文字の大きさ
大
中
小
280 / 877
連載
始末?②
次の日。
バレンティナとアリーチャはサロンで合流。しばらく2人で話すからと、昨日と同じく従者を店の外で待たせた。まとまった金のない2人だったため、何も出来ないだろうと、従者は外の馬車で待機した。1人だけ、バレンティナのメイドだけが、付いた。このメイド、手癖が悪く、以前よりバレンティナと気が合うため、今回の件に手を貸している。報酬はもちろんバレンティナがくすねた宝飾品だ。
「アリーチャは何を持ってきた?」
「指輪よ。持ち出せるサイズだし」
ポケットから取り出し、それぞれ家から持ち出した宝飾品をテーブルに出す。
バレンティナはムーンストーンの指輪、アメジストのブローチ、ラピスラズリの指輪、ターコイズと水晶のブローチ。アリーチャはターコイズの指輪、ペリドットの指輪、オパールの指輪、トパーズの指輪だ。みんな少しデザインは古い。使われることなく宝石箱に眠っていた宝飾品だ。
「これだけあれば、いいわよね?」
少しアリーチャが不安そうだ。昨日、ウルガー三兄弟から手酷く言い返され、今回の件に不安を感じていた。だが、怒り心頭のバレンティナの前で引くに引けないし、自分もあの三兄弟にいらついたから。アリーチャは気を引き締める。
「大丈夫よ、あんな女、これくらいの価値もないわ。さあ、行きましょう。この部屋3時間しか借りれないから」
「分かった」
とりあえず、部屋にいたという手前で、軽食とお茶を注文し、来たのを確認して部屋を出る。
そして、VIP用の裏口から出た。このサロンはバレンティナのナージサ侯爵が経営しているため、使い放題だ。
すぐにメイドが馬車を捕まえる。代金はアメジストのブローチを渡すと、御者は快く往復をかってくれた。
3人を乗せた馬車を、遥か上空、一匹のフクロウが旋回し、その馬車に一匹の蛇が音もなく屋根に登っていった。
3人は馬車内でフードの付いたケープを羽織る。暑いが仕方ない。少し寂しい通りに入り、止まる。
顔を隠した3人は教えられた場所まで徒歩で移動し到着。
以前、仕事依頼したアリーチャの伯爵家のメイド長からの紹介と言うと、すぐに通される。山積みの書類が所狭しと並ぶ小さな部屋。
「狭いわね」
「こんなもんですよお嬢様、因みに出涸らし茶が出たらいいほうです」
悪態をつくバレンティナに、メイドのモノアは告げる。
直ぐに特徴のない中年男、闇ギルドマスターが出てきた。
「ウルガー伯爵家のメイド長からのご紹介だと。当ギルドにどのようなご依頼で?」
「ある女を強姦して欲しいのよ」
「………………は?」
バレンティナの言葉に闇ギルドマスターは間抜けな声を出す。
「だから、ある女を強姦してって言ってるの」
「………………はあ、そういう事は他所をあたってくれ。うちはそういった類いは一切受けない」
呆れたように闇ギルドマスターが突っぱねる。
「何を言ってるのっ? 私達がわざわざこんな汚い所まで来てやってるのにっ」
バレンティナが癇癪のように声をあげる。
「金さえ払えばなんだって汚い仕事をするような底辺な連中がっ、私に口答えをするなんて、なんと無礼なっ」
「確かにうちは底辺の闇ギルドですよ。お宅様がどちらか知りませんし、俺達は後ろ指さされるような稼業だが、女に手を出すような最底辺なことはしない。これは底辺のプライドだ」
暗に帰れと、闇ギルドマスターが顎をしゃくる。
「確か、ウルガー伯爵家のメイド長の紹介でしたね? ちょっと探ればあんた達の事なんて直ぐわかる。それをどう使われるのが嫌ならとっととお帰りください」
さっ、とアリーチャの顔が青ざめる。
「考え直せば黙っておいてやる」
バレンティナは荒々しく立ち上がり、アリーチャとモノアを伴い部屋を出て、建物を出た。その直ぐ後ろに、蛇が建物の隙間から出て、物陰に入り込む。
「ふざけるんじゃないわよっ、たかが、女1人もどうにかならないなんてっ。ちょっと痛い目に遭わせるだけすら出来ないわけっ」
最高に腹がたったバレンティナが地面を蹴る。今まで自分の思い通りにいろんな事が回っていた。それはすべて自分だから、ナージサ侯爵の令嬢だから、貴族の中でも選ばれた人種なのだからとたかをくくっていたバレンティナにとって、こうも上手く事が進まないのは生まれてはじめてであり、激しい怒りを覚えた。すべてはあのテイマー女に起因している。バレンティナの怒りの矛先は、すべて優衣に向かっていた。
バレンティナの、矯正できない考え違い。今まで上手くいっていたのは単に運が良かったのと、侯爵家が隠れて尻拭いをしていただけ。ナージサ侯爵の両親は、どれだけバレンティナの為に動いたか本人に説明しなかった。いつか気付くと思い、自分の娘の考え違いを指摘せずに放置した結果がこうだ。
貴族だから許される、侯爵だから許される、すべて自分の思い通り。凝り固まった貴族意識を増長させたバレンティナは暴走していた。
「お嬢様、相手が悪いですよ。あの化け物に気付かれずにそのテイマーに近付くなんて、考えたら不可能じゃないです?」
モノアがバレンティナに告げるが聞いてない。ただ、アリーチャだけはそうね、と呟く。もし自分があのテイマー女に何かしようとしているとばれたら、と少し恐怖を覚えだした。あのダイチ・サエキが後見人であるのもそうだが、昨日のウルガー三兄弟の冷たい目が、脳裏に甦る。ふかふかの真綿にくるまって苦労知らずに育ったアリーチャは、生き死にを身近に感じて生きていたあの三兄弟の迫力に今更恐怖を覚えだした。久し振りに会った従姉妹を見る目ではない。ゴミを見るような目。かつて自分が色んな人達を見下したように。
「ねえ、バレンティナ…………」
止めない? そう言葉にしようとして、アリーチャの言葉は遮られる。
「そうだわ、あの女の親を狙えばいいのよ。あの女に化け物が付いてるけど、親にはいないはず。だったら、あの女が離れている所を狙えばいいのよ。そうよ、それが簡単よ」
「バ、バレンティナ、どうしたの? 何をするの?」
「アリーチャ、簡単なことよ。あのテイマー女を精神的に痛め付けるのよ。あの女の親を狙えばいいのよ、殺せばいいのよ」
バレンティナの出てきた言葉に、アリーチャは絶句する。
「こ、殺すって、貴女本気なの?」
「そうよ。別に平民が暴漢に襲われるなんて日常茶飯事でしょ? 私達がいるのは首都よ、ばれやしないわ」
アリーチャは果たしてそうだろうか、と思う。もし、あのテイマー女の両親を殺せば、それですむ?
脳裏に嘆き悲しむテイマー女の向こうで、あの二匹の従魔が咆哮を上げた気がした。次の瞬間、自分の手足を食いちぎられるような気がした。それはあながち間違いではない。あの2体が絶対に黙っていないはずだし、あのユリアレーナのご意見番のダイチ・サエキの目をすり抜けられる気がしない。昨日、サロンでウルガー三兄弟にアプローチしている時点で、いや、それ以前から目をつけられているはずだ。
「お嬢様、過激じゃないです? ちょっと転ばして骨折くらいにしません? 何かあってバレたら、お嬢様だってタダではすみませんよ」
モノアが妥協案のような発言をする。
「うるさいわねっ、メイドの癖に口答えするんじゃないわよっ」
はいはい、と肩をすくめるモノア。
アリーチャは震えがきた。もし、あのテイマー女が怒れば、守ってくれるのは誰だ? 国? 家族? 従兄弟のウルガー三兄弟? 絶対に味方に付いてくれない。
アリーチャは漸く自分達が、何をしているか、誰を相手にしているか、腹の底から恐怖として沸き上がってきた。
そう考えていると、横の路地から声をかけられる。
「お嬢さん方、ずいぶんお困りのようですねえ。私でよければ、力になりましょうか? これはかかりますが、ね」
日陰に隠れて、良く見えないが、背の低い男が、声をかけてきた。
「ウルガー伯爵令嬢は引きましたか」
貴族街の小さな屋敷。サエキが従魔からの報告を受ける。
ダイチ・サエキの従魔はフクロウ。そう認識されているが、他にもいる。このズラリとならぶ十匹の蛇達だ。この蛇達は表には決して出ず、裏方に徹している。主に諜報活動が主だ。因みに毒蛇。
あの後、声をかけてきた人物の話に食いついたバレンティナ。報酬が手持ちの宝飾品では、とてもじゃないが足りないといわれ、すぐに後日、話し合う日を取り付けた。
だが、サロンに帰ってから、黙っていたアリーチャが恐怖に勝てずにバレンティナに言った。
「ごめんなさいバレンティナ、怪我くらいならいいかと思ったけど、殺すのだけは賛同出来ないわ」
「何を言ってるの? 相手ははいて捨てるほどいる平民よ?」
「それでも嫌なのっ」
アリーチャは金切り声をあげる。そして家から持ち出した指輪を出し、自分が身に付けていたカメオとピアスを外す。
「とにかく嫌なのっ。考え直してっ、殺人よっ。タダじゃすまないわよっ。怪我くらいとは比べられないのよっ。これあげるから、怪我くらいにしてっ。これ以上は関われないからっ」
そう言って、アリーチャは逃げるように部屋を出ていった。
「ふん、怖じ気づいて、情けない」
あれが普通の反応ですよ、とモノアが小さく呟いた。
サエキは今日のやり取りをあちこちで盗み聞いていた蛇達により全て聞いた。
「さて、あのナージサ侯爵の娘を引き続き見張ってください」
二匹の蛇が、するすると通気孔から出ていく。
「やはりフェリクスを送り出して良かった。彼なら闇ギルドの一つや二つ壊滅させられますし、ね。あの令嬢は泳がせて、どうしましょうかね。ただ時期が悪い」
フェリアレーナ王女の輿入れ。
三度目の正直だ。なんの憂いなく、送り出したい。
それからだ。
「ウルガー本家には、関わりたくはないが」
サエキのたった一人の孫娘ヘルミーナが嫁いだのは、分家だったのと、色々立場があり、本家とはあまり関係を持たないようにしていた。
だが、今回の件は有耶無耶に出来ない。
自分が後見人をしてはいるが、いかにも善良な一般人の家族が、醜い貴族意識に潰されていくのは見たくない。長く生きてきて、嫌と言うほど見てきた。
問題だらけの鼻持ちならない侯爵令嬢と、優衣一家を天秤にかけるとどうなるか分かりきったことだ。
優衣一家がいままでしてきたことは、多額の寄付、ドラゴン、小児用の薬、孤児院再建、毎週景子が行っている炊き出し、転移門献上、そして無償でのフェリアレーナ王女の護衛。
どちらに傾くかは分かりきっている。
あの侯爵令嬢は泳がせて、まずは最後に怖じ気づいた本家の令嬢だ。下手をしたら、かわいい孫娘ヘルミーナが嫁いだ分家に火の粉が飛ぶ。それにウルガー三兄弟は、サエキにとっては大切なひ孫だ。
サエキは出掛ける支度をした。
バレンティナとアリーチャはサロンで合流。しばらく2人で話すからと、昨日と同じく従者を店の外で待たせた。まとまった金のない2人だったため、何も出来ないだろうと、従者は外の馬車で待機した。1人だけ、バレンティナのメイドだけが、付いた。このメイド、手癖が悪く、以前よりバレンティナと気が合うため、今回の件に手を貸している。報酬はもちろんバレンティナがくすねた宝飾品だ。
「アリーチャは何を持ってきた?」
「指輪よ。持ち出せるサイズだし」
ポケットから取り出し、それぞれ家から持ち出した宝飾品をテーブルに出す。
バレンティナはムーンストーンの指輪、アメジストのブローチ、ラピスラズリの指輪、ターコイズと水晶のブローチ。アリーチャはターコイズの指輪、ペリドットの指輪、オパールの指輪、トパーズの指輪だ。みんな少しデザインは古い。使われることなく宝石箱に眠っていた宝飾品だ。
「これだけあれば、いいわよね?」
少しアリーチャが不安そうだ。昨日、ウルガー三兄弟から手酷く言い返され、今回の件に不安を感じていた。だが、怒り心頭のバレンティナの前で引くに引けないし、自分もあの三兄弟にいらついたから。アリーチャは気を引き締める。
「大丈夫よ、あんな女、これくらいの価値もないわ。さあ、行きましょう。この部屋3時間しか借りれないから」
「分かった」
とりあえず、部屋にいたという手前で、軽食とお茶を注文し、来たのを確認して部屋を出る。
そして、VIP用の裏口から出た。このサロンはバレンティナのナージサ侯爵が経営しているため、使い放題だ。
すぐにメイドが馬車を捕まえる。代金はアメジストのブローチを渡すと、御者は快く往復をかってくれた。
3人を乗せた馬車を、遥か上空、一匹のフクロウが旋回し、その馬車に一匹の蛇が音もなく屋根に登っていった。
3人は馬車内でフードの付いたケープを羽織る。暑いが仕方ない。少し寂しい通りに入り、止まる。
顔を隠した3人は教えられた場所まで徒歩で移動し到着。
以前、仕事依頼したアリーチャの伯爵家のメイド長からの紹介と言うと、すぐに通される。山積みの書類が所狭しと並ぶ小さな部屋。
「狭いわね」
「こんなもんですよお嬢様、因みに出涸らし茶が出たらいいほうです」
悪態をつくバレンティナに、メイドのモノアは告げる。
直ぐに特徴のない中年男、闇ギルドマスターが出てきた。
「ウルガー伯爵家のメイド長からのご紹介だと。当ギルドにどのようなご依頼で?」
「ある女を強姦して欲しいのよ」
「………………は?」
バレンティナの言葉に闇ギルドマスターは間抜けな声を出す。
「だから、ある女を強姦してって言ってるの」
「………………はあ、そういう事は他所をあたってくれ。うちはそういった類いは一切受けない」
呆れたように闇ギルドマスターが突っぱねる。
「何を言ってるのっ? 私達がわざわざこんな汚い所まで来てやってるのにっ」
バレンティナが癇癪のように声をあげる。
「金さえ払えばなんだって汚い仕事をするような底辺な連中がっ、私に口答えをするなんて、なんと無礼なっ」
「確かにうちは底辺の闇ギルドですよ。お宅様がどちらか知りませんし、俺達は後ろ指さされるような稼業だが、女に手を出すような最底辺なことはしない。これは底辺のプライドだ」
暗に帰れと、闇ギルドマスターが顎をしゃくる。
「確か、ウルガー伯爵家のメイド長の紹介でしたね? ちょっと探ればあんた達の事なんて直ぐわかる。それをどう使われるのが嫌ならとっととお帰りください」
さっ、とアリーチャの顔が青ざめる。
「考え直せば黙っておいてやる」
バレンティナは荒々しく立ち上がり、アリーチャとモノアを伴い部屋を出て、建物を出た。その直ぐ後ろに、蛇が建物の隙間から出て、物陰に入り込む。
「ふざけるんじゃないわよっ、たかが、女1人もどうにかならないなんてっ。ちょっと痛い目に遭わせるだけすら出来ないわけっ」
最高に腹がたったバレンティナが地面を蹴る。今まで自分の思い通りにいろんな事が回っていた。それはすべて自分だから、ナージサ侯爵の令嬢だから、貴族の中でも選ばれた人種なのだからとたかをくくっていたバレンティナにとって、こうも上手く事が進まないのは生まれてはじめてであり、激しい怒りを覚えた。すべてはあのテイマー女に起因している。バレンティナの怒りの矛先は、すべて優衣に向かっていた。
バレンティナの、矯正できない考え違い。今まで上手くいっていたのは単に運が良かったのと、侯爵家が隠れて尻拭いをしていただけ。ナージサ侯爵の両親は、どれだけバレンティナの為に動いたか本人に説明しなかった。いつか気付くと思い、自分の娘の考え違いを指摘せずに放置した結果がこうだ。
貴族だから許される、侯爵だから許される、すべて自分の思い通り。凝り固まった貴族意識を増長させたバレンティナは暴走していた。
「お嬢様、相手が悪いですよ。あの化け物に気付かれずにそのテイマーに近付くなんて、考えたら不可能じゃないです?」
モノアがバレンティナに告げるが聞いてない。ただ、アリーチャだけはそうね、と呟く。もし自分があのテイマー女に何かしようとしているとばれたら、と少し恐怖を覚えだした。あのダイチ・サエキが後見人であるのもそうだが、昨日のウルガー三兄弟の冷たい目が、脳裏に甦る。ふかふかの真綿にくるまって苦労知らずに育ったアリーチャは、生き死にを身近に感じて生きていたあの三兄弟の迫力に今更恐怖を覚えだした。久し振りに会った従姉妹を見る目ではない。ゴミを見るような目。かつて自分が色んな人達を見下したように。
「ねえ、バレンティナ…………」
止めない? そう言葉にしようとして、アリーチャの言葉は遮られる。
「そうだわ、あの女の親を狙えばいいのよ。あの女に化け物が付いてるけど、親にはいないはず。だったら、あの女が離れている所を狙えばいいのよ。そうよ、それが簡単よ」
「バ、バレンティナ、どうしたの? 何をするの?」
「アリーチャ、簡単なことよ。あのテイマー女を精神的に痛め付けるのよ。あの女の親を狙えばいいのよ、殺せばいいのよ」
バレンティナの出てきた言葉に、アリーチャは絶句する。
「こ、殺すって、貴女本気なの?」
「そうよ。別に平民が暴漢に襲われるなんて日常茶飯事でしょ? 私達がいるのは首都よ、ばれやしないわ」
アリーチャは果たしてそうだろうか、と思う。もし、あのテイマー女の両親を殺せば、それですむ?
脳裏に嘆き悲しむテイマー女の向こうで、あの二匹の従魔が咆哮を上げた気がした。次の瞬間、自分の手足を食いちぎられるような気がした。それはあながち間違いではない。あの2体が絶対に黙っていないはずだし、あのユリアレーナのご意見番のダイチ・サエキの目をすり抜けられる気がしない。昨日、サロンでウルガー三兄弟にアプローチしている時点で、いや、それ以前から目をつけられているはずだ。
「お嬢様、過激じゃないです? ちょっと転ばして骨折くらいにしません? 何かあってバレたら、お嬢様だってタダではすみませんよ」
モノアが妥協案のような発言をする。
「うるさいわねっ、メイドの癖に口答えするんじゃないわよっ」
はいはい、と肩をすくめるモノア。
アリーチャは震えがきた。もし、あのテイマー女が怒れば、守ってくれるのは誰だ? 国? 家族? 従兄弟のウルガー三兄弟? 絶対に味方に付いてくれない。
アリーチャは漸く自分達が、何をしているか、誰を相手にしているか、腹の底から恐怖として沸き上がってきた。
そう考えていると、横の路地から声をかけられる。
「お嬢さん方、ずいぶんお困りのようですねえ。私でよければ、力になりましょうか? これはかかりますが、ね」
日陰に隠れて、良く見えないが、背の低い男が、声をかけてきた。
「ウルガー伯爵令嬢は引きましたか」
貴族街の小さな屋敷。サエキが従魔からの報告を受ける。
ダイチ・サエキの従魔はフクロウ。そう認識されているが、他にもいる。このズラリとならぶ十匹の蛇達だ。この蛇達は表には決して出ず、裏方に徹している。主に諜報活動が主だ。因みに毒蛇。
あの後、声をかけてきた人物の話に食いついたバレンティナ。報酬が手持ちの宝飾品では、とてもじゃないが足りないといわれ、すぐに後日、話し合う日を取り付けた。
だが、サロンに帰ってから、黙っていたアリーチャが恐怖に勝てずにバレンティナに言った。
「ごめんなさいバレンティナ、怪我くらいならいいかと思ったけど、殺すのだけは賛同出来ないわ」
「何を言ってるの? 相手ははいて捨てるほどいる平民よ?」
「それでも嫌なのっ」
アリーチャは金切り声をあげる。そして家から持ち出した指輪を出し、自分が身に付けていたカメオとピアスを外す。
「とにかく嫌なのっ。考え直してっ、殺人よっ。タダじゃすまないわよっ。怪我くらいとは比べられないのよっ。これあげるから、怪我くらいにしてっ。これ以上は関われないからっ」
そう言って、アリーチャは逃げるように部屋を出ていった。
「ふん、怖じ気づいて、情けない」
あれが普通の反応ですよ、とモノアが小さく呟いた。
サエキは今日のやり取りをあちこちで盗み聞いていた蛇達により全て聞いた。
「さて、あのナージサ侯爵の娘を引き続き見張ってください」
二匹の蛇が、するすると通気孔から出ていく。
「やはりフェリクスを送り出して良かった。彼なら闇ギルドの一つや二つ壊滅させられますし、ね。あの令嬢は泳がせて、どうしましょうかね。ただ時期が悪い」
フェリアレーナ王女の輿入れ。
三度目の正直だ。なんの憂いなく、送り出したい。
それからだ。
「ウルガー本家には、関わりたくはないが」
サエキのたった一人の孫娘ヘルミーナが嫁いだのは、分家だったのと、色々立場があり、本家とはあまり関係を持たないようにしていた。
だが、今回の件は有耶無耶に出来ない。
自分が後見人をしてはいるが、いかにも善良な一般人の家族が、醜い貴族意識に潰されていくのは見たくない。長く生きてきて、嫌と言うほど見てきた。
問題だらけの鼻持ちならない侯爵令嬢と、優衣一家を天秤にかけるとどうなるか分かりきったことだ。
優衣一家がいままでしてきたことは、多額の寄付、ドラゴン、小児用の薬、孤児院再建、毎週景子が行っている炊き出し、転移門献上、そして無償でのフェリアレーナ王女の護衛。
どちらに傾くかは分かりきっている。
あの侯爵令嬢は泳がせて、まずは最後に怖じ気づいた本家の令嬢だ。下手をしたら、かわいい孫娘ヘルミーナが嫁いだ分家に火の粉が飛ぶ。それにウルガー三兄弟は、サエキにとっては大切なひ孫だ。
サエキは出掛ける支度をした。
感想 854
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます 〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯
鳳凰院暁月刃夜婚約破棄されたので、王都の端で小さな香水店を開きます
〜「匂いしか分からない無能令嬢」と捨てられましたが、実は人の嘘と運命を嗅ぎ分ける王国唯一の調香師でした〜
☆あらすじ☆
王太子から婚約破棄され、家族にも見捨てられた公爵令嬢リリアーナ。
妹をいじめた悪女。
匂いしか分からない無能令嬢。
王妃にふさわしくない女。
夜会場でそう笑われた彼女は、すべてを失った――はずだった。
けれどリリアーナの嗅覚は、ただ香りを嗅ぎ分けるだけのものではない。
人の嘘。
隠された悪意。
病の兆し。
呪いの残り香。
そして、運命の匂いまで嗅ぎ分ける、王国唯一の異能だった。
公爵家を出たリリアーナは、亡き祖母が残した王都の端の小さな香水店「夜明けの瓶」を開く。
最初は誰にも見向きされない店だった。
けれど、眠れない少女を救い、毒を盛られた貴婦人を助け、夫婦の嘘をほどいていくうちに、店は王都中の秘密が集まる場所になっていく。
そんな彼女の前に現れたのは、冷血公爵と恐れられる辺境公爵ヴァルト。
彼は王宮由来の呪いに蝕まれていた。
リリアーナは彼の呪いを解くため、契約婚約を結ぶことになる。
不器用すぎる公爵に守られ、時に振り回されながら、彼女は王宮に隠された大きな嘘へと近づいていく。
なぜ王太子は婚約破棄を急いだのか。
なぜ妹は姉を憎み続けるのか。
なぜ王宮には、焦げた薔薇の匂いが漂っているのか。
無能と捨てられた令嬢は、もう誰かの言いなりにはならない。
「私は、私の鼻で生きていきます」
香水店から始まる、婚約破棄令嬢の逆転恋愛ファンタジー。
ざまぁあり、契約婚約あり、冷血公爵の不器用な溺愛あり。
最後には、彼女を捨てた者たちが気づくことになる。
本当に失ってはいけなかったのは、彼女だったのだと。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
由香【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
聖女って無給で無休なんですか?じゃあやらないです
こじまき異世界に聖女として召喚されたイラストレーターのチヒロ。しかし聖女には給料も休みもないことを知って「じゃあやらないです」と聖女就任を断る。
「国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
「心底いらないです」
異世界でまで、やりがい搾取されてたまるかよ。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
妹を踏みにじった奴らに、復讐の花束を
楠ノ木雫 妹を傷つけたやつは誰だ。
隣国に嫁いだこの国の王女であり双子の妹でもあるクラリスが2年後に亡き人となって帰ってきた。死因すら伝えられず嫁ぎ先の墓にも入れてもらえずに隣国の使者が連れてきた。
この事実に信じられずにいると、クラリスが帰ってくる半年前に戻っていた。
一体隣国でクラリスの身に何があったのか。
絶対に、もうクラリスのあんな姿を見たくない。堅く決意し使節団の使者として隣国に乗りこむ事になった。
※一話で過激なシーンがあります。
【第1回新エンタメ小説大賞】にエントリー中です。
五年も笑わなかった辺境伯の娘が、追放された保育係の令嬢の前で初めて笑った
歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!