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兄上には氷を食わせろ②

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「……うっ!」

 これは、兄上が毒殺された声というわけではない。

 冷たい氷を口に含んで、頭がキーンとなった兄上(可哀想)の発した呻き声である。

「兄上、氷には不慣れでいらっしゃるようですが……大丈夫ですか?」
「……お前、私を毒殺する気で……?」

 首を捻って私を見上げた兄上の目に、うっすらと涙の膜がかかっている。お前を信頼してやったのに……信頼してやったのに! お前まで私を裏切ろうというのか?! この世の誰も信じられんが、お前のことはひとまず信を置いてやろうと思っていたのに……よくも、こんな……!

 と思っているところまでは読み取れた。意外と顔に出る性質ですね、兄上。

 あと、人に裏切られ過ぎたせいで情緒がせわしない。

「私が兄上を毒殺するわけがないでしょう」
「だが、こんな……」
「冷たいものを食べると、脳の血流が急激に変化したり神経が錯覚を起こしたりして、頭が痛くなるんですよ。ゆっくり食べれば大丈夫です」

 言って聞かせながら、私も見せつけるようにゆっくりとかき氷(ミックスベリー練乳アイス味)を口に運んだ。兄上がまじまじと私を見ている。その目にはまだうっすらと涙が浮かんだままだ。

「そうか……ならば……」

 小さく呟いて、兄上がおそるおそるスプーンを動かし始める。

(あれっ、なんか可愛いな)

 私はうっかり、新しい扉を開きかけた。

 いや、もう完全に開いたかもしれない。

(可哀想……面白い……)

 酷薄な私はその後、事あるごとにお茶会を催して、ブレイズ兄上を拉致……無理やり招待した。そのたびに不器用な兄上が冷たい甘味に当たって「キーン」となっているのを眺めつつ、こっそりと愉悦に浸った。あれっ、私が悪役? これって悪役転生だった?





 兄上は私に弄ばれているのに気が付かなかったらしい。さすが、氷の王子である私の外面が完璧すぎる。兄上が見破れなくても仕方がないね。

 それどころか、兄上の、私に対する態度が明らかに軟化してきた。

 事あるごとに説教をかましてくるのは変わらないけれど、合間合間に「お前も励んでいるのは知っているが」とか「私はお前の能力を無駄にするのは惜しいと思ってだな」とかいう台詞が挟まるようになってきた。兄上、完全に餌付けされている……。妹の本性に気付かないままで好感度だけ上がっていく兄上、まさにチョロインポジション……。

 兄上のお付きとも仲良くしている。不遇な兄上を見捨てずにくっついている二人組は、本来なら忠義より実利を取りそうな下級貴族の息子たちで、真っ先に兄上を見捨ててもおかしくないのにきちんと忠義を貫いている。えらい。ねぎらいの気持ちを込めて、兄上に気付かれないようこっそり冷やしてやったり、冷菓を差し入れてやったりしている。その甲斐あって、二人とも今ではすっかり私に協力的だ。

 その日も、真っ先に私にその知らせをもたらしたのはその二人組だった。

「アイシクル殿下。ブレイズ殿下が、今、王の間で婚約破棄されています」
「はあ?」

 氷の王子らしからぬ声が出た。

 ちょっと意味が分からない。これ、悪役令嬢ものじゃないよね?

「そもそも兄上って、婚約していましたっけ?」
「勿論です! 幼少期に結ばれた政略的なものですが……あの頃は殿下も王位継承者として扱われていましたので」

 その婚約がまだ解消されていなかったのか。

 それが今になって解消ではなく、破棄? 王の間、ということは父王の前で? 父上の思惑により、ということ?

 私はその場から外されているらしい。誰からも愛される氷の王子抜きで、皆に嫌われている炎の王子を更にいじめてやろうということかな?

 なんて陰湿な。非常にむかむかする。

「あ、アイシクル殿下! しばしお待ちを!」

 扉の前にいた衛士の制止の声を振り切って、私は王の間の扉を開いた。ずかずかと中に踏み込む。左右に居並んでいた人々の目がこちらを向いて、私に視線が突き刺さった。

 一段高いところに父上と母上。彼らに庇われるように、見知らぬ令嬢が立っていた。いや、見知らぬ令嬢じゃないな、あれ。私のファンクラブにも所属していた侯爵家のご令嬢だ。まさか、兄上の婚約者だったとは。

 いや、「元」婚約者かな?

「アイシクル? どうしました」

 これは母上の声。私を見る目に、困惑の色が浮かんでいる。

 いつも、私を見ると皆、目にハートマークが浮かぶけれど、流石にこの状況で浮かれていたらおかしい。かといって、そのままの緊迫感を完全には保てず、広間の空気が微妙なことになっている。呼び寄せられていた重臣たちが、しきりと戸惑ったような目で見交わしていた。というか、国の一大事でもあるまいに、臣下を呼び寄せて何をやってんの?

 父王が、苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。

「何の用だ、アイシクル。我々は今、この不肖の義息子に説き聞かせているところなのだ。この婚約に相応しくないだけではない、王族として完全に無資格だとな」

 なるほどイジメですね。

 私は父王の目線の先を追って、ブレイズ兄上を見た。無理やりのように膝を突かされて、顔色こそ非常に悪いけれど、その目はまだ死んでいない。意志は折れていないみたいだ。兄上は「良い子」なので絶対に父王に逆らおうとはせず、どんな罵詈雑言も受け入れてしまうけれど、その上で耐えて頑張ってしまう人なのだ。そんな健気なヒロインをよってたかって虐めるとか、こいつらは何を考えているのかな?

「……私の話を聞いていただけますか、ご一同」

 くるりと周囲を見渡して、私は感情を抑えた声を押し出した。

 完全に無表情な私を見て、何やら不穏なものを感じたのだろう。

「う、うむ。言ってみなさい」

 父王が唸る。

 私はこの世界に生まれてから一番冷ややかな目で見返してから、口を開いた。
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