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無力③
絶望に染まるロッシュを押し退けて、見たことのないポーションを振りかけたのはユイだ。
シュタインの傷口から、白い煙があがる。先程とは比べ物にならないくらいの。そして肉が一気に盛り上がる。ユイはラーヴから千切飛んだシュタインの腕を受け取り、僅かに残ったポーションで繋ぎ合わせた。
一気に絶望から這い上がる、まさに一条の希望だ。
ユイは更にポーションを取り出し傷口に。これは先程ロッシュが使った上級ポーション。
だが、ふいに、煙が上がらなくなる。
再び止まる時間。
シュタインの、命が、尽きた。
ロッシュの中で、力が抜け落ちていく。
ラーヴは項垂れ、マアデンとハジェルは叫ぶ。
再び絶望が包み込んだ瞬間。
ユイだけが、諦めていなかった。
「これを脱がせてッ、早くッ」
それは、その場にいた誰もが、圧倒される。
(この人なら、シュタインを救える)
かつての恩人の言葉が浮かぶ。
勘っていうのは、時に命を救う。
ロッシュはナイフを取り出し、シュタインの革の鎧の繋ぎ目に入れて剥がし取る。
そして、ユイはシュタインの胸に、手のひらを重ねて押し始める。肘を曲げず、まっすぐ、シュタインの体に沈み込む様に。
知識としてはあった。ユリアレーナの基礎を築いたユリサエキが残した知識の1つだ。だが、それは回復魔法やポーションに頼る世界では浸透せず、忘れられかけている技術。
心臓を外部の刺激で動かす。今では正確な知識が伝わらず、誰も使いこなせない技術。
ユイは、迷わずそれを使っている。
ロッシュ自身、それが正しい技術か分からないが、ユイは、間違っていないと確信した。
誰もが諦めているなかで、ユイだけが気を吐いている。どこにでもいる様な女性が、大の男達が、冒険者達や警備兵達が何もできない中で、ユイだけが、諦めていない。
その横顔は、短い付き合いでも初めて見る。誰も口を挟めない程に、気迫に満ちている。
回復魔法をかけていた警備兵達ですら、口を出せない程に。
(俺が諦めてどうする)
「シュタインッ、しっかりしろッ、帰って来いッ」
叫ぶしかない。だが、何かしなければと叫ぶ。
「ごふぅ…………」
シュタインが血を吐いた。
途端に再び上がる白い煙。上がる歓声。
(嘘だろ? 本当に、胸を押しただけで?)
半信半疑の自分の勘が、本当にシュタインを救った。だが、ロッシュはユイの次の行動には、思わず絶句する。
ユイがシュタインの口に噛みついた。そう見えた。そして次に、ユイは口から真っ赤な血を吐き出す。シュタインが吐いた血を、口で吸い上げて、吐き出している。なんの躊躇いもなく。
それが、救命処置だと、誰もが分からず、見ていた誰もがユイを異常な目で見始める。
す、と影が差す。
ユイを隠すように立ったフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーが、そんな異様な視線を産む連中に、鋭い睨みを放つ。
すると、誰もが視線を外し、下を向く。
ただの傍観者風情が、我が主人を見るな。
そんな風に聞こえたのは、気のせいではない。
(この人は、シュタインを救おうとしている。ただ、それだけなんだ)
僅かに胸が上下し始めるシュタイン。警備兵達が回復魔法を再び始める。ユイは口元を真っ赤に染め、ワンピースも血まみれになりながら、シュタインの胸に手を当てる。
そこにユイの父親が来て、手を外した。
これ以上は、シュタインがもたないと。
警備兵が持ってきた担架に乗せられたシュタイン。ロッシュは呆然と見送るユイに頭を下げた。
これで、シュタインが助かる。そう思ったのに。
治療院で、シュタインを診察したのは、鑑定能力の高い薬師ギルドマスターのダワーだった。時間をかけて鑑定、そして、ロッシュ達に告げた。
「今夜が山だ、助かっても、冒険者としての復帰は絶望的だ。日常生活にも支障が出る。腕は上手くいけば動く。今、手当てしたから、なんとかなるだろうが、油断するな。感染したら、腐り落ちるぞ」
ぺたり、とハジェルが床に座る。
「どうしても、無理なんですか?」
ロッシュがすがるように言い募る。
ダワーは鑑定能力のある目を覆う眼帯を着けなおす。
「状況から見て、あの状況からよくここまで助かったと言うべきだな。ただ、体力が回復に追い付けんから、上級ポーションを2、3日はこれ以上は絶対に使うな、既に軽度の中毒だ。回復手段はないとは言えないが、おそらく現実的ではないぞ」
ポーションの利点は、魔法を使わなくても、傷口がふさがる。だが、利点ばかりではない。ポーションは新しい傷口にしか効果がなく、下級ポーションならそうないが、中・上級になると傷口を塞ぐ際何本も使用すると、生じる反動で、逆に体力を削る。そして、傷口が塞がる前に力尽きる。先ほどのシュタインのように。多飲した場合は、ポーション中毒になる。症状は倦怠感と食欲不振、感覚異常だ。そして、中毒を起こしている間、ポーション類がほとんど効かない体質となる。軽症なら数日、重症の場合数年、中には耐えきれない事も珍しくない。
「教えてくださいッ」
僅かな希望だ。
「エリクサーだな。後は再生魔法。一番現実的なのはドラゴンのポーションだ。ミズサワ殿の従魔がドラゴンを狩れば、希望はある。だが、そうそうドラゴンがいるわけではない。誰もが待ち望んでいるからな」
エリクサーの名を冠するものだけが、なんの反動もなく傷口や病を癒す事ができる。
ロッシュは脱力する。
エリクサーなんて、年に数本ダンジョンから出るかどうかのアイテムだ。無理だ、絶対に市場に出ない。再生魔法も不可だ。これを使いこなせる者はユリアレーナには2人。始祖教の枢機卿と、その極右派の聖女のみ。枢機卿の再生魔法を望む者は多く、とんでもない順番待ちだ。そして極右派の聖女なんて、あり得ない、とてもロッシュ達が支払えない様な額を要求してくるはずだ。枢機卿のほうがまだ、現実的な額のため、それを望む者が集まる。
ドラゴンのポーション。実際にドラゴンを一撃で仕留めた場面を見たが、あれはたまたまだ。ドラゴンのポーションを待つ悪性腫瘍患者は、ユリアレーナにどれくらいいるか。
言葉を失うロッシュの肩をダワーは軽く叩く。
「こいつに家族は?」
「家族、確か母親が。いや、既に亡くなっています。シュタインには肉親はいません」
そう、ロッシュはシュタインから聞かされていた。
ロッシュは、シュタインの寝かされた部屋に入る。
真っ青な顔で眠るシュタイン。
それは再び己の無力さを、痛感させる。
(フェリクスさんは、どんな思いで、冒険者を続けてきたんだ? あの人ならどうする?)
ロッシュの頭に浮かんだのは、最後まで諦めようとしなかったユイの横顔。
そして使った見たことのないポーション。
思い出す、ユイの叫び声が。
エリクサー、と。
(俺が出来ることすべてをするしかない。ユイさんはおそらくあれをダンジョンで手に入れたはず)
ロッシュは意を決する。
「皆、聞け。これからユイさんの所に行って、エリクサーの出所を聞いてくる。おそらくどこかのダンジョンだ。総出でダンジョンアタックすることになる。それからユイさんに謝礼を払う必要がある。軍隊ダンジョンでの稼ぎはないと思ってくれ。ラーヴ、今から行くから、ここを頼む」
「………分かった」
ラーヴは頷く。
「リーダー、シュタインさん、助かるっすか?」
ハジェルが泣き出しそうな顔だ。マアデンも必死に堪えている。
ロッシュは赤茶けたハジェルの頭をぐしゃっとする。
「助かるんじゃない、助けるんだ」
ロッシュは、ラーヴに託して、かつて御用聞きとして通ったパーティーハウスに向かった。
だが、途中で考えた。
エリクサーの出所を聞いたりしたら、この人達の事だ、エリクサーを手に入れるために、ダンジョンに潜るのでは? と。
既に、助かることのなかったシュタインの命を繋ぎ止めてくれたのに。
咄嗟に嘘をついたが、あっけなく見破られた。
そして、ユイの提案に、ロッシュは理解が追い付かなかったが、結局頼ってしまうことになる。それが、シュタインを救うことになる。
「すぴー、すぴー……………」
呑気に寝やがって。
ロッシュは気絶したユイを背負って送った後に、治療院に引き返した。
シュタインの寝かされたベッドの横で、目を真っ赤にしたラーヴが静かに待っていた。
「ロッシュ、シュタイン見ろよ、鼻息立ててるぜ」
そう言ったラーヴの顔には、憔悴と喜びが浮かぶ。
明らかに顔色がいいシュタインが、眠っている。さっき一瞬だが、目を開けたのを、ロッシュは見た。そして確信した、助かったのだと。
それを見て、力が抜けていき、ロッシュは床に座り込みそうになった。だが、ユイが崩れ落ちた事で、ロッシュは目が覚める思いだった。
一生、胸にしまってください。
そのユイの言葉が理解できた。
ユイがシュタインを救ったあれは、確信はないが再生魔法だ。回復魔法の最上位魔法。使える者はユリアレーナには僅か2人。そして他国はいない場合もある。ロッシュはユイが『神への祈り』が使えることをしらないために行き着いた考えだ。
一度の発動で体の欠損を再生する。奇跡の魔法。その奇跡を求める者は行列を成し、その長さは山をも越える。そして、一度の代金は再生部位によるが、数百万は下らない。極右派の聖女は、数千万を要求すると聞いたことがある。
それを、ユイが使った。
只でさえ、フォレストガーディアンウルフやクリムゾンジャガーなんて高位魔物を従魔にして、注目を浴びているのに。これで再生魔法まで使えるとしられたらどうなる。始祖教はおそらくユイに友好的に接するだろうが、すべてそうとは言いきれない。極右派なんかにしられたら、あの家族がどんな目に遭うか。優しくて、お人好しな家族が。
(それにリュウタさんだ。あの鑑定能力はダワーさんとは比較にならないぞ)
人体の鑑定能力がユリアレーナ随一と呼ばれるダワーでさえ、時間をかけてシュタインの状況を見たのに。リュウタは一目見ただけで、シュタインの状況を看破した。パーカーさんの娘さんの為に、薬を模索していた時から、ある程度高いだろうとは思ってはいたが。そして、再生魔法をかけ続けるユイに、絶え間無くアドバイスを続けた。どれだけの鑑定能力か、そして集中力だろうか。
シュタインの治療に要した時間は、2時間を超えたのだ。
(再生魔法を使うテイマー、しかも従魔はあのドラゴンでさえ一撃で仕留めるフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。リュウタさんには計り知れない程に高い鑑定能力。コウタさんもだ。常識はずれの許容量のアイテムボックスを持っている。ケイコさんだけが、本当に一般人だ。いや、俺が知らないだけでケイコさんも何かしらのスキルがあるのか? なんなんだ、あの家族は?)
だが、どこにでもいる家族だ。
気絶したユイを見たケイコの狼狽えよう、いつも飄々としているコウタの慌てぶり。原因が分かっているだろうリュウタも、それでもユイを見る目は心配で溢れている。それがこの家族のすべてを表していた。
「ロッシュ? どうした?」
考え込んだロッシュに、ラーヴは心配そうに声をかける。
「いや、なんでもない」
ロッシュは頭を振る。
(俺が出来ることをするだけだ)
一生、胸にしまってください。
(それが俺の役目だ)
ドアの向こうでおそらく何が行われていたかを察知しているラーヴ、ここにはいないが、マアデンとハジェル。そして当事者のシュタインに、秘密を守らせる。これだけだ。
「ラーヴ、今日のことだが」
シュタインの傷口から、白い煙があがる。先程とは比べ物にならないくらいの。そして肉が一気に盛り上がる。ユイはラーヴから千切飛んだシュタインの腕を受け取り、僅かに残ったポーションで繋ぎ合わせた。
一気に絶望から這い上がる、まさに一条の希望だ。
ユイは更にポーションを取り出し傷口に。これは先程ロッシュが使った上級ポーション。
だが、ふいに、煙が上がらなくなる。
再び止まる時間。
シュタインの、命が、尽きた。
ロッシュの中で、力が抜け落ちていく。
ラーヴは項垂れ、マアデンとハジェルは叫ぶ。
再び絶望が包み込んだ瞬間。
ユイだけが、諦めていなかった。
「これを脱がせてッ、早くッ」
それは、その場にいた誰もが、圧倒される。
(この人なら、シュタインを救える)
かつての恩人の言葉が浮かぶ。
勘っていうのは、時に命を救う。
ロッシュはナイフを取り出し、シュタインの革の鎧の繋ぎ目に入れて剥がし取る。
そして、ユイはシュタインの胸に、手のひらを重ねて押し始める。肘を曲げず、まっすぐ、シュタインの体に沈み込む様に。
知識としてはあった。ユリアレーナの基礎を築いたユリサエキが残した知識の1つだ。だが、それは回復魔法やポーションに頼る世界では浸透せず、忘れられかけている技術。
心臓を外部の刺激で動かす。今では正確な知識が伝わらず、誰も使いこなせない技術。
ユイは、迷わずそれを使っている。
ロッシュ自身、それが正しい技術か分からないが、ユイは、間違っていないと確信した。
誰もが諦めているなかで、ユイだけが気を吐いている。どこにでもいる様な女性が、大の男達が、冒険者達や警備兵達が何もできない中で、ユイだけが、諦めていない。
その横顔は、短い付き合いでも初めて見る。誰も口を挟めない程に、気迫に満ちている。
回復魔法をかけていた警備兵達ですら、口を出せない程に。
(俺が諦めてどうする)
「シュタインッ、しっかりしろッ、帰って来いッ」
叫ぶしかない。だが、何かしなければと叫ぶ。
「ごふぅ…………」
シュタインが血を吐いた。
途端に再び上がる白い煙。上がる歓声。
(嘘だろ? 本当に、胸を押しただけで?)
半信半疑の自分の勘が、本当にシュタインを救った。だが、ロッシュはユイの次の行動には、思わず絶句する。
ユイがシュタインの口に噛みついた。そう見えた。そして次に、ユイは口から真っ赤な血を吐き出す。シュタインが吐いた血を、口で吸い上げて、吐き出している。なんの躊躇いもなく。
それが、救命処置だと、誰もが分からず、見ていた誰もがユイを異常な目で見始める。
す、と影が差す。
ユイを隠すように立ったフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーが、そんな異様な視線を産む連中に、鋭い睨みを放つ。
すると、誰もが視線を外し、下を向く。
ただの傍観者風情が、我が主人を見るな。
そんな風に聞こえたのは、気のせいではない。
(この人は、シュタインを救おうとしている。ただ、それだけなんだ)
僅かに胸が上下し始めるシュタイン。警備兵達が回復魔法を再び始める。ユイは口元を真っ赤に染め、ワンピースも血まみれになりながら、シュタインの胸に手を当てる。
そこにユイの父親が来て、手を外した。
これ以上は、シュタインがもたないと。
警備兵が持ってきた担架に乗せられたシュタイン。ロッシュは呆然と見送るユイに頭を下げた。
これで、シュタインが助かる。そう思ったのに。
治療院で、シュタインを診察したのは、鑑定能力の高い薬師ギルドマスターのダワーだった。時間をかけて鑑定、そして、ロッシュ達に告げた。
「今夜が山だ、助かっても、冒険者としての復帰は絶望的だ。日常生活にも支障が出る。腕は上手くいけば動く。今、手当てしたから、なんとかなるだろうが、油断するな。感染したら、腐り落ちるぞ」
ぺたり、とハジェルが床に座る。
「どうしても、無理なんですか?」
ロッシュがすがるように言い募る。
ダワーは鑑定能力のある目を覆う眼帯を着けなおす。
「状況から見て、あの状況からよくここまで助かったと言うべきだな。ただ、体力が回復に追い付けんから、上級ポーションを2、3日はこれ以上は絶対に使うな、既に軽度の中毒だ。回復手段はないとは言えないが、おそらく現実的ではないぞ」
ポーションの利点は、魔法を使わなくても、傷口がふさがる。だが、利点ばかりではない。ポーションは新しい傷口にしか効果がなく、下級ポーションならそうないが、中・上級になると傷口を塞ぐ際何本も使用すると、生じる反動で、逆に体力を削る。そして、傷口が塞がる前に力尽きる。先ほどのシュタインのように。多飲した場合は、ポーション中毒になる。症状は倦怠感と食欲不振、感覚異常だ。そして、中毒を起こしている間、ポーション類がほとんど効かない体質となる。軽症なら数日、重症の場合数年、中には耐えきれない事も珍しくない。
「教えてくださいッ」
僅かな希望だ。
「エリクサーだな。後は再生魔法。一番現実的なのはドラゴンのポーションだ。ミズサワ殿の従魔がドラゴンを狩れば、希望はある。だが、そうそうドラゴンがいるわけではない。誰もが待ち望んでいるからな」
エリクサーの名を冠するものだけが、なんの反動もなく傷口や病を癒す事ができる。
ロッシュは脱力する。
エリクサーなんて、年に数本ダンジョンから出るかどうかのアイテムだ。無理だ、絶対に市場に出ない。再生魔法も不可だ。これを使いこなせる者はユリアレーナには2人。始祖教の枢機卿と、その極右派の聖女のみ。枢機卿の再生魔法を望む者は多く、とんでもない順番待ちだ。そして極右派の聖女なんて、あり得ない、とてもロッシュ達が支払えない様な額を要求してくるはずだ。枢機卿のほうがまだ、現実的な額のため、それを望む者が集まる。
ドラゴンのポーション。実際にドラゴンを一撃で仕留めた場面を見たが、あれはたまたまだ。ドラゴンのポーションを待つ悪性腫瘍患者は、ユリアレーナにどれくらいいるか。
言葉を失うロッシュの肩をダワーは軽く叩く。
「こいつに家族は?」
「家族、確か母親が。いや、既に亡くなっています。シュタインには肉親はいません」
そう、ロッシュはシュタインから聞かされていた。
ロッシュは、シュタインの寝かされた部屋に入る。
真っ青な顔で眠るシュタイン。
それは再び己の無力さを、痛感させる。
(フェリクスさんは、どんな思いで、冒険者を続けてきたんだ? あの人ならどうする?)
ロッシュの頭に浮かんだのは、最後まで諦めようとしなかったユイの横顔。
そして使った見たことのないポーション。
思い出す、ユイの叫び声が。
エリクサー、と。
(俺が出来ることすべてをするしかない。ユイさんはおそらくあれをダンジョンで手に入れたはず)
ロッシュは意を決する。
「皆、聞け。これからユイさんの所に行って、エリクサーの出所を聞いてくる。おそらくどこかのダンジョンだ。総出でダンジョンアタックすることになる。それからユイさんに謝礼を払う必要がある。軍隊ダンジョンでの稼ぎはないと思ってくれ。ラーヴ、今から行くから、ここを頼む」
「………分かった」
ラーヴは頷く。
「リーダー、シュタインさん、助かるっすか?」
ハジェルが泣き出しそうな顔だ。マアデンも必死に堪えている。
ロッシュは赤茶けたハジェルの頭をぐしゃっとする。
「助かるんじゃない、助けるんだ」
ロッシュは、ラーヴに託して、かつて御用聞きとして通ったパーティーハウスに向かった。
だが、途中で考えた。
エリクサーの出所を聞いたりしたら、この人達の事だ、エリクサーを手に入れるために、ダンジョンに潜るのでは? と。
既に、助かることのなかったシュタインの命を繋ぎ止めてくれたのに。
咄嗟に嘘をついたが、あっけなく見破られた。
そして、ユイの提案に、ロッシュは理解が追い付かなかったが、結局頼ってしまうことになる。それが、シュタインを救うことになる。
「すぴー、すぴー……………」
呑気に寝やがって。
ロッシュは気絶したユイを背負って送った後に、治療院に引き返した。
シュタインの寝かされたベッドの横で、目を真っ赤にしたラーヴが静かに待っていた。
「ロッシュ、シュタイン見ろよ、鼻息立ててるぜ」
そう言ったラーヴの顔には、憔悴と喜びが浮かぶ。
明らかに顔色がいいシュタインが、眠っている。さっき一瞬だが、目を開けたのを、ロッシュは見た。そして確信した、助かったのだと。
それを見て、力が抜けていき、ロッシュは床に座り込みそうになった。だが、ユイが崩れ落ちた事で、ロッシュは目が覚める思いだった。
一生、胸にしまってください。
そのユイの言葉が理解できた。
ユイがシュタインを救ったあれは、確信はないが再生魔法だ。回復魔法の最上位魔法。使える者はユリアレーナには僅か2人。そして他国はいない場合もある。ロッシュはユイが『神への祈り』が使えることをしらないために行き着いた考えだ。
一度の発動で体の欠損を再生する。奇跡の魔法。その奇跡を求める者は行列を成し、その長さは山をも越える。そして、一度の代金は再生部位によるが、数百万は下らない。極右派の聖女は、数千万を要求すると聞いたことがある。
それを、ユイが使った。
只でさえ、フォレストガーディアンウルフやクリムゾンジャガーなんて高位魔物を従魔にして、注目を浴びているのに。これで再生魔法まで使えるとしられたらどうなる。始祖教はおそらくユイに友好的に接するだろうが、すべてそうとは言いきれない。極右派なんかにしられたら、あの家族がどんな目に遭うか。優しくて、お人好しな家族が。
(それにリュウタさんだ。あの鑑定能力はダワーさんとは比較にならないぞ)
人体の鑑定能力がユリアレーナ随一と呼ばれるダワーでさえ、時間をかけてシュタインの状況を見たのに。リュウタは一目見ただけで、シュタインの状況を看破した。パーカーさんの娘さんの為に、薬を模索していた時から、ある程度高いだろうとは思ってはいたが。そして、再生魔法をかけ続けるユイに、絶え間無くアドバイスを続けた。どれだけの鑑定能力か、そして集中力だろうか。
シュタインの治療に要した時間は、2時間を超えたのだ。
(再生魔法を使うテイマー、しかも従魔はあのドラゴンでさえ一撃で仕留めるフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガー。リュウタさんには計り知れない程に高い鑑定能力。コウタさんもだ。常識はずれの許容量のアイテムボックスを持っている。ケイコさんだけが、本当に一般人だ。いや、俺が知らないだけでケイコさんも何かしらのスキルがあるのか? なんなんだ、あの家族は?)
だが、どこにでもいる家族だ。
気絶したユイを見たケイコの狼狽えよう、いつも飄々としているコウタの慌てぶり。原因が分かっているだろうリュウタも、それでもユイを見る目は心配で溢れている。それがこの家族のすべてを表していた。
「ロッシュ? どうした?」
考え込んだロッシュに、ラーヴは心配そうに声をかける。
「いや、なんでもない」
ロッシュは頭を振る。
(俺が出来ることをするだけだ)
一生、胸にしまってください。
(それが俺の役目だ)
ドアの向こうでおそらく何が行われていたかを察知しているラーヴ、ここにはいないが、マアデンとハジェル。そして当事者のシュタインに、秘密を守らせる。これだけだ。
「ラーヴ、今日のことだが」
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