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4.継母、娘イビリを開始する
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「……可哀想。ですわ」
背後でぼそり、とアンガスが呟いた。
シェランは思い切り眉を顰めた。
(ええい、分かっとるわ! お前は黙ってろ)
と叱りつけてやりたいのだが、代わりに閉じた扇の先でアンガスの肩をペチッと叩くだけにとどめて、シェランは前に進み出た。
顎を反らし、冷たい青色の目でシンデレラを見下ろす。
「……それで、どういうことかしら、シンデレラ。この家の使用人たちはどこへ行ったの? まさか、貴方一人で全ての仕事をこなしてる、なんて言わないわよねえ?」
「申し訳ございません。お怒りでしたら、私めを三十回ぐらい鞭打ちしてお収め下さい」
「えっ、ちょっ、違、なんかごめん……いやそうじゃなくて、ふ、普通に答えなさい」
「はい。この家に使用人はおりません。私が全ての仕事を担っております」
「……なんで?」
あまりの状況に、貼り付けた演技の仮面が剥がれ落ちる。完全に素の低い声で、シェランは訊ねた。
俯いたまま、シンデレラがぼそぼそと答える。
「働かざる者、食うべからず! というのが、亡き母の教えでした。働けるようになった年頃から、ずっと母の教えを胸に生きております。無価値な自分は、働くことでこの世に生きる許しを得ているのです」
「……ほお」
(やっばいなコレ、完全に毒親の被害者じゃねえか)
自分もその毒親になろうとしていたことは棚に上げて、シェランは扇で隠した口元を震わせた。
「使用人の一人も雇わず、貴方一人でこの家を維持管理しているというのね? 休みは?」
「休みはございません」
「食事は?」
「一日に一切れ、パンを頂いております」
「睡眠時間は?」
「長いときは、一日四時間も眠らせて頂いております」
「……」
シェランの背後で、不穏な気配が蠢いている。
ひそひそと囁き交わす声。アンガスとドクだ。
「ううっ……ひでえ、ですわ」
「あり得ねえ、そんなん死んじまう、ですわ」
「人の心を持つ親がやることかよぉっ……ですわ」
ドクはまだハンカチを使う程度の淑女のたしなみを見せているが、アンガスは恥ずかしげもなくズビズビと鼻をすすり、そのうち両手の甲でごしごしと顔を拭い始めた。
せっかくの化粧が台無しだ。そうでなくても台無しなのだが。
(……あいつらに「ですわ」と言わせるのは間違いだったかな)
シェランは少し遠い目になりながら、ドレスの裾を優雅にさばいて、屋敷の敷居を跨いだ。
もうこれ以上、話を続けても無駄だ。敢えて踵の音を高く立てて颯爽と歩きながら、シンデレラに向かって呼ばわる。
「シンデレラ! 浴室はどこかしら、案内して頂戴」
「はい、奥様」
「アン! 井戸を探して水を汲んで来なさい。ドリスは風呂用の湯を沸かす!」
「「へえ、了解、ですわ」」
いささか考えが足りない傾向にある部下たちだが、申し付けられたことは素直にやるし、時には驚くほど気も利く。彼らがドレス姿のまま全力疾走して姿を消すのを尻目に、シェランは二階の浴室に足を踏み入れた。
黒木に漆喰塗りの部屋に、白い猫足の浴槽が鎮座している。明かり取りの窓から、正午の明るい光が降り注いでいた。
石鹸、ブラシ、タオル。必要なものは揃っているようだ。
「……さあ、始めるわよ」
部屋の隅で身を縮めるように頭を下げるシンデレラを見やって、シェランは不敵な笑みを唇に浮かべた。
(可哀想にな。この俺に出会ったのが運の尽きだったな、シンデレラ!)
背後でぼそり、とアンガスが呟いた。
シェランは思い切り眉を顰めた。
(ええい、分かっとるわ! お前は黙ってろ)
と叱りつけてやりたいのだが、代わりに閉じた扇の先でアンガスの肩をペチッと叩くだけにとどめて、シェランは前に進み出た。
顎を反らし、冷たい青色の目でシンデレラを見下ろす。
「……それで、どういうことかしら、シンデレラ。この家の使用人たちはどこへ行ったの? まさか、貴方一人で全ての仕事をこなしてる、なんて言わないわよねえ?」
「申し訳ございません。お怒りでしたら、私めを三十回ぐらい鞭打ちしてお収め下さい」
「えっ、ちょっ、違、なんかごめん……いやそうじゃなくて、ふ、普通に答えなさい」
「はい。この家に使用人はおりません。私が全ての仕事を担っております」
「……なんで?」
あまりの状況に、貼り付けた演技の仮面が剥がれ落ちる。完全に素の低い声で、シェランは訊ねた。
俯いたまま、シンデレラがぼそぼそと答える。
「働かざる者、食うべからず! というのが、亡き母の教えでした。働けるようになった年頃から、ずっと母の教えを胸に生きております。無価値な自分は、働くことでこの世に生きる許しを得ているのです」
「……ほお」
(やっばいなコレ、完全に毒親の被害者じゃねえか)
自分もその毒親になろうとしていたことは棚に上げて、シェランは扇で隠した口元を震わせた。
「使用人の一人も雇わず、貴方一人でこの家を維持管理しているというのね? 休みは?」
「休みはございません」
「食事は?」
「一日に一切れ、パンを頂いております」
「睡眠時間は?」
「長いときは、一日四時間も眠らせて頂いております」
「……」
シェランの背後で、不穏な気配が蠢いている。
ひそひそと囁き交わす声。アンガスとドクだ。
「ううっ……ひでえ、ですわ」
「あり得ねえ、そんなん死んじまう、ですわ」
「人の心を持つ親がやることかよぉっ……ですわ」
ドクはまだハンカチを使う程度の淑女のたしなみを見せているが、アンガスは恥ずかしげもなくズビズビと鼻をすすり、そのうち両手の甲でごしごしと顔を拭い始めた。
せっかくの化粧が台無しだ。そうでなくても台無しなのだが。
(……あいつらに「ですわ」と言わせるのは間違いだったかな)
シェランは少し遠い目になりながら、ドレスの裾を優雅にさばいて、屋敷の敷居を跨いだ。
もうこれ以上、話を続けても無駄だ。敢えて踵の音を高く立てて颯爽と歩きながら、シンデレラに向かって呼ばわる。
「シンデレラ! 浴室はどこかしら、案内して頂戴」
「はい、奥様」
「アン! 井戸を探して水を汲んで来なさい。ドリスは風呂用の湯を沸かす!」
「「へえ、了解、ですわ」」
いささか考えが足りない傾向にある部下たちだが、申し付けられたことは素直にやるし、時には驚くほど気も利く。彼らがドレス姿のまま全力疾走して姿を消すのを尻目に、シェランは二階の浴室に足を踏み入れた。
黒木に漆喰塗りの部屋に、白い猫足の浴槽が鎮座している。明かり取りの窓から、正午の明るい光が降り注いでいた。
石鹸、ブラシ、タオル。必要なものは揃っているようだ。
「……さあ、始めるわよ」
部屋の隅で身を縮めるように頭を下げるシンデレラを見やって、シェランは不敵な笑みを唇に浮かべた。
(可哀想にな。この俺に出会ったのが運の尽きだったな、シンデレラ!)
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