【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

文字の大きさ
16 / 38

16.シェラン「どうしよう、ときめいた」

しおりを挟む
(……あんなでかい甲冑、この家にあったか?)

 シェランはまじまじと甲冑を見つめ……その分、反応が遅れた。

 ブン! と剣が振り下ろされる。周囲の空気を重たく揺らがせて、シェランのつま先のすぐ横の床に突き刺さり……

「うわっ」

 長いドレスの裾をからげて、辛くも飛び退いて逃げられたのは、かつて貧民街で過ごした日々の経験が身に沁み付いていたせい、かもしれない。

 だが、踵の高い華奢な靴に、纏わりついて身体の自由を奪うドレス、という組み合わせはこの場合、どこまでも最悪だ。シェランは薄い絹地に包まれた背中に、汗の滴が滲んで伝わっていくのを感じた。

(何だこいつ)

 本気で人間を殺す気か?

「くそ、幽霊なんて大嫌いだ……!」

 低く口の中で毒づく。

 御年約28歳にもなって、この世で心底苦手なものが増えたシェランであった。

 暗がりで、心臓の音をバクバクと轟かせながら、幽霊甲冑の出方を窺う。床に突き刺さった剣が引き抜かれて、再びその切っ先がシェランに向けられ……

「お義母さま!」

 飛び出してきた細い人影が、抜き身の刃を煌めかせながら、カンッと幽霊の剣を受け止めた。

 ただの金属ではない、剣戟の音と共に眩い白光が散る。

「っ?!」

 シェランは仰天し切った裏声を喉の奥で響かせた。

「シ、シンデレラ?」
「ご無事ですか、お義母さま?」
「え、ええ……」
「良かった」

 振り向いて笑った顔は明るく、ただひたすらシェランの無事を喜んでいるようだ。

 「やあっ」と気合いの声を発し、幽霊の剣を跳ね除けてから、

「この剣、飾り剣なんですけど、魔除けの銀で作られた我が家の家宝なんです。これがあれば、幽霊になんて負けません」

 手にした剣をひらひらと振ってみせる。

 その剣以外は、いつもと変わらぬワンピース姿のシンデレラだった。シェランが選んでやった、ひらひらしたスカートの裾を靡かせ、床を踏み締めて立っている。足元はそれなりに踵の高い水色の繻子の靴。それでもシェランよりは大分小柄で背が低い、華奢な娘だ。

「…………」
「お義母さま? 実はどこか怪我でもしましたか? あの幽霊、生かしておけない……!」
「い、いえ、そうじゃないのよ」

 幽霊はもともと生きてないのでは? などと野暮な突っ込みをしている場合ではない。シェランは首を左右に振って、なんとか正気を取り戻した。

「つ、強いのね、シンデレラ」
「お義母さまを守るためですから」

 シンデレラは暗闇の中でもきらりと光る歯を見せて、まるで姫君を守る騎士のように凛々しい口調で言い放ち──


 トゥンクッ


 シェランの心臓が、人生初、なんとも表現しがたい音を立てた。

(……は?)

 動揺するシェランをよそに、彼の心臓はひたすら脈打ち、たまに「キュン」とまで鳴く。意味が分からない。いや、薄々分かっているのだが分かりたくない。人生初のときめきがこんなところで訪れる? 嘘だろう……

「お義母さまに害なすものは許さない!」

 腹の底から捻り出したような声と共に、シンデレラが剣を奮って甲冑を打ち倒した。一閃、二閃、そして空っぽの兜の中を突き刺して、勇ましく凱歌を上げる。

「消えなさい、幽霊ども!」

(……おい、強すぎるだろ、うちの継娘が)


 キュンとした。


 ──その後、随分と後になってから、シェランは「恋に落ちる瞬間というのは本当に予想できないものなんだ……特に、相手が全く予想がつかない側面を隠し持ってる、とかだとな」と苦み走った顔で語ったりしていたのだが、それはともかくとして。

 トレンマーダ男爵家に居着いていた幽霊たちは慌てふためいて、その夜、一斉に逃亡の旅に出た。夜空を連なって逃げていく彼らのせいで、煌々と輝いていた満月は隠れ、たまに蝙蝠の翼らしきものがはためく音が聴こえていたという。

 懸念すべき点としては、ドクが彼らを回収し損ねたことだ。だがその後、幽霊たちが他の屋敷に取り憑いて散々悪戯を働いた、という噂は全く聞こえてこなかったので、シェランはこの一件を、何事も無かった振りをして忘れ去ることにした。忘れるのが一番だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...