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17.男爵家の食卓が悩ましい雰囲気過ぎる件

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 ──ここで一つ、解説をば。

 シェランは、親の顔も知らぬまま泥水を啜って生きるような生活から、たった一人で身を起こし、それなりの地位を築いた男である。主に法的に問題のある方面でだが。

 人に頼られることはあっても、誰かに頼ったことはない。本人もそれが当然だと思い込んでいた。その彼の心の柔らかい部分に、「誰かに守られる」という初めての経験が思い切り、直球で、完璧にヒットしてしまったのである。

(くっ……!)

 これを恋愛感情と言ってよいのか、シェラン自身にもまだ良く分からなかったりするのだが。あの夜以来、シェランはシンデレラの顔を見るだけで起きる謎の動悸息切れ皮膚の紅潮血圧上昇などの症状に悩まされている。

 どのくらい酷いのかというと、食卓でシンデレラの顔がまっとうに見られない。

 彼女の前では常に冷たい男爵夫人という仮面を被ったままなのが救いだ。まっすぐ前を向いたまま、可愛い継娘には目もくれず、フォークとナイフの動きだけに集中する。

(俺はクールビューティというやつだからな、この態度が当然だろう。……よし、問題ない、誰にもおかしいと思われてないぞ)

「……ボス、何か変、ですわ?」
「ボス、お腹でも痛いのか、ですわ」

 心配した部下たちが声を掛けてくるが、片頬をピクリッと引き攣らせただけで聞き流した。思いのほか、部下たちが鋭くて鬱陶しいが、構っている余裕はないのである。

「お義母さま」

 余裕がなさ過ぎて、油断していたのだろうか。

 いつの間にかシェランの隣に陣取ったシンデレラが、すっと手を伸ばしてきた。

 シェランの引き締まった腹の辺りに。

「お義母さま、お腹が痛いのですか……?」
「えっ、あ、な、何をしているの、貴方」

 シェランの作り声が完全に裏返って掠れる。あまりに予想外の出来事で、彼が固まって動けないでいるうちに、シンデレラの小さな手が彼のお腹を撫でるようにさすりはじめた。

「お義母さまの綺麗なお腹が辛い目に遭ってるなんて……嫌……。お義母さま、こうしていたらどう……? 少し楽になった……?」

 耳元で囁くという高等技術付きである。

 この娘は一体何なんだ。

 一度気を許した相手にだけ本性を見せる魔性の生き物なのか?

(待て待て、俺は今は男爵夫人で継母なんだぞ。継母相手にふしだらな真似とかするわけないだろ。焦るな俺)

 動揺にぐらぐらと揺れ続けるシェランの耳元で、シンデレラはなおも囁き続けて、

「お義母さま……私の手、どう……?」


(いかがわしすぎる!!!)


 シェランは脳内で絶叫した。

 今すぐ両手に顔を埋めて、恥じらう乙女の如く全力で赤面したい。逃げたい。秘密の日記ダイアリーに狂ったようなポエムを書き殴った挙句に失踪したい。無理。耐えられない。

 だが、今の彼に出来ることといえば、「私は継母……継母……」と病んだように呟きながら、シンデレラにさすられ続けることだけである。※早く止めさせればいいのに

「……ねえ、アン姉さん。この状況、アレじゃないかですわ」
「ドリス、アレとは何だ? ですわ」
「倒錯的、というやつですわ!」
「あ、その言葉なら知ってる、ですわ! この状況、ぴったりですわ!」
「ボスといえば倒錯的、ですわね」

 部下たちのキャピキャピした声が虚ろな脳の片隅に流れ込んできて、シェランは八つ当たり気味に、(あいつら、いつかシメる……)と心の中で誓った。
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