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後日談、或いはおまけ
32.エラ、マダムと対面する
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そこで終わりにしておけば良かったのである。
何がどうして、一体何のスイッチが入ってしまったのか。
「ハーハッハ! 掛かってこい雑魚ども、何十回プレイしようと負ける気がせんぞぉ!!」
「……おいシェラン、お前のキャラが壊れてんぞ」
「駄目だこいつ、ゾーンに入ってやがる」
カードがばら撒かれ、金貨が積まれ、周囲の男たちが溜息をつく。
何回目のゲームだろうか。
エラは金貨が積み上がるほどに少しずつ、少しずつシェランと距離を取って、周囲の影にこっそり紛れながら、冷ややかな視線を遠くから注いでいた。
(やっぱり、こんなのお義母さまじゃない……知らない人だわ)
お義母さまは氷の如く冷たく、近寄りがたく、どこまでも優雅で、そして実はキュートでちょっとお茶目な人なのである(※エラ視点)
がぶ飲みしたグラスをダン! と卓に置き(ちなみに中身はグレープフルーツジュース)、美しい顔を歪めて高笑いし、これみよがしに金貨を数えてみせ、周りから突っつかれているこの人は、違う。何から何まで違う。同一人物と言われたって、どうしたって認められない。
そんなシェランだが、一応、ここまでやって来た理由を忘れてはいなかったようで、
「おいシェラン、マダム・ゲルダがお呼びだそうだぞ」
「ああ」
すっと表情を冷たくすると、最後のグレープフルーツジュースをぐびりと飲み干してから立ち上がった。
「行くぞ、エリック」
「……」
沸き起こるブーイングを背後にして、暗い通路へ分け入っていく。男たちのぼやき声を背後に聞きながら、エラは声をひそめて問い掛けた。
「……いつもああなんですか? 恨まれて、背中からグサッとやられたりしないんですか?」
「いや、あれはただの遊び勝負だし。金が絡んでる勝負なら、もっと真剣な空気になるだろ」
「遊び? 金貨のやり取りをしてたじゃないですか」
「金貨じゃなくてメダルな。集めると錫の兵隊さんセットが貰える」
何故?
なんで?
それで遊ぶんですか?
詐欺師が?
色々と訊きたいことはあったのだが、気が付くと暗がりの向こう、豪華な内装の部屋に招き入れられていた。人形のように無表情なメイドが扉を開けて、カクンと音がしそうなほど機械的なお辞儀をする。
中には無数の燭台が煌めいていて、それまでの暗さとの落差でくらくらするぐらいだった。
見事なブロケード織のタペストリーが吊り下げられたその前に、白髪の女性が佇んでいた。どこかシェランと似た淡青色の目が細まり、うっすらと酷薄そうな笑みを湛える。
「ようこそ。そちらの可愛い坊ちゃんを紹介して貰えるかい、シェラン」
「今晩は、マダム」
一瞬で、シェランの全身からおちゃらけたところが抜けた。胸に手を当てて、ごく優雅な仕草で一礼する。
「トレンマーダ男爵家のエラ嬢をお連れしました。エラ、こちらはマダム・ゲルダ。我々にとっては天秤と復讐の女神ディルノーのような方だ」
「それは褒めているのかい」
「天界三大美神のうちで、最も美しい女神ですからね」
「相変わらず、口がよく回ること」
マダムは白檀の扇を口元に当てた。老いが刻まれた痩せた顔だが、かつては相当美しかっただろうと感じさせる造作だ。
何より、その仕草の一つ一つが洗練されていて美しい。
「お義母さまと……ちょっと似てる」
「おいこら」
思わず、ぽろりと洩らしたエラの一言に、シェランはすぐさま食い付いた。
「ちょっと年上の美人を見たらコロッといくのか? 浮気か? 浮気性だったのか?」
「何を言ってるんですか、私はお義母さま一筋です……って、何を言わせるんですか、お義母さまの偽物が」
「残念だが俺が本物だぞ」
「偽物の言うことなんて聞こえません~」
「あー、俺が本物なんですが?」
「うるさい、どこか遠くで錫の兵隊さんで一人遊びしてろ偽物」
「……お前、本当に俺に対して容赦ないよな……」
シェランがぼやく。
マダムは眉を寄せて「クッ」と喉の奥で笑い、
「ハハ! 二人揃うととんだ笑劇じゃないか。シェランが男爵の一人娘を口説いてるって聞いたときは、どんなものかと思ったが」
「お耳が早いですね、マダム」
「あんたは人気者だからね、シェラン」
マダムはニヤリとしてから、その両眼に薄く、よく切れる刃物のような光を浮かべて囁いた。
「その人気者を見込んで、一つ、頼みたい仕事があるんだがね?」
何がどうして、一体何のスイッチが入ってしまったのか。
「ハーハッハ! 掛かってこい雑魚ども、何十回プレイしようと負ける気がせんぞぉ!!」
「……おいシェラン、お前のキャラが壊れてんぞ」
「駄目だこいつ、ゾーンに入ってやがる」
カードがばら撒かれ、金貨が積まれ、周囲の男たちが溜息をつく。
何回目のゲームだろうか。
エラは金貨が積み上がるほどに少しずつ、少しずつシェランと距離を取って、周囲の影にこっそり紛れながら、冷ややかな視線を遠くから注いでいた。
(やっぱり、こんなのお義母さまじゃない……知らない人だわ)
お義母さまは氷の如く冷たく、近寄りがたく、どこまでも優雅で、そして実はキュートでちょっとお茶目な人なのである(※エラ視点)
がぶ飲みしたグラスをダン! と卓に置き(ちなみに中身はグレープフルーツジュース)、美しい顔を歪めて高笑いし、これみよがしに金貨を数えてみせ、周りから突っつかれているこの人は、違う。何から何まで違う。同一人物と言われたって、どうしたって認められない。
そんなシェランだが、一応、ここまでやって来た理由を忘れてはいなかったようで、
「おいシェラン、マダム・ゲルダがお呼びだそうだぞ」
「ああ」
すっと表情を冷たくすると、最後のグレープフルーツジュースをぐびりと飲み干してから立ち上がった。
「行くぞ、エリック」
「……」
沸き起こるブーイングを背後にして、暗い通路へ分け入っていく。男たちのぼやき声を背後に聞きながら、エラは声をひそめて問い掛けた。
「……いつもああなんですか? 恨まれて、背中からグサッとやられたりしないんですか?」
「いや、あれはただの遊び勝負だし。金が絡んでる勝負なら、もっと真剣な空気になるだろ」
「遊び? 金貨のやり取りをしてたじゃないですか」
「金貨じゃなくてメダルな。集めると錫の兵隊さんセットが貰える」
何故?
なんで?
それで遊ぶんですか?
詐欺師が?
色々と訊きたいことはあったのだが、気が付くと暗がりの向こう、豪華な内装の部屋に招き入れられていた。人形のように無表情なメイドが扉を開けて、カクンと音がしそうなほど機械的なお辞儀をする。
中には無数の燭台が煌めいていて、それまでの暗さとの落差でくらくらするぐらいだった。
見事なブロケード織のタペストリーが吊り下げられたその前に、白髪の女性が佇んでいた。どこかシェランと似た淡青色の目が細まり、うっすらと酷薄そうな笑みを湛える。
「ようこそ。そちらの可愛い坊ちゃんを紹介して貰えるかい、シェラン」
「今晩は、マダム」
一瞬で、シェランの全身からおちゃらけたところが抜けた。胸に手を当てて、ごく優雅な仕草で一礼する。
「トレンマーダ男爵家のエラ嬢をお連れしました。エラ、こちらはマダム・ゲルダ。我々にとっては天秤と復讐の女神ディルノーのような方だ」
「それは褒めているのかい」
「天界三大美神のうちで、最も美しい女神ですからね」
「相変わらず、口がよく回ること」
マダムは白檀の扇を口元に当てた。老いが刻まれた痩せた顔だが、かつては相当美しかっただろうと感じさせる造作だ。
何より、その仕草の一つ一つが洗練されていて美しい。
「お義母さまと……ちょっと似てる」
「おいこら」
思わず、ぽろりと洩らしたエラの一言に、シェランはすぐさま食い付いた。
「ちょっと年上の美人を見たらコロッといくのか? 浮気か? 浮気性だったのか?」
「何を言ってるんですか、私はお義母さま一筋です……って、何を言わせるんですか、お義母さまの偽物が」
「残念だが俺が本物だぞ」
「偽物の言うことなんて聞こえません~」
「あー、俺が本物なんですが?」
「うるさい、どこか遠くで錫の兵隊さんで一人遊びしてろ偽物」
「……お前、本当に俺に対して容赦ないよな……」
シェランがぼやく。
マダムは眉を寄せて「クッ」と喉の奥で笑い、
「ハハ! 二人揃うととんだ笑劇じゃないか。シェランが男爵の一人娘を口説いてるって聞いたときは、どんなものかと思ったが」
「お耳が早いですね、マダム」
「あんたは人気者だからね、シェラン」
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