【完結】「お前たち！ 今日もシンデレラを虐めるわよ！」「……今日も失敗したか、だが俺は諦めんぞ」

21.継母と継娘、二人の世界を作る

「シンデレラ、出掛けるわよ。支度なさい」
「は、はいっ！　あの……どこへ行くんですか？」
「今流行している茶楼ティールームよ。私が最近買ってやったリボンは持っているわね？　一緒に出掛けるのだから、私に恥をかかせないように精一杯お洒落をしなさい」
「は、はい、お義母さま！」

　そんな遣り取りをした数十分後。

　美しく着飾った継母と継娘は、大きな硝子窓の側に向かい合わせに座って、差し込む光に目を細めていた。

　薔薇の花びらを散らしたお茶の香が、匂い立つ湯気となって流れる。宝石のような小さな菓子を摘むシェランの指先は貴族らしく白く細く、その動作は色っぽいほどに気だるげだ。

　うっとりと見惚れるシンデレラにふと、視線を止めると、

「……あら。シンデレラ、リボンが曲がっているわよ」

　シェランは手を伸ばし、しゅるしゅるとその胸元のリボンを解いて丁寧に結び直した。

「あ、あああ有難うございますお義母さま」

　口ごもったシンデレラが、これ以上無いほど真っ赤になる。目に見えている部分全てが真っ赤で、まるで小さな赤いモンスターになったかのようだ。

　シェランが「ふふ」と微笑っていると、シンデレラは今度はしゅん、と小さく縮んだ。肩を落とし、俯きながら小声で言う。

「……ごめんなさい、お義母さま」
「あら、何」
「私、悪い子なんです。本当は……お義母さまに構って欲しくて、わざとリボンを曲げて結んだんです」
「あら、本当に悪い子ね」

　シェランは薄い唇に冷ややかな笑みを刻むと、

「本当に悪い子……なら、罰が必要ね。口を開けなさい」
「え、お義母さま……」
「言うことが聞けないの？　口を開けなさい、シンデレラ」
「……」

　おずおずと開いた口に、細い指先がお菓子を運ぶ。花びらのようなお菓子を口に入れられ、目を見開くシンデレラの表情を見て、シェランは可笑しそうに笑った。

「何を驚いているの。罰なのだから大人しく受けなさい。ほら、もう一つ」
「はい、お義母さま」





「「「「「何だあの二人は」」」」」




　その茶楼の客、彼女たちの遣り取りが聞こえた者全て、そして従業員たちの心の叫びである。

　ちょっと意味が分からない。会話からして恐らく母娘なのだろうが、あんな遣り取りをする母娘がいるだろうか。

（空気が違いすぎる……あの辺りだけピンクの靄に包まれてるみたいだ）
（色香が凄い）
（母親が色っぽすぎる。あんな美人が母親とかあり得ない。そもそも娘に向ける態度か？）
（娘の目が完全にハートマークなんだが）
（お互い、母と娘に向ける目じゃないわ）
（あれが罰とか、何のプレイなの？）

　心中でざわめきながら、何も見ていない、聞こえていない振りをして過ごす客と従業員たち。その実、全ての意識は謎の母娘の上に注がれているので、いつも賑やかな茶楼は不自然なほどに静まり返っていた。

「落ち着いたいい店ね。またここでお茶をしましょう」

　周囲の空気を読まず、シェランが満足そうに呟く。

「ま、またお義母さまと来られるんですか？」

　いっこうに頬の赤みが引かないシンデレラが、前のめりになって訊ねた。

「あら。私と来たいのかしら」
「勿論です！」
「そう。素直なのは良いことだわ。素直な子は……好きよ」
「好き……っ」

　再び煮えたぎるように真っ赤になったシンデレラは気付いていなかったのだが、その瞬間、耐え切れなくなった客人や従業員たちが一斉に「ごくり」と唾を飲み、その音が渾然となって茶楼中に響きわたったのであった。