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5.継母、灰かぶりの灰を落とす
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「お、お止め下さい奥様……! 私などを浴槽に入れては、湯が汚れてしまいます」
「つべこべ言うんじゃありません! 湯は人の汚れを落とすためにあるのよ」
「い、いやあっ」
シンデレラの悲痛な叫びが響き渡る。
「あ、奥様……駄目っ、止め、あ、やぁっ」
「こら、手篭めにされてるみたいな声を出すんじゃねえわよ! 貴方みたいに骨と皮ばっかりの娘をよこしまな目で見るなんて、上級者向け過ぎるですわよ! そんな趣味はねえ! ですわ! 分かったら大人しく洗わせなさい」
ビリ、ビリビリビリ……と服を破る音が聞こえている時点で、状況は客観的に見てかなり微妙なのだが、口走った言葉の通りに、シェランにはよこしまな意図など微塵もなかった。
むしろ、戦場で傷病者を手当している感覚に近い。
しかもこの負傷兵……ではない、シンデレラは長年の労働で鍛えられているのか、栄養失調ぎみで窶れた身体にも関わらず、驚くほど力が強い。その腕力、かつ全身全霊で抵抗されて、シェランはますます「ここが戦場か……」という気分になっていた。
「くそっ」
たまに素の声に戻って舌打ちしながら、痩せた娘の頭からザバザバと新しい湯を注ぐ。三度目に湯を換えて、ようやく水が灰色に染まらなくなってきた。
「%Є#|/=.№≫∨〆∅@」
「ちょっと何言ってるのか分からないですわよ」
「%✩#$……」
何かの妖怪のように、長い髪を顔の前に垂らしたシンデレラがもぞもぞと蠢く。
ボサボサの荒れ果てた髪が、ようやく元の色を取り戻していた。驚いたことに、ところどころに赤褐色の筋が混じる鮮やかな金髪だ。
「ドリス! アレを持って来なさい」
「へぇボス、了解ですわ」
ヒョロっとした男がやってきて、シェランの手に数個の飴玉を落として去っていく。シェランは水滴がぽたぽたと滴る娘の前髪を掻き分けて、垣間見える唇に飴玉を当て、そのまま中に捩じ込んだ。
「$#✩*……?!!」
またもやシンデレラが叫んだが、口に飴が入った為か途中で停止した。
シェランは肩をすくめ、
「人間の言葉になっていないわよ、シンデレラ。貴方はろくに食べていないんだから、今のうちに少しずつ口に入れておきなさい。覚悟なさい、後で山盛りの粥を突っ込んでやるから」
「……」
シンデレラは沈黙した。諦めたのか、もはや抵抗もせずに大人しく飴を舐めている。その間に、シェランは慣れた手付きで彼女の髪を洗い、持ち上げて軽く水を絞った。
「ん?」
ふと、シェランは動きを止めた。
娘の顔が見えたのだ。この数時間で、初めて、くっきりと。
とても理想的な状況とは言い難い。シンデレラの顔は洗われたためか、それとも涙のせいかぐしゃぐしゃに濡れていて、落ちてきた髪の筋がところどころに貼り付いていた。痩せて骨ばった鼻の先は真っ赤だ。それでも、その印象全てを覆すほど、澄み切って大きなエメラルドの瞳がシェランの目に焼き付いた。
(……酷い環境のせいで、貧弱にも程があるが。素材はいい、それも一流かもしれん)
利用価値のありそうな顔だ。詐欺師の魂がうずく。
とはいえ、今、こんな弱り切った娘を前にして、何かの踏み台にしてやろうなどという気が全く起きなかったシェランは、早くも詐欺師としての何かを失いつつあるのかもしれない。
「つべこべ言うんじゃありません! 湯は人の汚れを落とすためにあるのよ」
「い、いやあっ」
シンデレラの悲痛な叫びが響き渡る。
「あ、奥様……駄目っ、止め、あ、やぁっ」
「こら、手篭めにされてるみたいな声を出すんじゃねえわよ! 貴方みたいに骨と皮ばっかりの娘をよこしまな目で見るなんて、上級者向け過ぎるですわよ! そんな趣味はねえ! ですわ! 分かったら大人しく洗わせなさい」
ビリ、ビリビリビリ……と服を破る音が聞こえている時点で、状況は客観的に見てかなり微妙なのだが、口走った言葉の通りに、シェランにはよこしまな意図など微塵もなかった。
むしろ、戦場で傷病者を手当している感覚に近い。
しかもこの負傷兵……ではない、シンデレラは長年の労働で鍛えられているのか、栄養失調ぎみで窶れた身体にも関わらず、驚くほど力が強い。その腕力、かつ全身全霊で抵抗されて、シェランはますます「ここが戦場か……」という気分になっていた。
「くそっ」
たまに素の声に戻って舌打ちしながら、痩せた娘の頭からザバザバと新しい湯を注ぐ。三度目に湯を換えて、ようやく水が灰色に染まらなくなってきた。
「%Є#|/=.№≫∨〆∅@」
「ちょっと何言ってるのか分からないですわよ」
「%✩#$……」
何かの妖怪のように、長い髪を顔の前に垂らしたシンデレラがもぞもぞと蠢く。
ボサボサの荒れ果てた髪が、ようやく元の色を取り戻していた。驚いたことに、ところどころに赤褐色の筋が混じる鮮やかな金髪だ。
「ドリス! アレを持って来なさい」
「へぇボス、了解ですわ」
ヒョロっとした男がやってきて、シェランの手に数個の飴玉を落として去っていく。シェランは水滴がぽたぽたと滴る娘の前髪を掻き分けて、垣間見える唇に飴玉を当て、そのまま中に捩じ込んだ。
「$#✩*……?!!」
またもやシンデレラが叫んだが、口に飴が入った為か途中で停止した。
シェランは肩をすくめ、
「人間の言葉になっていないわよ、シンデレラ。貴方はろくに食べていないんだから、今のうちに少しずつ口に入れておきなさい。覚悟なさい、後で山盛りの粥を突っ込んでやるから」
「……」
シンデレラは沈黙した。諦めたのか、もはや抵抗もせずに大人しく飴を舐めている。その間に、シェランは慣れた手付きで彼女の髪を洗い、持ち上げて軽く水を絞った。
「ん?」
ふと、シェランは動きを止めた。
娘の顔が見えたのだ。この数時間で、初めて、くっきりと。
とても理想的な状況とは言い難い。シンデレラの顔は洗われたためか、それとも涙のせいかぐしゃぐしゃに濡れていて、落ちてきた髪の筋がところどころに貼り付いていた。痩せて骨ばった鼻の先は真っ赤だ。それでも、その印象全てを覆すほど、澄み切って大きなエメラルドの瞳がシェランの目に焼き付いた。
(……酷い環境のせいで、貧弱にも程があるが。素材はいい、それも一流かもしれん)
利用価値のありそうな顔だ。詐欺師の魂がうずく。
とはいえ、今、こんな弱り切った娘を前にして、何かの踏み台にしてやろうなどという気が全く起きなかったシェランは、早くも詐欺師としての何かを失いつつあるのかもしれない。
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