8 / 39
7 動き出す悪女
しおりを挟む「イーゼンブルグ?」
晩餐会の翌日、朝食の席で叔母さまとアーロンに昨夜のことを報告すると、彼女は目を丸くした。
「あの事故のあった日に出会った騎士って、イーゼンブルグ卿だったの?」
「叔母さま、知ってるの?」
「知っているも何も、彼は今、王都で話題の人物よ」
叔母さまはそう言って、新聞を手渡してきた。
「銀色の髪に青い瞳、大きな体躯。美丈夫ではあるけれど、その無表情具合からご令嬢方に恐れられることが多くて、中々婚約者が決まらないという話よ」
「そうなの? 怖いなんて思わなかったけれど」
「僕も君たち二人が話している姿を遠くから見たよ。二人とも背が高くて、すごく注目を浴びていたね」
「彼に、変な人に声を掛けられたのを助けてもらったの」
確かに私が見上げるほどの身長だった。並んでいたら目立つのも仕方ないのかもしれない。
新聞を捲ると、彼の名前が載っているページが現れる。
「ええと、イーゼンブルグ卿、騎士団長に昇任……、え、騎士団長!?」
「そうよ。エイデン・フリート・フォン・イーゼンブルグ卿は王家と繋がる由緒正しい武の一門、イーゼンブルグ公爵家の嫡男。自身の実力で騎士爵を若いころに賜って、先月には子爵位を叙爵されたばかりなの。いずれは公爵も名乗るでしょうし、この国で王族の次に高貴なお方になる人よ」
叔母さまは長い指を自分の顎に当てて、くるりと瞳を天井へ向けた。
「なんでも王女殿下との婚約の話もあるというし、その血脈を絶やさないよう王家も必死なんでしょうね」
「へえ、大変ね、高位貴族って」
「あなたは怖いと思わなかったんでしょう?」
「全然思わなかったわ。ただ、大きいなぁって」
「なあに、その感想!」
叔母さまは私の感想を聞いて吹き出した。
「だって私を見下ろすくらい背が高かったのよ! 感動しちゃったわ」
「でもそのお陰で周囲の注目を浴びて、その後も声を掛けられて大変だったね」
アーロンがくすくす笑いながら新しい紅茶を叔母さまのカップに注ぐ。ミルクをたっぷり入れて蜂蜜を淹れた甘い紅茶は、なんだか今の二人にぴったり合っている。
「結局アーロンにも助けてもらったんでしょう?」
「ええ、そうなの。ありがとう、アーロン」
「いいんだよ、そうなると思って遠くから見てたんだから」
一人でいるというだけで、多くの男性に声を掛けられた。これまでそれなりに晩餐会や夜会に参加してきたけれど、あんなに声を掛けられたのは初めてだった。
正直、そこに出会いがあるとは思えない。だってなんだかみんな、下心が丸見えなのだから。
「アレックスは、いまいち危機感が足りないんだよね。見ていてひやひやしたよ」
「そんなことないわ、一応気を付けていたのよ」
「でも結構しつこく絡まれて、大変そうだったよ」
「だっていろんな言い方で食い下がってくる人が多いんだもの!」
「あら、モテモテね」
あれはモテたというのだろうか。だとしたら、全然嬉しくない。
「まあ、まだ経験不足ってことね。いい男の見極めもまだまだかしら」
「別にそんな技を会得するために参加しているわけじゃないわ!」
なんだか目的が変わってきている気がする。自分を見直すんじゃなかっただろうか。
「でも、なるほど、イーゼンブルグ卿ね」
叔母さまは何やら楽しそうに笑いながら甘い紅茶を口にする。
「叔母さま、会ったことある?」
「いいえ、名前を知っているだけよ。でも、いいわね」
「何が?」
「動き出したって感じだわ」
「――?」
叔母さまはそう言いながら、楽しそうに笑った。
121
あなたにおすすめの小説
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い
雲乃琳雨
恋愛
バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。
ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?
元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。
むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~
景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」
「……は?」
そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!?
精霊が作りし国ローザニア王国。
セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。
【寝言の強制実行】。
彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。
精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。
そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。
セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。
それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。
自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!!
大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。
すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる