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19.詐欺師、シンデレラに恫喝される
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シェランは、運命の出会いとやらを演出することにした。
(偶然を装って二回会う。それからは顔をなるべく至近距離で見せて、その場に相応しいことを何か言うだけだ)
同じ屋根の下で暮らしていれば、相手の嗜好などそれとなく伝わってくるはず……だったのだが。どんなにシンデレラと共に過ごしていても、シェランには彼女の趣味嗜好が一ミリも理解できなかった。お義母さまが大好きなのは分かるが、それ以外は? そもそもいつから、こんなにお義母さまが好きになったんだ? ……分からない。シェランには全く理解できない。かくなる上は、ごく堅実な策を採用するしかない。
「お使いに行って頂戴、シンデレラ」
継母の命令という権力を奮ってシンデレラを街に追い出し、上手いこと彼と擦れ違うよう画策する。
最初は、どこぞのお店の前でたまたま通りすがって、重たそうな扉を開けてやっただけ、それだけのごくささやかな出会いだ。育ちが良くて、弱いものや女性を労るように躾けられた青年であれば、ごく自然な行動と言えるだろう。
シェランは荷物を沢山持ったシンデレラの前に立って扉を押さえ、控えめな笑みを向けてやった。人目を惹く銀髪や特徴的な睫毛を染めて黒くしただけの簡単な変装だが、変装に一家言あるシェランにとってはこれで十分だ。
(仕草や態度で与える印象は驚くほど大きく変わるし、男女の違いは大抵の人間の目を曇らせるものだからな)
思ったとおり、シンデレラは彼の正体に気付いた様子を見せなかった。ただ、彼の顔を見たとき、思わず「あ」という声を洩らしたようだ。
美形に見惚れたわけではない。継母にあまりに似た顔立ちなので(本人だ!)、つい気になってしまったのだろう。しかし通りすがりの知らない相手に、「貴方はお義母さまの親戚ですか? とてもよく似ていますが」とは言い出せない。まごつくシンデレラに向かってシェランは愛想よく笑いかけ、「お荷物が重そうですね、お手伝いしましょうか」と親切な青年らしく申し出た。
「いえ、大丈夫です」
シンデレラが拒否する。実際大丈夫なのは知っているので、シェランはその場はあっさりと引き下がった。なお、シンデレラの二の腕は滅茶苦茶逞しく、その辺の兵士に見劣りしないレベルで育っているのだが、それは日々の無理のない労働に、彼の適切な栄養管理が合わさった成果である。
その三日後、シェランは再びシンデレラと街中で接触した。
「そこのお嬢さん」
爽やかな声音で呼びかける。振り返ったシンデレラは、彼の顔を見て軽く目を見開いた。やはり、継母に似たこの顔は、シンデレラの記憶に強く残っていたようだ。
「あ、貴方は……」
「ああ、貴女でしたか。先日お目に掛かりましたね」
「はあ」
「さっき、これを落とされたようでしたので。どうぞ」
物柔らかな微笑みと共に差し出したのは、シンデレラお手製の刺繍入りハンカチだ。口実になるなら何でもよかったのだが、ちょうど昨夜、屋敷の中でシンデレラが落としていったのを見かけたので、これ幸いと着服したものである。確実に本人のものなのだから、「それは私のものでは……」としらを切られる心配もないだろう。
「あ゛あ゛?!!」
信じがたいことに。
唐突にシンデレラがブチ切れた。
ひったくるようにシェランの手からハンカチを取り戻すと、明らかに敵意の篭った目で──それも魔物が人間を見るような呪詛の篭っていそうな暗く光る目付きで、シェランをぐっと見据える。
その可憐な口から零れる言葉もまた強烈で、一息ごとにシェランにパンチを当ててくるようだ。
「これ、私がお義母さまに使ってほしくて、もう二百枚ぐらい刺繍しちゃったからこれ以上押し付けられなくて、せめてお義母さまに拾ってほしくてわざと落としたやつなんですけど、それをなんで貴方が持ってるんですか? お義母さまが貴方に渡した、とか言わないですよね? 想像するだにおぞましいんですけど……ああ、お義母さまに付き纏って盗んだんですよね? お義母さまのストーカーとか……分かりますけど。お義母さまがあまりに美しいから懸想した挙句にストーカーしちゃう気持ち、分かりますけど。だってお義母さまの美貌、この世の宝と言っても過言じゃないですもんね。でも、貴方如きが? お義母さまの視界に入ろうとした? 身の程を知らな過ぎません?」
なんだこれは。
シェランの思考は停止した。
(この娘は何を言ってるんだ)
というか今、ひょっとして、自分はシンデレラに罵倒されているのだろうか。
継母としては褒められているのかもしれないが、その辺も微妙なところである。
「お義母さまにちょっと似てるからって、何をいい気になってるんですか? お義母さまが、貴方なんか相手にするとでも? お義母さまはこの世の天使、本来は天国で他の天使たちに囲まれて崇拝されてるべきところを間違ってこの世に生まれてしまった正真正銘の本物の天使ですから」
(正真正銘の本物の天使って何だ)
「その辺の有象無象の男風情が、私のお義母さまに近付くつもりなら、憲兵を呼びますから。いいですか、二度と、その邪な目をお義母さまに向けないで下さいね。……さもないと、殺りますよ」
完全に、脅迫を伴った恫喝であった。
想像した以上に継娘がヤバかった、とシェランは全身の体温が急速に冷えていくのを感じた。
(偶然を装って二回会う。それからは顔をなるべく至近距離で見せて、その場に相応しいことを何か言うだけだ)
同じ屋根の下で暮らしていれば、相手の嗜好などそれとなく伝わってくるはず……だったのだが。どんなにシンデレラと共に過ごしていても、シェランには彼女の趣味嗜好が一ミリも理解できなかった。お義母さまが大好きなのは分かるが、それ以外は? そもそもいつから、こんなにお義母さまが好きになったんだ? ……分からない。シェランには全く理解できない。かくなる上は、ごく堅実な策を採用するしかない。
「お使いに行って頂戴、シンデレラ」
継母の命令という権力を奮ってシンデレラを街に追い出し、上手いこと彼と擦れ違うよう画策する。
最初は、どこぞのお店の前でたまたま通りすがって、重たそうな扉を開けてやっただけ、それだけのごくささやかな出会いだ。育ちが良くて、弱いものや女性を労るように躾けられた青年であれば、ごく自然な行動と言えるだろう。
シェランは荷物を沢山持ったシンデレラの前に立って扉を押さえ、控えめな笑みを向けてやった。人目を惹く銀髪や特徴的な睫毛を染めて黒くしただけの簡単な変装だが、変装に一家言あるシェランにとってはこれで十分だ。
(仕草や態度で与える印象は驚くほど大きく変わるし、男女の違いは大抵の人間の目を曇らせるものだからな)
思ったとおり、シンデレラは彼の正体に気付いた様子を見せなかった。ただ、彼の顔を見たとき、思わず「あ」という声を洩らしたようだ。
美形に見惚れたわけではない。継母にあまりに似た顔立ちなので(本人だ!)、つい気になってしまったのだろう。しかし通りすがりの知らない相手に、「貴方はお義母さまの親戚ですか? とてもよく似ていますが」とは言い出せない。まごつくシンデレラに向かってシェランは愛想よく笑いかけ、「お荷物が重そうですね、お手伝いしましょうか」と親切な青年らしく申し出た。
「いえ、大丈夫です」
シンデレラが拒否する。実際大丈夫なのは知っているので、シェランはその場はあっさりと引き下がった。なお、シンデレラの二の腕は滅茶苦茶逞しく、その辺の兵士に見劣りしないレベルで育っているのだが、それは日々の無理のない労働に、彼の適切な栄養管理が合わさった成果である。
その三日後、シェランは再びシンデレラと街中で接触した。
「そこのお嬢さん」
爽やかな声音で呼びかける。振り返ったシンデレラは、彼の顔を見て軽く目を見開いた。やはり、継母に似たこの顔は、シンデレラの記憶に強く残っていたようだ。
「あ、貴方は……」
「ああ、貴女でしたか。先日お目に掛かりましたね」
「はあ」
「さっき、これを落とされたようでしたので。どうぞ」
物柔らかな微笑みと共に差し出したのは、シンデレラお手製の刺繍入りハンカチだ。口実になるなら何でもよかったのだが、ちょうど昨夜、屋敷の中でシンデレラが落としていったのを見かけたので、これ幸いと着服したものである。確実に本人のものなのだから、「それは私のものでは……」としらを切られる心配もないだろう。
「あ゛あ゛?!!」
信じがたいことに。
唐突にシンデレラがブチ切れた。
ひったくるようにシェランの手からハンカチを取り戻すと、明らかに敵意の篭った目で──それも魔物が人間を見るような呪詛の篭っていそうな暗く光る目付きで、シェランをぐっと見据える。
その可憐な口から零れる言葉もまた強烈で、一息ごとにシェランにパンチを当ててくるようだ。
「これ、私がお義母さまに使ってほしくて、もう二百枚ぐらい刺繍しちゃったからこれ以上押し付けられなくて、せめてお義母さまに拾ってほしくてわざと落としたやつなんですけど、それをなんで貴方が持ってるんですか? お義母さまが貴方に渡した、とか言わないですよね? 想像するだにおぞましいんですけど……ああ、お義母さまに付き纏って盗んだんですよね? お義母さまのストーカーとか……分かりますけど。お義母さまがあまりに美しいから懸想した挙句にストーカーしちゃう気持ち、分かりますけど。だってお義母さまの美貌、この世の宝と言っても過言じゃないですもんね。でも、貴方如きが? お義母さまの視界に入ろうとした? 身の程を知らな過ぎません?」
なんだこれは。
シェランの思考は停止した。
(この娘は何を言ってるんだ)
というか今、ひょっとして、自分はシンデレラに罵倒されているのだろうか。
継母としては褒められているのかもしれないが、その辺も微妙なところである。
「お義母さまにちょっと似てるからって、何をいい気になってるんですか? お義母さまが、貴方なんか相手にするとでも? お義母さまはこの世の天使、本来は天国で他の天使たちに囲まれて崇拝されてるべきところを間違ってこの世に生まれてしまった正真正銘の本物の天使ですから」
(正真正銘の本物の天使って何だ)
「その辺の有象無象の男風情が、私のお義母さまに近付くつもりなら、憲兵を呼びますから。いいですか、二度と、その邪な目をお義母さまに向けないで下さいね。……さもないと、殺りますよ」
完全に、脅迫を伴った恫喝であった。
想像した以上に継娘がヤバかった、とシェランは全身の体温が急速に冷えていくのを感じた。
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