【完結】ディープキス

コハラ

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7話

缶詰5日目 揺れる気持ち【6】

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 ドアを開けたのは森山君だった。「頼まれていた資料です」という新井さんの高めの声が聞えてくるのを、私は壁際のデスク前で聞いてた。

 まだ胸の鼓動は早い。新井さんが訪ねて来なかったら、今頃キスしていたかと思うと、落ち着かない。

 仕事中に何をやってるんだろう。新井さんの声を聞きながら、今は勤務時間中だという事をハッキリと認識して、罪悪感でいっぱいになる。

「頼まれていた物は全部、揃ってると思いますけど、確認お願いします」
「うん、そうだね」

 歯切れ悪く森山君が答えた。森山君も私と同様に勤務時間中だという事を認識して、罪悪感を感じたのかな。

「コーヒーぐらい、淹れてくれないんですか?」

 ドアの外で新井さんが催促するように言った。

「荷物、重かったんだけどな」

 甘えるような声がした。

「インスタントしかないぞ」
「いいよ。涼君が淹れてくれるなら、何でも美味しいもん」

 涼君か。何だろう。今日はちょっとだけ、そう森山君が呼ばれてるのを聞くのが嫌だ。なんかもやっとする。

「森山さん、だろ。今は勤務時間中なんだから」
「細かいな。涼君は」

 クスクスと楽し気に笑いながら、新井さんが部屋に入って来た。

「春川さん、お疲れ様でーす」

 弾んだ新井さんの声がした。

 パソコンから新井さんに視線を向けると、ベージュ色のジャケットに濃紺のスキニージーンズ姿が見えた。
 いつもスカートとかワンピースなのに、スッキリ目の服装が珍しい。だけど、何を着ても可愛いのは変わらない。

 自信に満ちた笑顔を浮かべてる新井さんが眩しい。

「お仕事、はかどってますか?」
 新井さんが屈んで、パソコンを覗くようにした姿勢で言った。ローズ系の甘い香りが漂った。
 可愛いくて上品な香りは新井さんに合ってる。可愛い子はやっぱりセンスがいいな。
 近くで見ると、お肌も綺麗で弾力がありそう。水、弾いちゃうんだろうな。やっぱり二十代の子には敵わないや。新井さんが羨ましい。

「春川さん?」

 じっと新井さんの頬を見ていたら、不審そうに聞かれた。

「あ、うん。予定通りに進んでる。資料、届けてくれてありがとう。重かったでしょ?」

 紙袋二つ分の本を新井さんは持って来てくれた。

「タクシーで来たから、大した事ないですよ」
「すぐに帰らなくて大丈夫なのか?」

 コーヒーカップを二つ持って、森山君がデスクの側に来た。
 香ばしい匂いにほっとする。

「春川さんはミルク一つでしたよね」

 森山君がミルクとコーヒーを手渡してくれた。
 私にも淹れてくれたんだ。

「ありがとう」

 好み、知っててくれてるんだ。

「涼君、私はブラックだよ」
「そんなの知ってるよ」

 森山君がコーヒーカップを新井さんに渡した。

「好み、知ってるんだ」

 新井さんが嬉しそうな顔をした。

「長い付き合いだからな」

 付け足すように言った、森山君の言葉に新井さんが微笑んだ。なんか幸せそうで、恋する女の子って表情だ。
 この子は森山君の事、本当に好きなんだな。私なんかよりもずっと長く一緒にいるんだろうな。

 なのに森山君は……。

「春川さん、どうかしました?」

 森山君が心配そうにこっちを見た。その顔にはいつもの黒縁眼鏡がかかってる。普段の森山君だ。やっぱりこっちの方が見慣れてる。
 だけど、素顔の色っぽい森山君を思い出してしまう。新井さんがいるのに。

「私、ちょっと用事思い出した。会社に電話してくる」

 席を立った。
 新井さんの前で平気なふりをする自信がなかったから。
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