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20.詐欺師、継母に完敗する
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「ま、待って下さい。私はそのようなつもりはなく……ただ、貴女とお近付きになりたかっただけで」
何とか軌道修正を試みたのは、シェランの詐欺師としての本能、そして悪足掻きのようなものだった。
幾らシンデレラがヤバすぎたとしても、彼は場数を踏んだ詐欺師なのだ。小娘一人を言いくるめることなど造作もない……はずだよな? 誰かそうだと言ってくれ!
シェランの心の叫びなど全く構わず、シンデレラは胡散臭いものを見る目でシェランを睨んでいる。これ以上近付くならどこの骨から折ってやろうか、と真剣に考えている目だ。
「私とお近付きに? ……私を引っ掛けて、お義母さまに近付く足掛かりにするつもりなんですね? 下心が見え見えで、いっそ興醒めなんですけど」
下心があったのは確かだが、そんな下心でも無かったのだが。
そして、シンデレラのあまりの冷たさ、皮肉と軽蔑の篭った言い回しと目付きに、シェランの心は今にもポキリと折れそうだ。
(この娘……俺が家に居るときには、「お義母さま♡」って可愛く擦り寄ってくるくせに)
「そ……そんなにお義母さまがいいんですか」
「いいんです♡」
突然、シンデレラの声音が百八十度の変化を遂げた。
手と手を握り合わせ、まるで恋する乙女のように頬を紅潮させて天を仰いでいる。
「お義母さまって本当に綺麗なんです。綺麗なだけじゃなくて、実はすごく可愛くて。私が何かプレゼントすると、すげなく興味ない振りをするんですけど、突き放し切れなくて『……有難う』と小さな声で呟いたりするんです。それで事あるごとに使ってくれたり、実は大事にしてくれてたり。本当はすごく優しいことがバレバレなのに、本人は気付かれてないと思って振る舞ってるところがもう、見ててキュンキュンしちゃって! そんなことが毎日あって、もう供給過剰すぎ! お義母さま可愛すぎて、私をどうしたいの………あれ、どうしたんですか」
最後の言葉は、地面に崩れ落ちてぷるぷるしているシェランに向けられた言葉である。
相手は「お義母さま」ではないので、駆け寄って助け起こす気などさらさらなく、ただ異常を確認しただけの冷たい響きだ。
「くっ……何でもありま……せん」
継母演技における絶大な自信にヒビを入れられて、シェランは虫の息だが、なんとか立ち上がった。
「貴女は本当に、お義母上が好きなんですね」
「そうなんです!」
シンデレラは頷き、なぜだか少し、シェランに対する当たりを柔らかくした。
「ふっ、やっぱり分かっちゃいますよね? お義母さまへの愛は全人類共通のものとは言え、私の愛は他とは一線を画してますから!」
「分かります」
分かる。シェランは継母として、シンデレラに心から慕われているらしい。そのことがこれほど嬉しくなかったのも初めてだが。
「そもそも、何故そんなに義母上が好きになったんですか」
「えっ、それを聞いちゃいますか」
シンデレラが両手を後ろに回してもじもじする。何だこれは。恋バナしたい乙女か。
とにかく、シンデレラが継母への愛(という名の惚気)を語りたくて語りたくて仕方がなかった、ということは伝わってくる。それこそ、相手が継母のストーカーであっても語ってしまう程に。
「お義母さまが、手を握ってくれたんです……夜、私が泣いてるときに来て、『もう大丈夫』って言ってくれたんです。本当に、一つの嘘も誤魔化しもなく、心からの優しさと強さで。それで気付いたんですけど、お義母さまは有言実行の人で、本当にそれから私にとって辛いことは何一つ起きなかったんです。何もかも、お義母さまがくれて……あったかい寝床も、美味しいご飯も、優しい家族や、日々の『有難う』って言葉も、本当に欲しかったものは全部。それなのに、何一つ、大したことはやってないって態度で。お義母さまはそういう人なんです。本当に天使みたいな人なんです」
「…………………」
シェランは沈黙した。
沈黙せざるを得なかった。
(……………そうだったか?)
シェランの心境はそれに尽きる。
シンデレラは照れたように、「ふふ」と笑みを洩らし、
「そんなお義母さまですけど、ちょっと駄目なところもあって。毎日、放っとくと変な通販番組に引っ掛かって、妙なものを買い込んじゃうんです。天使を騙すなんて悪辣な番組過ぎますよね……! いつか天罰が下ると思うんですけど、それまでは私が頑張らないと。通販番組が始まる頃になると、それとなくお義母さまの気を逸らしたり、別の用事が入るようにして、だんだん忘れるように仕向けてるんです」
「……」
気付かなかった。
(……この娘、そんなことまでやってくれてたのか)
通販番組の呪いが解けかかっているせいか、シンデレラの仕業を聞いても腹は立たなかった。継母への愛を語るシンデレラの顔が、幸せそうに上擦った声が、妙に眩しいような気がする。
(……これはこれで、悪くはないか)
ひっそりと、気取られないように溜息をついて、薄く呼気を逃がす。
シェランが、自分が自分に完敗したこと、つまり通りすがりの顔がいいだけの男が、いつも側にいる継母に負けたことを認めた瞬間であった。
何とか軌道修正を試みたのは、シェランの詐欺師としての本能、そして悪足掻きのようなものだった。
幾らシンデレラがヤバすぎたとしても、彼は場数を踏んだ詐欺師なのだ。小娘一人を言いくるめることなど造作もない……はずだよな? 誰かそうだと言ってくれ!
シェランの心の叫びなど全く構わず、シンデレラは胡散臭いものを見る目でシェランを睨んでいる。これ以上近付くならどこの骨から折ってやろうか、と真剣に考えている目だ。
「私とお近付きに? ……私を引っ掛けて、お義母さまに近付く足掛かりにするつもりなんですね? 下心が見え見えで、いっそ興醒めなんですけど」
下心があったのは確かだが、そんな下心でも無かったのだが。
そして、シンデレラのあまりの冷たさ、皮肉と軽蔑の篭った言い回しと目付きに、シェランの心は今にもポキリと折れそうだ。
(この娘……俺が家に居るときには、「お義母さま♡」って可愛く擦り寄ってくるくせに)
「そ……そんなにお義母さまがいいんですか」
「いいんです♡」
突然、シンデレラの声音が百八十度の変化を遂げた。
手と手を握り合わせ、まるで恋する乙女のように頬を紅潮させて天を仰いでいる。
「お義母さまって本当に綺麗なんです。綺麗なだけじゃなくて、実はすごく可愛くて。私が何かプレゼントすると、すげなく興味ない振りをするんですけど、突き放し切れなくて『……有難う』と小さな声で呟いたりするんです。それで事あるごとに使ってくれたり、実は大事にしてくれてたり。本当はすごく優しいことがバレバレなのに、本人は気付かれてないと思って振る舞ってるところがもう、見ててキュンキュンしちゃって! そんなことが毎日あって、もう供給過剰すぎ! お義母さま可愛すぎて、私をどうしたいの………あれ、どうしたんですか」
最後の言葉は、地面に崩れ落ちてぷるぷるしているシェランに向けられた言葉である。
相手は「お義母さま」ではないので、駆け寄って助け起こす気などさらさらなく、ただ異常を確認しただけの冷たい響きだ。
「くっ……何でもありま……せん」
継母演技における絶大な自信にヒビを入れられて、シェランは虫の息だが、なんとか立ち上がった。
「貴女は本当に、お義母上が好きなんですね」
「そうなんです!」
シンデレラは頷き、なぜだか少し、シェランに対する当たりを柔らかくした。
「ふっ、やっぱり分かっちゃいますよね? お義母さまへの愛は全人類共通のものとは言え、私の愛は他とは一線を画してますから!」
「分かります」
分かる。シェランは継母として、シンデレラに心から慕われているらしい。そのことがこれほど嬉しくなかったのも初めてだが。
「そもそも、何故そんなに義母上が好きになったんですか」
「えっ、それを聞いちゃいますか」
シンデレラが両手を後ろに回してもじもじする。何だこれは。恋バナしたい乙女か。
とにかく、シンデレラが継母への愛(という名の惚気)を語りたくて語りたくて仕方がなかった、ということは伝わってくる。それこそ、相手が継母のストーカーであっても語ってしまう程に。
「お義母さまが、手を握ってくれたんです……夜、私が泣いてるときに来て、『もう大丈夫』って言ってくれたんです。本当に、一つの嘘も誤魔化しもなく、心からの優しさと強さで。それで気付いたんですけど、お義母さまは有言実行の人で、本当にそれから私にとって辛いことは何一つ起きなかったんです。何もかも、お義母さまがくれて……あったかい寝床も、美味しいご飯も、優しい家族や、日々の『有難う』って言葉も、本当に欲しかったものは全部。それなのに、何一つ、大したことはやってないって態度で。お義母さまはそういう人なんです。本当に天使みたいな人なんです」
「…………………」
シェランは沈黙した。
沈黙せざるを得なかった。
(……………そうだったか?)
シェランの心境はそれに尽きる。
シンデレラは照れたように、「ふふ」と笑みを洩らし、
「そんなお義母さまですけど、ちょっと駄目なところもあって。毎日、放っとくと変な通販番組に引っ掛かって、妙なものを買い込んじゃうんです。天使を騙すなんて悪辣な番組過ぎますよね……! いつか天罰が下ると思うんですけど、それまでは私が頑張らないと。通販番組が始まる頃になると、それとなくお義母さまの気を逸らしたり、別の用事が入るようにして、だんだん忘れるように仕向けてるんです」
「……」
気付かなかった。
(……この娘、そんなことまでやってくれてたのか)
通販番組の呪いが解けかかっているせいか、シンデレラの仕業を聞いても腹は立たなかった。継母への愛を語るシンデレラの顔が、幸せそうに上擦った声が、妙に眩しいような気がする。
(……これはこれで、悪くはないか)
ひっそりと、気取られないように溜息をついて、薄く呼気を逃がす。
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