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連載
閑話 チャンス
夕食。
ホークに与えられた食事はパンと具材のほとんどないスープ。奴隷だからこんなものだ。レディ・ロストークを初めて調教した時にいた職員も、よくしてくれる者はいるが、やはり奴隷落ちしたホークに相応の対応をする者が多い。
当たり前だ。
たまたまパーヴェルからの直の依頼で、主人があのテイマーだから、待遇はいいほうだ。
中には変わらず接してくれる職員もいたが、一緒に食事をしようと気さくに誘われた。食事のスープだって、具材がたっぷり入っていることだってある。その職員が後ろ指をさされるのを避けたかったホークは、丁寧に断りを入れた。
ホークは渡された食事を持ち、与えられた部屋に向かう。
「ふう」
ドアを閉めて、机に食事を置き、優衣に持たされた補食を出す。食事を出してもらって有り難いが、絶対量が足りない。持たされた補食が何よりも楽しみだ。ノンアルコールビールも出して。
「頂きます」
ハンカチに包まれた小ぶりわっぱの弁当を開ける。唐揚げ、ウインナー、リンゴときゅうりのサラダ、切り干し大根、ネギ入り卵焼きが並ぶ。
「きゅうりはエマが切ったな」
びよよよん、と繋がってる。
冷えたノンアルコールビールを飲みながら、卵焼きを食べる。パンは硬い、スープは薄い、奴隷なのに、舌が肥えてきた。
残されたノンアルコールビールを数えて、今日はこれだけにしよう。
レディ・ロストークとノワールは順調だ。優衣も楽しみにしている。
どんな子馬になることやら。
「ふう」
旨い。昼間に優衣がわざわざ届けてくれたドラゴン弁当も格別に旨かった。優衣がわざわざ届けてくれた、それだけで嬉しかった。繋がってるきゅうりを齧っていると、ドアをノックされた。
「あ、はい」
『ホーク、俺だ』
「パーヴェル様」
ノンアルコールビールの缶をマジックバッグに入れる。
慌ててドアを開けると、ワイン瓶を持ったパーヴェル。
「よう、呑もう」
「いや、しかし、俺は奴隷ですし」
「ドアを閉めたら分からんさ」
「はあ」
あまり呑むとレディ・ロストークが嫌がる為、一杯だけ付き合うことに。
パーヴェルが持ってきたチーズを齧りながら、ワインを傾ける。わっぱ弁当を見つかったため、説明する。
「本当にただの主人と奴隷か? 泊まり込むお前に補食持たせるなんて、どこの夫婦だよ」
「夫婦って」
「しかも今日、わざわざ差し入れ持ってきたそうじゃないか。見た職員が、お前の女房じゃないかと聞いてきたぞ」
「それはノワールの様子をですね」
「はあ、そうか。で、どうだ? レディ・ロストークの様子は?」
「順調かと」
「そうか」
パーヴェルはワインを煽る。
「あの、パーヴェル様。なんのご用ですか? わざわざレディ・ロストークの様子を見に来ただけですか?」
様子だけなら、わざわざワインを持って来ない。しかも高級ワインだ。
「いや、違う。俺が話した首都の貴族達の噂を聞いて、あのミズサワ殿の様子が心配でな」
「ああ」
第二側室やら、養女やら、オスヴァルト・ウルガー准将やら。
「深く悩んでいる様子はありませんでしたよ。オスヴァルト様には申し訳ないと仰ってましたけど」
結局、優衣はユリアレーナ王家や、ハルスフォン伯爵達を信じるという決断をした。
「お前はどう感じた?」
「俺ですか?」
何故?
はあ、と、ため息をつくホーク。
「お前、自分が裏でどう評価されているか分かっているか?」
「? 裏? 戦闘奴隷のリーダー? ノワールに乗れる?」
答えるホーク。
ため息をつくパーヴェル。
「これだけヒントやってるのに、気がつかんのもどうかと思うが。お前、頭硬いぞ」
ホークは分からず?が浮かぶ。自分が何か飛び抜けているとしたら、ノワールを乗りこなす騎乗能力くらいだ。
「あのテイマー、ユイ・ミズサワと深い仲にある戦闘奴隷だと言われているんだぞ」
パーヴェルの言葉にワインを噴き出すホーク。
「ななな、何故ッ?」
「お前なあ」
呆れ返るパーヴェル。
「常にミズサワ殿のそばに控えているのはそうだが、お前に対して彼女は全面の信頼を預けているだろう? 冒険者として日の浅い彼女を、お前がフォローしているのは皆が知っている。だが、距離感だよ。異性の主人と奴隷の距離じゃない。信頼しているからだろうが、近すぎなんだよ」
「うっ」
自覚はしていた。本来は主人の後ろに控えるか、護衛のために前に立つか。ホークは優衣の隣に歩く。特にエマはマルシェでは必ず隣を歩く。優衣が当たり前の様に連れているからだ。当のエマも当たり前のように付いて回る。初めは後ろを歩くなりしていたが、優衣が話しにくいと言うので、隣を歩く事があるが、そんなに数はない。滅多にそんなことはないのだ、優衣の隣はビアンカ、ルージュ、ヒスイの確率が高いはずなのに。だから、僅かな数しかないので、気にもしてなかった。
それに優衣が自分に信頼を預けてくれていることも、頼りにされていることも。初めはマルシェで夫婦だと間違えられて否定していたが、最近は慣れたのか否定もしない。決まって、勘違いされて、申し訳ないと、優衣が言う。ホークは首を横に振るが、嬉しく思う。優衣がホークと夫婦と言われて否定しない、それを自惚れでないと願いたい。
「彼女は思ったより見られている。弟は別として、それ以外で側にいるのは、お前だろう」
「それはそうですが。そんなに?」
「そうだ。お前が唯一、あのテイマーと直に接しているだろう。騎乗しているから仕方ないとはいえ。それが他からしたら、親しい仲だと思われているんだよ。彼女に、特定の男の影が、なかったからな。余計そう思われている。確か、もう一人の若い冒険者が彼女に好意を伝えたらしいが、それっきりだ。だが、お前は常に側にいる。それがそう受け取られるんだろう」
「いや、でも」
「お前がそうでも、周りがそう見ている。いい加減自覚持て。しかもお前、ミズサワ殿に惚れてるだろうが、自然と態度に出てるんだよ。見るものがみたらわかる。お前があのドラゴンを一撃したフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーを従えたテイマーと、信頼という関係以上にある奴隷だと思われているんだ。主人をどうにか出来なければ、お前を引き込もうと企むやつは出てくる。まあ、俺もその1人だからな」
自嘲気味に笑うパーヴェル。
「出産適齢期のレディ・ロストークが、やっと興味を示したあのノワールという魔法馬。どうしても後続に繋ぎたいのは嘘ではないが。それを理由に、お前も引き込んで、ミズサワ殿にカルーラに定住するか、別宅でも持ってもらえたら、なんて思ったんだ」
物件の話がパーヴェルから出た時は、そうじゃないかと思っていたが。
「因みにホーク」
「はい」
「ミズサワ殿とは、実際はどんな感じなんだ?」
「何がですか?」
「詳しくするか?」
「俺とユイさんは、そんな関係ではありませんよ」
「進歩なしか」
「パーヴェル様」
「すまん、すまん。だが、お前は戦闘奴隷としても立場があるだろうが。端から見てたら、信頼し合う夫婦にしか見えなくてな。俺がそう思うくらいだ、そう見る連中もいるはず。気を付けろ。お前にその気がなくてもな」
周りからそう思われている。ホークは内心嬉しいが、自分の立場がある。
「俺は奴隷ですから」
「相変わらず真面目だな。まあ、お前も立場があるか」
パーヴェルがワインを注ぐ。
「横から誰かに奪われて、笑って祝福するのか?」
「ッ、そ、それが本来のっ」
「虚しいぞ」
実感の籠った言葉。
そう、パーヴェルは昔決まりかけた婚約が、様々な悪意により、壊れてしまった。
フェリアレーナ元王女の最初の婚約者だった、パーヴェル。後は正式発表だけだった。フェリアレーナ元王女とは一回り歳が違うが、幼いながらに王族としての責任を全うしたいと思う彼女を支えようと思っていた。愛情という感情はなく、騎士として主君に支えるような忠誠心に似た気持ちだった。当時、フェリアレーナ元王女は10歳。フェリアレーナ元王女自身も、20歳のパーヴェルを兄の様に慕っていたし、それでいいと思っていた。愛情はそのうち育んでいけばいい、そう思っていた。
ガーガリア元妃が、それを壊した。すでにあちこちに手配していたものや、イコスティ辺境伯でも、フェリアレーナ元王女を受け入れるために行ったすべてが水の泡になった。
「ぽっかり穴が空いた気分になったし。家族にも迷惑をかけて、ずっと申し訳なくてな」
フェリアレーナ元王女との話が破談になった後、イコスティ辺境伯との縁談話を忌避されるようになった。パーヴェルの弟と4人の妹達の縁談がなかなか決まらず、やっと話が来たのは、4年後、フェリアレーナ元王女とハルスフォン伯爵嫡男の婚約が正式に発表されたからだ。その末の妹が、今回ゲオルグ王子の正室に決まった。パーヴェルとフェリアレーナ元王女の件があったからでは、と陰口を叩かれたが、すべては妹の努力が実っただけだ。フェリアレーナ元王女にたいしては、やっとハルスフォン伯爵家に嫁げた事に、パーヴェルの中で張り積めていたものが解きほぐされた気分だった。
「愛情が沸く前でもこれだ。お前はいいやつだし、ちょっとお節介しているだけだ。後悔先に立たずってな。お前見てると、ついついな。俺のような気持ちになるんじゃないかって勝手に思っただけだ」
話を聞いて、ホークは沈黙する。
自分は奴隷だ、どう逆立ちしても奴隷でしかない。優衣が自分を信頼してくれているのは、ノワールに騎乗するための能力。冒険者として不足している部分の補足、晃太の支援魔法のスキルアップがあるためだ。
今の優衣との関係は心地いい。付かず離れずの関係が。それに物足りなさを感じている自分もいるのは確かだ。だけど、この関係を壊せない。
自分は鷹の目のリーダーで、パーティーメンバーを守らなくてはならない。一時の感情の迷いで、優衣に伝えたとして、放り出されたら。
先代リーダー・ワゾーの顔が浮かぶ。冒険者のいろはを叩き込んでくれた人。
冒険者と依頼人の距離を守れ、そう初めに教えられた。それからも様々なことを教えてもらった。
ふと、思い出す。
エマとテオを引き取ると決めて、どれくらいしたか、ワゾーが言った。
なあ、ホーク。もしお前にも惚れた女が出来たら、その手を離すなよ。
そう言って、マデリーンの姉で、先代サブ・リーダーのマリエナの手を引き、故郷に帰って行った。
だけど、情けない事にホークは迷う。自分の奴隷と言う立場が、リーダーとしての立場が、迷いを生む。
「迷っているな」
「それは、そうですよ。俺の奴隷という立場はどうしようもないんですから」
「いつ解放されるんだ?」
「まだ先です。それに、俺達は許される限り、ユイさんに仕えたいと思っていますから」
「それがネックか。お前がそれで納得するなら、別にいいが」
よくはない。この心地いい関係がずっと続くなら、ホークにとっても有り難い。だが、一瞬脳裏に浮かんだのは、あのシュタインという灰色の目の冒険者が、ユイの手を取り、自分達の前からさらっていくのを。
絶対に嫌だ。
繰り返すが自分は奴隷、ユイがシュタインを選べば、その判断に従わなくてならない。
「なあ、ミズサワ殿はお前を厚待遇しているだろう?」
「え? ええ、そうですね。他に比べると俺達はかなり恵まれています」
「ミズサワ殿のお前達に対する好意を使うのはどうかと思うが、うまくそれを使えたりしないのか?」
特別ボーナス。
ホークの頭に閃く。優衣がホークに言った、特別ボーナス。
そうだ、あれを使うなら、自分にとっても悪い条件をつけよう。
ミノラの話を優衣に打ち明けたあの夜。優衣と中庭のベンチで2人きりになった。優衣に購入されて1年以上経って初めて、長い時間2人きりになった。いつも必ずビアンカかルージュ、もしくは仔達の誰か、晃太、他のメンバーがそばにいる。
あの時だけ、偶然、偶然だった。
そうだ、また偶然が重なって、静かに2人きりになれた時に、優衣の様子を見ながら話をしよう。優衣に僅かでも嫌悪の空気が出そうになれば、誤魔化すしかない。そして特別ボーナスを利用して、忘れてもらうように言えば、誠実な優衣なら受けてくれるはず。それに、あんな偶然が、そうそう起こるわけない。もし、そうならなくて、伝えられなかったら諦めよう。誰が、ユイの手を取ろうが、黙って見送ろう。すっぱり諦めよう。ホークの中で、整理がつく。それまでは、自分は戦闘奴隷、鷹の目のリーダーという仮面を被り続けよう。優衣の性格を利用しているようで申し訳なく、そんなチャンスが永遠に来ない事も願いながら、思いを伝えたい欲望もあり、この付かず離れずの関係が続くといいと思う自分もいる。矛盾している。
だから、一種の賭けのような気分になる。
考えがまとまったホークの表情に、パーヴェルは、ふう、と息をつく。
「決まったか?」
「はい。チャンスの可能性は低いですが。うまく行かなければ、それで諦めます」
ホークの答えに、パーヴェルは満足そうに笑う。
「うまく行くといいな」
祈っている。と続けるパーヴェルに、ホークは感謝する。結局、パーヴェルのお節介に感謝する。
ワインを飲み干す。パーヴェルが酌をしようとしたが、酒臭さを残したくない。
それから他愛のない話をした、パーヴェルの末の妹の話が主だ。ジークフリード王子の婚姻が終わらないと、話が進まないが、出来る限りの事をしてやりたいと。その気持ちは、ホークにはいたいほど分かる。
「いつか、お前の姪だってそうなるだろ?」
「エマは嫁に出しません」
「父親か?」
「叔父です。兄が残してくれた大事な娘なんです」
「さいですか」
チーズをかじり、最後のワインを飲み干す。
話をして、パーヴェルが帰って行った。
見送り、スープの皿を食堂に返却して、部屋に戻る。
身体を持たされたボディーウエットティッシュで拭いた。拭きながら思う。優衣と2人きりになる。なんて思ったが、そう簡単なことではないと思ったが、意外とチャンスは早くやってきた。
ホークに与えられた食事はパンと具材のほとんどないスープ。奴隷だからこんなものだ。レディ・ロストークを初めて調教した時にいた職員も、よくしてくれる者はいるが、やはり奴隷落ちしたホークに相応の対応をする者が多い。
当たり前だ。
たまたまパーヴェルからの直の依頼で、主人があのテイマーだから、待遇はいいほうだ。
中には変わらず接してくれる職員もいたが、一緒に食事をしようと気さくに誘われた。食事のスープだって、具材がたっぷり入っていることだってある。その職員が後ろ指をさされるのを避けたかったホークは、丁寧に断りを入れた。
ホークは渡された食事を持ち、与えられた部屋に向かう。
「ふう」
ドアを閉めて、机に食事を置き、優衣に持たされた補食を出す。食事を出してもらって有り難いが、絶対量が足りない。持たされた補食が何よりも楽しみだ。ノンアルコールビールも出して。
「頂きます」
ハンカチに包まれた小ぶりわっぱの弁当を開ける。唐揚げ、ウインナー、リンゴときゅうりのサラダ、切り干し大根、ネギ入り卵焼きが並ぶ。
「きゅうりはエマが切ったな」
びよよよん、と繋がってる。
冷えたノンアルコールビールを飲みながら、卵焼きを食べる。パンは硬い、スープは薄い、奴隷なのに、舌が肥えてきた。
残されたノンアルコールビールを数えて、今日はこれだけにしよう。
レディ・ロストークとノワールは順調だ。優衣も楽しみにしている。
どんな子馬になることやら。
「ふう」
旨い。昼間に優衣がわざわざ届けてくれたドラゴン弁当も格別に旨かった。優衣がわざわざ届けてくれた、それだけで嬉しかった。繋がってるきゅうりを齧っていると、ドアをノックされた。
「あ、はい」
『ホーク、俺だ』
「パーヴェル様」
ノンアルコールビールの缶をマジックバッグに入れる。
慌ててドアを開けると、ワイン瓶を持ったパーヴェル。
「よう、呑もう」
「いや、しかし、俺は奴隷ですし」
「ドアを閉めたら分からんさ」
「はあ」
あまり呑むとレディ・ロストークが嫌がる為、一杯だけ付き合うことに。
パーヴェルが持ってきたチーズを齧りながら、ワインを傾ける。わっぱ弁当を見つかったため、説明する。
「本当にただの主人と奴隷か? 泊まり込むお前に補食持たせるなんて、どこの夫婦だよ」
「夫婦って」
「しかも今日、わざわざ差し入れ持ってきたそうじゃないか。見た職員が、お前の女房じゃないかと聞いてきたぞ」
「それはノワールの様子をですね」
「はあ、そうか。で、どうだ? レディ・ロストークの様子は?」
「順調かと」
「そうか」
パーヴェルはワインを煽る。
「あの、パーヴェル様。なんのご用ですか? わざわざレディ・ロストークの様子を見に来ただけですか?」
様子だけなら、わざわざワインを持って来ない。しかも高級ワインだ。
「いや、違う。俺が話した首都の貴族達の噂を聞いて、あのミズサワ殿の様子が心配でな」
「ああ」
第二側室やら、養女やら、オスヴァルト・ウルガー准将やら。
「深く悩んでいる様子はありませんでしたよ。オスヴァルト様には申し訳ないと仰ってましたけど」
結局、優衣はユリアレーナ王家や、ハルスフォン伯爵達を信じるという決断をした。
「お前はどう感じた?」
「俺ですか?」
何故?
はあ、と、ため息をつくホーク。
「お前、自分が裏でどう評価されているか分かっているか?」
「? 裏? 戦闘奴隷のリーダー? ノワールに乗れる?」
答えるホーク。
ため息をつくパーヴェル。
「これだけヒントやってるのに、気がつかんのもどうかと思うが。お前、頭硬いぞ」
ホークは分からず?が浮かぶ。自分が何か飛び抜けているとしたら、ノワールを乗りこなす騎乗能力くらいだ。
「あのテイマー、ユイ・ミズサワと深い仲にある戦闘奴隷だと言われているんだぞ」
パーヴェルの言葉にワインを噴き出すホーク。
「ななな、何故ッ?」
「お前なあ」
呆れ返るパーヴェル。
「常にミズサワ殿のそばに控えているのはそうだが、お前に対して彼女は全面の信頼を預けているだろう? 冒険者として日の浅い彼女を、お前がフォローしているのは皆が知っている。だが、距離感だよ。異性の主人と奴隷の距離じゃない。信頼しているからだろうが、近すぎなんだよ」
「うっ」
自覚はしていた。本来は主人の後ろに控えるか、護衛のために前に立つか。ホークは優衣の隣に歩く。特にエマはマルシェでは必ず隣を歩く。優衣が当たり前の様に連れているからだ。当のエマも当たり前のように付いて回る。初めは後ろを歩くなりしていたが、優衣が話しにくいと言うので、隣を歩く事があるが、そんなに数はない。滅多にそんなことはないのだ、優衣の隣はビアンカ、ルージュ、ヒスイの確率が高いはずなのに。だから、僅かな数しかないので、気にもしてなかった。
それに優衣が自分に信頼を預けてくれていることも、頼りにされていることも。初めはマルシェで夫婦だと間違えられて否定していたが、最近は慣れたのか否定もしない。決まって、勘違いされて、申し訳ないと、優衣が言う。ホークは首を横に振るが、嬉しく思う。優衣がホークと夫婦と言われて否定しない、それを自惚れでないと願いたい。
「彼女は思ったより見られている。弟は別として、それ以外で側にいるのは、お前だろう」
「それはそうですが。そんなに?」
「そうだ。お前が唯一、あのテイマーと直に接しているだろう。騎乗しているから仕方ないとはいえ。それが他からしたら、親しい仲だと思われているんだよ。彼女に、特定の男の影が、なかったからな。余計そう思われている。確か、もう一人の若い冒険者が彼女に好意を伝えたらしいが、それっきりだ。だが、お前は常に側にいる。それがそう受け取られるんだろう」
「いや、でも」
「お前がそうでも、周りがそう見ている。いい加減自覚持て。しかもお前、ミズサワ殿に惚れてるだろうが、自然と態度に出てるんだよ。見るものがみたらわかる。お前があのドラゴンを一撃したフォレストガーディアンウルフとクリムゾンジャガーを従えたテイマーと、信頼という関係以上にある奴隷だと思われているんだ。主人をどうにか出来なければ、お前を引き込もうと企むやつは出てくる。まあ、俺もその1人だからな」
自嘲気味に笑うパーヴェル。
「出産適齢期のレディ・ロストークが、やっと興味を示したあのノワールという魔法馬。どうしても後続に繋ぎたいのは嘘ではないが。それを理由に、お前も引き込んで、ミズサワ殿にカルーラに定住するか、別宅でも持ってもらえたら、なんて思ったんだ」
物件の話がパーヴェルから出た時は、そうじゃないかと思っていたが。
「因みにホーク」
「はい」
「ミズサワ殿とは、実際はどんな感じなんだ?」
「何がですか?」
「詳しくするか?」
「俺とユイさんは、そんな関係ではありませんよ」
「進歩なしか」
「パーヴェル様」
「すまん、すまん。だが、お前は戦闘奴隷としても立場があるだろうが。端から見てたら、信頼し合う夫婦にしか見えなくてな。俺がそう思うくらいだ、そう見る連中もいるはず。気を付けろ。お前にその気がなくてもな」
周りからそう思われている。ホークは内心嬉しいが、自分の立場がある。
「俺は奴隷ですから」
「相変わらず真面目だな。まあ、お前も立場があるか」
パーヴェルがワインを注ぐ。
「横から誰かに奪われて、笑って祝福するのか?」
「ッ、そ、それが本来のっ」
「虚しいぞ」
実感の籠った言葉。
そう、パーヴェルは昔決まりかけた婚約が、様々な悪意により、壊れてしまった。
フェリアレーナ元王女の最初の婚約者だった、パーヴェル。後は正式発表だけだった。フェリアレーナ元王女とは一回り歳が違うが、幼いながらに王族としての責任を全うしたいと思う彼女を支えようと思っていた。愛情という感情はなく、騎士として主君に支えるような忠誠心に似た気持ちだった。当時、フェリアレーナ元王女は10歳。フェリアレーナ元王女自身も、20歳のパーヴェルを兄の様に慕っていたし、それでいいと思っていた。愛情はそのうち育んでいけばいい、そう思っていた。
ガーガリア元妃が、それを壊した。すでにあちこちに手配していたものや、イコスティ辺境伯でも、フェリアレーナ元王女を受け入れるために行ったすべてが水の泡になった。
「ぽっかり穴が空いた気分になったし。家族にも迷惑をかけて、ずっと申し訳なくてな」
フェリアレーナ元王女との話が破談になった後、イコスティ辺境伯との縁談話を忌避されるようになった。パーヴェルの弟と4人の妹達の縁談がなかなか決まらず、やっと話が来たのは、4年後、フェリアレーナ元王女とハルスフォン伯爵嫡男の婚約が正式に発表されたからだ。その末の妹が、今回ゲオルグ王子の正室に決まった。パーヴェルとフェリアレーナ元王女の件があったからでは、と陰口を叩かれたが、すべては妹の努力が実っただけだ。フェリアレーナ元王女にたいしては、やっとハルスフォン伯爵家に嫁げた事に、パーヴェルの中で張り積めていたものが解きほぐされた気分だった。
「愛情が沸く前でもこれだ。お前はいいやつだし、ちょっとお節介しているだけだ。後悔先に立たずってな。お前見てると、ついついな。俺のような気持ちになるんじゃないかって勝手に思っただけだ」
話を聞いて、ホークは沈黙する。
自分は奴隷だ、どう逆立ちしても奴隷でしかない。優衣が自分を信頼してくれているのは、ノワールに騎乗するための能力。冒険者として不足している部分の補足、晃太の支援魔法のスキルアップがあるためだ。
今の優衣との関係は心地いい。付かず離れずの関係が。それに物足りなさを感じている自分もいるのは確かだ。だけど、この関係を壊せない。
自分は鷹の目のリーダーで、パーティーメンバーを守らなくてはならない。一時の感情の迷いで、優衣に伝えたとして、放り出されたら。
先代リーダー・ワゾーの顔が浮かぶ。冒険者のいろはを叩き込んでくれた人。
冒険者と依頼人の距離を守れ、そう初めに教えられた。それからも様々なことを教えてもらった。
ふと、思い出す。
エマとテオを引き取ると決めて、どれくらいしたか、ワゾーが言った。
なあ、ホーク。もしお前にも惚れた女が出来たら、その手を離すなよ。
そう言って、マデリーンの姉で、先代サブ・リーダーのマリエナの手を引き、故郷に帰って行った。
だけど、情けない事にホークは迷う。自分の奴隷と言う立場が、リーダーとしての立場が、迷いを生む。
「迷っているな」
「それは、そうですよ。俺の奴隷という立場はどうしようもないんですから」
「いつ解放されるんだ?」
「まだ先です。それに、俺達は許される限り、ユイさんに仕えたいと思っていますから」
「それがネックか。お前がそれで納得するなら、別にいいが」
よくはない。この心地いい関係がずっと続くなら、ホークにとっても有り難い。だが、一瞬脳裏に浮かんだのは、あのシュタインという灰色の目の冒険者が、ユイの手を取り、自分達の前からさらっていくのを。
絶対に嫌だ。
繰り返すが自分は奴隷、ユイがシュタインを選べば、その判断に従わなくてならない。
「なあ、ミズサワ殿はお前を厚待遇しているだろう?」
「え? ええ、そうですね。他に比べると俺達はかなり恵まれています」
「ミズサワ殿のお前達に対する好意を使うのはどうかと思うが、うまくそれを使えたりしないのか?」
特別ボーナス。
ホークの頭に閃く。優衣がホークに言った、特別ボーナス。
そうだ、あれを使うなら、自分にとっても悪い条件をつけよう。
ミノラの話を優衣に打ち明けたあの夜。優衣と中庭のベンチで2人きりになった。優衣に購入されて1年以上経って初めて、長い時間2人きりになった。いつも必ずビアンカかルージュ、もしくは仔達の誰か、晃太、他のメンバーがそばにいる。
あの時だけ、偶然、偶然だった。
そうだ、また偶然が重なって、静かに2人きりになれた時に、優衣の様子を見ながら話をしよう。優衣に僅かでも嫌悪の空気が出そうになれば、誤魔化すしかない。そして特別ボーナスを利用して、忘れてもらうように言えば、誠実な優衣なら受けてくれるはず。それに、あんな偶然が、そうそう起こるわけない。もし、そうならなくて、伝えられなかったら諦めよう。誰が、ユイの手を取ろうが、黙って見送ろう。すっぱり諦めよう。ホークの中で、整理がつく。それまでは、自分は戦闘奴隷、鷹の目のリーダーという仮面を被り続けよう。優衣の性格を利用しているようで申し訳なく、そんなチャンスが永遠に来ない事も願いながら、思いを伝えたい欲望もあり、この付かず離れずの関係が続くといいと思う自分もいる。矛盾している。
だから、一種の賭けのような気分になる。
考えがまとまったホークの表情に、パーヴェルは、ふう、と息をつく。
「決まったか?」
「はい。チャンスの可能性は低いですが。うまく行かなければ、それで諦めます」
ホークの答えに、パーヴェルは満足そうに笑う。
「うまく行くといいな」
祈っている。と続けるパーヴェルに、ホークは感謝する。結局、パーヴェルのお節介に感謝する。
ワインを飲み干す。パーヴェルが酌をしようとしたが、酒臭さを残したくない。
それから他愛のない話をした、パーヴェルの末の妹の話が主だ。ジークフリード王子の婚姻が終わらないと、話が進まないが、出来る限りの事をしてやりたいと。その気持ちは、ホークにはいたいほど分かる。
「いつか、お前の姪だってそうなるだろ?」
「エマは嫁に出しません」
「父親か?」
「叔父です。兄が残してくれた大事な娘なんです」
「さいですか」
チーズをかじり、最後のワインを飲み干す。
話をして、パーヴェルが帰って行った。
見送り、スープの皿を食堂に返却して、部屋に戻る。
身体を持たされたボディーウエットティッシュで拭いた。拭きながら思う。優衣と2人きりになる。なんて思ったが、そう簡単なことではないと思ったが、意外とチャンスは早くやってきた。
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そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
聖女って無給で無休なんですか?じゃあやらないです
こじまき異世界に聖女として召喚されたイラストレーターのチヒロ。しかし聖女には給料も休みもないことを知って「じゃあやらないです」と聖女就任を断る。
「国と人を救う崇高な仕事には、私どもからの感謝を捧げよう」
「心底いらないです」
異世界でまで、やりがい搾取されてたまるかよ。
※小説家になろうにも投稿しています
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまうリリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、悪役令嬢として断罪された少女が、「誰かの物語の脇役」ではなく、自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
妹を踏みにじった奴らに、復讐の花束を
楠ノ木雫 妹を傷つけたやつは誰だ。
隣国に嫁いだこの国の王女であり双子の妹でもあるクラリスが2年後に亡き人となって帰ってきた。死因すら伝えられず嫁ぎ先の墓にも入れてもらえずに隣国の使者が連れてきた。
この事実に信じられずにいると、クラリスが帰ってくる半年前に戻っていた。
一体隣国でクラリスの身に何があったのか。
絶対に、もうクラリスのあんな姿を見たくない。堅く決意し使節団の使者として隣国に乗りこむ事になった。
※一話で過激なシーンがあります。
【第1回新エンタメ小説大賞】にエントリー中です。
五年も笑わなかった辺境伯の娘が、追放された保育係の令嬢の前で初めて笑った
歩人(あゆと)侯爵令嬢クラリスは、五年間、兄夫婦の公爵家で三人の御子の保育を任されてきた。表向きは「下女扱い」だったが、彼女の保育記録には毎日の歌・手作りの絵札・夜泣きの記録が綿密に綴られていた。「育児など侍女の手伝い。本物の貴族のすることではないわ」兄嫁の侮辱に、クラリスは保育記録帳を置いて去る。訪ねた先は、妻を亡くした辺境伯ロタールの屋敷だった。彼の娘リーリャは六歳、母を亡くして以来、誰の前でも笑わなかった。「五年、御子さま方を見続けたあなたなら、リーリャの心も読めるだろうか」ロタールの不器用な依頼に、クラリスは静かに頷く。春が来る頃、リーリャは初めて声を上げて笑った。クラリスの隣で、ロタールも気づくと微笑んでいた——五年ぶりに。
【完結済】ワザと醜い令嬢をしていた令嬢一家華麗に亡命する
satomi醜く自らに魔法をかけてケルリール王国王太子と婚約をしていた侯爵家令嬢のアメリア=キートウェル。フェルナン=ケルリール王太子から醜いという理由で婚約破棄を言い渡されました。
もう王太子は能無しですし、ケルリール王国から一家で亡命してしまう事にしちゃいます!