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22.シンデレラ、エラと呼ばれる

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 シェランは概ね現状に満足していた。

(うん、これで収まるところに収まった感じだな)

 目の前で頬を染めている継娘を見やる。男の姿で出会ったときは怖かったが……しかも詐欺師としての自信がごっそり奪われるほどのトラウマ案件だったのだが、今こうして、継母と継娘として相対している間は怖くない。シンデレラも可愛らしく思えるほどだ。

(やっぱり、一時感じていたあのときめきは、俺の勘違いだったんだろう)

 心臓がちょっとキュンキュンしたぐらいで何なのか。心臓なんて四六時中動いているのだ、たまには誤作動だってするだろう。

 シンデレラも幸せそうだし、ここまで彼女に慕われているのであれば男爵家の実権などどうにでもなるのではないか、という気がしてくる。男爵は蟹漁船に乗ったまま、多分一生帰ってこないのだし、だとすればこの先もずっと、男爵家はシェランのなすがままだ。

(だったらもう、シンデレラを虐める必要もないな)

 ならば継娘として可愛がってやろう、とシェランは思ったのである。その可愛がり方が全く普通ではないせいで、周囲に大いなる波紋を呼んでいることには気付いていない。

「口元にクリームがついているわよ、シンデレラ」
「お、お義母さま……」
「ふ、何を震えているの。私に食べられるとでも思ったのかしら? 継母なのだから、そんなことをするはずがないでしょう……ほら、綺麗になったわよ」
「お、お義母さまぁ~……」
「なぁに、シンデレラ」

 その「なぁに」の言い方、息を滲ませた囁き方。品のいい色香と、どんな相手も絡め取る魔性のあざとさ。もはやシェランの詐欺師人生の集大成とも言っても過言ではないほど、完璧な出来映えだった。

 目の前のシンデレラを腰砕けにしただけでなく、その声音を聞いてしまった客が次々とテーブルに突っ伏す。歩いていた給仕がへたり、と床に倒れ込んだ。「しっかりしろ、傷は浅いぞ!」の叫びと共に、過呼吸を起こした者が運び出されていく惨状となったが、本人は我関せずで、全く別のことを考え込んでいた。

「シンデレラ。シンデレラ……その名はどうなのかしらね。灰かぶりのエラシンデレラなんて、もはや実態にそぐわないのではないかしら」
「お、お義母さま。お義母さまの為なら、私、またいつ灰を被っても構いません」
「おかしな子ね」

 くす、と笑って、シェランがシンデレラの鼻先を軽くつつく。「ひゃっ……はぁっ……!」と奇声を上げながらシンデレラが両手で鼻先を押さえるという奇行に出たが、シェランはもはやこの娘の奇行には慣れ親しんでいたので微塵も気にしなかった。

「私が、貴女を一生、以前のような灰かぶりにはしない、と言っているのよ。この意味が分かるかしら?」
「お、お義母さまが色っぽすぎて他のことなんてばばばばば」

 言語機能がバグっているシンデレラはさておき、

「エラ。そう、今日から私は貴女をエラと呼ぶわ。改名の申請も出しておきますからね。全く、実の娘にこんな名前をつけるなんて酷い虐待だわ」

 後半はシンデレラに聞かせるためではなく、シェランの心からの呟きだった。

 シンデレラ……いや、エラの心を傷つけないため、彼女の実の親の悪口をはっきり言ったことはないのだが、シェランは「マジでこの娘の親は屑だな」と思っている。実際に虐待していたらしい母親だけでなく、それを静観するだけだった父親のことも。

(まあ、あの父親は一生蟹漁船コースだからな)

 そう思っていた一週間後。




 当のトレンマーダ男爵が、地獄の蟹漁船から堂々と生還したのである。

 それも、後妻であるシェランへ贈る花束を腕に抱いて。
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