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番外
可哀想な兎はクッションをあてがわれる
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私はこれまで、それなりに頑張ってきたと思う。
女王であるからには、頑張っただけでは意味がない。国を富ませ、人々を幸せにするには成果が全てだ。甘えなど入り込む余地はない──
でも、言いたい。私、結構頑張ってきたわよね?
注:敗北間近
「これは珍しい。陛下が現実逃避しておられるとは」
「……」
背後から聞こえてくる宰相の声に、私は両手で顔を覆い隠したまま無視を決め込んだ。
(誰のせいだ、誰の)
宰相が心の闇全開で、私に「二度と椅子から立ち上がらせない」発言をしてきたところまでは良かった。いや全然良くはないけれど、ある意味これまでの延長線上というか、宰相ならやるかもしれない、という想定の範疇だったので、私も多少震えるだけで済んだのだ。
問題は、その後だ。
「お分かり頂けますかな、ジュリオ公子」
目を丸くして見ているジュリオ公子に対して、宰相が全力で喧嘩を売り始めたのである。
「四六時中陛下にお座り頂くとなると、相応の体格と筋力が必要となります。座らせたまま各所にお運びし、日常の些事をお手伝いするにも、元を辿れば体格に恵まれていることが前提でございます。それを思えば公子は……」
ほっそりした少年の身体に視線を走らせ、嫌味ったらしく言葉を切る。
小姑か!
座らせたまま運ぶとか、座らせたまま日常の些事を手伝うとか、何を言っているのか、宰相が何を想定しているのか、考えるとちょっと背筋が冷たくなることは沢山あるけれど放っておくとして、とにかく今は何よりも、
(十歳児に全力で喧嘩を売る男……恥ずかしい!!)
大人げないにも程がある。
見ているだけで、羞恥に身が引き裂かれそうだ。
椅子になると精神年齢が低下するというか、思考が極端になるというか、とにかく悪影響しか無いのかもしれない。
そして、羞恥心に震える限界を試されるような修羅場のど真ん中に、宰相と公子、見守る人々の視線を浴びて居座らされている私。この状況では耐えられない。できれば全力で逃げ出して、現場から最大限の距離を取り、私とは何一つ関係がありませんという顔をしていたいのに、宰相が絶対に離してくれないのだ。
ちなみに、私が立ち上がれないのは、宰相が両腕を私の腰の辺りに置いてがっちり固定しているためで、私は狭すぎる肘置きのついた椅子に座ったら抜け出せなくなった間抜けな人間、みたいな状態にされている。……この椅子、ひょっとして不良品なのでは?
(無理……逃げたい……)
普段の私は、いかに公衆の面前で宰相に辱められていようと、女王の矜持にかけて真っ直ぐに背筋を伸ばしているのだけれど。
もはや構ってはいられない。
(十歳児と宰相……十歳児と喧嘩……見たくない)
顔を両手で覆い、背中を丸めて縮こまって、私は恥ずかしさのあまりぷるぷると震えていた。
「……おい、ユリウス。陛下がすっかり、さめざめと不幸を嘆く可哀想な兎ちゃんになってるぞ。お前が陛下なら何でもいいとしたって、これは流石に良心に堪えないのか」
傍らから、半ば呆れたような、半ば案じるような声が掛かった。
「ふむ」と低く息を吐く音がして、ユリウスが答えた。
「私に良心のようなものがあるかどうかは知らんが、卿の言うとおりだな。不憫な兎ちゃんは愛らしいものだが、不幸な兎ちゃんは見るに忍びない」
「ねえ、貴方たち、大真面目なやり取りをしてるのに『兎ちゃん』とか真顔で言うの止めてくれない?」
私は顔を覆ったまま苦情を入れた。
そして当たり前のように無視された。
「だったら何とかしろ、宰相閣下」
「分かっている。きちんと手を打つとも」
……ねえ、私たちの関係は「主従」だったわよね? いつの間にか「主従(下克上)」に変わっていたりする?
困惑と混迷を深める私には構わず、宰相が手を上げて小間使いを招き寄せた。何やらボソボソと言葉を交わしているようだが、何を命じているのか、私の耳には届かない。
それから少しして、どこかから舞い戻ってきた小間使いが、ユリウスにふんわりした丸いものを手渡した。
クッションだ。やや薄めで小さく、薄桃色で、可愛らしくフリルで縁取ってある。
「陛下、少々失礼致します」
その声と共に、軽く身体が持ち上げられ、私のお尻にクッションがあてがわれた。そのまま再び宰相の腿の上に降ろされて、流石に驚いて顔を上げる。
「え?」
「これで宜しいですかな、陛下」
「え?」
クッションが何? 何だというの?
首を巡らせて見上げた宰相の顔はいつもの鉄面皮だけれど、眉間の皺はいつもより深く刻み込まれて見えた。苦渋の判断をした、あまりに私が不幸そうだったから……そうでなければクッションなど認めないというのに……と顔に書いてある。
(は?)
「……宰相。まさか、これで私が幸せになると?」
クッションを与えられて?
苦々しい返答が返ってきた。
「致し方ございません。陛下の御心をこれ以上沈ませるわけにも参りませんでしたので」
それでクッションをあてがった? 兎にクッション?
そして何故「最大限の譲歩をした」みたいな態度なの?
目を白黒させながら周囲を見渡すと、レルゲイト将軍は「うんうん、お似合いですな」と納得の面持ちだし、ジュリオ公子は「僕がまだ小さいから……」と項垂れているし(可哀想)、見守っている人々の間にはどこか「丸く収まって良かった」みたいな空気が流れ始めていた。
(いや、何一つ解決してないわよ?!)
どういうことなのか。
私には全く分からない(数十回目)
女王であるからには、頑張っただけでは意味がない。国を富ませ、人々を幸せにするには成果が全てだ。甘えなど入り込む余地はない──
でも、言いたい。私、結構頑張ってきたわよね?
注:敗北間近
「これは珍しい。陛下が現実逃避しておられるとは」
「……」
背後から聞こえてくる宰相の声に、私は両手で顔を覆い隠したまま無視を決め込んだ。
(誰のせいだ、誰の)
宰相が心の闇全開で、私に「二度と椅子から立ち上がらせない」発言をしてきたところまでは良かった。いや全然良くはないけれど、ある意味これまでの延長線上というか、宰相ならやるかもしれない、という想定の範疇だったので、私も多少震えるだけで済んだのだ。
問題は、その後だ。
「お分かり頂けますかな、ジュリオ公子」
目を丸くして見ているジュリオ公子に対して、宰相が全力で喧嘩を売り始めたのである。
「四六時中陛下にお座り頂くとなると、相応の体格と筋力が必要となります。座らせたまま各所にお運びし、日常の些事をお手伝いするにも、元を辿れば体格に恵まれていることが前提でございます。それを思えば公子は……」
ほっそりした少年の身体に視線を走らせ、嫌味ったらしく言葉を切る。
小姑か!
座らせたまま運ぶとか、座らせたまま日常の些事を手伝うとか、何を言っているのか、宰相が何を想定しているのか、考えるとちょっと背筋が冷たくなることは沢山あるけれど放っておくとして、とにかく今は何よりも、
(十歳児に全力で喧嘩を売る男……恥ずかしい!!)
大人げないにも程がある。
見ているだけで、羞恥に身が引き裂かれそうだ。
椅子になると精神年齢が低下するというか、思考が極端になるというか、とにかく悪影響しか無いのかもしれない。
そして、羞恥心に震える限界を試されるような修羅場のど真ん中に、宰相と公子、見守る人々の視線を浴びて居座らされている私。この状況では耐えられない。できれば全力で逃げ出して、現場から最大限の距離を取り、私とは何一つ関係がありませんという顔をしていたいのに、宰相が絶対に離してくれないのだ。
ちなみに、私が立ち上がれないのは、宰相が両腕を私の腰の辺りに置いてがっちり固定しているためで、私は狭すぎる肘置きのついた椅子に座ったら抜け出せなくなった間抜けな人間、みたいな状態にされている。……この椅子、ひょっとして不良品なのでは?
(無理……逃げたい……)
普段の私は、いかに公衆の面前で宰相に辱められていようと、女王の矜持にかけて真っ直ぐに背筋を伸ばしているのだけれど。
もはや構ってはいられない。
(十歳児と宰相……十歳児と喧嘩……見たくない)
顔を両手で覆い、背中を丸めて縮こまって、私は恥ずかしさのあまりぷるぷると震えていた。
「……おい、ユリウス。陛下がすっかり、さめざめと不幸を嘆く可哀想な兎ちゃんになってるぞ。お前が陛下なら何でもいいとしたって、これは流石に良心に堪えないのか」
傍らから、半ば呆れたような、半ば案じるような声が掛かった。
「ふむ」と低く息を吐く音がして、ユリウスが答えた。
「私に良心のようなものがあるかどうかは知らんが、卿の言うとおりだな。不憫な兎ちゃんは愛らしいものだが、不幸な兎ちゃんは見るに忍びない」
「ねえ、貴方たち、大真面目なやり取りをしてるのに『兎ちゃん』とか真顔で言うの止めてくれない?」
私は顔を覆ったまま苦情を入れた。
そして当たり前のように無視された。
「だったら何とかしろ、宰相閣下」
「分かっている。きちんと手を打つとも」
……ねえ、私たちの関係は「主従」だったわよね? いつの間にか「主従(下克上)」に変わっていたりする?
困惑と混迷を深める私には構わず、宰相が手を上げて小間使いを招き寄せた。何やらボソボソと言葉を交わしているようだが、何を命じているのか、私の耳には届かない。
それから少しして、どこかから舞い戻ってきた小間使いが、ユリウスにふんわりした丸いものを手渡した。
クッションだ。やや薄めで小さく、薄桃色で、可愛らしくフリルで縁取ってある。
「陛下、少々失礼致します」
その声と共に、軽く身体が持ち上げられ、私のお尻にクッションがあてがわれた。そのまま再び宰相の腿の上に降ろされて、流石に驚いて顔を上げる。
「え?」
「これで宜しいですかな、陛下」
「え?」
クッションが何? 何だというの?
首を巡らせて見上げた宰相の顔はいつもの鉄面皮だけれど、眉間の皺はいつもより深く刻み込まれて見えた。苦渋の判断をした、あまりに私が不幸そうだったから……そうでなければクッションなど認めないというのに……と顔に書いてある。
(は?)
「……宰相。まさか、これで私が幸せになると?」
クッションを与えられて?
苦々しい返答が返ってきた。
「致し方ございません。陛下の御心をこれ以上沈ませるわけにも参りませんでしたので」
それでクッションをあてがった? 兎にクッション?
そして何故「最大限の譲歩をした」みたいな態度なの?
目を白黒させながら周囲を見渡すと、レルゲイト将軍は「うんうん、お似合いですな」と納得の面持ちだし、ジュリオ公子は「僕がまだ小さいから……」と項垂れているし(可哀想)、見守っている人々の間にはどこか「丸く収まって良かった」みたいな空気が流れ始めていた。
(いや、何一つ解決してないわよ?!)
どういうことなのか。
私には全く分からない(数十回目)
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