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3.継母、灰かぶりと出会う
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(まずは、男爵邸の使用人を全員追い出してやろう)
主人が不在がちの家で、その娘がどんな扱いを受けているのかは分からないが、孤独な娘がいざとなったら頼れる人間が側にいる、というのは問題だ。真っ先に潰してしまうのが良いだろう。
全員解雇。そして、その穴埋めを娘にやらせる。水汲みから掃除から皿洗いからベッドメーキングまで全部だ。シェランは元々貧しい階層の出なので、日々の家事労働ぐらい普通にこなすが、甘やかされた貴族の娘に務まるはずがない。なんなら、窓の桟を嫌味ったらしく指で擦って、「まだ埃が残っていてよ、やり直しなさい」とネチネチ文句を言って追い打ちを掛けてやったっていい。すぐさま音を上げて、「修道院に行きます!」と言ってくるだろう。
そう思いながら踏み込んだ館の敷居で、
「……どういうことかしら?」
シェランは開いた扇を口元に当てて、動揺を押し隠していた。
案内役の使用人がいない。家令がいない。小間使いの姿すらない。
植栽の向こうに垣間見えるこぢんまりとした庭は寒々しく荒れ果てていて、庭師の姿も無かった。
(男爵家の財政状態はかなりいい、という話だったんだが)
トレンマーダ男爵はいわゆる土地持ち貴族ではないのだが、交易業で得た利益でそこそこ懐は潤っている。先祖から引き継いだ館はやや古めかしいが格式高く、維持するにはそれなりの数の使用人たちを必要とするはずだ。
「誰もいないの?」
意地悪な継母に相応しく、居丈高な声を張り上げる。
本当に、大丈夫なのかこの家……と思い始めた頃、何かを引きずるような音がして、もそもそと、何者かが姿を現した。
「……申し訳ありません」
かろうじて聞き取れるぐらいの声で、その人物(少女か? 老婆か?)が言った。
擦り切れて灰色のまだらに汚れたスカート。その上に掛かっているエプロンは、蜘蛛の巣で出来てるのか? と疑いたくなるような、滅多にない代物だ。悪い意味で。
縺れた髪、ボロボロの三角巾、剥き出しの手の先に至るまで、全て灰に覆われて、元々の色すら判然としない。
「えっ、まさか」
シェランはうっかり素の声を洩らしてしまい、ハッと我に返った。
(灰かぶり……?)
背中を丸めて老婆のように縮こまっているさまは、どう見ても若い女性には見えない。長く垂れ下がった前髪に覆い隠されているせいで、顔立ちすらはっきりとは分からないのだ。
「ええと、あの」
シェランは咳払いし、
「貴女がシンデレラね? 私はシェリー男爵夫人。この家の新しい女主人よ。今日から私の言うことに従いなさい」
「はい、奥様」
「…………………」
シェランは、秀眉を吊り上げた「悪の男爵夫人フェイス」のまま固まった。
(予定と違うぞ、どうする)
本来ならばここで、シンデレラが「はい、お義母さま」と答え、「貴方にお義母さまと呼ばれる筋合いはないわ! 奥様とお呼び」と叱りつけることで、純真な少女の心をへし折ってやるつもりだったのだ。
現実はどうだ。
すでに五十回ぐらいへし折られた後のようではないか。これ以上へし折る余地があるのか? というか、トレンマーダ男爵家、闇が深すぎないか?(悪役らしからぬ感想)
主人が不在がちの家で、その娘がどんな扱いを受けているのかは分からないが、孤独な娘がいざとなったら頼れる人間が側にいる、というのは問題だ。真っ先に潰してしまうのが良いだろう。
全員解雇。そして、その穴埋めを娘にやらせる。水汲みから掃除から皿洗いからベッドメーキングまで全部だ。シェランは元々貧しい階層の出なので、日々の家事労働ぐらい普通にこなすが、甘やかされた貴族の娘に務まるはずがない。なんなら、窓の桟を嫌味ったらしく指で擦って、「まだ埃が残っていてよ、やり直しなさい」とネチネチ文句を言って追い打ちを掛けてやったっていい。すぐさま音を上げて、「修道院に行きます!」と言ってくるだろう。
そう思いながら踏み込んだ館の敷居で、
「……どういうことかしら?」
シェランは開いた扇を口元に当てて、動揺を押し隠していた。
案内役の使用人がいない。家令がいない。小間使いの姿すらない。
植栽の向こうに垣間見えるこぢんまりとした庭は寒々しく荒れ果てていて、庭師の姿も無かった。
(男爵家の財政状態はかなりいい、という話だったんだが)
トレンマーダ男爵はいわゆる土地持ち貴族ではないのだが、交易業で得た利益でそこそこ懐は潤っている。先祖から引き継いだ館はやや古めかしいが格式高く、維持するにはそれなりの数の使用人たちを必要とするはずだ。
「誰もいないの?」
意地悪な継母に相応しく、居丈高な声を張り上げる。
本当に、大丈夫なのかこの家……と思い始めた頃、何かを引きずるような音がして、もそもそと、何者かが姿を現した。
「……申し訳ありません」
かろうじて聞き取れるぐらいの声で、その人物(少女か? 老婆か?)が言った。
擦り切れて灰色のまだらに汚れたスカート。その上に掛かっているエプロンは、蜘蛛の巣で出来てるのか? と疑いたくなるような、滅多にない代物だ。悪い意味で。
縺れた髪、ボロボロの三角巾、剥き出しの手の先に至るまで、全て灰に覆われて、元々の色すら判然としない。
「えっ、まさか」
シェランはうっかり素の声を洩らしてしまい、ハッと我に返った。
(灰かぶり……?)
背中を丸めて老婆のように縮こまっているさまは、どう見ても若い女性には見えない。長く垂れ下がった前髪に覆い隠されているせいで、顔立ちすらはっきりとは分からないのだ。
「ええと、あの」
シェランは咳払いし、
「貴女がシンデレラね? 私はシェリー男爵夫人。この家の新しい女主人よ。今日から私の言うことに従いなさい」
「はい、奥様」
「…………………」
シェランは、秀眉を吊り上げた「悪の男爵夫人フェイス」のまま固まった。
(予定と違うぞ、どうする)
本来ならばここで、シンデレラが「はい、お義母さま」と答え、「貴方にお義母さまと呼ばれる筋合いはないわ! 奥様とお呼び」と叱りつけることで、純真な少女の心をへし折ってやるつもりだったのだ。
現実はどうだ。
すでに五十回ぐらいへし折られた後のようではないか。これ以上へし折る余地があるのか? というか、トレンマーダ男爵家、闇が深すぎないか?(悪役らしからぬ感想)
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