

 ララとそんな会話をしている内に、申請書はレイナルドからクルトの前に。

「書き終えるまで飯は食わさん」
「ひど……」

 泣いてひどいと言い掛けて、でも、笑うクルト。
 二人の名前が書面で並んだのは、そのすぐあと。

「やっとだな」
「お世話になります」
「おでわにだりばず」

 酒場に乾杯の音頭が響き渡り、勢いに任せて宴会が始まった。

「おめでとう」
「良かったな」

 そんなお祝いの言葉もあれば「やっぱりレイナルドのところかぁ」と、俺を勧誘できなくなった冒険者の残念そうな声も幾つか。
 ただ、全体的に安心したという空気が濃かったのは、なんだかんだ言っても結構な数の冒険者がクルトの事を心配していたからだと思う。
 あ。
 俺が持ち込んだハンバーガー各種は、クルトの延命……もとい口論の末にケンカ別れしても食べ物なら無駄にはしないだろうという予測のもと押し付けるつもりだった保険で、でもレイナルドのパーティへの加入申請書に記名させるという結果を出せたので不要になったと言えなくもなかった。
 それでも、入れている箱が鮮度保存の魔導具なら消費を急ぐ必要はないし、パーティには遠征依頼もあるからすぐに使うということで、パーティ所有の食料として持って帰る事になった。
 もっとも、お持ち帰りの優先は途中で気を失うように寝落ちしたクルトだが。

「ララ、明日取りに来るからギルドでこの箱を預かっておいてくれるか。さすがにコレとクルトを担ぐのは無理だ」
「え。それなら俺が箱を持ちますよ?」
「『猿の縄張り』におまえを送った後はどうすんだよ、それにかなり重いぞ?」
「うちで預かれば万事解決ですし、それくらい持て……くっ……!」

 自信満々に言ってみたけど、持てなかった。
 改めて子どもの身体に戻っている事を自覚してガッカリである。
 レイナルドは「ほら見ろ」って。
 ララは困ったように笑っていた。
 ただ、帰路では真面目な顔をしたレイナルドに礼を言われてしまった。その一言で、表情で、レイナルドもまた本気でクルトを心配していた事が伝わって来た。
 役に立てた。
 そのことが堪らなく嬉しかった。




 レイナルドに送られて『猿の縄張り』に戻ったのが夜の11時過ぎで、すっかり遅くなってしまったなぁと思いつつ神具『住居兼用移動車両』Ex.に戻る。
 部屋の扉が閉じた、その瞬間。
 ふわりと心地良い温もりに包まれた。

「わっ……リーデン様……?」

 抱き締められていると気付いた時にはがっちりとホールドされて身動きが取れなくなっており、頭上に摺り寄せられた温もりに鼓動が早まる。

「おかえり、レン」
「ぁ、ただいま……です」
「よく頑張ったな」
「え……」
「なかなかカッコ良かったぞ」
「……ふふっ、なんですかそれ」

 ちょっとだけ緊張が解れる。
 顔を上げると優しい眼差しがそこにあった。

「ただいま、リーデン様」
「おかえり」

 改めて伝えた帰宅の言葉。
 出迎えの言葉。
 それは、ここが自分の帰る場所だという、証――。
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