【完結】「お前たち! 今日もシンデレラを虐めるわよ!」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

雪野原よる

文字の大きさ
20 / 38

20.詐欺師、継母に完敗する

しおりを挟む
「ま、待って下さい。私はそのようなつもりはなく……ただ、貴女とお近付きになりたかっただけで」

 何とか軌道修正を試みたのは、シェランの詐欺師としての本能、そして悪足掻きのようなものだった。

 幾らシンデレラがヤバすぎたとしても、彼は場数を踏んだ詐欺師なのだ。小娘一人を言いくるめることなど造作もない……はずだよな? 誰かそうだと言ってくれ!

 シェランの心の叫びなど全く構わず、シンデレラは胡散臭いものを見る目でシェランを睨んでいる。これ以上近付くならどこの骨から折ってやろうか、と真剣に考えている目だ。

「私とお近付きに? ……私を引っ掛けて、お義母さまに近付く足掛かりにするつもりなんですね? 下心が見え見えで、いっそ興醒めなんですけど」

 下心があったのは確かだが、そんな下心でも無かったのだが。

 そして、シンデレラのあまりの冷たさ、皮肉と軽蔑の篭った言い回しと目付きに、シェランの心は今にもポキリと折れそうだ。

(この娘……俺が家に居るときには、「お義母さま♡」って可愛く擦り寄ってくるくせに)

「そ……そんなにお義母さまがいいんですか」
「いいんです♡」

 突然、シンデレラの声音が百八十度の変化を遂げた。

 手と手を握り合わせ、まるで恋する乙女のように頬を紅潮させて天を仰いでいる。

「お義母さまって本当に綺麗なんです。綺麗なだけじゃなくて、実はすごく可愛くて。私が何かプレゼントすると、すげなく興味ない振りをするんですけど、突き放し切れなくて『……有難う』と小さな声で呟いたりするんです。それで事あるごとに使ってくれたり、実は大事にしてくれてたり。本当はすごく優しいことがバレバレなのに、本人は気付かれてないと思って振る舞ってるところがもう、見ててキュンキュンしちゃって! そんなことが毎日あって、もう供給過剰すぎ! お義母さま可愛すぎて、私をどうしたいの………あれ、どうしたんですか」

 最後の言葉は、地面に崩れ落ちてぷるぷるしているシェランに向けられた言葉である。

 相手は「お義母さま」ではないので、駆け寄って助け起こす気などさらさらなく、ただ異常を確認しただけの冷たい響きだ。

「くっ……何でもありま……せん」

 継母演技における絶大な自信にヒビを入れられて、シェランは虫の息だが、なんとか立ち上がった。

「貴女は本当に、お義母上が好きなんですね」
「そうなんです!」

 シンデレラは頷き、なぜだか少し、シェランに対する当たりを柔らかくした。

「ふっ、やっぱり分かっちゃいますよね? お義母さまへの愛は全人類共通のものとは言え、私の愛は他とは一線を画してますから!」
「分かります」

 分かる。シェランは継母として、シンデレラに心から慕われているらしい。そのことがこれほど嬉しくなかったのも初めてだが。

「そもそも、何故そんなに義母上が好きになったんですか」
「えっ、それを聞いちゃいますか」

 シンデレラが両手を後ろに回してもじもじする。何だこれは。恋バナしたい乙女か。

 とにかく、シンデレラが継母への愛(という名の惚気)を語りたくて語りたくて仕方がなかった、ということは伝わってくる。それこそ、相手が継母のストーカーであっても語ってしまう程に。

「お義母さまが、手を握ってくれたんです……夜、私が泣いてるときに来て、『もう大丈夫』って言ってくれたんです。本当に、一つの嘘も誤魔化しもなく、心からの優しさと強さで。それで気付いたんですけど、お義母さまは有言実行の人で、本当にそれから私にとって辛いことは何一つ起きなかったんです。何もかも、お義母さまがくれて……あったかい寝床も、美味しいご飯も、優しい家族や、日々の『有難う』って言葉も、本当に欲しかったものは全部。それなのに、何一つ、大したことはやってないって態度で。お義母さまはそういう人なんです。本当に天使みたいな人なんです」
「…………………」

 シェランは沈黙した。

 沈黙せざるを得なかった。

(……………そうだったか?)

 シェランの心境はそれに尽きる。

 シンデレラは照れたように、「ふふ」と笑みを洩らし、

「そんなお義母さまですけど、ちょっと駄目なところもあって。毎日、放っとくと変な通販番組に引っ掛かって、妙なものを買い込んじゃうんです。天使を騙すなんて悪辣な番組過ぎますよね……! いつか天罰が下ると思うんですけど、それまでは私が頑張らないと。通販番組が始まる頃になると、それとなくお義母さまの気を逸らしたり、別の用事が入るようにして、だんだん忘れるように仕向けてるんです」
「……」

 気付かなかった。

(……この娘、そんなことまでやってくれてたのか)

 通販番組の呪いが解けかかっているせいか、シンデレラの仕業を聞いても腹は立たなかった。継母への愛を語るシンデレラの顔が、幸せそうに上擦った声が、妙に眩しいような気がする。

(……これはこれで、悪くはないか)

 ひっそりと、気取られないように溜息をついて、薄く呼気を逃がす。

 シェランが、自分が自分に完敗したこと、つまり通りすがりの顔がいいだけの男が、いつも側にいる継母に負けたことを認めた瞬間であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...